Sat 230422 味仙/歌舞伎町/岐阜の大盛況2回/モヤシのないレバニラに苦戦 4351回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sat 230422 味仙/歌舞伎町/岐阜の大盛況2回/モヤシのないレバニラに苦戦 4351回

 台湾ラーメンを初めて食べたのは、大阪・心斎橋の「味仙」だった。味仙と書いて「あじせん」と読む。その後グイグイ有名店にのし上がった名古屋の「味仙」(=みせん)ではない。

 

 大阪・日本橋(にっぽんばし)で文楽を観た後、立ち飲みの居酒屋やら、同じく立ち飲みのワインバーやら、ほうぼう&さんざん飲み歩いて、最後のシメに心斎橋の味仙に入った。

 

 ワタクシはカレーも極辛カシミールを大盛りにしてもらうぐらいだから、辛いものは得意中の得意。「あじせん」の台湾ラーメンもマコトに気に入った。

 

 ところがその「あじせん」、数年前に閉店になってしまった。大阪で飲み歩いた後のシメ候補が1つ減ってしまい、少なからずガッカリしていた。

 

 大阪の知り合い数人に尋ねてみても、なかなか旨いラーメン店を教えてくれない。「とっておきの馴染みの店を、そう簡単に教えてなるものか」、その辺も、メシにうるさい大阪人の気概なんだと思う。

(3月5日、台湾料理の名店、名古屋・今池「味仙」本店を訪問した)

 

 ところがその「味仙=あじせん」、いきなり東京・新宿に復活した。「いきなり」というか「いつの間にか」というか、新宿歌舞伎町のかなり奥の方に、「心斎橋 味仙」という看板が上がっているのだという。

 

 しかし、確かに台湾ラーメンは恋しくて恋しくて今すぐにも駆けつけたいが、残念なことにワタクシは歌舞伎町というところが苦手。どんなに東急財閥が頑張って歌舞伎町を新しく改革しようとしたって、昭和中期から綿々と続くあの猥雑すぎる雰囲気が、ビル1つ建てたぐらいで変わるわけがない。

 

 1980年代までは、神宮球場の早慶戦が終わると、早稲田大学の学生たちが大挙して歌舞伎町を訪れることになっていた。新宿コマ劇場とか新宿ミラノ座とか、今ではもう伝説になってしまった劇場や映画館が立ち並び、噴水の上がる派手な池もあって、酔っ払った早稲田の学生が池に飛び込んでは物議を醸した。

 

 若き今井君も、一応は友人たちの後ろから歌舞伎町までついていき、池の周りで早稲田の校歌やら「紺碧の空」やらを熱唱し、ついでに慶応の校歌や「若き血」も熱唱し、おかげで今でも今井のカラオケ定番の中に慶応「若き血」が含まれている。

(名古屋地下鉄・東山線「いまいけ」駅にて。「今行け」と読むか、「今井家」と読むか、なかなか難しいところだ)

 

 しかし諸君、その当時からやっぱり歌舞伎町はコワかった。油断ならない客引きもたくさん横行していたし、「若き血」「紺碧の空」なんかを熱唱していれば、必ず向こうの薄闇からこっちを伺う強烈に鋭い視線も感じた。むかしは「チーマー」と呼ばれたグレーな感じの集団だって駆け回っていた。

 

 あとはもちろん「接待を伴う飲食店」。接待の濃淡も様々だが、その濃厚なほうがギュッと凝縮しているのが歌舞伎町だ。46や48系ビジュアルの女子がズラリと並んだ看板やら、ジャニーズ系男子が1ダースあまり、まるで我々のポスターみたいに勢ぞろいした看板やら、いやはや余りに恐ろしい。

 

 このところしばらく通っていたデンタルクリニックが「花園神社」のそばにあったものだから、真っ昼間の歌舞伎町がどうしても垣間見えてしまう。

 

 いやはや、いやはや、とにかく今井君の苦手なものばかりをワンサと取り揃えたような光景。もう半世紀も続いたこの状況を、東急の巨大ビル1つが転換できるだろうか。ワタクシには、どうも無理な話に思えるのだ。

(春の大運動会に新種目①「でいなか歩」。名古屋地下鉄・今池駅で発見)

 

