Tue 240116 京大・室町寮に憧れる/院生専用ないないづくし/能「松虫」のこと 4483回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Tue 240116 京大・室町寮に憧れる/院生専用ないないづくし/能「松虫」のこと 4483回

  まあ諸君、今日の写真の1枚目と2枚目に、じっと目を凝らしてみてくれたまえ。「何だこりゃ?」であり「何ですかこれは?」であり、「いくら何でも地味すぎませんか?」であって、とてもとても「バエ」追求のお写真とは思えませんな。

 

 ところがこれは「京都大学・室町寮」。日本国内どころか、世界中を見渡しても、これほどの伝統と格式を誇る大学寮は、なかなか見当たらない。ホンの2日前にあの「共通テスト」を受け終えた受験生諸君にも、ぜひ&ぜひ将来の入寮を目指していただきたい国宝級の学生寮なのである。

(築80年、院生専用・京都大学「室町寮」の勇姿。昭和17年から存在するんだそうな 1)

 

 知名度は、目いっぱい低い。というか、ほぼ「ない」。京大の学部生の中にも「そんな寮がホントに存在するの?」と半信半疑の諸君だって少なくないんだそうな。「そんなん、ホンマにあるんかいな?」と、多くの学部生が薄笑いで逆質問してくるらしい。

 

 それもそのはず、室町寮は「大学院生限定」の寮。京大で院生にならなければ、入寮資格はない。「勉強は、学部でオシマイ」「オカネ儲け優先なら、とっととコンサルに就職」という人々は、室町寮の「む」の字もご存じないままに、どんどん卒業なさるわけだ。

 

 この古色蒼然とした2階建ての木造建築物、もともとは「上京保健所」だった。完成が昭和17年というんだから、まだ太平洋戦争での日本の勝利を信じる人々が大半だった時代のものである。

 

 ということは「築80年」。おお、こりゃスゲーや。学部生の頃の今井君が生活していた千葉県松戸市の「松和荘」、あの汲み取り式トイレの驚くべきボロアパートだって、あの当時「築35年」だったんだから、いやはやさすがに「築80年」、その貫禄には完全に脱帽だ。

(築80年、院生専用・京都大学「室町寮」の勇姿。昭和17年から存在するんだそうな 2)

 

「院生しかいない」「大学院生しか入寮できない」ということになると、「ついさっきまで大学受験生でした」という若々しい学部生の激しいパーティーやら昔ながらの「コンパ」やらとは完全に無縁。さぞかし知的な静謐に満たされ、穏やかに落ち着いた研究生活には絶好の環境だろう。

 

 心配なのは「相部屋」というヤツであるが、室町寮は「全室個室」。おお、安心&安全だ。院生ともなれば、極めて特殊な生活時間帯を要求する人も少なくない。

   (11月29日、夕刻近くの京都・真如堂を訪ねる 1)

 

「人生という兵学校は厳しいよ」と、偉い人たちはしばしば口にする。何時に寝て、何時に起きて、何時に朝ゴハン、何時に晩ゴハン、何時から何時までお勉強、そういう恵まれた規則的な生活が可能なのは、この上なく幸福で甘やかされた青少年期だけだと思いたまえ。

 

 実世界では、どんな環境であっても、もし眠れるチャンスがあれば積極的に睡眠を貪るのである。食える時に食い、飲める時に飲む。いつ何どき「睡眠は不可能」「食事は不可能」という超絶環境に投げ込まれるか分からないのだから、「規則正しい毎日」なんてのは、まあ望むべくもない。

 

 大学院とは、この世で最も厳しい兵学校のような場所だと思わなきゃいけない。好きで飛び込んだ研究生活だ。理系であれ医系であれ文系であれ、もしも研究に必要なら、どんな時間に起きてどんな時間に眠るか、常識の範囲で考えてちゃいけないのだ。

   (11月29日、夕刻近くの京都・真如堂を訪ねる 2)

 

 そういう院生たちが、もしも「相部屋」ということになれば、いやはや相部屋の2人は生活時間帯の相違のせいで、研究生活がマコトに窮屈になる。ある者は午前3時起床で午後11時に就寝、またある者は午後2時起床で午前9時に就寝、そんなの当たり前だ。

 

 そんな2人が相部屋になって、「うるさいなあ」「静かにしろよ」といがみあったいたんじゃ、研究生活がスムーズに捗るはずもない。ワタクシはこの「完全個室」の京大・室町寮、院生の研究にはベストの環境だと信じるのである。

 

 調べてみると、全寮生で20名以下。寮費は1ヶ月でななななんと「400円」。うひょ&うひょ、驚きの低価格。水道光熱費まで含めて3400円。何だこりゃ、天国かいな?

