Wed 220511 オランダせんべい/本間様には及びもないが/酒田 照る照る/傘福 4212回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Wed 220511 オランダせんべい/本間様には及びもないが/酒田 照る照る/傘福 4212回

 今ここに、よく冷えたコカコーラが1本あるとする。今井君としてはコカコーラよりペプシであるが、PETボトルではなく昔ながらの硬いガラスの瓶の中で、コカコーラかペプシがギュッと冷たく冷えて我々を待っている。

 

 巨漢のアメリカ人なら、間違いなくポテトチップスを1袋、2口か3口で一気食い。コーラの銘柄なんか確かめもしないし、チップスの銘柄だって、どうだって構わない。チップス1袋を一気食いした後で、ハンバーガー2個、それもビッグマック2個貪って、それがオヤツなのである。

 

 日本人ならどうか。もちろんチップスは湖池屋に決まっている。湖池屋以外のチップスはちょっと考えられなくて、そこに「チップスター」なんかを持ち込むヤツがいれば、おそらく「湖池屋じゃなくチップスターを買ってきたヤツ」と、友人たちからの指弾は一生やまないだろう。

 

 しかし諸君、ワタクシはそこに異をとなえたいと思うのだ。冷えたコカコーラ、よーく冷えたペプシ、湖池屋チップスの代わりに、酒田米菓「オランダせんべい」はいかが。オランダせんべいタイプの「うす焼き」「うす焼きせんべい」なら日本中どこでも手に入るが、やっぱり酒田米菓の「オランダせんべい」は別格の旨さだ。

(酒田の旧料亭「山王くらぶ」に飾られた「傘福(かさふく)」。福岡・柳川の「さげもん」の光景に勝るとも劣らない。江戸期明治期の酒田の繁栄を思う 1)

 

 読者の中には未成年も多いだろうと思って、遠慮して「コカコーラ」「ペプシ」ということにしておいたが、成年の皆さまはどうお考えだろう。

 

 今ここに、ギュッとよく冷えたビアがあるとする。北海道の人ならサッポロクラシック以外は許せないだろうが、まあ同じサッポロの黒ラベル、アサヒファンなら致し方ない、すっかりマンネリのスーパードライ。冷たい褐色の瓶ビールをトクトクトク、何のてらいもないコップに注いでシュワーッとやる。

 

 まさにそのタイミングで、優しい彼女に運んできてもらいたいものは何だ? 彼氏に持ってきてもらいたいものは何だ? 「エダマメに決まってる!!」と叫ぶ彼、「チップス!!」と叫ぶ彼女、もちろんそれが多数派に違いないが、今井君はやっぱり一味違う。「オランダせんべい!!」、その一択である。

 (酒田の旧料亭「山王くらぶ」。「傘福」の展示が圧巻だ)

 

 だからどうしても、酒田米菓のオランダせんべいには、まだまだ頑張ってもらわなければならない。むかしむかしは東北の日本海側限定。やがて東北全域に販路が拡大して、気がつけば世界進出、たいへんおめでたい。

 

 しかし、まだまだ物足りないのだ。オランダせんべいには、世界制覇を目指してもらいたい。アメリカのヒゲだらけの巨漢が、ボストンやサンフランシスコの球場でメジャーリーグの試合を眺めながら、バドワイザーやクアーズをぐいぐい、しかしなんとその手に「オランダせんべい」のお徳用袋を握りしめていたら、それが目指すべきメジャー制覇じゃないか。

 

 ビールの本場に、どんどん進出して欲しいのだ。チェコやドイツのサッカー場。イングランドやフランスのラグビー場。スペインとポルトガルとイタリアのサッカースタジアム。いつでもどこでもビールのオトモはオランダせんべい。大谷翔平とオランダせんべい。久保建英とオランダせんべい、それこそ理想的な世界平和の姿じゃないか。

(酒田の旧料亭「山王くらぶ」に飾られた「傘福(かさふく)」。福岡・柳川の「さげもん」の光景に勝るとも劣らない。江戸期明治期の酒田の繁栄を思う 2)

 

 酒田の午後をレンタサイクルで走りながら、ワタクシは以上のようなマコトにくだらん妄想に取り憑かれていた。だって諸君、江戸中期から明治&大正期にかけての酒田の繁栄が、こうもカンタンにションボリしぼんでしまうんじゃ、人間の努力の甲斐がない。

 

 諸君だって、きっと一度は聞いたことがあるはずだ。「本間さまには及びもないが、せめてなりたや殿さまに」。今井君は中2の秋に、対立を続けていた社会科のM先生が板書した「せめてなりたやお殿さま」に対し、「せんせー違いますよ、『お殿さま』じゃなくて『殿さまに』です」と指摘して、対立はますます深まった。

  (酒田、「本間さま」の豪華な邸宅前で溜め息をつく)

 

 M先生 vs 今井君の対立は、中1の夏から尖鋭化して、クラスメイトたちの噂にもなるほどであったが、M先生は一貫して「大事なのは記憶じゃない、理解と論理的思考力だ」の立場。今井は生意気にも「それなら、記憶に頼らない期末試験を作ってください」とまで発言した。

 

 そういうふうだから、「殿さまに」vs「お殿さま」の違いに関する論争は、それぞれの派閥を巻き込んで加熱。ヒートアップしたセンセは「記憶に頼らない期末テスト」という、いかにも朝日新聞が喜びそうなシロモノを7月に作成してみせたが、異様に低い平均点が話題になって、それでおしまいになった。

(昔の酒田には花街があった。今でも芸者さんが活躍している。その栄光の名残が市内各所に残っている)

 

