Fri 220128 伝染力増大と弱毒化の相関① 演劇編(コロナの話ではありません)4162回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Fri 220128 伝染力増大と弱毒化の相関① 演劇編(コロナの話ではありません)4162回

 誕生した時には妙にクセが強くて、クセというより強烈な毒の存在を感じさせるものは少なくない。

 

 クセや毒のニオイは、一部の人には我慢できないほどの魅力があり、彼ら彼女らは極めてコアなファンになって、明けても暮れてもその激しい魅力に酔いしれ&語り合い、他のことなんか何1つ考えられなくなってしまう。

 

 しかしその類いのものは、あんまりクセが強すぎてなかなか一般には広がらず、熱狂的なファンの小さなグループの範囲でしか、クセと毒の魅力が理解されることはない。先進的なものがその伝染力を高めるには、クセや毒を弱めて一般の人が追いついてくるのを待つしかない。

 

 ワタクシはこの数十年、その類いの弱毒化のプロセスを少なくとも3度も眺めてきた。1つは演劇であり、もう1つは音楽であり、最後の1つは予備校の世界である。

(雪の京都・上賀茂神社にて。本文とはほぼ関係ありません 1)

 

 1970年代から80年代は、アングラ演劇の時代である。能や歌舞伎や大劇場での商業演劇の時代から、300人内外の中規模劇場を舞台にした「新劇」の時代に移り、そこからさらに神社の境内や吹きさらしのテントで演じられるアングラ演劇の時代に移った。

 

 70年代には、唐十郎の「紅テント」があり、佐藤信の「黒テント」があり、鈴木忠志の「早稲田小劇場」があった。明治から昭和中期までの商業演劇や、チェーホフやらゴーリキーやらイプセンの戯曲を淡々と演じる「新劇」の世界とは、完全に異質な世界がそこにあった。

 

 何しろ汗まみれ&泥まみれ、下手をすれば血まみれだ。キーワードとして「おんなごろし油の地獄」「阿部定」「ねずみ小僧」と続き、リレーセンに白石加代子がテントの中の薄暗闇をノタウチ回った。

(雪の京都・上賀茂神社にて。本文とはほぼ関係ありません 2)

 

 それまでの新劇の「いったいアナタどうなさいましたの?」「あらアタクシはアナタを真剣に愛していましてよ♡」みたいな、あまりにも静かで上品なセリフに慣れていた観劇ファンの足は、さすがにテントや芝居小屋には向かわない。

 

 しかし諸君、強烈な毒性に魅せられた人々は、まさにその泥まみれ&汗まみれの世界にどっぷりと浸かり&酔いしれ、滅多なことではテントの暗闇から立ち去ることができなくなった。

 

 コアなファンができたのはいいが、そのままではその狭い範囲から抜け出すことができない。もちろん「抜け出すこと」を潔しとしないアングラ演劇人も多くいたが、演劇でも映画でも、音楽でも予備校でも、やっぱりできるだけ多くの人に集まって欲しい。

 

 50人の極端にコアな観客より、150人、いや200人、いや500人、いや1000人、「もっと多くの人に見て欲しい」という熱い思いは、決してファンへの裏切りでもないし、不健康な欲望でもない。「結局、欲しいのはカネか?」と、意地悪なつもりでニヤリと笑うのは、精神構造が稚拙なだけである。

(雪の京都・上賀茂神社にて。本文とはほぼ関係ありません 3)

 

 だから間もなく、アングラ演劇がどんどん弱毒化する時代に入った。今井君が「準・アングラ演劇」の「まあファン」「準・ファン」として東京都内の小劇場を夜な夜な訪れ、せっかく塾講師のバイトで稼いだオカネを浪費していたのは、まさにその頃である。

 

 何と言っても、渋谷・公園通りの「ジャンジャン」。教会の地下の薄暗い空間に162名収容の小劇場があって、そこでシェイクスピア作品を毎月1作品ずつ1週間上演していた。

 

 シェイクスピアというと、「あらアタクシはアナタを真剣に愛していましてよ♡」みたいな世界を連想しがちだが、何しろ162名しか収容できない小劇場だ。出口典雄が主催するシェイクスピア・シアターは、時代物特有の衣装は一切ナシ、ほぼ全員がジーンズ → 普段着のままでの上演になった。

(雪の京都・上賀茂神社にて。本文とはほぼ関係ありません 4)

 

 もともと、シェイクスピアはアングラ向きなのだ。マクベスなんか、価値が完全にカオス化した暗黒の世界で、血まみれの虐殺シーンが連続するわけだし、初めて「渋谷ジャンジャン」で観た「タイタス・アンドロニカス」となると、紅テントか黒テントか早稲田小劇場にやらせた方が、ずっとピッタリくるはずだ。

 

 何しろ諸君、男子2名で政敵の姫君を暴行し、しかも暴行犯の名前を言えないように舌を引っこ抜き、文字でも書けないように両手も切断しちゃう。もちろん姫君サイドでも黙ってはいない。やがて暴行の実行犯2名が判明すると、その2名を殺害してミンチにし、ハンバーグを作って2名の父親に食わせてしまう。

 