  (11月29日、京都・黒谷「金戒光明寺」を訪問する 1)

 

 この価格では、さすがに「お風呂はありません」。しかしさすが京大の院生だ、「お風呂はないけど、シャワーはあります」「お風呂洗いの手間が省けます」と、マコトに勇敢にあっけらかんと生きていらっしゃる。もしもお風呂というんなら、京都は実は銭湯天国。温泉っぽい施設も数多い。

 

 もしも今ワタクシが学部生なら、こりゃ意地でも京大大学院への進学を目指し、本日ただ今から懸命に勉学に励むだろう。大学院それ自体より、この室町寮での修士課程2年、いや博士課程まで含めて計5年、この寮でひたすら勉学に励みたい。

 

 ただしあんまり居心地がよすぎると「オーバードクターになってもここにしがみついて意地でも退寮しない」という人々も出現する。それでいろいろ問題が生じている大学の寮が全国に少なからず存在するから、まあこれ以上この話を続けるわけにはいかない。

  (11月29日、京都・黒谷「金戒光明寺」を訪問する 2)

 

 しかし、こういう場所で培われる熱い友人関係というのも、またマコトに貴重な宝物に違いない。「全寮生 → 19人」、しかもその19人がお互い専門分野を全く異にするわけだから、利害関係での衝突なんか皆無。社内やら学内での出世競争とは、この段階ではほぼ無縁のはずだ。

 

 院生としてこういう寮に入寮できるとしたら、もしもワタクシなら。あまり人気の高くない専門分野を選択する。理系の院生が主流だというなら、今井君は何が何でも文系を選びたい。

 

「衰退期の人形浄瑠璃と能&狂言」「20世紀中期のナイジェリア文学」「イングランド・チューダー前期の社会経済思想」なんてのはどうだ? 他の専門家ができるだけ少ない分野がいいじゃないか。

  (11月29日、京都・黒谷「金戒光明寺」を訪問する 3)

 

 理系の院生たちに「そんなの、どこが面白いの」「何の役に立つの?」「オマエ、おかしなヤツだな」と最初は爆笑され、しかし一緒にメシを食いながら、または一緒に銭湯の湯船に浸かって語り合いつつ、ナイジェリア文学やチューダー期の社会経済思想に「すげー面白いじゃん」と相槌を打ってもらえる日が、いつか必ずやってくる。

 

 実はそういう生活に、ワタクシはやっぱりどうしても憧れるのである。一昨日の記事の終盤で、ワタクシは「クツワ虫と松虫」について言及した。昨日の記事の終盤でも松虫が登場、古今和歌集「もみじ葉の 散りて積もれる我が宿に 誰を松虫 ここら鳴くらむ」を紹介した。

(11月30日、京都大・室町寮から近い堀川通りのイチョウ並木を堪能する 1)

 

 それが実は今日、能「松虫」を紹介する伏線になっていたのである。能の世界ではマコトに珍しく、「松虫」は熱い友情をテーマにしている。もし室町寮で院生時代をともに過ごせば、友人との間に「松虫」みたいな熱い友情を築き上げることも可能なんじゃないか。

 

「松虫」の舞台は、大阪・阿倍野である。市で酒を売る人の店に、男たちが集まって酒宴を開き、白居易の詩を吟じたりして酒宴が盛り上がっている。その男たちの一人がふと「松虫の音に、友人を忍ぶ」と口にし、店の主人がその言葉の由来を尋ねると、男は静かに語りだす。

(11月30日、京都大・室町寮から近い堀川通りのイチョウ並木を堪能する 2)

 

 むかしむかし、阿倍野の野原を親しい友人2人が歩いていた時のこと。一方の男が松虫の声に心惹かれ、ふと叢に入っていったが、そのまま帰ってこない。心配した友人が探しにいくと、なんと友は草の中に臥して、すでに事切れていたのである。友を土中に埋め、男は松虫の声を聞きつつ、亡き友をしのび続けた。

 

 そう語り終えると、男は「実は自分こそ、友を亡くした男の幽霊である」と告げ、忽然と姿を消してしまう。店の主人はその一晩をかけて男を弔うが、すると男の幽霊が姿を現し、友への熱い思いを語りつつ激しく舞を舞う。やがて朝を迎え、幽霊はその姿を消し、阿倍野の原にはただ松虫の声だけが残っている。おお、複式夢幻能の典型だ。

(11月30日、京都大・室町寮から近い堀川通りのイチョウ並木を堪能する 3)

 

 これを書く前に、ワタクシは書斎の奥から1枚のDVDを探し出し、1962年収録の能「松虫」、梅若六郎と豊嶋十郎が演した名演を、1時間かけてじっくりと眺めてみた。

 

 いやはや、マコトに激烈な熱情のこもった能である。何かの機会があったら、ぜひ諸君も「松虫」、どこかの能楽堂か何かの動画かで、亡き友人を思って舞う幽霊の舞を目撃していただきたい。

 

 ただしこの能「松虫」であるが、書かれた時代の松虫とは、実は鈴虫のことであったらしい。あの祇王寺のオジサマが手のひらで温めていらっしゃった松虫とは別の虫、リーン&リーンと鳴くあの鈴虫が、舞台の背景になっていたらしいのである。

 

1E(Cd) Gunner Klum & Stockholm Guitar Trio:SCHUBERT LIEDER

2E(Cd) Richter & Borodin Quartet:SCHUBERT/”TROUT”  “WANDERER”

3E(Cd) Alban Berg:SCHUBERT/STRING QUARTETS 12 & 15

6D(DPl) 能:観世流 卒都婆小町(梅若六郎 松本謙三)/ 観世流 松虫(梅若六郎 豊嶋十郎)

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