透矢越後で伊達もこく
   

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40杯目 ~いざ、決戦の地へ~





今から146年前。



この國は滅んだ。





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戊辰の正月に始まった新政府軍と旧幕府軍の戦は



新政府軍の勢いそのままに戦線は北へ北へと移動し



遂にこの國、会津に到達。





徳川に忠誠を尽くす家訓のある会津松平家は



幕末風雲の先頭に立たされ



新政府の恨みを一身に受けます。





恨み骨髄に達した新政府軍の攻撃は凄惨を極めました。





1868年11月 会津藩は全面降伏。



傷ついた鶴ヶ城も開城しました。




白虎隊を始め数多の悲劇が起き




藩主松平容保以下家臣一同 生き残った藩士は悉く謹慎。




長い間辛酸を舐める生活を送る事になります。









そんな凄惨な歴史のあるこの街に




あの集団がやって来ました。






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月日は流れ




街は平和です。





老夫婦が行列に引き寄せられ



列んでる客に、いつから列んでいるのか



ニヤニヤしながら聞いて来ます。




この後の展開が読めすぎて心が痛いです。



長生きしたいなら食べないで欲しいよおばあちゃん。






田舎にこの行列はダメです。




味は最高でした。








せっかく会津に来たからには




それはそれは見たい所だらけです。




バスで移動すれば1時間程で全て見れるハズでした。





しかしこの日は休日。




バスはありませんでした。




蛭子さんばりの悲鳴をあげ




全てを徒歩で見る腹を決めて歩き出した2014秋。





車で5分の距離をひたすら歩いて30分。




車なら間に合ったんだけど徒歩では中は見せて貰えません。






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鶴ヶ城は闇の中。



見たら泣いてしまうかもって思ってたけど



ぜいぜい言っててそれどころじゃない。






雨が降り出したよ。



豪雨ね。





しかし怯まない。




俺は行くんだ。





阿弥陀寺だ。




あの男の墓参りだよ。






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(真っ暗な為資料画像)






斉藤先生、やっと来れました。



手ぶらですいません。







さて次は



遠い。




すげー遠い。






如来堂。




新選組最後の激戦の地。






ひたすら歩いて



田んぼ道もひたすら歩いて



水たまりを歩き、車に水をかけられ



それでも歩いて歩いてやっと辿り着いたけど、、






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(闇しかない為資料画像)







怖くて入れない。涙










泣きながら小走りで逃げるように帰って来たよ。



上は汗で下は雨でグッショグショ。




たぶん3時間で述べ10キロ以上は歩きました。




会津は闇と大雨と徒歩の街でした。







ブレたので最後に会津と薩長のお話し。




明治になり時代は急速に西洋化され



数年前の悲惨な歴史は風化して行きました。





明治10年西郷隆盛率いる鹿児島士族による西南戦争が勃発。



警視庁はこれを討伐する為に積極的に旧会津藩士を採用し



見事戊辰の恨みを晴らします。




その後大久保利通の暗殺事件があり



会津を攻めた薩摩の終焉に際して


「当然の帰結であり断じて喜べり」



と語られました。






1986年 昭和61年。



長州藩の首府であった山口県萩市が会津若松市に対し



「もう120年も経ったので」



と会津戦争の和解と友好都市締結を申し入れましたが、



「まだ120年しか経っていない」



と会津若松市がこれを拒絶。






2007年 平成19年。




山口県出身の安倍晋三内閣総理大臣は会津若松市を訪問し



「先輩がご迷惑をかけた事をお詫びしなければならない」



と語りました。






2011年 平成23年



3/11に発生した東日本大震災における福島第一原発事故において



会津若松市は萩市から義援金や核事故避難用の救助物資の提供を受け



会津若松市長が萩市を、お礼の意味で訪問。




翌2012年



萩市町は会津支援の一環として会津若松市を訪問し



白虎隊士の墓前に献花を行いました。







146年前の戦いの最中も



こんなに紅葉が綺麗だった事でしょう。






山々の彩と悲しみの歴史が哀愁を漂わせる



冬の気配まだ遠い秋の1日でございました。





























iPhoneからの投稿






























東漸寺、日本ではない日本。





蛇坂の南西に同じ三田台の斜面を上がる坂、幽霊坂はあります。





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都会の喧騒から一歩入っただけとは思えない静寂




緩やかな斜面と急斜面が共存する見た目よりも長い坂です。





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上り切った所には三田台の稜線である聖坂です。




南西へ下り高輪方面へ向かいます。





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見えて来たのは魚藍寺沿いに下る魚藍坂と




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魚卵坂と反対方向に下る、町名にもなっている伊皿子坂です。




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現在では交差点の名前にもなっていてどちらも有名な坂道です。