 昔の中2の社会科は、ほぼ日本史一色の世界。夏の期末テストの範囲は、保元・平治の乱から、平家の滅亡・鎌倉幕府の誕生あたりまでだったが、驚くなかれ今井君は、すでに中央公論社の「日本の歴史」全26巻を読破してM先生に対抗。何を出題されても「先生なんかに負けません」という独特の笑顔で応じた。

 

 もちろんその期末試験でも、自信たっぷり「負けません」のニタニタ笑顔。選択肢もマルバツもなしの記述論述形式で挑んで来たMセンセに、うぉうぉうぉ、歌舞伎やら浄瑠璃やらの知識まで援用した論述解答で逆転を狙い、ほとんど採点不能の迷解答で対立を激化させた。

(酒田のネコ。大阪の伝説棋士・坂田三吉にならって、このネコを「三吉」と名付けた)

 

「お殿さま論争」のほうは、同じ中2の3学期。ホントなら近現代史まで終わらなきゃいけない中2の社会科は、Mセンセ vs 今井のくだらん対立が続いたせいもあって、江戸時代後期までしか進まなかった。

 

 徳川吉宗の改革・松平定信の改革・水野忠邦の改革、3つの幕府主導の改革の失敗に対して、どれほど全国の町人たちの実力が優っていたか。笑顔のMセンセが黒板に斜めに大書してみせたのが「本間様にはおよびもないが」だった。

 

 しかし諸君、何しろ当時の今井君は、「日本の歴史」全26巻の後で「世界の歴史」全17巻にチャレンジを始めていたコワーい中2。「でも、先生」の一言とともに、クラス全員の前で紹介したのが、次の俗謡の一節だった。

 

「酒田 照る照る 堂島 曇る 江戸の蔵米 雨が降る」。山形の酒田は毎日毎日お日さまが照って、その景気は絶好調。その酒田に比べれば、さすが天下の台所・大坂の堂島も曇り空。偉そうに江戸なんて言ったって、酒田に比べりゃ景気は土砂降りみたいなもんだ。そういう俗謡である。

  (かつての花街の向こうで、酒田大仏が迎えてくれた)

 

「本間さま」の家系には、特に有名な本間さまが2人いらっしゃって、1人はスーパー偉人、砂丘に砂防林を作ったり、困窮した藩の財政を立て直したりしてみせた。

 

 しかしもう1人はそのオジーチャンで、大坂や江戸の米の価格を自在にあやつり、利ザヤで大儲けしたコメの相場師。時代劇の世界なら確実に悪の元締めになるような、悪い&悪い → ホントにイケナイ人かもしれない。

(山王クラブ内「接待の間」。悪いほうの本間さまの秘密の会合は、こういう場所で「お前もワルよのう」「ひっひっひ」「ひっひっひ」と進んだのかもしれない)

 

 だから本間さま(オジーチャンのほう)、一部のオカタにはマコトに評判が悪い。北前船の大商人と言うより、むしろ大地主として小作人を搾取、搾取したそのオカネで日本中の米相場をあやつり、江戸&大坂の庶民を貧窮に追い込んだ張本人だとの指摘さえある(諸説あります)。

 

 江戸期農民の小作料は、平均して50%。しかし悪い方の本間ジーチャンが徴収した小作料は65%、そういう指摘もある。江戸時代から明治期にかけての庄内地方では、農民一揆や反乱が多発し、それで当時から社会主義系政党の支持者が多く、今もなおその地盤になっている(諸説あります)。

(酒田はいま大健闘中。駅の売店で数種類の地ビールも楽しめる)

 

 そういうことを中2の授業で、ナマイキな生徒がガオガオ思い切って発言してみたまえ。センセだってたまったものではない。対立は対立を呼び、対立は深まってどうすることもできず、めでたく今井君の卒業を待つしかなくなった。

 

 しかし諸君、今でもやっぱり不思議なのだ。それほどの酒田の栄光、江戸大坂を向こうに回して一歩も引かなかった本間さまの偉業と威光、今日の写真で紹介した「傘福」や花街の豊かな文化、天下を動かすほどの経済力と豪華絢爛たる文化は、いったいどこに消えていったのだ?

(秋田に帰る列車の中から、夕日に照らされたピンクの鳥海山を望む 1)

 

 1976年、酒田で大火があり、折からの強風に煽られて、酒田の繁華街の多くが消滅した。しかし天下を自由に動かせるほどのオカネの力は、たった1回の大火なんかで燃え尽きるはずはないのである。

 

 昭和以降、東北の経済は強烈な北西の季節風に煽られるように、東から西に移動。何でもかんでも仙台、新幹線もヒコーキも大企業の支店も何でも仙台、ブワーッと一気に「なんでも仙台」になって、それで酒田も急速に萎んじゃったのかもしれない。

(秋田に帰る列車の中から、夕日に照らされたピンクの鳥海山を望む 2)

 

 もちろん、それも分からない。1976年の大火でも奇跡的に焼け残った本間さまのお屋敷前に自転車を止めながら、経済力というものの虚しさにションボリ、もうオランダせんべいのことしか考えられなくなってしまった。

 

 しかしだからこそ、これからの大逆転だって、ナンボでも考えられるわけである。経済力でも政治力でも学力でも、現在の統計の数字なんか別にどうだっていい、「必ず逆転してやる」という強烈な熱意と信念があれば、執念の逆転の日はきっと訪れる。オランダせんべいでもかじりながら、熱烈な努力を続けようじゃないか。

 

1E(Cd) Solti & WienerMOZARTGROßE MESSE

2E(Cd) RillingMOZARTREQUIEM

3E(Cd) Jochum & Bavarian RadioMOZARTTHE CORONATION MASS

4E(Cd) KremerMOZARTVIOLINKONZERTE Nos.  & 

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