Tue 211116 オトナな京都の湯葉料理/宇多野・原谷・鳴滝の紅葉/徹底的に湯葉 4125回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Tue 211116 オトナな京都の湯葉料理/宇多野・原谷・鳴滝の紅葉/徹底的に湯葉 4125回

 ワタクシはもうすっかりオトナであるから♡、せっかくの京都だ、コロナ対策も含め、ランチであってもしっかり個室を予約して、気持ちよく京都のおいしいものを味わいたいのである。

 

 繰り返すが、ワタクシはもうすっかりオトナ♡である。いや、すでにオトナを通り越して、その先の世界の一員になりかけている。「その先の世界」とは、毎朝・毎昼・毎晩・毎夜、日付が変わって夜が明けそうになるまでテレビにかじりつき、興奮で口呼吸しながらテレビショッピングに夢中、そういう世代のことである。

 

 ただし諸君、ワタクシはマコトに知的なオトナであって♡、テレビショッピングなどと言ふものには全く関心がない。毎朝・毎昼・毎晩・毎夜、大っきなテレビ画面で眺めているものは、オペラ・人形浄瑠璃・能・狂言・歌舞伎であって、いやはや本職は英語講師であっても、今すぐに古文の講義ができるほどである。

 (11月10日、宇多野・鳴滝あたりでやっと紅葉が始まった)

 

 ところで京都のランチであるが、1110日、早いものでもう1週間も前のことになる。キチンと個室を予約して向かったのは「松山閣松山」、北山を深く分け入った「宇多野」「原谷」ないし「鳴滝」、修学旅行生や団体ツアーの皆さまの喧騒から遠く離れた静寂の地である。

 

 宇多野・鳴滝ないし原谷には、オトナやその先の世代の住人なら、京都駅前からタクシーを利用する。MKタクシーに乗れば、イヤな思いをする可能性は0%に近い。最近はタクシーもすっかり進化して、MK以外でもイヤな思いなんか滅多にしないが、せっかくの京都だ、用心には用心、意地でもMKを利用して限りなく0%に近づきたい。

(本家生湯葉料理「松山閣松山」、門から店へ、こんな坂道を登っていく)

 

 そう思って京都駅南口、MKタクシー乗り場に行ってみたら、何しろ紅葉の季節が始まったばかりであって、ワタクシよりグッと奥深く人生の山道に踏み入った人々、要するに人生の先輩諸氏がいらっしゃって、諸君、驚くなかれ、人生の先輩諸氏にも、マナーの悪い人は少なくない。

 

「人生を長く生きれば、ゆずりあいのマナーぐらいは確実に身についていくだろう」、そう思うのはどうやら勘違いであって、いやはやむしろ「割り込みなんか当たり前、割り込まれる方トロいのだ」と、自信満々にこちらの顔を睨みつけながら、「ではお先に」とニヤリ、とっととタクシーで去っていく。

          (生湯葉料理 1)

 

 目指す鳴滝は、御室・仁和寺の背後の険しい山に深く分け入ったあたり。クルマの道中はマコトに長い。堀川通りをしばらく北上した後は、四条大宮、北野白梅町、一条通り商店街、大将軍八神社付近を過ぎ、左大文字を正面に見ながらさらに北上、ついに険しい山道に入って、その山のてっぺん辺りが鳴滝である。

 

 何度でも繰り返すが、ワタクシはもうすっかりオトナ、ないしその先の世界の住人であって、「京都だから湯豆腐」「京都だから祇園で和食」「京都だからお座敷天ぷら」、そういう短絡的なことはもうしない。予約した「松山閣松山」でワタクシが味わうのは、何と湯葉料理なのである。

          (生湯葉料理 2)

 

 お店の名前がまたいいじゃないか。「松山閣」と言ふ重々しい響きでギュッと人の心に攻め込んでおいて、もう一度「松山」と念を押し、こちらの躊躇を踏みしだき、ダメを押す。

 

 千葉県には「東邦大東邦」という名の中高一貫校があり、愛知県には高校野球の超名門「中京大中京」がある。どちらも同じ念押し&ダメ押しタイプであって、「東邦大」と引っ張っておいて「東邦」と念押し、「中京大」と引きつけておいて「中京」とダメを押す。

 

 本日の「松山閣松山」もその伝であって、というか創業からの歴史を辿れば、むしろこちらの方がダメ押しの先輩かもしれない。ただし「松山閣」のほうは「しょうざんかく」と発音し、ダメ押しの「松山」の発音は「まつやま」。さすが奥ゆかしい京都では、ダメ押し&念押しもたいへんおしとやかなのであった。

          (生湯葉料理 3)

 

