Mon 201221 まだ京都に滞在中/12月中旬の奮闘/大阪と奈良と滋賀で大熱演 3985回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Mon 201221 まだ京都に滞在中/12月中旬の奮闘/大阪と奈良と滋賀で大熱演 3985回

 まだ京都に滞在中。いやはや、マコトに長い。観光ではなくて、仕事で京都にこんなに長く滞在するのは初めてだ。来る日も来る日も夕方に仕事があって、とてもじっくり観光という気分にはなれない。

 

 ま、楽しめるのは豪華ランチぐらい。仕事が終わってホテルに帰ってくれば、もう夜10時を過ぎている。どこのお店もとっくに「自粛」「時短営業」であって、京都駅前も祇園も、先斗町も河原町もホテル周辺も、みんなシーンと静まり返っている。晩メシは連日お部屋で晩酌。そういう日が、1211日から20日まで、すでに10日以上続いている。

 

 備忘録として、一応ここにも12月中旬の記録をつけておく。もちろんワタクシの記憶力は抜群であって、自分用の備忘録の必要なんか全くないのだが、読者諸君にも12月中旬の奮闘の跡をお示しするのが礼儀だろう。12月の仕事はほぼ全て「特別教育講演会」。授業のスタイルではない。

(秋田駅のなまはげ君たち。12月中旬、近畿で奮闘中の今井君にも、こんな気合がこもっている)

 

 近畿での奮闘が始まったのは、11日のことである。午後3時に京都に到着。どこのホテルに泊まっているかは、今の段階ではお教えできない。まだまだ京都滞在は続くから、「今井を驚かしてやろう」とホテルにひょっこり姿を現す人がいたりすると困るのだ。

 

 11日、奈良県の大和八木で講演会。京都から大和八木へは、近鉄電車で移動する。古色蒼然とした近鉄の特急で1時間弱、指定席に収まって暗い奈良盆地を一気に南下する。何しろ冬至が近いから、17時半の段階で奈良盆地はすっかり夜の闇の中である。

 

 大和八木の会場は、お馴染み「橿原文化会館」。この15年で10回以上この会場を使っている。出席者、約120名。これまたお馴染み「不要不急の外出は自粛」ということで、若干の自粛者が発生し、予定していた出席者数の8割から9割になるのも致し方ない。終了21時、京都に帰着して22時半。寂しい奮闘の開始になった。

(12月2日、秋田の名店「無限堂本店」できりたんぽ鍋を満喫する)

 

 12日、大阪府茨木で公開授業。土曜日なので、午後早い時間帯での開催になった。14時開始、15時半終了。出席者、約100名。京都から茨木へは阪急電車で移動する。阪急には指定席がないから、始発の京都河原町から乗車して座っていく。講演会の前に電車で40分も立ちんぼをやったんじゃ、それだけでヘトヘトになってしまう。

 

 茨木の会場も、やっぱり古色蒼然とした昭和のハコモノである。「キャパの1/2」ルールはもちろん遵守しなければならない。間に1席ずつ開けてソーシャルディスタンスを確保すると、講演する側としてはマコトに寂しいガラガラ感に苛まれる。

 

 茨木は、このブログとしても懐かしい場所。「10年=3652回、1日も休まず更新を続けます」という宣言を見事に達成したのが、2018年6月26日。ワタクシの誕生日であったが、その日の公開授業が茨木会場だった。あの超満員の夜を思い出しつつ、コロナ由来のガラガラ感に耐えた。

(12月2日、秋田の名店「無限堂本店」で「いぶりがっこ」を満喫する)

 

 13日は、京都でちょっとした会合があって、夕暮れから出かけた。どういう会合かは、ここではヒミツであるが、何しろこの時節、世論が厳しくて、「豪華ステーキ会食」なんかをやれば、一国の総理大臣でも火ダルマになる。「イチゲンサンお断り」の串カツ屋さんのカウンターに3人並び、ひっそりと語り合うだけの会合にした。

 

 ただし諸君、この日だけは仕事がなかったので、夜の会合の前にポッカリ時間が空いていた。こういう場合、今井君はマコトに積極果敢に行動するので、「今こそ観光!!」と腰をあげ、しかし京都の紅葉はもうほとんど終わっているから、京都から湖西線の新快速電車に乗り、「マキノ」という駅を目指した。

 

 カタカナで3文字の駅なんてのは、重厚な旧国鉄では滅多に考えられないが、「マキノ」はワタクシがまだ高校生だった頃から琵琶湖の西に堂々と存在するのである。「マキノのメタセコイヤの紅葉が見頃」、ヤフーニュースに美しい写真が掲載されていた。

(12月2日、秋田の名店「無限堂本店」できりたんぽ鍋をオカワリする)

 

 しかしこの日の京都地方は、朝から重たい雲に覆われ、山科のトンネルをくぐって滋賀県に入った段階から琵琶湖に冷たい雨が降り始めた。大津京を過ぎ、坂本や堅田を過ぎる頃から雨は次第に強くなり、近江今津で土砂降りに近い雨に変わった。

 

 こうなると、さすがの今井君の心も折れてくる。真っ赤なメタセコイヤの紅葉もファンタスティックだが、激務と奮闘の日々、雨に濡れてもし万が一風邪でも引き、37.5℃の以上の熱なんか出したら一大事だ。店にもホテルにも、校舎にも講演会場にも入れてもらえない。マキノに到着した電車から、ワタクシは外に踏み出さなかった。

 

 すると電車は当然、終点の敦賀までサトイモ大将を連れていくのである。敦賀には何の用もないが、とにかく敦賀まで行って、人生で初の福井県敦賀を満喫するしかない。

(ふるさと秋田の中でも、ふるさと中のふるさと小中学校の側のバス停・港入口。周囲の寂れようがハンパではなかった)

