今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba -6ページ目

Mon 240916 能楽堂はいつも満席だ/8月の文楽劇場で考えたこと/ハモを貪る 4569回

 もう1ヶ月前の話になるが、8月10日の昼過ぎから博多で公開授業のお仕事があったので、その2日前から大阪に滞在し、真夏の大阪をたっぷり楽しんでから博多入りしようと考えた。東京から大阪まではヒコーキ、大阪から博多までは新幹線を利用した。

 

 大阪入りしたのは8月7日、その日の夕暮れから国立文楽劇場で8月公演の第3部を眺め、翌日8月8日は同じ8月公演の第2部、いやはや40年来の文楽ファンは、春も夏も秋も大阪で文楽三昧の日々を満喫するのである。

   (夜の大阪日本橋、国立文楽劇場の勇姿。8月8日)

 

 それにしても諸君、マコトに残念なことに、文楽劇場の閑散たるありさまは、30年前や40年前にはとても想像がつかなかったほどである。昔の歯医者さんじゃないが「どうして、こんなになるまで放っておいたんですか?」と、関係者を問い詰めたくなるほどの閑散ぶりだ。

 

 それに比較して、能&狂言のほうは絶好調に見える。東京の国立能楽堂なんか、どの公演もみんな満員で、よほどの努力をしなければチケットが取れない。この9月の公演も「西行桜」「兼平」ともに完売。あの大きな国立能楽堂が、正面も脇正面もみんな売り切れて、滅多なことでは能が見られない。

(8月7日、あまりにディープな大阪ミナミで、ハモ料理の名店「美津富」を訪問する 1)

 

 別に悪口を言うわけではないが、それほどの超満員でありながら、実際に能楽堂に入り込んでみると、観客の中には強烈な睡魔のトリコになってぐっすり、スヤスヤ心地よさげな寝息がそこかしこから聞こえてきて、その寝息の音がまた周囲の睡魔を誘う、そんな状況も少なくない。

 

「イビキ」などという言語道断なものも、ナンボでも聞こえてくる。狂言なら、セリフやら動きやらが寝息やイビキをかき消してくれるけれども、「能」となると話が違う。全ての寝息が起きている観客の耳をとらえ、全てのイビキが能楽堂内にグオグオ響き渡る。

 

 だから、能楽堂ほど寝てはいけない場所はないのだ。そういう場所のチケットを先を争って入手し、しかし始まって5分か6分でスヤスヤ&グオグオ、そういう人々の思いについて、今井君なんかは全く訳が分からない。ワタクシは、劇場では決して眠らない。

(8月7日、あまりにディープな大阪ミナミで、ハモ料理の名店「美津富」を訪問する 2)

 

 一方の文楽であるが、その閑散とした状況は、能楽堂が羨ましくなるほどだ。客が入っているのは前方の半分だけ、真ん中の通路より後ろの半分は、ほぼ無人の状態で公演が続く。

 

 通路の後ろの1列目、ワタクシがいつも選択する「10列」だけは、「足を伸ばして見られる」「通路を挟んでいるから、目の前の席に座高の高い人が来ても大丈夫」という理由で人気が高い。後方席の中で10列目だけはいつも満席だが、11列目から後ろはホントに大袈裟でも何でもなくて、ほとんど無人のことが少なくない。

 

 演劇でもオペラでも映画でも「目の前に座高の高い人」という悲劇はよくあることで、「どうしてよりによってその席に来ちゃったんだ?」という絶望の一瞬、思わず「チケット代を返してくれ」と叫びたくなる。

(8月7日、あまりにディープな大阪ミナミで、ハモ料理の名店「美津富」を訪問する 3)

 

 座高に限らない。かぶってきたボーシを意地でも脱がない御仁は少なくない。ボーシを脱げない事情も、それなりに理解できる。しかし、頭蓋に残った毛髪の量をそこまで気にして演劇を観ても仕方がないじゃないか。

 

 その逆も少なくない。毛髪の量がシコタマ多い人物が、目の前に座ることもある。そういう人物に限って、ワックスだか何だか、その多すぎる毛髪をあえて星形に逆立てて座席に座る。すると後ろのワタクシは、目の前に星型の黒い雲を隔てて舞台を眺める羽目になる。

