Wed 210602 不思議なオジサン/ジレンマ/ナマか映像か9(ウィーン滞在記24)4065回
ところが諸君、こういう若いイケメン&話題性追求の世界に(スミマセン、もちろん前回の続きです)「今井」と言ふマコトに風采の上がらない不思議な男子が存在する。
テレビ映えしないこと甚だしい。短足、中肉中背、徹底して地味な紺スーツ。ルックスに何の工夫も見られない。普通の高校のセンセだって、もう少し工夫している。黒い繭玉か、焦がしたキウィみたいな楕円形のお顔。イケメンのイメージからは、おそらく最も遠いところでゴロゴロ転げ回っている。
もちろん、もしも見る目のある人が仔細に観察すれば、それなりの高級オジサンぶりにも気づくかもしれない。ゼニアのスーツ、チャーチの靴、ダンヒルの黒カバン、ロロピアーナのコート、みんな10年以上の年代物で、ロンドンの高級紳士を気取っているつもり。しかし、要するに「馬子にも衣装」というレベルだ。
だから、そういう今井が講師のサバイバル戦を勝ち抜いていく姿は、同業者の目にも奇異にうつるらしい。2001年1月、フジテレビで今は亡き「とくダネ」が今井先生を特集し、「どうしてこんなに人気があるのか」を掘り下げた時にも、コメンテーターのD・スペクター氏は最後に「分かりませんね」と苦笑した。
20分近いVTRを流してワイドショーが掘り下げた結果が「分からない」なんだから、一般の人から見たら、もっともっと分からない。不思議な不思議な地味オジサン、令和オジサン以上に地味な予備校のオジサンが、同時ナマ中継でもスタジオ収録授業でも、何故か先頭集団の一員として走り続けている。
(シェーンブルン動物園は、この建物を中心に放射状に広がっている。元は王族専用「朝食パビリオン」だったらしい)
講師仲間たちも、何故イマイなんかが先頭集団に加わっているのか、よく理解していない。「きっと下らねえ雑談とかで引きつけているんだろ」「ま、そんなところかな」「はははは」とか、悔しまぎれにその程度の結論で満足する。
例えば有名なマラソン大会なら、先頭集団の10数名は、ほぼ全員が招待選手のエリートで占められる。錚々たるサラブレッドたちがしのぎを削りつつ、虎視眈々とライバルを置き去りにするチャンスを狙っている。
ところがその先頭集団に、得体の知れない自主参加の平凡なランナーの顔がある。悪目立ちはしないが、とにかく、いる。トップに出ることはせず、トップ集団の真ん中あたりで、いかにも楽しそうにニヤニヤ走っている。実況アナも解説者も、彼が何故そこにいるのか分からない。まさに「何だ、アイツは?」なのである。
こういうふうだから、今井が別の予備校に移籍すると、後からくっついて移動するセンセが後を絶たない。駿台から代ゼミに移った翌年だったか翌々年だったか、今井君の後ろから数学・物理・英語その他、10人近い先生方が同じように代ゼミに移って来られた。
「今井サンが、移籍先でうまく行ってるらしい」「あんなに地味で普通で話題性のない今井サンが、何とあの代ゼミの四天王の1人になってるらしい」「行こうぜ」「オレたちも、行こうぜ」「行かなきゃ、損&損」という訳である。
1999年だったか、この一斉移動を雑誌「AERA」が取り上げた。20年前のAERAも、やっぱり「何故だか、よく分からない」で記事を適当に締めくくっていた。いやはや、ホントに不思議な男なのだ。
しかし諸君、不思議おじさん:イマイの真似をして、最終的に成功した人は見たことがない。せっかく前の予備校で大関&関脇クラスだったのに、だから当然強く引き止められただろうに、それでも意地でも移籍して、2年後か3年後には「こんなはずじゃなかった」と、互いに渋面を寄せ合う結果になる。
(さすが王族用の朝食パビリオン。内部は天井画もシャンデリアも、まさに豪華絢爛だ 1)
しかもこの不思議オジサン、テレビなんかにもほとんど出演しない。クイズ番組に「軍団」として登場することもないし、ニュースのコメントを頼まれることもない。
せいぜいでインフォマーシャル。地方局の女子アナがセーラー服の扮装で問いかける質問に、恥ずかしそうにポツリポツリ、ほとんど局が用意した原稿通りの答えを返すばかりだ。
「今井先生は、テレビには出ないんですか?」と尋ねられても、悲しそうにニヤニヤするばかり。「テレビは、CMだけで満足です」「ただしCM出演だけはどうしても続けさせて欲しいんですけどね」とサトイモさん。そこだけは譲る気はない様子、「テレビでやってほしいのは、授業の取材だけですね」と苦笑する。
