Wed 230104 苦難の隘路を突き進むか、腐ってコヤシになるか/呉の海軍カレー 4309回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Wed 230104 苦難の隘路を突き進むか、腐ってコヤシになるか/呉の海軍カレー 4309回

 偉い人は、みんな艱難辛苦が好きである。艱難辛苦、刻苦勉励(コックベンレイ)、率先垂範、そういう四字熟語を、書き初めの太く黒々とした筆文字でしたため、丸一年の艱難辛苦と刻苦勉励、苦行の道を自ら求めて早くも今日の仕事始めに挑んでいらっしゃる。

 

 広い門より狭き門、大通りより徹底的に隘路を選んで歩んでいく。おお、勇ましい。おお、偉い。ぎゅっと狭く暗い隘路こそ昭和のナニワブシ、演歌男の歩む道。やっぱりそうでなきゃいかんじゃないか。

 

 一方、マコトに軽薄で怠け者の今井君は、艱難辛苦が何よりもキライ、刻苦勉励が何より苦手、いつまでもヘラヘラしていたいし、どこまでも怠け続けていたい。いくら刻苦勉励しても、宝くじは絶対に当たらないし、「艱難辛苦の先に待ち受けているのは、過労死の危険だけだ」とホザイて全く恥を感じない。

 

 お雑煮がなくなったらおしるこ、タコアゲに飽きたらカルタにトランプ、みかんがなくなったら干し柿、駅伝が終わってもサッカーとラグビーを眺めて、生ぬるいコタツから抜け出すのは意地でもイヤだ。

(日本一の海の隘路、広島・呉の「音戸の瀬戸」、11月17日)

 

「いやしくも大学受験の予備校講師ともあろうものが、そこまで怠惰で投げやりな人生を肯定していいのか」、そういう厳しいヤイバの切っ先をつきつけていらっしゃる人も少なくないだろうが、だって仕方ないじゃないか。徹底した怠惰は、生まれつきのワタクシの性格だ。今さら矯正できるものではない。

 

 しかも諸君、今年の新年の今井君には、怠惰の言い訳がちゃんと準備されている。「何しろ網膜剥離の緊急手術からまだ2週間。刻苦勉励はお目目に悪い。艱難辛苦もお目目に悪い。お目目の回復を確固たるものにするのには、コタツの温もりと甘いみかんが何よりだ」。

(広島グランドプリンスホテル19階から、朝7時の瀬戸内海を望む。11月17日。写真は美しいが、眼球内はブキミな飛蚊がうようよ、とても正視にたえなかった)

 

 ついでに言っておくが、予備校講師というものは、自分だけ異様に偉くなっちゃいけないのだ。

 

 自らの刻苦勉励をこれ見よがしに生徒たちに見せつけて、「オレはこんなに偉いんだ」「自分こそ生徒たちのお手本なんだ」とヌカし、生徒諸君も「ボクらの憧れは先生です」とお目目をキラキラ、それじゃ残念ながらまだ2流、いや3流、「まだまだお若いですね」と今井にニヤニヤ笑われておしまいだ。

 

 だってそうじゃないか。ハーバードやスタンフォードの教授でもなし、バチカンや比叡山や高野山のお坊さまでもなし、聖人君子には程遠い。だから予備校講師なぞという職業に落ち着き、たんまりオカネをいただいてこの世の甘い汁をすすっている。その自分を生徒の憧れの対象に据えて大見得を切るなんて、おこがましいもいいところだ。

      (広島・呉の港にて、11月17日 1)

 

 あんまり偽悪的になりすぎてもみっともないが、むしろわれわれ予備校講師は、自らの怠惰やダラシなさを隠そうとせず、苦行も刻苦勉励もできない情けない自分を演出なしにさらけ出し、「だから自分はこの程度の業績しか残せなかったんだ」と、共通テスト間近の生徒諸君に示すべきなんじゃないか。

 

「ちゃんと腐って、生徒たちのコヤシになる」。その辺が予備校講師という人種の正しい生き方だと思うのだ。腐りもできず、生徒のコヤシにもなれず、「自分は天才だ」「自分は神だ」とヌカしつづける、それじゃやっぱり2流3流のレッテルを免れ得ない。

 