麻布から三田付近は言わずと知れた高級住宅地。



各国の大使館もたくさん立ち並び、外交官や大使館職員が



数多く住むエリアでもあります。




なので飛び交う言葉も多種多様。



すれ違うのは八割外国人と言うインターナショナル台地です。





ジョンベネちゃんっぽい金髪の少女に



街灯の柱を片手で掴みグルグル周りながら




サウンドオブミュージック的な歌を大声で振りまかれた時は




どこか遠い異国にいる様な感覚に襲われました。





ジョンベネちゃんの一番上のお兄さんケビン(16歳・肥満児)は反抗期真っ只中で



家族の呼びかけをガン無視し反対側の道路を歩いていて



その兄の行動がジョンベネちゃんの歌声を更に大きくするのでした。







さてさて更に稜線を下り高輪警察署を左に曲がると




伊皿子坂と同じ斜面を南東に下る桂坂があります。





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江戸時代、身分を隠すためにカツラを被り遊郭に出かけた僧侶が



この坂で急死し、被っていたカツラが取れて転がった。



と言うマンガみたいな展開が名前の由来。






桂坂の途中を高輪東漸寺の周囲を下る、洞坂。





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道が細く人通りが少なくて湾曲の美しい、情緒満点の良坂です。






洞坂を下りると東漸寺の正面に出ます。





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幕末の安政年間にイギリス人用の宿舎に割り当てられ



その後日本初のイギリス公使館が置かれ大使オールコックが駐在しました。




文久年間になると攘夷派の水戸脱藩浪士らによる襲撃が二度に渡り起こり



警備兵、襲撃側双方に死傷者が出ました。





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幕末の動乱より外国人との縁が深い港区




並木道や石畳などで整備された坂道も多く




歴史が伝える外国人文化と昭和の懐かしい風景が混在する




とても魅力的なエリアでございました。








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iPhoneからの投稿






























風光明媚の台地、三田。





元麻布台から仙台坂を東に下ると




イタリア大使館や慶應義塾大学などがある




三田の小山があります。






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慶應義塾大学とイタリア大使館の西側にある、綱坂。





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名前の由来は、平安時代の武将・渡辺綱がこの辺りで産まれたから



とされています。



綱坂の上部から東に下る、綱の手引坂もあり



江戸時代には三田綱町と呼ばれていました。







慶應の校内にも素敵な石畳の坂があります。





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休日で学校の裏手ということもあり人気がないので



ちょっと不法侵入。





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坂の北側の斜面は急な崖ですが



この崖の向こうはイタリア大使館。





江戸時代は伊予松山藩久松隠岐守屋敷。



「忠臣蔵」の赤穂浪士が切腹した場所のひとつです。



この崖の向こうに石碑が建ってます。







不法侵入の慶應大学から出て来た慶應ボーイの気分で次の山です。







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慶應の正門から南側には三田台の寺院域がありました。




そこを上がる、安全寺坂。





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安全寺坂から崖沿いを南に下り西に曲がる下る、蛇坂。





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安全寺坂の上部から東に下る、汐見坂。





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江戸時代はお寺ばかりの土地でしたが




今でも謎の建物がいっぱいあり



休日のこの日は、何だか人がいな過ぎて不気味でした。





こんな都会なのに自然も結構残されていて



危険な蚊がたくさんいましたよ。





慶應ボーイの気分を味わえるのはいいですが



休日にはあまりオススメ出来ない台地です。






























iPhoneからの投稿





























坂から坂へ、荒波の如く。





一本松坂の頂上の八千代稲荷、麻布本村町からは幾筋もの坂が下っています。




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奥州仙台藩伊達陸奥守沿い、三田小山方面に下る仙台坂。





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古川または新堀川、白金方面に下る薬園坂。






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東徳寺を挟んだ同じ斜面にある絶江坂





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新堀坂から西の窪地に下る急坂、奴坂。





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この窪地の西側はまた上っていて新坂と言う坂があるのですが




奴坂の下、常州土浦藩土屋采女守屋敷跡に




時代に忘れられた様なスリバチ状の窪地があります。






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窪地に向かい合う二つの坂、釣堀坂です。





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反対側の坂から今下って来た坂





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名前の由来はこの谷間に釣り堀があるからなんですが



その釣り堀は確認できませんでした。



もしかしたらもうないのかも知れない。




両サイドを急な崖に囲まれた



とても現代の物とは思えない、心地よい空間。





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オススメ。






























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前略、がまの池より。





元麻布台の頂きより少し下った場所に



その伝説の池はありました。





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山崎主税助と言う備中成羽藩主の屋敷内にあった池。



麻布で今も誠しやかに語り継がれている、がま池伝説の池です。






ー江戸時代、屋敷内を見回っていた家臣の一人が池から現れた大きな


 ガマ蛙に食べられてしまう、と言う事件が起こりました。


 話を聞いた主税助は激しく怒り、ガマ退治を決意します。


 その夜、主税助の枕元に大きなガマ蛙が現れ、己の所業を詫びると共に


 屋敷の防災に尽力する事を約束し、主税助も罪を許し守護を託します。


 その後、高台下を流れる古川岸で大火が発生。延焼は山崎家屋敷付近まで


 迫っていました。


 その時、池の中から大ガマが現れ池の水を吹き付けて屋敷を火から守った


 と言われていますー







そんな伝説の池も、今ではその大半が埋め立てられてしまいましたが


昔の面影がわずかながら残されています。






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周囲をマンションや住宅に囲まれ、住民以外は眼にすることは出来ないのですが



