Wed 210526 リアリティの欠如/VHS/ナマか映像か5(ウィーン滞在記20)4060回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Wed 210526 リアリティの欠如/VHS/ナマか映像か5(ウィーン滞在記20)4060回

 英語の授業を「Eテレ系」の完全スタジオ収録にした場合(スミマセン、昨日の記事の終盤とギュッとつながっています)、その悲惨さは言語道断、言語を絶するものがある。臨場感の欠如は半端なものではない。

 

 諸君、テレビの外国語番組と言ふものって、見ていて何故あんなにムカつくか、分かりますかね。原因は、臨場感の欠如、もっと正確にはリアリティの欠落だ。そこには愛情だけが溢れるほど存在し、不愉快もストレスも反感もない世界という設定。まさにそこが原因なのだ。

 

 語学番組の登場人物は、とにかく意思疎通したい、何が何でも熱いコミュニケーションを交わしたい、「相手を理解したい」「相手に理解してもらいたい」、その熱意で視線すらトローンと溶けそうになっている。

 

 しまいに「英語はカンタンですよ」「英語って、楽しいね」などと、平気で不正確なことを言う。諸君、多くの人にとって英語は難しいし、時に英語は楽しくない。そこから不用意に目を離すから、惨憺たる結果になる。

 

 現実のコミュニケーションは、反感や反発や対立、不快感や不安やすれ違いの表現を多く含むはず。コミュニケーションのおそらく半分を占めるネガティブな側面を全て排除して、ホンワカ愛情たっぷりのスキットばかりを材料に番組を制作すれば、臨場感もリアリティもなくなって当然だ。

 

 番組作りに慣れていない20世紀の予備校が、完全スタジオ収録系の番組作りを目指せば、似たような大惨事は避けられない。ニコヤカなセンセと同調圧力の横溢した臨場感のない授業を、あえて選択する受験生は少ないから、やっぱり受講生数の激増もない。いつの間にか「やっぱりナマ授業」「映像はダメだ」の方向に舵を切ることになる。

(シェーン「美しい」+ブルンネン「泉」が語源のウィーン・シェーンブルン宮殿。生コアラと遭遇した世界最古の動物園は、この宮殿内にある 1)

 

 一方の代ゼミ&東進のナマ授業ナマ中継方式はグイグイ人気が伸びて、地元で地道にナマ授業に励む先生方のテリトリーを侵し始めた。90年代後半の映像を眺めてみると、東進では先生が机間巡視しながらいきなり近くの生徒にマイクを突きつけ、解答を要求したりする。おお、臨場感どころか、緊張感も半端なものではない。

 

 代ゼミの場合は、机間巡視の様子までナマ中継するのは遠慮していた。授業開始前から数分間、教室全体の様子をヒキのカメラで生徒サイドから中継し、間もなく講師が登場、同時におなじみのチャイムが鳴る。講師はカメラを意識した高級スーツなどを着込み、場合によっては登壇しただけで生徒が拍手したりする。

 

 あとは、ごく普通の授業になる。教壇せましと走り回るセンセもいるし、お歌を歌ったりダンスを始めたり、今井君みたいに抱腹絶倒のトークを展開したりする人もいるが、グルメ番組まがいの退屈な作り方をすれば、何よりも大切な臨場感が失われることをみんな熟知していた。だからこそサテライン講師のステイタスを獲得できたのである。

 

 札幌や京都や大阪、名古屋や広島や福岡で、地道にナマ授業に励んでいた先生たちの中からも、どんどん才能に溢れた人が東京本校に送り込まれてくる。ステイタス争いは想像を絶するものがあって、「アイツはサテラインが1コマ増えた」「サテラインを1コマ減らされた」みたいなウワサ話で講師室が盛り上がった。

(シェーン「美しい」+ブルンネン「泉」が語源のウィーン・シェーンブルン宮殿。生コアラと遭遇した世界最古の動物園は、この宮殿内にある 2)

 

 以上が1990年代終盤の状況である。同時生中継の授業が終わると、担当の事務職員がやってきて、「先生のさっきの授業です」と、録画したVHSビデオを1巻くれる。若い諸君はVHSを知らないだろうが、ちょうど全集本1冊ぐらいの大きさだ。

 

 1日にサテライン授業を4つも5つも担当すれば、帰りに持ち帰るVHSもそれなりにかさばる。今井君みたいにサテライン8講座なんてことになれば、1講座で1年に22巻、×8講座で年間約180巻、春期・夏期・冬期・直前講習のVHSも合わせると、たった1年間で300巻近いVHSが貯まってしまう。

 

 そのまま8年、代ゼミにいた。途中でサテラインは週9講座に増えた。スカパーで担当した番組のVHSも合わせて、自宅の地下倉庫は、VHSを満載した段ボール箱でいっぱいになった。下北沢と三軒茶屋のちょうど中間ぐらいにある赤煉瓦の高級貸家だったが、ボイラー室の脇の広大な倉庫が、ホントにVHSで満杯の状況になっちゃった。

 

 あの倉庫は、懐かしい。埼玉県のマンションから引っ越した日の夜、ボイラー室のボイラーから大量の熱湯が噴き出した。それと同時に火災警報が鳴り響き、録音の大音量で「火災です」「火災です」と女性の声が連呼した。別に火災でも何でもなくて、単なるボイラーの故障だったけれども、その後の代ゼミでの苦労を予告するような一夜だった。