 実は実際の今井君は、刻苦勉励が大好き、艱難辛苦も大好き、しかし人間関係の構築や克服に絶えず失敗&失策を繰り返して、こんな中途半端な境遇を、人生の後半まで耐え忍ぶことになった。情けない、マコトに情けない。人間関係を巧みに操縦できるようになったのは、ホンの10年前ぐらいからだ。

      (広島・呉の港にて、11月17日 2)

 

 というわけで、仕事始めを明後日1月6日に控えた今井君としては、あくまで徹底的に冗談であるという前提で、今年の目標を「ちゃんと腐る」「きちんとコヤシになる」という一点に据える。

 

「もうとっくにたっぷり腐ってるよ」とか、そんな意地悪は言いっこなしだ。腐り始めたのが1990年代の河合塾やら駿台やらの頃だとすれば、いやはや当時は若かったというか、腐る覚悟が中途半端だったというか、腐らなきゃいけないのにシャキシャキの新鮮野菜ぶっていたというか、やっぱりダメだったんですな。

 

「コヤシとして1流になりかけた」という自負があるのは、1997年の代々木ゼミナール移籍の後から。「代ゼミ移籍」と入力して「代ゼミ遺跡」とMac君に変換されると、「おやおや、そういうもんですかな」と苦笑するが、あそこから2005年までの代ゼミ時代は、ワタクシにとって最も有意義な時代だったかもしれない。

 (さすが広島、サッポロ黒ラベルも厳島神社のデザインだ)

 

 そして2023年、今や今井君はスーパー肥料であり、「スーパー今井君」「ウルトラ今井君」として、畑や田んぼや果樹園にばらまかれるのに最高のコヤシに成長した。この肥料、間違いなくサイコーだ。ナンボでもまいて、ナンボでも伝説の豊年満作に直結させてくれたまえ。

 

 もちろん、難しいことを言う人もたくさんいらっしゃる。例えば諸君、新約聖書「マタイ伝」にはこうある。「狭き門より入れ。滅びに至る門は大きく、その道は広く、これより入る者は多い。命に至る門は狭く、その道は細く、これを見出す者は少ない」。マタイ伝7章。まあしっかり読んでみたまえ。

 

 大きな門、広い道、それを選択する人は多いが、そういう安易な生き方はホロビに直結する。狭くて厳しい門と道を選びたまえ。そうおっしゃるわけだ。コヤシとして超優秀なスーパー今井君なんかを使うんじゃなくて、全く効かない古い肥料に固執して辛酸なめ子した方がいい、そういう正当なご意見だ。

 

 しかしワタクシは、そういう厳しい生き方はもっと大人になってからでいいと信じる。大学受験ぐらいまでは、ちゃんと正しく腐った「スーパー今井君」がベスト。狭き門&細い道を選ぶなら、大学入学後、いや大学院進学後でいい。受験生時代は、遠慮なくスーパー今井君に頼って、体力と精神力をすり減らさないようにするのが正解だ。

(広島・呉、阪急ホテル前。巨大スクリューの勇姿があった)

 

 さて本日の写真であるが、11月17日、宇品島の広島グランドプリンスホテルから、呉の港を経由して三原までの船旅の前半部のものである。左目は網膜剥離寸前、真っ黒な毛糸の塊が、ドローン状に回転して見えたり、タコやイカのように眼球の中を乱舞したり、手術まで残り1ヶ月、狼藉の限りを尽くしていた。

 

 それでもワタクシは、お船の旅が異様なほど好きなのである。ロンドンでも、テムズ川をグリニッジまで往復を繰り返したし、フランクフルトやマインツの町からケルンまで、ライン河の往復を何度繰り返したか分からない。ポルトでもマルセイユでも延々とお船に乗っていた。

 

 イタリアのガルダ湖に2週間滞在したときは、シルミオーネの港から連日お船に乗って、リモーネにマルチェージネ、リーバにペスキエラにデセンツァーノ、要するに2週間ずっと毎日お船に乗っていた。

 

 ウィーンからスロバキアのブラチスラバまでドナウ河の旅。ブエノスアイレスからウルグアイの町までラプラタ河の旅。どちらも日帰りで満喫した。2022年はほとんど船旅を諦めていたが、夏には大阪から志摩半島に出かけて、穏やかな英虞湾の遊覧を楽しんだ。

(SEA SPICA。広島・宇品から呉と大久野島を経由して三原まで5時間でめぐる)

 