発信力はどうか。インスタ映えとか、YouTubersに加わるとか、せめてツイッターのフォロワー数で目立っているかといえば、その種のものには見向きもしない。
10年も前からすっかり影の薄くなった「ブログ」などという古臭い世界で、頑固に長文を書き続けるだけである。いやはや、それでも先頭集団の中に、間違いなく残っている。
(さすが王族用の朝食パビリオン。内部は天井画もシャンデリアも、まさに豪華絢爛だ 2)
この不思議な不思議な今井サンの秘密とは、いったい何なのか。その企業秘密をここで明かすほど気前はよくないが、実はその辺が昨日の記事の冒頭で示した「スタジオ収録の陥穽」にも直接的につながるので、まあ諸君、辛抱強く長広舌に付き合ってくれたまえ。
巨大予備校の講師で「大関&関脇クラス」ともなれば、大教室もほぼ満員、3密禁止の時代になる前なら教室の熱気も常に申し分なく、時間給も年収もまず不満なんか口にするような額ではありえない。
それなのに、その地位をあえて振り捨ててまで別の予備校に移籍しようとする先生が存在するのは、多くの場合「今の自分の授業に不満を感じている」せいである。
「今井サンが大成功しているんだから、イケメンでカッケー自分が失敗するはずはない」。まあそういう発想だ。「新天地で自ら大満足の授業を繰り広げよう」とニヤニヤ、早くも新テキストの編集を始めたりする。
(朝食パビリオンは、今は来園者用のカフェレストランになっている。ボロネーゼの味は......まあ見た目で判断してくれたまえ)
大人気の有名講師でありながら、「今の自分に不満」という場合、原因の多くは「授業の時間が足りない」「話したいことを全て話しきれていない」というあたりにある。
90分の授業時間で、80行の長文読解問題を解説するとする。何しろみんな「英語の専門家」「英語の天才」「神」だったりするから、1行1行に解説したいことが満載。冠詞も前置詞も、派生語も反対語も、重要例文も頻出構文も、読み進めるにつれて次から次へと奔流のように頭に浮かんでは消え、とても紹介しきれない。
ついでに長文の中身についてのトークだの、「俯瞰的なマクロの解説」だの、夏期講習の自分の講座説明だの、自慢だの昔話だの、噂話だのコボレ話だの、話したいことは山積みだ。
生徒を指名して質疑応答のパフォーマンスもやりたいし、指名した生徒の返答に間違いがあれば、その間違いが何故生じたかで話がまた盛り上がる。
(ランチを終えた頃、動物園の1日もそろそろ暮れてきた)
すると、90分が終了してチャイムが鳴った時、読解はまだ30行を過ぎたあたり。まだ50行近くが残り、設問もほとんどが残って、「残りは、来週な」ということになる。
しかし先生はイケメンだし、徹底的に詳しく説明してもらったし、神だし天才だし専門家だし、子供の頃からずっと「量より質だ」と教わってきたから、「まあ今週は、ここまででいいか」と、生徒諸君もニコニコ帰り支度を始める。
しかし授業が4月にスタートして、夏休みまでは12週間しかない。こんなことを繰り返していると、というか予備校というところは過去50年、ほとんどのセンセがこんなことを繰り返してきたのであるが、当然のようにテキストは半分ちょいしか終わらない。
生徒は不満が募るし、実はセンセも「こりゃマズい」「もっと先まで進まなきゃ」と内心忸怩たる思いなのであるが、しかし「あれも話さなきゃ」「これも説明しなきゃ」という熱い想いを振り切ってまで、先へ先へと進むのもやっぱりイヤなのだ。
いやはや、困った困った。こうして講師のジレンマは、とどまるところを知らず、解決策はさっぱり見つからない。神も天才も専門家も、呆然と立ち往生するしかないのである(まだまだ&どんどん、次回へ次回へと続きます)。
1E(Cd) Marc Antoine:MADRID
2E(Cd) Ornette Coleman:NEW YORK IS NOW!
3E(Cd) Miles Davis:THE COMPLETE BIRTH OF THE COOL
4E(Cd) Christopher Cross:EVERY TURN OF THE WORLD
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