 本家・生湯葉料理のこの店、実は京都駅の伊勢丹にも支店があるのだが、駅のデパートの中の店では全く趣きがないじゃないか。たえず大音量で流れる店内放送に耳を塞ぎながら、目に見えるものは壁と貼り紙と天井のケーコートー、すっかりオトナな今井閣今井は、そういう軽い雰囲気にすっかり飽き飽きしてしまった。

 

 だからこそタクシー代を4000円も奮発して、宇多野・鳴滝・原谷、こんな山の奥の本家・生湯葉料理を味わいにきたのだ。

 

「たった4000円じゃないか」と誤解されては困る。山奥にモミジ踏み分けて入り込めば、今度は山奥から同じモミジを踏み分けて帰らなきゃいけない。往復8000円をMKに投資して、割り込みオヤジに睨みつけられてもジッと我慢。本家生湯葉を味わうには、並大抵の自助努力では足りないのだ。

(さすがに天ぷらは湯葉ではなかった)

 

 しかしやっぱり、さすがは本家。山を登りきったところに奥ゆかしい大きな門があって、門をくぐると美しいカエデの紅葉が始まっている。麓より空気はグッと冷たく引き締まり、寒冷前線が通過した後の晩秋の空は澄みわたって、吹く風に木の葉がはらはらと舞い落ちる。

 

 門から店の前まで、ゆるい坂道をゆったり登って1分、店の手前に大きな枝垂れ桜の木があって、すでに葉っぱはみな落ちてしまっているが、昭和の有名作家の小説にも描かれた由緒ある枝垂れ桜であるらしい。

 

 この店は、春に来て桜を楽しんでもいいのだ。遅咲きの枝垂れ桜を眺めながら湯葉料理を満喫、そのあと御室まで山道を下り、夕暮れ近い仁和寺で御室桜を楽しみながら、今度は夕食に向けて昼酒の酔いを冷ます。すげー奥ゆかしい1日になりそうだ。

       (お刺身も、やっぱり湯葉)

 

 店の前で出迎えてくれた大女将に導かれ、個室に入る。さすがにここまで山道を踏み分けてくれば、もう他のお客は誰もいない。イノシシやシカの気配を感じ、静寂の中で山風の音に耳を傾け、始まったばかりの紅葉を楽しみながら湯葉料理をいただく。いやはや、こりゃ間違いなくオトナ、ないし大人の先の世界でござるよ。

 

 むかしむかし大昔、まだ中学生のころに、芝木好子という作家の小説「湯葉」を読んだことを思い出す。徳川幕府が倒れて無禄となった幕臣の娘が、湯葉の老舗を営む養父を助けて奮闘するストーリーだ。

 

 初めてカステラを見て、「カステラとは西洋の湯葉みたいなものだ」とからかわれ、「湯葉みたいなものなら煮て食べましょう」と、本当にカステラを煮て台無しにする。確かそういうシーンがあったように記憶するが、何しろ中学生時代の記憶だ、間違っていたらカンベンしてくれたまえ。

 (デザートは、熟しきった柿。おいしゅーございました)

 

 この日は1110日、瀬戸内寂聴が亡くなった翌日のことである。大昔の作家・芝木好子のことを思い出しながら、大女将が次々と運んでくる湯葉料理をしみじみ味わうのもまた、知的な♡オトナの晩秋の1日にはピッタリだった。

 

「どこからいらっしゃったん?」と尋ねられ、「東京の世田谷です」と答えた。ホントは渋谷区だが、渋谷区は渋谷区でも、ワタクシはその渋谷区の西の端の住人。むしろ世田谷の色が濃い。「世田谷から」の方が真実に近いのだ。ついでだから「世田谷は、太平洋より広いんですよ」と、罪のない冗談を言っておいた。

(11月10日、鳴滝の紅葉。今年のモミジはどこもこんな感じのようだ)

 

 するとさすがは大女将、世田谷からこの店を訪ねてきた様々な有名人の思い出を、懐かしそうに語ってくれた。実はこの店「松山」、サッカーの世界で有名な「松山」という名選手&名指導者のゆかりの家でもあるらしいが、そんなことも含めて大女将、世田谷という地名に大いに馴染みがあったようだ。

 

 2時間ほど滞在して、お腹の中は湯葉また湯葉、徹底的に湯葉な湯葉腹がパンパンに膨らんだ。もちろんいくらパンパンに膨張しても、何しろ湯葉は健康食。「お刺身まで湯葉」と書けば、「そんなに食べたら身体をこわしますよ」と心配する人もまた、ホッと安堵の胸を撫でおろしてくれることと思う。

 

1E(Cd) BarenboimBEETHOVENPIANO SONATAS 4/10

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