Thu 220721 梅雨明け宣言/京都水族館/小説文の消滅/山椒魚とクラゲとイルカ 4245回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Thu 220721 梅雨明け宣言/京都水族館/小説文の消滅/山椒魚とクラゲとイルカ 4245回

 早合点で出してしまった「6月の梅雨明け宣言」を、気象庁サイドがいつ頃どうやって取り消すのか、大いに興味のあるところだが、早ガッテンやオテツキを取り消すのは、どんなに早くても早すぎるということはない。

 

 むしろ「実はあの後で本格的な梅雨に入りました」だったんじゃないか。その前の1週間余りの雨天&曇天は「梅雨のはしり」だったんじゃないか。だって6月中旬から下旬にかけて滞在した「梅雨明け宣言前」の大阪で、雨の日はたった1日しかなかった。

 

 今や、タクシーの中での運転手さんとの会話も、その件で大いに盛り上がるのである。「梅雨明け宣言からもう1ヶ月近くずっと雨つづきですよね」と言ってみると、どんなに機嫌が悪そうだった運転手さんでも、いきなりグッと機嫌が直って、ワタクシとの明るい会話に終わる気配がなくなってしまうのだ。

 

 居酒屋の店主も、料理屋の仲居さんも、空港ラウンジのエントランスに立ち並ぶ美女スタッフたちも、「梅雨明け宣言後に、本格的な梅雨入り」の話題になると、グイッと身を乗り出してマコトに楽しげな様子。いやはや、お天気オジサマも、お天気オネーサマも、みんな結構ツラそうだ。

 (6月猛暑の日、京都水族館にてクラゲたちに癒される 1)

 

 さて、そんな「梅雨明け間近の6月下旬」、大阪に長期滞在中だったワタクシはある日、京都の水族館に出かけてみた。だってお外は37℃とか38℃とかのカンカン照りだ。

 

 昭和初期&中期の文学作品だと、この種のカンカン照りを「油照り」と表現した。確かに諸君、6月下旬に入ったばかりの京都大阪は、フライパンの真ん中で油で炒られるような暑さだった。

 

 あれはもう「暑さ」ではなくて「熱さ」に近い。実際にワタクシの4mmの丸刈り頭は、太陽の熱でほぼ全面ヤケドのありさま。熱めのシャワーなんか浴びようものなら、皮膚がヒリヒリどころかジンジン、強烈な痛みに思わず悲鳴をあげそうだった。

 (6月猛暑の日、京都水族館にてクラゲたちに癒される 2)

 

 しかしホテル滞在中は、せめて3時間か4時間お部屋をあけて外に出ないと、部屋のお掃除の担当者に迷惑がかかる。優しい今井君は毎朝9時に電話をかけて「今すぐに出かけて、午後1時ごろ帰ります」「それまで間に、部屋のお掃除をお願いします」と連絡を怠らなかった。

 

 しかしいくら「優しい今井君」でも、37℃や38℃のカンカン油照りの灼熱地獄の中、じんじんヤケド頭で4時間もウロウロしていれば、そりゃ命に関わる危険な熱中症にまっしぐら。「オレだけは別」とか「オレだけは助かる」とか幼く強がっても、どうせ30分ももたずフライパンのバターよろしくドロドロ融けだすに決まっている。

(6月猛暑の日、京都水族館前にて、昔の京都市電に癒される)

 

 そこで、京都の水族館を訪問先に選んだ。「京都で、水族館?」「京都に海ってあったっけ?」と不審に思うアナタ。京都は日本海側にも大きく開けている。しかも京都水族館、クラゲのコレクションとオオサンショウウオの存在で、マコトに有名な水族館なのである。

 

 京都駅烏丸口を出たら、すぐに左折して西に向かいたまえ。郵便局とワタクシの仕事場である「キャンパスプラザ」を右に見て、その先の路地を抜け、東海道線と山陰線の線路脇を10分ほど歩けば、水族館は目の前だ。

(6月猛暑の日、京都水族館にてオオサンショウウオどんたちにも癒される)

 

 サンショウウオについては、いやはやマコトに不気味な生き物である。我々の世代がサンショウウオに出会うのは、決まって現代文の授業中だった。昭和の昔の科目名は「現代国語」、当時はあんまり人気のない科目で、たくさんの小説文を読まされた。

 

 中島敦「山月記」、森鴎外「山椒大夫」または「寒山拾得」、夏目漱石「こころ」などの定番の中に、井伏鱒二「山椒魚」があった。今の高校生&大学生諸君のパパ&ママ世代、さらにジーチャン&バーチャン世代の共通体験である。