 宇品島から三原まで、「SEA SPICA」と命名された豪華船が運航している。中型の快速船であって、瀬戸内海の小さな島に2ヶ所寄港しながら、三原まで5時間あまり。三原から広島に向かう逆ルートもあるから、諸君も是非1度トライしてみるといい。

 

 宇品島を出港してまもなく、呉の海上自衛隊基地に接近する。実はこの前日、11月16日のワタクシは呉の街を訪問して「海軍カレー」というものも貪った。JRの呉の駅のすぐ近く、阪急ホテル間近の小さな喫茶店であったが、いやはやおそらく10年は忘れられない熱い思ひ出になった。

 

 いや別に、その店の「海軍カレー」が悶絶するほど旨かったというのではない。民放のグルメ番組じゃあるまいし、ひとスプーン口に運ぶやいなや「んー♡」「んんー♡」「んんんんーん♡」と、白目というか三白眼というか、今にも悶絶しそうになる類いの馬鹿げたことはワタクシには出来ない。

(呉駅のすぐ近く、昭和のカホリの喫茶店で名物「海軍カレー」を味わう。オイシューございました。たいへんタノシューございました)

 

 老夫婦2人で経営している小さな喫茶店の、そのダンナさんが、素晴らしい対応をみせてくれたのである。だって諸君、最近受けた手術の傷を見せるために、店の中で上半身ハダカになってみせてくれるような大胆なダンナが、果たして日本中に他に存在するだろうか。

 

 ダンナは、凄い病院通。広島やら岡山やら神戸やらの病院の内部事情について、そのウンチクたるや果てるところを知らない。頭蓋骨の中身も手術なさったらしい。まずその傷のありかをしっかり見せてくれた。

 

 その傷の鮮やかさに驚きいっていたら、「いやそれどころではない、胸にも背中にも大きな手術痕がある」とニコニコ、「こんな大きな傷になったが、何しろ名医中の名医だから、これほどの大手術でもパーフェクトに成功した」と、その武勇伝は尽きるところを知らなかった。

 

 何しろ11月中旬の今井君、頭の中は網膜剥離の手術のことでいっぱいだったから、名医というものがどれほど素晴らしい存在か、その種の話題になりさえすれば幸福でいっぱいだったのだ。呉名物の海軍カレーも、ダンナの話のソースが効いて驚くほど美味。忘れられない経験になった。

(SEA SPICA、音戸の瀬戸の隘路をぬけて、一気にスピードを上げる)

 

 なお、今日一番書きたかったことを忘れていた。遠い遠い昔まだ素朴だったNHK「みんなのうた」の中で、音戸の瀬戸をテーマにした懐かしい一曲を思いだしたのである。

 

 タイトルは「夕陽の笛」。歌ったのは「ひばり児童合唱団」というむかしむかしの恐るべき児童たち。1970年ごろの曲だから、ひばり児童合唱団の面々も、そろそろ年金をもらう世代になっている。作曲:木下忠司、作詞:石本美由起。

 

 もしYouTubeになかったら、以下の奥ゆかしい詩だけでもいい、是非ともじっくり鑑賞してくれたまえ。前回の厳島神社、今回の音戸の瀬戸と、ブログ写真ももう一度味わい尽くしてくれたまえ。おお、ワタクシはますます源氏が大キライに、平家が大好きになっていく。

 

(1)夕陽の海に影うつす 朱の鳥居の美しさ

カモメが鳴らす磯笛よ おごれる夢のはかなさを

心にしのぶ厳島

 

(2)流れてゆれて渦となる 音戸の瀬戸の波模様

汽笛がむせぶ海笛よ 夕陽をよんだ清盛よ

昔をしのぶすべもない

 

(3)夕陽の里を山深く 一人訪ねる江ノ川

こだまがうたう山笛よ 源氏に追われ世を捨てた

平家の夢よ 今いずこ

 

1E(Cd) Böhm & Berliner:MOZART 46 SYMPHONIEN 1/10

2E(Cd) Böhm & Berliner:MOZART 46 SYMPHONIEN 2/10

3E(Cd) Böhm & Berliner:MOZART 46 SYMPHONIEN 3/10

4E(Cd) Böhm & Berliner:MOZART 46 SYMPHONIEN 4/10

5E(Cd) Böhm & Berliner:MOZART 46 SYMPHONIEN 5/10

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