Mon 230220 ブログ写真3万枚/ウワバミ文庫「note」へ/沖縄ブエノチキン 4325回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Mon 230220 ブログ写真3万枚/ウワバミ文庫「note」へ/沖縄ブエノチキン 4325回

 日本の皆さまも、世界中の皆さまも、こんなに遠慮も会釈もなしに写真を撮りまくっている状況というのは、間違いなく人類の歴史上で例を見ないことである。

 

 何しろワタクシの子ども時代は、古色蒼然としたフィルムカメラしかなかった。24枚撮りがスタンダードで、無理をしても36枚撮り。1本のフィルムが終わってしまうと、フィルムを全部巻き上げて、太陽の光が当たらないように厳重に保管しなければならなかった。

(上:那覇・安里(あさと)「山羊料理 二十番」 下:沖縄県浦添「アルゼンチン料理 ブエノチキン」。今井君もそろそろこのぐらい、古色蒼然かつワイルドな親分レベルに成長したのかもしれない)

 

 そのせいなのか、今井君の子どもの頃のたった1冊のアルバムを開いてみると、恐ろしいほど写真が少ない。6月26日に生まれてから、何と10月30日まで1枚も写真がない。生まれた直後の4ヶ月間、宏君がどんなに可愛らしい新生ベイビーだったか、それを示す証拠写真は1枚も存在しないのである。

 

 そして諸君、驚くなかれ、その後ほぼまるまる1年の空白があって、人生2枚目の写真は翌年の9月下旬。人生で2回目にコスモスの花を見る季節になって、ようやく2枚目の写真、わが父上の放置ぶりは、まさに驚嘆に値する。

 

 その後もずっと「1年にせいぜい2枚」の放置状態で乳児 → 幼児 → 園児の日々が継続し、父上も母上も写真に興味は全くなくて、小学校の入学式の朝も、オウチの玄関前でも小学校の校門前でも、全く写真なんか撮る様子がなかった。


(解体作業が進行するの那覇・牧志公設市場のすぐ近くで、しぶとく生き残る居酒屋のゴーヤチャンプルーを味わう)

 

 おそらくそういう子ども時代のせいで、やがてスクスクとカッケー少年♡から、たくましい青年♨︎に成長しても、今井君はカメラというものに自分でも関心が湧かなかった。遠足でも修学旅行でも、担任教師や友人たちが不思議がると言うか、いぶかると言うか、今井君の変わり者ぶりを遠巻きに眺めていた。

 

「なぜ写真を撮らないの?」と尋ねられると、あえて自らの記憶力の極端な優秀さを語り出した。写真がなくても、町や寺社や河川の風景も、山や湖yた海岸線の絶景も、友人たちのハシャギぶりも、軽く目を閉じさえすれば、いつだってカンタンに思い出せる。

 

 だから写真より、今目の前にあるものにじっと目を凝らす方がいい。いやはやマコトに小生意気なことを、小学6年で十和田湖を訪れても、中3で北海道を旅しても、高2で京都&奈良を連れ回されても、同じ調子の冷笑を浮かべながらホザき続けた。

(前の写真と同じ店で、絶品ジーマミーチャンプルーもいただく。あまりの旨さに、左目の網膜さえ元どおりになりそうな気がした)

 

 大学学部生になる頃には、そういう冷淡さが何だかひどく恥ずかしくなって、生まれて以来のアルバムにたった二十数枚しか写真のないことが異様に思われ、この異様な人生を何とか卒業しようと、夏休みにはあえて「写ルンです」を購入し、友人たちとの鹿児島・神戸・青森・高知の旅に持参した。

 

 しかし諸君、やっぱり根っから写真がキライだったのだ。学部を卒業した後には、またまた写真から遠ざかる。1991年に河合塾と駿台で講師を始めた頃、ちょっと事情があってまだ珍しかった「ケータイ電話」というシロモノを手にしたが、当時のケータイには、もちろんカメラなんかついていなかった。

