一歩引いたところから観察して思ったこと

 

 

人の行動や心理の構造っていうのは、たぶん古来から変わらない。いまはみんな不安な時期なんだろうな

 

 

あと正しいとか間違ってるとか、どうでもよくて、なんでもアリなのかもね

 

 

って話

 

 

 

大事なことはすでに知られてる

 

 

 

みんなに共通する重要なことほど、多くの人が過去から言ってるし、現在進行形でも色んな人が言ってる

 

 

 

わたしは「まだ誰もやってないことをやろう!」という仕事をしていたので、自分が良いアイデアを思いついたら、まず片っ端から似たアイデアがないか探してた

 

 

 

本当に良いものって、すでに世に出てたりするし、形になっていなくてもアイデアの種はすでにある

 

 

 

モノづくりだと、技術が追い付いた時に初めて革命的に登場することはあるけど

 

 

 

でも、人類共通の概念は古くから変わることはない

 

 

 

だから、みんなの認識がひっくり返るような概念が新たに発見されることは基本的にはほぼないと思ってる

 

 

 

法則とか学んでると「すごいこと発見した!」と思うことはわたしもあるけど、やっぱ「似たこと言ってる人いないかな?」って真っ先に冷静になる

 

 

 

真実に近いほど、必ずどこかに言ってる人がいるし、参考にした方が早い

 

 

 

まだ自分の理解がおいついていないときは、HAPPYちゃんの「すごい発見した!」というのに毎回興奮してたけど、最近はそうじゃなくなった

 

 

 

知識は探せばどこかにあるし、いまは便利な世の中だからすぐ見つかる

 

 

 

そして、同じ時期に同じようなことを言ってる人はいる

 

 

 

だからHAPPYちゃんが「発見した!」というとき、本人にとっては真実なのだろうけど、すでに出てる情報だよねと思うことが多い

 

 

 

エンタメと熱狂

 

 

そこで、HAPPYちゃんが「みんなの認識が変わる」というときの「みんな」って誰のことだろう?と考えると、コミュニティメンバーとか身近な人のことなんだろうね

 

 

 

「みんな」はHAPPYちゃんの言葉を聞きたい人たちやHAPPYちゃんについて行きたい人たち

 

 

 

であって、真理を追い求めている人じゃないのかなと思った

 

 

 

真理探究してる人はたくさんいて、わたしが見てる人たちの中には、公に話してる時点で大抵のことを自分なりに腑に落として、淡々と説明してる

 

「世界はこうです。真理はこうです」みたいにね

 

 

 

HAPPYちゃんは「わたしは気づいた!」というところからスタートしているのが特徴的

 

 

あと、「わたしは〇〇だけど、みんなは違う」という風に「”みんな”は知らない」という前提がある。それを受けたファンは「そんなの知らなかった」と受け入れてる

 

 

 

「あなたはまだ知らない」前提で話されると「そうなのかな」と思うときもあったんだけど、実際はそうでもない

 

 

 

この”なんとなく受け入れちゃう構造”はコミュニティが熱狂で回ってるから。

 

 

 

HAPPYちゃんのコミュニティって真理探究じゃなくて真理エンタメ。HAPPYちゃんが探求して気づいて成長する物語。参加型なのでみんなも一緒に成長した気分になれる

 

 

 

真面目な話って真実に近いけど地味

楽しい話って魅力的だけど真実とは限らない

 

 

 

どっちを取るのも自由なんだけど

 

 

 

「行動すること、何かを信じることで”なにかやった気分になってる”」人が多い。このコミュニティだけでなく、身の回りで普通に多い

 

 

 

不安をかき消したり、気をそらすために、とりあえず何かやってる

 

 

 

「これをやれば変われる」「ひっくり返る」って言われたら、飛びつきたくなる

 

 

 

でも本来、一瞬でひっくり返るものなんてない

 

 

 

熱狂を生む人の言葉は、共通点がおおい。人の心をつかむ、分かりやすくてキャッチーな単語をよく使う

 

 

 

そういう人のつくる磁場も強いから、中にいると「本当だ!変わった!」と感じやすい。でも自分の磁場に戻ると平常運転。一瞬だけ効くカンフル剤みたいなもの

 

 

だから強い磁場に触れ続けたくて依存する人がいる

 

 

 

何回も書いてるけど、わたしはなんだかんだ地味な基礎ありきだと思う。呼吸とか身体とか、感情を感じるだとか

 

 

 

基礎を積み重ねた先に、「自分の中でひっくり返る」ことが起きるだけ。他人から提供されるものでひっくり返ることはないし、なったとしても効果は短い

 

(他人の言葉でひっくり返るとしたら、準備ができてる人だけ)

 

 

 

特に今の時代、新しいものを付け足すのではなく引き算の方が大事だと思う

 

 

 

ガムシャラに動いて現実動かすのではなく、不要なものをそぎ落とす方がいいんじゃないかな

 

 

 

キリストやブッダの時代から、人はしんどい時期にすくいを求めて、強い覚者に依存する人は一定いるらしい

 

 

どんな時代でも常にこの構造はあるのだけど、将来が見えない不安な時期ほど、誰かに拠り所を求める人は増える

 

 

 

で、強いリーダーについて行ってる人がみんな素晴らしい自分に目覚めるわけでもない

 

 

 

 

なんでもアリ

 

 

話は変わるけどミカちゃんを見てて

 

 

HAPPYちゃんの横にいて輝いてるのはアリだけど、それを「理論を探求した結果こうなった」は疑問。その結果になったのはHAPPYちゃんの磁場の一番強いところにいるからじゃない?

 

 

そういうポジションは全然いいのだけど、認識は違うかなと思ってる

 

 

「本当にこういう生き方がしたい」からやってるのではなく、「HAPPYちゃんが好きで、HAPPYちゃんのやることについてきたい」のでは?

 

 

 

めちゃくちゃ強いHAPPYちゃんの磁場にいる以上、思考も影響されるから、いまは本人としては「これがしたい」なのだろうけど、離れたら変わるんじゃないかな

 

 

 

ただ、その時それを引き寄せたのもお互いの波動が合ったから

 

 

 

だから認識は違うとしても、全部ひっくるめて、何しようがアリなのかもしれない

 

 

 

本人にとって「憧れ」を通じた体験や感情をすることだって、人生の過程だし、それによって新しいものが見つかる

 

 

間違っても何やってもいい。ただ、そんな自分に気づき続けて更新していくだけなんだろうね