 こういうふうだから、大好きだった大阪・心斎橋「味仙=あじせん」が、新宿歌舞伎町の奥の方に移転したからと言って、「じゃあ、懐かしの台湾ラーメン、さっそく食べに行きましょう」という気にはなれない。

 

 そこでワタクシは、「ならば名古屋の味仙(=みせん)に行こう」と決意。2年前の夏、まだコロナ2年目の夏だったが、名古屋駅前「味仙 大名古屋ビルヂング店」を訪問した。

 

 しかし、うーん、もちろんコロナの真っただ中というせいもあったんだろうけれども、イマイチ満足できなかったのである。

 

 ちょうど「孤独のグルメ」で台湾ラーメンの店「光陽」が舞台となり、松重豊どんの名演もあって、台湾ラーメンの人気が急激に高まった頃だった。

 

 それなのに「あらま、こんなもん?」と、拍子抜けする思いだった。コロナ真っただ中の夏だったのに、食事後も延々とマスクを外したまま大声でバカ笑いを繰り広げているサラリーマン集団もイヤだった。

(春の大運動会に新種目①「でいなら走」。名古屋地下鉄・今池駅で発見)

 

 あれからしばらく「旨い台湾ラーメンが食いたい♡」「旨い台湾ラーメンが食いたい♡」と、悶々とする日が続いた。「なら歌舞伎町『あじせん』に行けばいいじゃん」なのだろうけれども、どうしても歌舞伎町訪問は避けたかった。

 

 そこへ諸君、3月4日・5日・6日と、公開授業の出張で名古屋3連泊のスケジュールになった。大チャンス到来だ。同じ「味仙」でも、大名古屋ビルヂング店じゃなくて、やっぱり今池の本店を訪れなきゃいけないに違いないと考えた。

 

 3月4日は、岐阜県三柿野の「テクノプラザ」で公開授業。出席者、約120名。山の中にポツンと宇宙の秘密基地ができたような不思議な会場であるが、岐阜県内の関や多治見を中心に、大型バスをチャーターして集結してくれた。川崎重工の大きな工場があり、戦前&戦中には軍の飛行場もあったりして、理系の優秀生が多い土地柄なんだそうだ。

 

 3月5日は、名鉄岐阜駅前で公開授業。出席者、約100名。こちらはもうすっかりお馴染みの校舎であって、東進に移籍して18年の間に、おそらくもう15回は公開授業を繰り返している。岐阜のスタッフとももうすっかり顔なじみだ。

        (3月5日、岐阜の大盛況)

 

 しかし3月上旬の段階では、終了後のお食事会・懇親会・祝勝会の類いは、まだ全面禁止というか、全面見合わせというか、この今井君にとってはマコトに厳しくツラい日々が続いていた。

 

 とはいえ、ピンチをチャンスにかえるのが、われわれ予備校講師のお仕事の本質だ。懇親会ナシ、お食事会ナシ、それで空きっ腹をかかえてホテルでコンビニ食、そんなことしか出来ないようじゃ、予備校講師の名がすたる。

 

 つまり、いよいよチャンス到来なのだ。いざ、今池の「味仙本店」に討ち入りじゃ。「敵は本能寺にあり」であり、「味方は今池本店にあり」であって、「今こそ山鹿流の陣太鼓を打ち鳴らし、そろいの錣頭巾も勇ましく吉良邸に討ち入り」、その夜がやってきた。

  (味仙、今池本店のギョーザ。思った以上に大人しい)

 

 なお、錣頭巾と書いて「しころずきん」と読む。錣(しころ)とは、カブトの一部分。後頭部から首にかけてを守る重要な機能をもち、鉄板か木の板(これを「札」と書いて「さね」と読む)を3枚か5枚、カブトのヘルメット状の部分から下に縫いつけた。

 

 ええい、「百聞は一見にしかず」でござるな。「どうする家康」は今井君の好みにどうしても合わないので、錣のイメージがつかめない諸君は、次に大谷翔平サマがホームランを打った時、彼の頭に乗っけられる兜を見てくんろ。そのためにも次のホームラン、早く見たいものでござるね。

 

