Thu 211118 平八茶屋/大阪・京橋の大盛況/勤続17年/鳴海餅本店のお赤飯 4126回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Thu 211118 平八茶屋/大阪・京橋の大盛況/勤続17年/鳴海餅本店のお赤飯 4126回

 11月11日木曜日、京都に滞在してもう4日目になった。「1日1観光」と称して張り切りすぎたか、朝のワタクシは少々疲れ気味。あんまり疲れては仕事に差し支えるから、この日はおなじみ「山ばな 平八茶屋」での昼めしを「観光」のカテゴリーに入れ、午後はホテルでゆっくりすることにした。

 

 平八茶屋の予約は11時半。またまた京都駅南口からMKタクシーに乗り込み、川端通り沿いにどこまでも北上する。左には鴨川、じっと動かずにお魚を探しているアオサギどんの姿にほっこりすれば、この4日間の疲労も忘れ、「こりゃやっぱりホントの観光もしようかな」と、心がウズウズ動き出す。

     (11月11日、大阪京橋での大盛況 1)

 

「平八茶屋」は、叡山電鉄「修学院」の駅からも近い。だからもし観光に食指が動けば、修学院・曼殊院・圓光寺・詩仙堂のルートで、晩秋の京都の田舎道をのんびり歩いて散策もできる。あとは心の持ちようであって、メシに疲れたらホテルに帰ればいいし、逆にメシで元気が出たら散策に精を出してもいい。

 

 むかしむかしのそのむかし、この辺は「鯖街道」と呼ばれ、若狭の国から京の都にサバを運ぶ商人が盛んに行き交った。若狭の国に下るには、道はここから険しい山道に入る。

 

 店の屋号の「山ばな」とは、漢字で書けば「山端」であって、「さあここから山道だ」と気合を入れるあたり。そこで昔のアキンドたちは、当時一流のファストフードとして、この茶屋の名物とろろめしをすすり、山芋ないし自然薯のとろろでギュッと元気を出してから山道に向かった。

      (山ばな 平八茶屋を訪問する 1)

 

 まあそんな故事来歴のある店である。京都滞在4日目、疲労が溜まってきたワタクシも、たっぷりのとろろめしで元気をつけないと、11日・大阪京橋、15日・大阪千里中央、16日・大阪梅田、17日・奈良学園前、18日・西宮北口、まだまだ6回も続く強行軍の関西シリーズを戦えない。

 

 というわけで、タクシーの中で気合いのコブシを握りしめつつ「よし食ってやる、待ってろ♡とろろめし」と、ほとんど呪文のように呼びかけていた。

      (山ばな 平八茶屋を訪問する 2)

 

 少し渋滞があって、11時40分、10分遅れで平八茶屋に到着。ちょっとお寺の山門のような正門は、今ちょうど改修工事中。2人の仲居さんに導かれて門をくぐり、この3年通い慣れた庭の小道を通って個室に収まれば、窓の下には高野川の清流が見える。昼めしがそのまま「1観光」になりうるスンバラシイ眺めである。

 

 とろろめしが出る以外は、高級和食というか懐石というか、1皿1皿ていねいに供される京料理。先付け・八寸・お造り・お椀・強魚・油物と、少しずつ&少しずつ、じわじわ&じわじわポンポンがいっぱいになって、「そろそろポンポンがパンパンです」と弱音を吐きそうになったところで、いよいよ名物とろろめしの登場だ。

      (山ばな 平八茶屋を訪問する 3)

 

 3年前に初めて入店した時には、さすがの今井君もずいぶん緊張したものだが、あれからすでに6回目だか7回目だか、店の人々ともすっかり打ち解けた。大女将、若女将、みんな気軽に挨拶に出てきてくれる。

 

 ただし、名物とろろめしを今井君が食している最中だけは、女将でも仲居さんでも、絶対に部屋に入ってきてもらっては困る秘密ないし秘事があって、これはもう「鶴の恩返し」よろしく、「ワタクシがとろろを食しているところは、絶対に見てはなりませぬ」とばかり、部屋のフスマは固く固く閉ざされていなければならない。

