Fri 240329 北陸トンネル君、寂しいだろう/2月6日金沢の大盛況/金沢おでん 4509回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Fri 240329 北陸トンネル君、寂しいだろう/2月6日金沢の大盛況/金沢おでん 4509回

 北陸新幹線が金沢から敦賀まで延伸して2週間。今ごろ北陸トンネル君は、あまりの寂しさにシクシク泣いているんじゃないだろうか。1962年に誕生して以来、60年の長きに渡って北陸の大スター、北陸の経済と文化を支える重積を一身に担ってきたというのに、今やもう誰も見向きもしない。

 

 遠い国鉄時代も、JR西日本時代も、ありとあらゆる急行や特急がこのトンネルをくぐり抜けていった。北陸トンネル開通を記念する切手のデザインは特急「白鳥」、大阪から青森まで日本海沿岸を15時間かけて北上する超長距離特急が、敦賀から福井に向かって出発する時刻は、午前10時12分だった。

(1962年、北陸トンネル開通記念の10円記念切手、特急「白鳥」が主人公だった)

 

 国鉄時代は、急行列車や特急列車にマコトに多彩なネーミングがなされていて、名前を眺めているだけで旅情がそそられる。

 

「能登」「越前」「ゆのくに」「きたぐに」「兼六」「しろがね」「こがね」「若狭」「加賀」「越山」「加越」「日本海」「あさしお」「くずりゅう」「金星」「黒部」「大社」、その多くが北陸トンネル君をくぐって快走した。

 

 金沢発 秋田行き、または青森発 秋田経由 金沢行き、「しらゆき」という名の長距離急行があった。金沢から南には行かないから、この急行列車は北陸トンネルのお世話になってはいないが、1964年の時刻表を見てみると、金沢発06時45分、秋田着17時05分。丸1日、12時間超の長い長い旅だった。

(1964年3月20日改正の日本交通公社版時刻表より。「しらゆき」の金沢発車は朝6時45分である)

 

 朝の金沢駅でお弁当を買って、お昼ごろ新潟に着くから新潟でまた弁当を買って、おそらくこの辺りで我慢できなくなってお酒も買って、いやはやこの沿線のダンナたちは酒豪が多いから、平気で4合瓶のラッパ飲みが始まる。

 

 午後2時ごろ鶴岡・余目・酒田を過ぎ、子供には少年マンガとチョコとキャラメルを買って、むずかる赤ちゃんをあやしあやし&ごまかしごまかし、夕暮れの秋田駅に到着。もうお弁当はイヤだから、駅の立ち食いそば屋に入って、濃厚な出汁のカホリの中、もうもうと湯気の上がる雪国のかけ蕎麦をすすっただろう。

(1964年3月20日改正の日本交通公社版時刻表より。「しらゆき」は14時12分に山形県余目を発車する)

 

「しらゆき」というネーミングが、たまらないじゃないか。金沢の重たい湿雪、新潟のやっぱり重たい雪が、北上するとともに次第に軽い粉雪に変わり、粉雪は日本海から吹きつける季節風に飛ばされて、東の深い山地に降り積もる。

 

 ただし、それは真冬の話。春3月になれば、雪は解けて田畑は泥濘にかわり、泥を跳ね飛ばして走るクルマもまた泥濘の色に染まる。北国も雪国も、春は泥の色一色なのだ。美しい「しらゆき」のイメージは2月まで、夏休みには揺れる稲穂と蝉時雨の中を「しらゆき」が北に南に快走した。

(1964年3月20日改正の日本交通公社版時刻表より、北陸本線の主な列車と主要駅時刻表。「しらゆき」君も頑張っている)

 

 残念ながら、こうやって北陸新幹線がぐんぐん延伸してしまうと、駅弁や4合瓶やチョコやキャラメルが、みんな終わりになってしまう。というか、とっくに終わりになっちゃっていたのだが、トドメを刺されるというか何というか、お役御免になった北陸トンネル同様に、旅好きは何とも寂しい気持ちを抑えることができない。

 

 秋田で過ごしていたコドモ時代の今井君にとっては、金沢とは要するに「しらゆき」の始発駅であり、「しらゆき」の終着駅であるに過ぎなかった。コドモが金沢の武家文化や兼六園の素晴らしさに興味があるわけはないし、金沢に親戚も知り合いもいなかったのだから、金沢が時刻表の中だけの存在であるのは致し方なかった。

   (2月6日、金沢での大盛況。出席者、約160名 1)

 

 今もあるかどうか分からないが、昔の田舎の家庭の壁には必ず「○○駅発車時刻表」が貼ってあった。近隣の駅を発着する列車の一覧表で、ダイヤ改正のたびに新聞に折り込まれてくる。それをパパやママが大事そうに、玄関か居間の壁に画鋲かセロテープで貼りつけた。

 

 各駅停車は、黒インク。特急は、赤インク。昭和の頃には国鉄にも急行と準急が走っていて、準急は青インク、急行は緑のインク。金沢行きの「しらゆき」は急行だから、幼い今井君の頭の中には、金沢はいつでも緑のインクのイメージなのだった。

   (2月6日、金沢での大盛況。出席者、約160名 2)