 もしそれを、帝国劇場とか日生劇場とか宝塚とか、3000人でも5000人でも収容できる大劇場でやるなら、激しい暴行も切断もミンチもハンバーグも、はるかかなたの出来事。「あらワタクシには関係ございませんわ、ホホホ」で済むかもしれない。

 

 しかしジャンジャンは、162名しか入らない。役者と観客の距離は、限りなく近い。役者の汗や唾液が容赦なく飛んでくる。暴行・切断・ミンチ・ハンバーグ、その血まみれ&泥まみれの全ては、腕を伸ばせば触れられる距離で延々と続く。

(雪の京都・上賀茂神社にて。本文とはほぼ関係ありません 5)

 

「価値のカオス化」「正邪の座標軸の消滅」というのは、シェイクスピアどんの常套手段であって、慣れてくると「どうしても小劇場の暗闇で見たい」「大劇場じゃシラけちゃう」と思うようになる。

 

 マクベスは「いいは悪いで、悪いはいい」「こんなにいいとも悪いとも言える日は初めてだ」だし、ハムレットどんは「to beなのか、not to beなのか、それが分からない」。トロイラスとクレシダは「あれはクレシダであって、しかもクレシダではない」。仕掛けはみんな同じだ。

 

 ハムレットなんか、冒頭のセリフが「オマエはナニモノだ?」。つまり「そこにいるのが誰なのか分からない」という状況を暗示するセリフから始まる。こりゃやっぱり、テントか小劇場にピッタリの戯曲なのだ。

 

 後に名脇役というか性格俳優というか、とにかくテレビや映画で大活躍することになる「渡辺哲」という役者がいて、血まみれ汗まみれ泥まみれのシーンは、常にほぼ彼の独壇場。テントと早稲田小劇場の全盛時代より少し弱毒化したとはいえ、東京の夜の小劇場の毒は、まだまだ強烈なものがあった。

(京都・四条「松葉 北店」。ニシンと蕎麦味噌で熱燗を楽しむ。本文とは関係ございません)

 

 劇作家としては、別役実・清水邦夫・つかこうへい・井上ひさし。演出家としては蜷川幸雄の時代。おお、アングラのカホリと雰囲気は残しつつ、ぐいぐいクセと毒とが薄まって、チェーホフやらイプセンやらの上品な世界との混合と混淆が進んでいった。

 

 90年代なかば、ワタクシが下北沢に住み始めた頃には、下北沢の小劇場でも混淆はどんどん進行して、本多劇場あたりになると、もうアングラの毒性なんかほぼ消滅。もちろんすっかり弱毒化したおかげで、芝居の伝染力というか感染力というか、とにかくファン層の急激な拡大は急ピッチで進行した。

(京都・四条「松葉 北店」。新メニュー「たら蕎麦」を楽しむ。本文とは関係ございません)

 

 昔はコワくてコワくて「とてもアングラ演劇なんか見られない」と腰が引けていた人でも、平気で下北沢の劇場に列を作る。「入り待ち」もいれば「出待ち」もいて、雰囲気は宝塚や歌舞伎座と大差ない。強烈な毒のカホリに魅せられたコアなファンは消えたが、弱毒化のもたらしたファン層の拡大は目覚ましいものがある。

 

 というわけで諸君、かつて「コアなファン」「クセ大好き、毒のカホリに鳥肌が立つ」をかつて継続していた今井君は、伝染力ばかり増大してファンの数を膨大に増やし、今や毒の刺激臭をほぼ喪失した芝居小屋に足を運ぶことは少なくなった。

   (京都・南座。ここもコロナの影響は甚大だろう)

 

 それでも諸君、人形浄瑠璃の世界だけは、価値カオス化のニオイやら毒の刺激臭やらが、まだプンプン充満している。人形の首が飛び、腕がスポンと抜け、血まみれオネーサマが呻き声をあげながら、熱い想いを30分近くも激白し、寅年生まれの女の生き血を飲むと目の腫れ物が完治し、いやはや考えてみると何ともモノスゴイ。


 数十年前には、神社の境内にムシロを敷いたり、狭いテントの暗闇の中に観客を詰め込んだり、真夜中過ぎまで俳優たちがノタウチ回りながら、こういう激烈な世界を作り上げていた。生身の人間が体力と精神力の限界まで演じ、凄まじいカオスのエネルギーの中で、舞台は沸騰し続けていたのだ。

 

 ぬるま湯か、熱湯か。まあ諸君、煮えたぎる熱湯の世界を再現するような演劇が、何かの弾みに出現しないだろうか。本来なら全国の大学の春のキャンパスは、そんな強烈な演劇サークルのノボリが、ほこりっぽい春風に果てしなくパタパタ、たくさん元気にたなびいているべきなのではないか。

 

1E(Cd) S.François& Cluytens & Société des Concerts du Conservatoire:ラヴェル/ピアノ協奏曲

2E(Cd) デュトワ&モントリオール:ロッシーニ序曲集

3E(Cd) Paco de LuciaANTOLOGIA

4E(Cd) 寺井尚子:THINKING OF YOU

7D(DMv) AMERICAN PASTORAL

10D(DPl) 文楽:妹背山婦女庭訓①「小松原の段」「蝦夷館の段」「妹山背山の段」竹本春子大夫 竹本越路大夫 竹本小松大夫 豊竹咲大夫

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