(牧志公設市場の反対側、ハイアットリージェンシーホテル近くの路地に、「ステーキ 究」を発見。「究」と書いて「きわみ」と読む。こりゃまさしくオススメの店だった)

 

 それから10年が経過して、代ゼミ講師が板についてきた頃に、「カメラ付き」「カメラ付き」と生徒諸君が大騒ぎし始めた。しかし、今ではアラフォーの彼ら彼女らがどんなにカメラ付きを称賛しても、頑固な今井講師だけは、意地でもカメラ付きを買わない。それどころかデジタルカメラすら買いに行かなかった。

 

 とうとうホンの少し写真に興味を持ったのは、2005年2月の「ヨーロッパ40日の旅」の時のこと。ただしそれでも40日で撮影した写真は100枚にも満たない。後でこの40日の旅のことをブログにまとめる時、掲載すべき写真が不足して困り果てたのを記憶している。

(12月15日、予定を早め、朝一番のヒコーキで羽田に到着。そのまま手術&入院予定のクリニックに直行した。詳細は、次回の記事で)

 

 そういう長い長いカメラ嫌いの歴史を持つワタクシが、2008年にこのブログを開始。以降たいへんな変化が訪れて、ブログ4325回で掲載した写真は約30000枚に及ぶ。

 

 つまり、我が人生の序盤から中盤にかけての写真は、多く見積もっても300枚。2008年の折り返し点を過ぎてから、ここまでの後半戦15年目までで、その100倍の3万枚。いやはや、何がきっかけで革命的な大変革が実現するか、全く分からないものである。

 

 これもみんな2匹のネコたちと、世界250都市だったか「250カ国♡」(前々回の記事参照)だったかの珍道中の連続のおかげであるが、その様子をあまりにも克明に記した旅行記ブログを集めて、確かBiglobeが運営していた「ウェブリブログ」に「ウワバミ文庫」と題してまとめた。

 

 するとまた「何が起こるか分からない」もので、頼りにしていた「ウェブリブログ」が、「2023年1月をもってサービスを停止します」といきなり宣告してきた。せっかく旅行記とナデシコとニャゴロワと、若干の受験記事をまとめた秀逸な第2ブログだったのに、運営サイドの一方的な都合で、消滅の危機を迎えるに至った。

(沖縄浦添「アルゼンチン料理 ブエノチキン」にて、ニンニク満載の鶏丸焼きを味わう 1)

 

 しかし諸君、まもなく恵みの雨が降ってきた。今も頑張って運営が続いている「note」というヤツであるが、膨大な記事と写真を1つも省略せず、カンペキな形を維持したまま、我が第2ブログ「ウワバミ文庫」は、物の見事に「note」にお引越しを済ませた。

 

 諸君も是非、「ウワバミ文庫」とググって見てくれたまえ。「先生も古いですね」「今はググるとか、あんまり言いませんよ」「ネットで件策する、と言う方が普通なんじゃないですか?」とおっしゃる諸君、英語ではまだgoogleが、他動詞として立派に活躍を続けている。過去形も、現在完了形も、現在分詞だって、ちゃんと存在する。

 

「I googled my ex-boyfriend yestreday

「昨日、元カレをググって見ちゃってね。(今も元カレ、世間の評判悪いみたい)」

そういうセリフで映画やテレビドラマにしょっちゅう登場する。もっとも、その映画やテレビドラマというのも、2005年から2015年ぐらいのものばかりだから、やっぱり世の中はとっくに変化しているのかもしれない。

 

  ちょっと話がそれたが諸君、「ウワバミ文庫」を目的語として、他動詞googleを使ってくれたまえ。当たり前のような気がするが、今のところページのトップに登場するのが「note」の今井君のウワバミ文庫。おお、マコトに誇らしい。ヒマに任せて読み進めれば、あっという間に1年ぐらいは経過してしまう厄介な代物だ。

(沖縄県浦添「アルゼンチン料理 ブエノチキン」にて、ニンニク満載の取り丸焼きを味わう 2)

 