 

 話に聞くと、21世紀の現代文からは小説がほぼ抹殺されつつあるらしい。日本人の世代を超えた共通体験だったものを、国語教科書から無残に抹殺してしまえば、世代間の文学的共感も消滅する。ワタクシはこの抹殺には絶対反対だ。

 (6月猛暑の日、京都水族館にてクラゲたちに癒される 3)

 

 もちろん、「現代文の授業では今も小説が主流」と思っている人々もいるらしい。例えば「東大へ行け!!」みたいなマンガや、それを原作としたテレビドラマに登場する「カリスマ国語教師」の人物名を「芥山龍之介」「太宰府治」とするようであれば、要するにそう考えていらっしゃるわけである。

 

 今後もまだ、夏目漱石ならぬ「冬目創世記」みたいなカリスマ教師がテレビドラマに登場し続ける事態は今後も続きそうだが、とりあえず本題に戻るとして、その「山椒魚」で超有名だった作家・井伏鱒二と師弟関係にあり、11歳も年上のこの師匠役と、20年にわたって熱い交流を結んだのが太宰治だった。

 (6月猛暑の日、京都水族館にてクラゲに癒される 4)

 

 ワタクシが太宰の作品で一番好きなのは、「斜陽」でも「冨嶽百景」でも「津軽」でも「右大臣実朝」でもなくて、なんと「黄村先生言行録」なのである。どうやらその「黄村先生言行録」、「青空文庫」でも読めるらしい。諸君ももしまだだったら、早速チャレンジしてみてくれたまえ。

 

 敬愛している黄村先生が、何やら古い怪しい文献を読んで山椒魚に凝りはじめ、どうしても巨大な山椒魚を自宅の池で飼うと言い出し、山椒魚を求めて抱腹絶倒の大騒動が始まるのであるが、そこから先のネタバレは避けておく。是非とも実際に読んでくれたまえ。

(太宰治「黄村先生言行録」の冒頭。ちくま文庫「太宰治全集 5」より)

 

 京都水族館は、まずエントランス付近でそのオオサンショウウオに驚かされる。ただし驚きはあっても「美しさに感激」とか「悠然とした態度に癒される」みたいな世界ではなくて、ワタクシの脇で眺めていた幼稚園児のボーズは、一言「あまりにブキミ」と呟いて去っていった。

 

 この水族館の主人公は、何と言っても無数のクラゲたちである。もっとも、無数のクラゲが優雅に舞い踊る姿もまた、幼稚園児のボーズたちと押し合いへし合いしながらでは、「感激に胸が熱くなる」「ホッコリ癒される」「夢幻の世界に引き込まれる」という夢の体験はムリだ。

 (6月猛暑の日、京都水族館にてカサゴ君にも癒される)

 

 この水族館には、「夜のオトナの時間帯」という粋な設定があるらしい。もし諸君が、夜の京都で行き場を失い、例えば彼氏と彼女とで無意味な言い合いが始まりそうになったら、黙って迷わず水族館に向かいたまえ。突然の豪雨、日が暮れても35℃超の猛暑の夕暮れ、そういう場合の合言葉は「水族館」だ。

 

 クラゲのことは、掲載した写真数枚で済ませることにして、外の猛烈な暑さを避けようとした「梅雨明け前の今井君」は、他にどうすることも出来なくなって「イルカショー」を眺めていくことにした。部屋の掃除が終わるまで、何とかして涼しい場所に留まりたかった。

 (6月猛暑の日、京都水族館にてタイ殿下にも癒される)

 

 イルカショーについては、もう25年近く前、千葉県の海岸の水族館でのたいへん苦い思い出がある。

 

「イルカショーでの苦い思い出」と言えば、「イルカプールの水を頭から大量にかぶった」というのが定番であるが、諸君、25年前の若々しい今井君の苦難の体験については、S台物理の超人 → S間先生の思い出とともに、また次回の記事で書くことにしたい。

 

1E(Cd) Miolin:RAVEL/WORKS TRANSCRIBED FOR 10-STRINGED & ALTO GUITAR

2E(Cd) Queffélec:RAVEL/PIANO WORKS 1/2

3E(Cd) Queffélec:RAVEL/PIANO WORKS 2/2

4E(Cd) Martinon:IBERT/ESCALES

5E(Cd) Bruns & Ishay:FAURÉ/L’ŒUVRE POUR VIOLONCELLE

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