Sun 220410 東大寺二月堂お水取り/急斜面で新クックが痛い/おタイマツ横並び 4192回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sun 220410 東大寺二月堂お水取り/急斜面で新クックが痛い/おタイマツ横並び 4192回

 今日は暑さのせいか何だかあんまり疲れてしまい、夕方過ぎに「とりあえずちょっと寝るかな」と思ってベッドに潜り込んで、たった今ふと時計を眺めたらもう10時半。それが朝10時半なのか夜10時半なのか区別がつかなくて、しかも明日は朝9時の電車に乗る予定だったから、ギョッとして飛び起きたところである。

 

 いやはや、もっとちゃんとしなきゃいかん。むしろ先月の中旬、連日連夜の東奔西走だった頃のほうが、ワタクシは間違いなく「ちゃんと」していた。ズンボの穴にギョッとして、それでも何とか伊丹空港から那覇に向かい、毅然と問題を解決したのは、まさに先月の今頃のことだった。

(3月14日、東大寺二月堂「修二会」のクライマックス「お松明、横並び」 1)

 

 中年サトイモなどというものは、ぐいぐい切羽詰まった日々のほうが、ノンキにのんべんだらりとしている時よりも、ずっと雄々しく生きられるのだ。

 

 うーん、先月がなつかしい。早春シリーズのクライマックスが過ぎてから、どうも今井は緩みすぎのノンベンダラリ。心も肉体も緩み果て、ネジもゼンマイも緩みすぎればなかなか元に戻らない。こりゃ諸君、東大寺のコワーい金剛力士どん2名に、ギュッと厳しくゼンマイを巻き戻してもらわなきゃいけないようだ。

(3月14日、東大寺二月堂「修二会」のクライマックス「お松明、横並び」 2)

 

 東大寺二月堂の「修二会」というか「お水取り」というか、そのクライマックスの激しい映像は、コドモの頃から何度も&何度も繰り返し眺めて、「こりゃいつかどうしても見にいかなきゃな」と思い続けていた。

 

 今井君が「コドモの頃から思い続けた」ということになれば、それはたいへんな幾星霜、「見なきゃ」「見なきゃ」「見にいかなきゃ」という思いを積み重ねて、すでに堆積岩の地層が何枚も積み重なり、「タモリどんもびっくり」と言ふぐらいの長い日々が経過している。

 

 それはいくら何でも大袈裟すぎるだろうが、今井君が初めてお水取りの映像を眺めたのは、まだ白黒フィルムの時代。昭和のNHK「新日本紀行」か何か、ナレーションも昔懐かしい「である」調や「なのだ」調だったような気がする。

(3月14日、東大寺二月堂「修二会」のクライマックス「お松明、横並び」 3)

 

 本来「お水取り」は、ヨソモノの一般人が間近で眺められるようなものではなかった。修二会やらお水取りやらの詳しいことはググってもらうしかないけれども、凍てつく早春の深夜の暗闇を、真っ赤に燃え上がりつつ右に左に激しく駆け回るタイマツの姿は、やはりどうしても間近で、しかも直接に肉眼で目撃しておきたかった。

 

 もしもコロナの蔓延がなければ、「直接」「間近で」「肉眼で」なんてのは、夢のまた夢だったに違いない。3年前までのお水取りは、開始の数時間前から押すな押すなの超満員だった。

(3月14日、東大寺二月堂「修二会」のクライマックス「お松明、横並び」 4)

 

 二月堂の真下でお水取りを経験しようと思えば、4時間も5時間も前から列を作って、奈良の3月の深夜の厳寒を耐えて並ばなきゃいけない。しかも二月堂の真下は、傾斜15°から20°の急斜面。急斜面のド真ん中で数時間、ポッカリお口を開けたままジッと待つだけの、苦しい夜に耐えなければならなかった。

 

 言わば、「それこそまさに厳しい修行」なのであって、修二会の僧たちのチョー厳格な修行以上に、観光客の一夜の修行のほうが厳しく思われるほどであった。

 

 二月堂の真下に入り込めなければ、はるか遠くの「第2見学場」に回らなければならない。その「第2見学場」、思わず落胆の声が一斉に上がるほどの「はるか♡かなた」なのである。「あれはもしかしてタイマツなのかな」「遠すぎてとても幻想的」と、皮肉なコメントが次々と上がるぐらいだ。

(3月14日、東大寺二月堂「修二会」のクライマックス「お松明、横並び」 5)

 

 しかし諸君、2022年3月14日、京都「野むら山荘」「城南宮の梅園」「強烈なタクシー運転手」と、次から次へとインパクトの強い関西体験を、ワイキキのサーフィンよろしく乗り越えてきた今井君は、まさに二月堂の真下、普段ならとても入り込めない特等席に闖入できたのである。

 

 急斜面で待ったのは、ホンの30分あまり。前日前夜の奈良は春の雨で、斜面の土も草も冷たい雨を含み、油断すればヌルッと足許が滑り、せっかく那覇の「洋服の青山」で手に入れたズンボが、うっかりすれば泥まみれになりかねない.

