環境によってONとOFFを切り替えるのではなく、変わらない自分がいる生活にしたい

 

放っておいても身体性を意識できる生活をしたい

 

っていう話

 

 

 

 

 

特別な時間にしたくない

 

 

 

最近、身体ワークに集中しているけど、たまにめんどくさくなります。笑

 

 

 

身体性がめちゃくちゃ大事なのはわかってるので、ワークの時はもちろん、日々気づいた時に下を意識する時間を作ってる

 

 

 

でも何か違和感が…

 

 

 

それで気づいたのは、普段の生活と身体が切り離されてるということ

 

 

 

身体性とか呼吸って、生きてる間ずっと”ある”ものじゃないですか

 

 

 

これがもし、お絵かきとかピアノなら、一定の時間を取って集中するのが普通。だって、絵やピアノは日常から切り離された特殊な動作だから。

 

 

 

でも身体はそうじゃない

 

 

 

感覚を覚えたら、あとは常に”その状態”にいることが最終的な理想のはず

 

 

 

思い出さなきゃ戻れないなんて変な話じゃん、と思ったんです

 

 

 

でもわたし、今の生活のままだと一生変わらないのでは?ガーン

 

 

 

 

わたしはデスクワーク中心で動画視聴やネットサーフィンが好き

 

立ち仕事や運動もするけど、身体を動さない時間とか、脳を刺激する情報も前より増えてる

 

 

 

こういう生活をしてる限り

 

頭 >>>>> 身体

 

のまま。。

 

 

 

”身体を思い出す時間”に向き合うことを怠った瞬間に、頭に逆戻りしてしまう

 

 

 

これって、頭 ←→ 身体 でずっと綱引きしてる状態ですよね。しかも常に頭が優勢

 

 

 

ダメじゃんハートブレイク

 

 

 

 

日々、どんな動作してたい?

 

 

ここで、だいぶ昔にHAPPYちゃんが言ってたことを思い出しました

 

 

あなたは日々、どういう動作をして生きていきたい?

 

願望実現とか夢の話だったかな

 

 

 

「夢かなえたい」とかいうけど、結局、日々は地味な日常。「〇〇になる!」っていう特別な状態を望んで、たとえ叶ったとして、その後だって基本的には日常生活を送ってるんですよ

 

 

 

だから「経営者になる!」とかいうことよりも、経営者の日常を望みましょう、って話

 

 

 

朝起きたら朝日がキレイに見える窓のカーテンを開けて、淹れたてコーヒーを飲んで子どもを起こしておいしいゴハンを食べて、散歩してから仕事を始める――みたいな?

 

わかんないけどニヤニヤ

 

 

 

少しヒンヤリした朝の風、爽やかな太陽のぬくもり、香り高いコーヒーに子どもを抱っこしたときの体感

 

 

 

本来の望みってのは、そんな「日常にある体感」のはず

 

 

 

 

「経営者になりたい」というのは一瞬の”状態”であって妄想。経営者っていっても人によって描くイメージは違う

 

 

 

この話と身体性の話は繋がってるんじゃないか?って思いました

 

 

 

むしろ、願望実現とか夢よりもう一段上の話

 

 

 

――少しヒンヤリした朝の風、爽やかな太陽のぬくもり、香り高いコーヒーに子どもを抱っこしたときの体感――

 

 

 

そもそも、こういうことを味わえる身体・感性があるの?って話ですよ

 

 

 

神経隅々まで電気がいきわたってる? わたしの身体、ちゃんと反応できる?

 

 

 

朝の爽やかな時間だけじゃない。たとえば、経営者としてお客さんと対峙しているときに、”いつも通りの自分”として存在してる?

 

 

 

朝の時間だけが自分らしくて、仕事では緊張しまくっているなんてイヤじゃん

 

 

 

いつでもどんな局面にいても自分の感覚を失わずに、中心にドッシリ鎮座していたい

 

 

 

日常をワークにしたい

 

 

じゃあいつでも”素の自分”でいるためには?

 

 

 

いつでも身体を感じ、呼吸を感じている状態が理想のはず

 

 

 

じゃあ、そういられる生活を日々していたいよね

 

 

 

じゃあ、毎日どんな動作をしているのが理想だろう?

 

 

 

今回、たとえ話で「経営者だったら?」ってことを書いたけど、特にわたしの望みではないです

 

ただ、「爽やかな朝を感じたい」とか「他人と話すときの自分の状態」に望むことは同じなんですよね

 

 

 

わたしの場合は、特別な時間を取りたくない

 

 

 

身体を動かすとしても「ジム通い」「ジョギング」「レッスン」とか特別な時間を取るのではなく、ちょっとした移動とか室内の動きとか、何かの延長でやりたい

 

 

 

意識を下に下げるために、たとえば正座で作業するとか(笑)、頭脳労働だけじゃなく、普段から肉体労働とバランスをとるとか

 

 

 

とにかく、時間をぶつ切りにしたくない

 

 

 

気分転換のために、ガラッと環境を変えるのはアリかな?

 

でもまてよ、気分転換というのは煮詰まるからこそやりたくなること。基本的にやりたいことを無理なくできていれば、その必要ないですよね

 

 

 

わたしが日常を望む理由は、「非日常の動作でつけた筋肉はすぐ落ちる」と思ってるから。

 

 

 

ジム通いでついた筋肉って、ジムに行かなくなったらすぐ落ちるんですよね

 

 

 

でも、毎日歩くことによってついてる筋肉は、歩く日常がある限り落ちない

 

 

 

身体性だって同じ

 

 

 

時間を取らなきゃ意識できないのであれば、時間を取らなくなったらすぐ元通り

 

 

 

だから身体性が必要な生活じゃないと。

 

 

 

ということは、いまの生活そのものを変えなきゃいけない

 

 

 

身体性が育つと生活を変えたくなるかもしれないし

生活を変えると身体性が育つかもしれない

 

 

 

それは人それぞれ

 

 

 

わたしは後者なので、「放っておいても身体を意識せずにいれられない生活」がいい

 

 

 

具体的にはまだあまり考えてないけど、、まずは配信を見ながら料理するのをやめようかな 笑い泣き 笑