 

 だから諸君、劇場ではボーシは脱ぐこと。濃厚な毛髪は星型に固めないで来ること。女子の場合でも、特に能とか文楽とかにやってくる年代の女子の場合、思い切り毛髪を上に結い上げて仄かな微笑を浮かべ、着物姿で席に着くと、帯が邪魔になってどうしても前屈み、後ろの今井君の視野を目いっぱい遮ってご覧になるオカタもいらっしゃる。

(8月7日、あまりにディープな大阪ミナミで、ハモ料理の名店「美津富」を訪問する 4)

 

 そういう年代の男子にも女子にもたくさんいらっしゃるのが、観劇中にキャンディーを召し上がらなくては気のすまない人々。キャンディーの包み紙をむくチリチリ音は、何が何でも劇場全体にチリチリ響き渡り、能でも文楽でもみんな台無しにしてしまう。

 

 この頃は「イヤホンガイドの音漏れ」も問題になっている。むかしむかし、まだ「ウォークマン」が主流だった20世紀末には、電車の中でのイヤホンの音漏れがトラブルの元になった。劇場のイヤホンガイドは、あれと同じ旧式のものだから、音量を上げるのは遠慮してもらわなきゃいかん。

 

 というか、イヤホンガイド自体「廃止」の方向性がいいんじゃないか。イヤホンガイドで解説を聞きたいほど熱心な観客なら、事前にたっぷり予習できる世の中だ、ネットを駆使してたっぷり予習をして、余裕綽々で劇場に来れば、居眠りもしなくなる。寝息やイビキの原因は、予習不足なのだ。

(8月7日、あまりにディープな大阪ミナミで、ハモ料理の名店「美津富」を訪問する 5)

 

 その辺は、予備校の授業とは違う。予備校の授業で居眠りすると、ダメな先生ほど「オマエたちは予習してきたのか?」「眠くなるのは、予習してこないからだ!!」と激怒するものだが、生徒が授業で眠くなるのは先生、先生の授業が下手だからなんじゃないのか。

 

 いや、もっと正確に言えば、先生の予習が足りないせいなのだ。眠らせない授業をするには、先生の方でたっぷりの予習が必要なのだ。だって、国宝級の名人があんなに揃った能や文楽やオペラでも、多くの人が睡魔に勝てなくなるぐらいだ。

 

 そういう名人の域にはまだ遥かに遠い予備校の講師が、普通の平凡な予習しかしないで教壇に立ったら、そりゃみんな眠くなって当たり前。生徒が一人でも居眠りするようなら、講師はしっかり反省して、予習のクオリティをグイグイ上げなきゃいかん。

(8月7日、あまりにディープな大阪ミナミで、ハモ料理の名店「美津富」を訪問する 6)

 

 ところで諸君、「どうして能狂言は満員なのに、文楽は半分しかお客が入らないか?」であるが、別に「能に人気があって、文楽に人気がない」ということではない。能狂言は1つの演目を1回しか公演を行わないのに、文楽はほぼ3週間連続して、毎日公演を行うからである。

 

 満員だった9月の能にしても、「西行桜」は9月14日の1回だけ、「兼平」も9月7日の1回だけ。みんな1回こっきりだ。一方の文楽は、例えば11月大阪公演の「仮名手本忠臣蔵」、11月2日が初日 → 1124日が千秋楽、なんと20日以上にわたって、同じ演目で毎日、延々と公演を続ける。

(8月7日、あまりにディープな大阪ミナミで、ハモ料理の名店「美津富」を訪問する 7)

 

 ということになると、そりゃ「能は満員」「文楽はガラガラ」という状況になって当然だ。20日以上連続で公演というのは、さすがにちょっと頑張りすぎなんじゃないか。

 

 演者の多くが高齢になりつつあり、しかもあれだけカラダを酷使する舞台。もう少し公演回数を減らしてもいいような気がする。というのも、「席数の半分しか観客がいない」という心理的6精神的な負担とストレスを、やっぱりワタクシは理解できるのだ。