 

 というか、奈良の東大寺や春日大社や興福寺で気をつけなきゃいけないのは、「シカどんのフンまみれ」という緊急事態である。どんな高級オジサマでも、早春の雨に濡れた泥の坂道で足を滑らせれば、そこの大量に残されたシカどんたちの食欲と消化の結末に、ものの見事に巻き込まれる、または練りこまれるのである。

(3月14日、東大寺二月堂「修二会」のクライマックス「お松明、横並び」 6)

 

 先着の人々は、その辺を熟知していらっしゃるのか、二月堂からいくらか離れた水平の地面にへたり込んで、黙々とスマホをイジッていらっしゃる。毎朝の通勤電車を待つ光景と全く変わらない。

 

 一方の今井君は、ほぼ15°の泥濘の斜面にスックと立ち、30分の時間を永遠のように感じながら、二月堂の上の春オボロ、悠然と昇った美しい満月を見上げていた。

 

 この姿勢、あまりにも危険なのだ。足許は、15°の準・急斜面。視線と首は約30°の急角度。普通ならアンヨを泥濘に滑らせてブザマにひっくり返り、失笑のマトとなって斜面をズルズル、ズンボを泥まみれにして滑り落ちるところである。

 

 しかし諸君、そこは雪国で育った今井君だ、滑る斜面に対する対処能力は高い。退屈なスキー教室の数時間を考えてみたまえ。あまり上手とは言えないインストラクターの指導に耐えて数時間、雪の急斜面に横向きで立った我々は、凍りつくハナミズをすすりあげながら、ひたすら耐えに耐えたはずである。

(3月14日、東大寺二月堂「修二会」のクライマックス「お松明、横並び」 7)

 

 だから諸君、ワタクシは硬い革靴の両足を、スキーのエッジよろしく泥の斜面に食い込ませ、情けない滑落をギリギリで食い止めながら30分、ひたすらお水取りの開始を待ち受けた。

 

「硬い革靴」は、1週間前の3月7日、今回の激烈な早春シリーズの初日におろしたばかりである。2005年から17年、今井君を支えてくれた黒いチャーチの革靴にとうとう寿命が訪れて、新品の革靴をおろすしかなくなった。

 

 長い出張旅行ともなれば、普通なら「履きなれた靴を履いていきましょう」というのが常識なのだろうが、何しろその「履き慣れた靴」にも穴があいちゃった。

 

 17年付きあった相棒が「オレはもうダメだ」「ゆっくり休みたい」「新人のアイツをよろしく頼むよ」と言うんだから、「履き慣れた靴を」という常識なんか、無視して出かけるしかなかった。

(3月14日、東大寺二月堂「修二会」のクライマックス「お松明、横並び」 8)

 

 しかし諸君、イギリス製、極端に頑固で鋼鉄のように硬い革靴だ。前任者は17年も今井君に付きあって、東奔西走&南船北馬の激烈な全国行脚にも、一切ヨワネを吐かなかった。そのぐらい頑丈なヤツだから、履き始めの抵抗は凄まじい。履いているアンヨを粉砕するぐらいに、アンヨをグイグイ締めつけてくる。

 

 この夜は3月14日、履き始めからちょうど1週間が経過して、アンヨ vs 革靴クンの激烈な戦いもクライマックスに達していた。すでに悲鳴をあげていたのは、革靴ではなくてアンヨ。特に右のアンヨの外側は、普通の「気をつけ」の姿勢で立っていても、アンヨの持ち主の今井君が悲鳴をあげそうになるぐらいの痛みだった。

 

 しかしさすがにサトイモ君、その程度の痛みでネをあげるようなオジサマではない。諸君、ある程度の高級オジサマになると、靴だのズンボだののことでネをあげたりはしないのだ。

(3月14日、東大寺二月堂「修二会」のクライマックス「お松明、横並び」 10)

 

 ひたすら無言で痛みに耐えて、お水取りの開始を待つばかり。ただし、このアンヨの痛み、暗い斜面で無言のまま耐えるのは、「ほぼ限界」と告白せざるを得ない厳しさになっていた。

 

「ほぼ限界」とは、「これ以上、もう10分はムリ」と言ふレベルであって、二月堂の上のまん丸お月さまに「1秒でもいいから早く始まってください」と、無理なお願いをするほどのピンチを迎えていた。

 

 向かって左の暗闇の階段を、最初のタイマツが激しい勢いで駆け上がったのが、まさにその瞬間。3月14日「おタイマツ、横並び」の開始である。

 

 3月初旬に修二会が始まって半月、クライマックスはタイマツが5つだか6つだか7つだか、今日の写真のようにズラリと横一列に並ぶ瞬間なのであるが、とうとう今夜のサトイモは、その壮烈な瞬間の光景を目撃するに至った。

 

 アンヨが少しぐらい痛くても、春の泥濘の斜面にムンズとアンヨを踏ん張って、この瞬間をマブタの裏にギュッととどめなければならない。タイマツの燃える香ばしいカホリと、大量の火の粉が暗闇に舞い散る音と、視覚・嗅覚・聴覚を同時に激しく刺激されて、いやはやその感激はあまりにも強烈。わずか10分の間の出来事とはとても信じがたい。

(3月14日、東大寺二月堂「修二会」のクライマックス「お松明、横並び」 11)

 

 このクライマックス、「お松明、横並び」と呼ぶらしい。主催者サイドのサイトを含めて、みんな「お松明、横並び」と提示されている。、もっと正式っぽく&仏教っぽい、難しい呼称はないものかと、いろいろ探してみたが、どんなに探してもやっぱり「お松明、横並び」。もっとありがたい呼称は、存在しないらしい。

 

 しかし諸君、この「横並び」、ぜひ近いうちに目撃しに行きたまえ。わずか10分で全てが終わってしまうが、視覚・嗅覚・聴覚、全てをたった10分の祈りと願いに集中する。こんなに集中できた宗教体験は、世界を駆け回ったさすがの長老♡今井サト五郎の記憶にも、他に例をみないものだった。

 

1E(Cd) Bill Evans & Jim HallINTERMODULATION

2E(Cd) John DankworthMOVIES ’N’ ME

3E(Cd) Duke Ellington THE ELLINGTON SUITES

4E(Cd) Bill Evans TrioWALTZ FOR DEBBY

5E(Cd) AnastasiaSOUVENIR DE MOSCOW

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