唯一池の片鱗を垣間見れる場所を捜索の結果発見しました。







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かすかに揺れる水面が確認できました。






現代に語り継がれる、江戸の記憶です。































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伝説の地へ、再び。




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江戸坂道ツアー第1弾


赤坂~麻布編ではここ麻布十番で燃え尽きました。




今日はその続き。



坂道に興味がないほとんどの人にお送りします。





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麻布十番商店街の喧騒から一本入ると



元麻布台へと続く美しい坂、暗闇坂があります。





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江戸時代から形状、湾曲、傾斜は変わってない



江戸を伝える素晴らしい坂道です。



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暗闇坂の頂上を増上寺隠居屋敷沿いに西に入ると


真っ直ぐな急坂、狸坂です。




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元麻布台のランドマークの一本松はこの松で5代目




江戸時代の古地図にも一本松の記載があります。




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現代では一本松より上を一本松坂




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下を大黒坂と言います。



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ここまでが前回の復習




そしていよいよ伝説の「アレ」を探しに行っちゃいます。
































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あなたのそばで








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麺類の終点に着いた。






























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二郎初め




地元での新年会の後




まさかの出発







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目黒美味いね



古き良き二郎の味がする



小で\500



お買い得。






0時過ぎてたけど目黒の坂道も何個か見ました






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あのネット配信番組のオープニング撮ってた場所




初めて行ったのに勘で一発で見つけました。







自分なりに感じた事ですが




大河ドラマのナレーションは藤村志保でイイと思います。











コトヨロ






























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西高東低








初滑り










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冬型強烈、尾瀬岩鞍。


























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最強の台地ここにあり





椿山を目白方面へ歩きます。



水道橋からすでに4時間が経過しました。



ずっと歩きっぱなし坂上り下りしっぱなしですけど



何だか楽しくて全然疲れてません。





今日の目的の坂道がいくつかありましたが



最後2つが2連発で見たい坂たちです。





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どうですかこのY字路坂、左右どっちも坂道。




Y字路と坂が両方味わえる最高のポイントです。






「ここまでは一緒に来たけれど



 ここからオレとオマエは



 少しづつ違う方向に行くんだ。



 もう決して交わることはないよ。」





Y字路は物悲しく、すこぶる前向きの哀愁。






左側の狭い階段坂が日無坂




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「新撰東京名所図会」にも



「其の路甚だ狭隘にして小車を通ずるを得ず。僅かに一人づつの歩を容るるのみ、


 左右樹木等にて蔽ひ居れば……」とあります。




当時の面影が偲ばれる石段は車が通れない「人の坂」




坂上からは新宿のビル郡を見渡す事が出来ます。




右側が富士見坂



新しい坂ですが目白台の勾配を味わうには最高の傾斜です。




まずは日無坂を下ります。




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左右の傾斜地には小さな家やアパートが立ち並び



坂の情緒と相まって抜群の佇まいですな。




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江戸時代と現代が入り混じる非常に趣き深き空間です。




続きましてお隣の富士見坂を上ります。




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すんごい傾斜!




スゴ過ぎてもはやエロイ!!




上がって行ったタクシーが完全に視界から消える程の急斜面。





何じゃこの目白台のポテンシャル!!





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いやーすごい



目白台ハンパない。




またこの分岐に立つ家の味わい深い事。



鬱蒼と茂った木やツタがたまらないです。




この民家が建て直されない事を切に願います。





次の目的坂に行く前に



やはりこの辺にもいい坂があります。






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開けた眺望が美しい歴史深い宿坂。










そして今日最後にして最強の坂道




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その名もおぞましきのぞき坂



写真で見ても分かるこのえげつない傾斜



何でも東京でも1,2を争う急坂だとか。




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もう足パンパンなのに最後にこれはさすがにキツイ




距離は短いけどつま先に全体重が。



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いやーまさにのぞき坂。




満足満足



今日は満足したー





結局5時間歩きまくり





ちょっと足のつけねが痛いかな。




帰りも違う路地をうろうろしてますと




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素敵な壁のような石段に出ました。




上ってみると新宿が一望




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最高のラストシーンです。






やっぱ坂道はイイ!!






























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