今回のポッシブル配信はわたしにとってタイムリーでした。ミカちゃんの話を聞いて、知り合いのことを思い出したんですよね
(前回記事に書いた人のことも)
多くの人は未だに「〇〇になりたい」「〇〇をしたい」という結果を求めていて、過程をあまり重視してないっぽい
でも未来は結果より過程を重視するようになるのでは?
改めて、幸せとは
幸せの近道は「感じること」
体感を味わって、身体の望むことをしていけば、その人にとって一番幸せな場所に導かれる
傍から見て良さそうなことばかり起きるとは限らず、最悪に見えることもあるかもしれない。でもそれもOK
全部ひっくるめて体験・体感するために人生がある
HAPPYちゃんはそれを伝えてくれてる
(詳細は過去記事で書いてます)
「〇〇になった」「〇〇をした」というのは、イマココを感じ続けた先の結果でしかない
「〇〇になりたい」と望むのはアリだけど、そこに向かう道の過程でも、イマココを感じ続けることが大事
これがやっと腑に落ちてきました
(ここに来て気づいたんですけど、わたしは昔から身体性を意識してきたみたい
HAPPYちゃんの話を聞いて「そういうことだったのか」と確認できることがよくあります)
イマココにいつづける
ただ、いつでも身体に意識を向けているわけではなかった
だからいまは、気づいた瞬間に身体に戻るようにしてる
ポッシブルでは「背骨」がトレンドですよね。わたしもワークしてたんですが、「背骨に集中するぞ」という時しかやってなかったんですよ
最初はそれでいいと思う。でも、身体は意識してないときにもそこにあったんですよ ![]()
そう、本当はいつでもどこでも、身体を感じているのがいいに決まってる!
AIに聞いたら、「昔の日本人は、嫌でも身体を意識する環境だった」「作業をしていても、意識は身体にあった人が多かった」とのこと
たとえば、職人なら手を動かしてモノを作るけれど、本人の意識は指先の感覚、音やにおいに集中していた、とかね。
いまのわたし、SNSとか見るときに、完全に身体を置き去りにしているんですよ
いや、ネットだけじゃない。誰かと話すとき、何かをしているとき、ほとんどの場合で意識が外に出てしまっている
基本的に身体置き去り
たまに背骨とか身体を意識する…
これじゃ全然足りなかった![]()
たとえば、いまキーボード打ってるんですけど、これまでならもう意識が脳とモニターに移ってました
でも、今は気づいた瞬間に、キーボードを打つ指先や固まっている腕や背中を意識してます
没頭してることに気づいたら、感覚を身体に戻す
これをクセにしなきゃね![]()
と、ここでさらに気づいたこと
身体に意識を向けるのは、イマココでしかできない
そう、イマココ=身体感覚に集中すること
(過去に聞いたような気もするけど…💦)
過程を楽しむ
で、ミカちゃんの話
ミカちゃんはギターを習いに行ったけれど、「やったら上手くなるんだろうな」と思いつつ、あまり楽しんでなかったそうです
じゃあHAPPYちゃんはどうするかというと「わたしなら、『2本の指だけで演奏したい!』って先生にお願いしてやってもらう」とのこと。さすがです
ただ、HAPPYちゃんだからそういうアイデアが浮かぶだけで、人によってやりたいことは違う
じつはわたしも楽器習ったことがあって、わたしなりの「イマココ」やってたんです
わたしの場合は「次のレッスンまでに、家でできることは全部覚える」って決めてました
教室に行ったら、教室のちょっとした緊張感、先生の奏でる音や声、楽器の扱い方とかを感じ取ることに集中してました
今思えば、その場にしかない波動を受け取りにいってたんですよね
知りたいことがありすぎて、質問もポンポンしちゃう
わたしのイマココレッスンはこんな感じ。こうやって、人によってイマココの行動は変わるんですね
効率化の行く先は…
「過程を楽しむのが苦手な人が多いのって、なんでだろう?」って考えて浮かんだのは、それが人間の本能だからかなってことでした
生き物ってやつは効率化できるならしたい
生き残るだけで精一杯、という時代が長かったじゃないですか。ちょっとでも楽して、そのエネルギーを別に回すことで、生存率を上げたかったんじゃないかな
(もっと昔、人間が最大限の能力を発揮していた時代は、効率化なんて考えなかったと思うけど)
だから、いまだに効率化やらタイパやらを考えてしまう
(コスパやら)
でも今は、非効率だからってすぐに命にかかわることもない。効率化を気にしなくていい時代
誰かが言ってたんだけど、最大の効率化って「生まれてすぐ死ぬこと」なんだって💦
いやいや、誰もそんなこと望んでないでしょ!
って言いたくなるけど
過程をすっ飛ばすことで、失うものは確かにある
たとえば、「手っ取り早く大金を稼いで、家族とゆっくりする時間を過ごしたい」という夢があったとします。一見、なんだか良さそうですけど
効率を優先して生きてる人が「家族とゆっくり過ごす時間」を楽しめるかな?
ゆっくり語らう
料理を味わう
大自然の中で星空を見上げたり鳥の声を聞く――
普段、やってないと神経は退化しますからね
夢を叶えてゆっくりモードを味わおうとしたときには、感度が鈍ってるんじゃないかな?
毎日同じものはない
毎日のルーティンだとしても、同じじゃない
ハミガキだって服選びだって、毎日違うといえば違う
毎日会う人でも、同じじゃない
嬉しいことや悲しいことがあったかもしれないし、なにかインスピレーションを受けるかもしれない
ささやかでも、本当は毎日新鮮なんですよね。だからわたしはルーティンが退屈とは思わない
ギターの先生だって、ギターが上手で教えることを仕事にしている人間ですよ。ギターを教えるロボットじゃなくて、温度のある人間。そう思えば、接し方も変わりませんか
いまは生き残るために効率化を考えなくていい時代。だから、敢えて効率化を止めるのがいい
最近は非効率を好む人が増えてますよね。ていねいな暮らしとか流行ってるし
数年か10年か知らないけど、未来は非効率こそ良いという社会になってると思ってます
非効率が最先端だから(笑)
未来を先取りしたい人はぜひ![]()