      (山ばな 平八茶屋を訪問する 4)

 

 この秘密ないし秘事については、別に悪いことは何にもしていないが、何しろ秘密ないし秘事なのであるから、ブログ上でもどうしても明かすことはできない。

 

 しかしこの秘事&秘技のおかげで、とろろめしは短時間でカンペキに完食。とろろはもちろん、小さなおひつのオカワリ用麦飯まで1粒も残さず、約5分でキレイに胃袋に流し込まれている。

 

 おそるべし、里芋閣下。まあ芋どうしの共食いなのであるが、だからこそ「命をいただくんだ、とろろの一滴、麦飯の一粒、決して無駄にはしませんぞ」と言ふ愛情を込めて、まだまだ十数年はこの店に通い、1年に2度か3度の秘事ないし秘技は、無形文化財よろしく長く継続することになる。

(平八茶屋、名物ととろめし。おひつにもオカワリの麦飯がたっぷり入っている)

 

 こんなふうに激しく完食して、午後2時に近くなった。あんまりとろろの秘技に集中したせいで、残念ながら今井君はランチ疲れ。疲労困憊してダラシなくも京の散策を断念、ホテルの部屋に戻って仕事に備えることにした。

 

 それというのも、この日の仕事場は大阪・京橋。京都から京阪電車の特急で1時間近くかかる。仕事それ自体は90分で完了するとしても、往復だけで2時間。心も身体もしっかり休めておかないと、どこかで気力が萎えてしまう。

 

 幸い京阪特急には、豪華な「プレミアムカー」がもれなく連結されている。確実に座って往復できる上に、ディスタンスを確保できる1人席もある。スマホで往復の予約を済ませて、17時にホテルを出た。近鉄電車で丹波橋まで数分、丹波橋で京阪特急に乗り換える。

     (11月11日、大阪京橋での大盛況 2)

 

 大阪京橋は、2005年3月に今井が東進に移籍して、初めての公開授業を実施した思い出の街である。あの時の出席者は110名。授業後あっという間に「今すぐにでも今井先生の講座に変更したい」という生徒諸君が殺到した。

 

 あれから17年が経過。いやはやずいぶん長く奮闘を続けてきた。「20年勤続」はマコトに真面目な人生の勲章であって、今はほとんどなき代々木ゼミナールの場合、20年勤続の講師は金時計をいただくことになっていた。

 

 その「20年」の達成まであと3年。東進では金時計のウワサは聞いたことがないが、別に金時計なんかいらないから、とにかくあと3年、「20年」の達成までは、ギュッと心を引き締めて頑張り続けたいのである。

     (11月11日、大阪京橋での大盛況 3)

 

 というわけで、20211111日、大阪京橋に集まってくれた受講生は約200名、会場は「ホテル京阪 京橋グランデ」の大広間。写真で見る通り、コロナ感染が始まる前の懐かしくも嬉しい超満員状況が、少しずつ戻ってきつつある。

 

 もちろん、心配しないでくれたまえ。後ろからの写真だと「3密」な感じに見えなくもないが、ステージ上から椅子だけの写真を撮れば、ディスタンスの確保はきちんと出来ている。キャパ1/2ルールに関しては、会場のホテルサイドも確認の上のことである。

(大阪京橋、公開授業開始前の風景。ディスタンスはきちんととっている)

 

 1915分開始、2045分、時間通りに終了。京阪特急プレミアムカーで京都に帰り。この日の夕食は「鳴海餅本店」のお赤飯。丸ごとの栗が5つも入った豪華版、おいしゅーございました。

 

 別にお赤飯を戴くほどおめでたいことがあったわけではないが、この夏の京都訪問の際、宿泊したブライトンホテル近くを散策中に、この老舗の本店を発見。あの時は定休日で老舗の赤飯を食べられなかったから、「近いうちにどうしても」と、数ヶ月にわたって憧れ続けていたのである。

(京都・堀川中立売「鳴海餅本店」お赤飯。おいしゅーございました)

 

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