(シェーン「美しい」+ブルンネン「泉」が語源のウィーン・シェーンブルン宮殿。生コアラと遭遇した世界最古の動物園は、この宮殿内にある 3)

 

 閑話は休題して本筋に戻るが、そういう大量のVHSこそ、その後の業界全体が映像授業に急激に傾斜していくきっかけになった。いやはや、何がどう作用するか、わかったものではない。まあ諸君、「長すぎる」などと冷たいことを言わずに、語り部イマイの長広舌に耳を傾けてくだされ。

 

 何かの事情でナマ授業を欠席した生徒たちが、このVHSに目をつけるのに、時間はかからなかった。講師のデスクの上には、さっきの同時生中継授業のビデオテープが置いてある。ならば「貸してください」「見たら必ず返しにきます」と頼み込みにくる。

 

 講師としては、何しろ少なからず邪魔なVHSだから、貸してあげることにヤブサカではないのだが、とりあえず著作権の問題があるし、万が一ダビングされて市中に出回ったりしたらイチ大事だ。

 

 それ以上に「不公平」の問題もある。誰か1人に貸してしまえば、貸してもらえた人と貸してもらえなかった人の間に大きな不公平が生じる、東京本校の生徒は甘えて&ねだって貸してもらえても、北海道や九州や京阪神や名古屋の校舎で同時ナマ中継を受講中の生徒諸君は、「貸してください」と言いに来られないじゃないか。

(シェーン「美しい」+ブルンネン「泉」が語源のウィーン・シェーンブルン宮殿。生コアラと遭遇した世界最古の動物園は、この宮殿内にある 4)

 

 時代は、まだ20世紀。学習参考書の世界では「実況中継シリーズ」の全盛期だ。講師の授業をそのまま活字にして本屋の棚に並べれば、どれもみんな飛ぶように売れた。

 

 予備校の授業を、まず「カセットテープ」に録音するのである。それをアルバイトに依頼して文字に起こす。「テープ起こし」という職種が大繁盛のころで、1980年代の中盤に代ゼミ講師:山口俊治の「英文法講義の実況中継」がベストセラーになって以来、参考書の定番はこの形式に変わった。

 

 それを、いちいち活字にしてもらうまでもなく、VHSビデオをそのまま貸してもらえたら、そっちの方がずっと便利と考えるのは当然だ。授業と参考書の間で「録音」とか「テープ起こし」とか、昭和独特の余計な手間はみんな省けるじゃないか。

 

 だから、東京本校の生徒諸君はなかなか諦めない。「どうして貸してくれないんですか?」「どうせ先生が自分で見ることはないんでしょう?」と食い下がり、講師サイドが著作権や不公平のことを言い聞かせて断り続けると、「だって〇〇先生は貸してくれましたよ」と、他講師の気前の良さを口にする。

 

 まあ、人気商売の講師としては、一番痛いところをつかれるわけである。古文のC名センセ(仮名)は貸してくれた、それなのに今井先生はケチで頑固で貸してくれない。そういう比較は、長年の努力のタマモノとしてやっと掴んだサテ講師の座を危うくするもののように聞こえるのである。

 

 もちろん、その辺のやり取りは講師室担当の社員の耳にも入るし、その報告は予備校の上層部にも上がっていく。「VHSを講師に手渡すのはもうヤメにした方がいい」という消極的な意見もあっただろうが、何しろ彼ら彼女らは機を見るに敏。「ならばVHSを貸し出し制にしましょう」という話が出るのは時間の問題だった。

(シェーン「美しい」+ブルンネン「泉」が語源のウィーン・シェーンブルン宮殿。生コアラと遭遇した世界最古の動物園は、この宮殿内にある 5)

 

 というわけで、21世紀に入るか入らないかの時点で、同時ナマ中継担当だった社員たちが、いきなりお揃いのジャケットを着込んで講師室内を闊歩し始めた。ジャケットの背中には「フレックス・サテライン」の文字があった。

 

 何しろ「フレックス」なんだから、「サテライン」として同時ナマ中継されたビデオを、いつでも好きな時間に借りて、ブースで1人ゆったり視聴できるわけである。

 

 予備校側としてもオカネはほとんどかからないし、生徒諸君も部活その他やむを得ない事情で出席できなかったナマ中継授業を、後からナンボでも自由な時間に視聴できる。

 

 もちろん臨場感とか緊迫感は要求できない。いきなりマイクを突きつけられて解答を要求されることもないし、ボーシやガムやウチワで叱られることもない。

 

 昭和な親たちなら「そりゃダラけちゃうだろう」と心配するところだが、受験生たちとしてはじっくり落ち着いて受講できる面の方を優先した。

 

 こうして諸君、かつて同時ナマ中継の出現が、地元の地道なナマ授業の先生方のテリトリーを一気に侵食したのと、ほぼ相似形の事態に発展する。時間に縛られる同時ナマ中継より、後からゆっくり落ち着いて、ブースでVHS画面を眺めた方がいい。「フレックス」が「普通の同時生中継」を凌駕する勢いになったのは、当然の成り行きだった。

 

1E(Cd) Stan Getz & Joao GilbertoGETZGILBERTO

2E(Cd) Keith Jarrett & Charlie HadenJASMINE

3E(Cd) Ann BurtonBLUE BURTON

4E(Cd) Harbie HancockMAIDEN VOYAGE

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