 さて、こうしておそらく日本で最も多く写真をブログ掲載してきた折り返し点以後の今井であるが、さすがにお目目にメスを入れる運命になれば、とても写真なんか撮っている心の余裕は生まれない。

 

 だから、昨年12月2日ごろから今年1月22日まで、約50日にわたってポッカリ大きな穴が空いてしまった。数えるほどしか写真がないのである。

 

 12月4日には宮城県の仙台で150人規模の講演会を実施したが、あの時の仙台についてはホントに一枚もなし。12月8日の広島県福山では、公開授業のたった1枚と、生牡蠣・土手鍋うどん・牡蠣の天ぷらの写真が数枚あるのみだ。

 

 12月13日、緊急手術が1週間後に迫っていた沖縄では、さすが沖縄だ、野性味溢れる情景と光景に恐れ入るあまり、飲食店を中心に十数枚の写真を撮ってしまったが、お目目の心配のせいで、その手も小刻みに震え始めていた。

(沖縄県浦添「アルゼンチン料理 ブエノチキン」にて、ニンニク満載の取り丸焼きを味わう 3)

 

 那覇空港に到着するなり、ワタクシはタクシーに飛び乗って「ブエノチキン!!」と絶叫した。沖縄は、ボリビアやチリやブラジルなど中南米との結びつきが強く、詳しいことはそれこそ他動詞googleを活用していただきたいが、沖縄県浦添の「ブエノチキン」は「アルゼンチン料理」を名乗っている。

 

 ところが運転手さんは「ブエノチキンもいいだろうけど、ボクはむしろ『こけこっこハウス』をオススメします」と、運転しながら後ろの座席を振り返るという背筋も凍るような荒ワザを何度も使い、どうやら「何が何でも『こけこっこハウス』にコイツを連れて行きたい」という勢いだ。

 

 しかしスマホで電話してみると『こけこっこハウス』の人は誰も電話に出ないらしい。というわけで今井は無事に『こけこっこハウス』を回避。最初から決めていた「ブエノチキン」に堂々と乗り込むことになった。

 

 ホントに「アルゼンチン料理」なのか、疑ってかかるのは申し訳ないが、数年前のブエノスアイレス滞在中にも、その途中で立ち寄ったラプラタ河の向こうのウルグアイでも、ブエノチキンみたいな鶏の丸焼きは一度も目にしたことがない。

(ブエノチキン、自動販売機も存在する。可愛い笑顔のこのオジサンこそ、どうやらこの店の代表者であるらしい)

 

 店に入ると、マコトに独特な強烈なカホリが全身を包み込む。鶏のポンポンに大量のニンニクを詰め込んで丸焼きにするのである。ワタクシの天敵と呼んでもいい「酢」もまた大量に使われている。

 

 酢の激烈な酸味と、ニンニクの濃厚なニンニク臭がないまぜになって、今やお目目のことで弱り切った今井の肉体と精神に猛攻をかけてくる。こりゃいかん、注文した「チキン1/2羽」だけをそそくさと、咀嚼もそこそこに胃袋に嚥下し、逃げるようにして宿泊先のホテルに向かったのだった。

 

 ただし、誤解がないように書いておくが、このブエノチキン、那覇市や浦添市ではたいへんな人気店であって、クリスマスを前にしたこの日、七面鳥や普通のチキンの代わりに買い求めにやってくるお客が引きもきらず、それなりに長い列が出来ていた。

 

 その点は間違いなく、運転手さんオススメの「こけこっこハウス」も同じだろう。難しい顔をしたオジサマや、息子や娘にたっぷり説教でもしそうなオバサマたちが、こけこっこハウスやらブエノチキンやらで押し合いへし合いしている姿を見ると、ワタクシはますます沖縄が大好きになってしまうのである。

 

1E(Cd) Richter:BACH/WELL-TEMPERED CLAVIER 1/4

2E(Cd) Richter:BACH/WELL-TEMPERED CLAVIER 2/4

3E(Cd) Richter:BACH/WELL-TEMPERED CLAVIER 3/4

6D(DMv) COLLATERAL DAMAGE

total m43 y93  dd28043