 

 その金沢が、今のワタクシにはマコトに身近な街になった。1年に2回から3回のペースで、コンスタントに訪問するのである。この仕事に就かなかったら、一生「緑のインクの終着駅」のままで終わったかもしれないのに、いつの間にか寿司屋に居酒屋にジャズ喫茶、何だかずいぶんすみずみまで入り込むようになった。

 

 金沢ばかりではない。熊本・松山・広島・高松・徳島・富山・和歌山・小倉・岐阜・静岡、今井の公開授業の定番であるそうした街々に、2005年の東進移籍以来すっかりお馴染みになった。

 

 駿台や代ゼミに勤めていた時代なら、名古屋・大阪・京都・神戸・広島・岡山・博多、要するに「のぞみ停車駅」しか訪問することはなかっただろうが、東進に移籍して丸19年が経過、北海道でも札幌以外の街にも、函館・釧路・北見・旭川・室蘭・小樽、ホントにいろんな街の馴染みになれた。

(金沢駅前「八兆屋」、金沢おでん。オイシューございました 1)

 

 というわけで、そうなのだ、2005年春に東進で仕事を始めてから、丸19年が経過した。あと1年で20周年。来年2025年の3月末には、「20周年記念」として何かちょっとしたイベントでもやりたいのだが、ま、いろいろ難しい事情もあって、実現しそうな気がしない。

 

 だからとりあえず今は、毎回毎回の講演会や公開授業に全力を注ぐばかりである。2月6日は、前日の小松に続いて金沢で公開授業。出席者、約160名。写真でご覧のとおりの大盛況であって、この夜もまた難関国立大学の長文読解問題を使用、90分の大熱演に及んだ。

(ホテル日航金沢、高層階の窓から眺める雪の朝の金沢。手前が金沢駅、はるかに日本海を望む)

 

 ただし、終了後の懇親会・祝勝会・お食事会は、この時もまだ御法度。致し方なく諸君、またまた「単独祝勝会」になだれこんだ。

 

 単独なんだから「会場」も何もないものだが、とりあえず単独で予約した「会場」には、ホテル日航の地下にある飲食店街から「八兆屋」を選択。何を隠そうこの「八兆屋」、実は前日の小松公開授業の後にも駆けつけて、2夜連続の訪問になるのであった。

(金沢駅前「八兆屋」、おでんも、のどぐろも、ブリ刺身も、みんなオイシューございました)

 

「ほほお、余程お気に召しましたな?」であるが、同じ店でもお気に召す場合と、お気に召さない場合がある。お気に召したのは、前日5日。お気に召さなかったのは、2日目の2月6日。召したか、召さないか、その原因は客層である。

 

 

 2月5日は、閉店時刻が近かったこともあってか、静かな個室に通してもらい、他の客もみんな静かに酒を楽しむ人々ばかりで、ホンの1時間弱の単独祝勝会がしみじみ身に染みて楽しかった。

 

 しかし2月6日は、一番奥の狭いカウンター席にギュッと縮こまって座ることになり、近くのテーブル席のサラリーマンないしビジネスパーソン集団の、激烈な笑い声と喚き声の嵐に耐えなければならなかった。

 (金沢駅前「八兆屋」、のどぐろ君。オイシューございました)

 

 どうして中年男子諸君は、あんなに大きな声で語り合うのだ? どうして彼らの中に1人か2人、テーブルをバンバン殴りながらケケケケ爆笑する人物が含まれているのだ? 大物芸人さんがカブリモノで登場し、面白くもない仲間内の失敗談にテーブルをドカドカ殴りつける、その類いのテレビ番組の影響か?

 

 そういうツマラン喧騒の中では、せっかくの金沢おでんも落ち着いて賞味していられない。2日続けていただいた「八兆屋」の金沢おでんだったが、5日のおでんはジャガイモも厚揚げもみんな絶品。しかし6日のおでんは、大好きなはずのガンモドキや大根さえ、何だか喉に引っかかった。

 (金沢駅前「八兆屋」、ブリの刺身。オイシューございました)

 

 のどぐろの塩焼き、これはマコトにオイシューございまsた。お寿司屋さんでは、高級魚♡のどぐろ君は半身でしか出てこないが、さすが居酒屋、のどぐろ君もまるまる1匹、その美しい全身を惜しげもなくお皿の上にさらしていたのである。

 

 そしてもちろん2月の金沢だ、居酒屋でも実にうまいブリの刺身がいただける。いま写真で眺めても、やっぱりお美しい。まさに岸朝子センセイの「たいへんオイシューございました」の出番なのであったが、だからこそビジパー軍団の大笑いと喚き声とテーブルバンバンが悔しかった。

 

1E(Cd) Queffélec:RAVEL/PIANO WORKS 1/2

2E(Cd) Queffélec:RAVEL/PIANO WORKS 2/2

3E(Cd) Cluytens & Conservatoire:RAVEL/DAPHNIS ET CHLOÉ

6D(DPl) 文楽:国性爺合戦「楼門の段」豊竹咲大夫  「甘輝館の段」「紅流しより獅子が城の段」竹本住大夫

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