(8月7日、あまりにディープな大阪ミナミで、ハモ料理の名店「美津富」を訪問する 8)

 

 コロナ前の2019年までは、ワタクシの講演会は常に満員。「席が足りなくなりました」「立ち見が出ました」「湯気が出るほどの超満員でした」、そういう公開授業なら、ストレスは微塵も感じない。

 

 しかしコロナの支配した2020年から2023年までは「会場は必ず1席ずつ空けて」、つまり「半分しか聴衆のいない世界」に、まるまる4年も苦しんだのだ。幕が開いて、満場の拍手の中を颯爽と登壇して、ふと見渡すと半分しか席が埋まっていない。そのショックを4年にわたって耐え忍んだ。

(8月7日、大阪・鶴橋と玉造の中間あたり、名店「小原庄助」で再びハモ鍋をいただく。写真は〆の素麺、オイシューございました)

 

 しかも文楽は今、第1部・第2部・第3部の3部制を採用している。例えば第1部が11時から14時まで、第2部が14時半から17時半まで、第3部が18時から21時まで。それを20日以上やるから、どんなに努力しても観客はバラバラに分散してしまう。

 

 つまり計算上、能楽堂を満員にする観客と同じ数の観客が集まっても、それ20日間 × 1日3回 60回に分けて上演するのだ。もしも1回の観客数が1/60になったとしても、致し方ないじゃないか。

(8月7日が第3部「女殺油地獄」、8月8日が第2部「生写朝顔話」。特に第2部は、今の文楽の豪華オールスターキャストだった)

 

 40年のあいだ文楽を見続けた大ベテラン♡今井が言うのだ。文楽の世界にとっての正解は、3部制を廃止して、昔の2部制に戻すこと。20世紀までの文楽は、例えば第1部が11時から16時、第2部が16時半から21時半、そういう2部制をとっていた。

 

 あの頃は東京も大阪も、チケットを取るのが困難なほどの満員だったと記憶する。21世紀の最初の25年のうちに、竹本住大夫・竹本源太夫・豊竹嶋太夫・豊竹咲太夫・先代 吉田玉男・吉田簑助など、20世紀の文楽を支えた多くの名人が文楽の世界を去った。津太夫と越路太夫、2人の達人の至芸を知らない世代の観客も増えた。

 

 ならば、人気の太夫に三味線に人形遣いを3部制の中に薄く分散させてしまうのではなく、昼の部と夜の部の2部制の中にギュッと凝縮&濃縮して、観客の満足度を高める方向に舵を切るべき時が来ている。ワタクシはそう信じるのである。

(リッツカールトンホテル大阪で、100周年を迎えた甲子園球場の模型を発見。左側、銀傘の下のあたりに「東進ハイスクール」の文字もあった)

 

 いや、もちろん諸君、今井君自身が予備校講師としてステージに出る時には、2部制でも3部制でもちっとも構わない。授業は絶対に薄っぺらく分散したりしない。全て濃厚&濃密、受講生諸君を眠らせたりすることは決してしない。

 

 11月の札幌のトリプルヘッダー、今から大いに楽しみだ。12月の大阪&京都でのダブルヘッダー4回、これも大いに楽しみだ。

 

 今はまだ、夏のハモを好きなだけ貪り、秋になればモツ鍋やら豚しゃぶやらも遠慮なく貪り、出来ればスッポン鍋も何度か貪って体力を養い、トリプルでもダブルでも全く動じない迫力をさらに高めようと思う。とにかくワタクシは常に超満員で、最高のパフォーマンスを続けていきたいのである。

 

1E(Cd) Richter:BACH/WELL-TEMPERED CLAVIER 3/4

2E(Cd) Richter:BACH/WELL-TEMPERED CLAVIER 4/4

3E(Cd) Glenn Gould:BACH/GOLDBERG VARIATION

6D(Pl) 2024夏休み文楽公演 第2部:生写朝顔話(豊竹呂勢大夫/竹本織太夫/竹本錣太夫/竹本千歳太夫ほか):大阪 国立文楽劇場

total m44 y520  dd29302