 なお、その錣のついた「頭巾」とは、こりゃまた説明が難しいから、まあ諸君、YouTubeで「吉良邸討ち入り」を検索すれば、過去半世紀のテレビの歴史の中で、吉良邸に討ち入ったありとあらゆる錣頭巾の男たちを見ることができるはずだ。

(味仙、今池本店の手羽先。その思い切った強烈な辛さに一興を喫する)

 

 まあそういうことで、岐阜から名古屋に帰ってきた3月5日夕暮れの今井内蔵助は、さっそく地下鉄東山線に乗りこみ「今池本店」を目指した。「今池」と書いて「いまいけ」。「今井家」にも見えるし、「今行け」にも見える。まさに今すぐ行くしかないじゃないか。

 

 それにしても諸君、考えてみるとワタクシ、名古屋とはこんなに長い付き合いになるのに、もしかすると名古屋の地下鉄に乗ったのは、今回が初めてかもしれない。

 

 代ゼミにいた8年間は、毎週1回必ず名古屋出張があったし、東進に移籍してきてからも「今池ガスビル」で何度も公開授業を開催したのだったが、何しろ若き今井君はマホーのジュータンが大好き。市内の移動はタクシー専門、なかなか地下鉄に乗る機会がなかった。

 

 初めて「東山線」に乗って気がついたのだが、「何だか変な揺れかたをしますね」であって、この地下鉄、相当古いのかもしれない。アテネにブダペストにマルセイユ、ブエノスアイレスにメキシコシティ、世界中たくさんの地下鉄を乗り回してきたが、こんな不思議な揺れ方は初めてだった。

(辛ければ、古式ゆかしいキリンラガー・大瓶に助けを求める)

 

 というわけで、ついに味仙・今池本店にやってきた。思いのほか広い店内、2階席もまた昔のデパートの大食堂なみに広々としていて、これで「午前2時まで営業」「ラストオーダー午前1時半」ということになると、頼もしいことこの上ない。

 

 元気な店員さんもまた素晴らしい。ちょっと元気すぎて、腹の底から絶叫するような「いらっしゃいませ!!」の声に毎回毎回少なからずギョッとするが、まあそのぐらいいいじゃないか。

 

 注文したのは、① 超辛で有名な手羽先、② 前回から書いている「臭活」のための餃子1皿、③ もちろん「臭活」のメインであるレバニラ炒め。これに古式ゆかしいキリンラガーのビール大瓶を追加すれば、これ以上のシアワセなんか考えるのが難しいぐらいだ。

 

 しかし諸君、そこに立ちふさがったのが「レバニラ炒め」なのである。まさか「レバーとニラだけ炒め」とは思わないじゃないか。レバニラ炒めと言ったらモヤシたっぷり、たっぷりのモヤシをシャクシャク音を立てて咀嚼しながら、時おりボヨンとしたレバーの歯ごたえに行き当たる、その瞬間を楽しむものだと思っていた。

(もやしナシ、ニラとレバーだけの強烈&濃厚なレバニラ炒め。ワタクシは「臭活」の終結を宣言した)

 

 ところが、さすが味仙本店だ、モヤシなんていう軟弱なものは一切ナシ。「だって『レバ&ニラ』炒めだろ」と言わんばかりに、ズンとレバーが主役、ズンとニラが相手役、そのほかは一切ナシ。「モヤシなどというエキストラは必要ない」と言わんばかりに、レバ助とニラ姫の2人だけで、皿の上の舞台は簡潔に完結する。

 

 しかし軟弱な今井君にとって、モヤシなしのレバニラはキツすぎた。激辛の手羽先はサッサと平らげたし、臭活の一方の主人公ギョーザもあっという間に胃袋に収まったが、モヤシなしのレバニラには大苦戦。苦戦の末に全ての咀嚼&嚥下に成功したが、あの日を境にワタクシの「臭活」、一気に下降線を辿ったのだった。

 

1E(Cd) Richter:BACH/WELL-TEMPERED CLAVIER 1/4

2E(Cd) Richter:BACH/WELL-TEMPERED CLAVIER 2/4

3E(Cd) Richter:BACH/WELL-TEMPERED CLAVIER 3/4

4E(Cd) Richter:BACH/WELL-TEMPERED CLAVIER 4/4

5E(Cd) Eduardo Egüez:THE LUTE MUSIC OF J.S.BACH vol.1

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