 

 敦賀は交通の要衝であって、かつて京都にサバを運んだ鯖街道以来、長い長い歴史を持つ。北陸新幹線の敦賀延伸を控えて、さぞかし活気にあふれているだろうと予測した。

 

 しかし諸君、敦賀の寂れ方は、我がふるさと秋田の駅前を凌ぐものである。旧民主党のヒトビトが駅前に立ったら「こんなところに新幹線なんか、とんでもない&もったいない」とヒタイに青筋、さっさと事業縮減やら事業停止を決めてしまいそうなアリサマだ。

 

 それでもワタクシは決してメゲないので、駅から徒歩3分、そこだけは活気にあふれた飲食店を発見。あっちのテーブルにもこっちの座敷にも、一族郎党6〜7人の大家族が席を占め、コドモ連が座敷で転げ回るたいへんな3密ラッシュになっていた。

 

 首相なら火ダルマでも、一族郎党なら「微笑ましい光景」。福井県の感染状況を見れば、ヒトビトが緩んでいるのも不思議ではないが、緩みのあとには必ず危機がある。ワタクシは、10月の札幌で緩みを指摘し、11月上旬の大阪でも緩みを指摘した。ちょっと心配な敦賀で、それでも若狭フグをたらふく貪って帰ってきた。

(秋田市内のどの店にも、こんな貼り紙が。例え火ダルマの首相でも、ふるさとだけはマコトに温かく優しいのである)

 

 14日は、大阪・梅田で講演会。出席者、約120名。京都から大阪へは、混雑した3密の通勤電車を利用するか、贅沢に新幹線を使うかであるが、今井君はその中間をとってJRの特急電車を利用。金沢からやってくる「サンダーバード」の自由席なら、3密もナシ、新幹線よりはるかに安い。

 

 ずっと暖かだった近畿地方も、この日あたりから急激に気温が下がって、天気予報では「雪になるかも」と言い始めた。梅田で大熱演してシャツは汗まみれ、ワイシャツも汗まみれ、ネクタイにも汗が染み通って解けないほど。そこへ冷たい北風を浴びれば風邪の危機が迫るから、さすがに帰りのワタクシは新幹線を利用することにした。

(中学生時代に何度か訪ねたふるさとのラーメン屋。看板は昔のままである)

 

 15日は、大阪・京橋で講演会。会場は「ホテル京阪 京橋グランデ」の結婚式場。もちろん「結婚式場」以外の用途にも使える大宴会場で、椅子をずらっと並べてホワイトボードを3枚準備すれば講演会にもピッタシ、出席者150名。

 

 この日は往路・復路とも「京阪特急」を利用。出町柳の駅まで行って、プラス500円の「プレミアムシート」に収まれば、新幹線のグリーン車と比べても遜色のない豪華な座席でヌクヌク、大阪京橋まで50分。50分もかかるのはいただけないが、とにかく3密は避けられる。

(秋田市土崎港、名店「白樺」の味噌バターコーンラーメン。おいしゅーございました)

 

 16日は、大阪なかもずで講演会。出席者、150名。中百舌鳥と書いて「なかもず」と発音する。地下鉄御堂筋線の南の終点で、周囲は仁徳天皇陵をはじめとする古墳だらけである。

 

 冷たい風の吹きすさぶ京都から、新幹線で新大阪へ。新大阪で地下鉄御堂筋線に乗り換えて延々50分弱、コロナ禍の大阪を大胆に縦断して終点のなかもずを目指す。長い電車の真ん中に「女性専用車」もあるから、油断してはならない。うっかり女性専用車に闖入すれば、変質者あつかいになる。

 

 なかもず駅前もまた冬至直前の寒風が吹きすさんでいる。飲食店の営業自粛のせいか、街はマコトに寂しく暗く、会場の「堺商工会議所」も、中世から繁栄を誇った商いの町・堺の商工会議所とは思えない暗澹たる雰囲気。街灯さえほとんど灯っていない。

 

 それでも諸君、この真っ暗な会場に、保護者を中心に150名近くの参加者があった。キャパ1/2、ソーシャルディスタンスを徹底的に意識した会場では、反応も笑いもなかなか思うに任せないが、今の世相でこれだけ熱心に今井講演に参加してくれれば、里芋に文句があるはずもない。

(ふるさと、土崎駅。なつかしい立食いの蕎麦屋も繁盛していた)

 

 もっとも、帰り道は再び街灯のない薄闇である。寒風はますます厳しく吹きすさんでいる。たどり着いた御堂筋線の電車も、換気のために窓を開け放っているから、「ほっこり」「まったり」「ほっと一息」の類いの感慨とは無縁である。誰かが咳をするたびに厳しい視線が咳の方角に向かって飛び交い、はなはだ険悪な雰囲気の中で45分、ようやく新大阪に到着した。

 

 この夜は、新潟あたりの大雪で高速道路での立ち往生が多発した夜である。近畿地方でも、滋賀県北部から京都北部にかけて大雪になった。新幹線の車内でも「関ヶ原付近の雪のため、米原から岐阜羽島の間で徐行運転いたします」のアナウンスが流れた。

(土崎駅から秋田駅まで、なつかしい「切符」を購入していく。まだスイカは使えないらしい)

 

 京都駅に降り立つと、雪。MKタクシーに乗り込んで、運転手さんと今夜の雪について話し合った。運転手さんによると、コロナ感染防止のため、「お客さんとの会話も控え目に」というお達しが出ているんだという。ワタクシにとって、運転手さんとの会話がタクシー利用時の何よりの楽しみ。いやはや、ツラい世相である。

 

 以上、12月中旬の近畿大奮闘の記録。17日からはちょっとしたハプニングもあって、奮戦記はさらに激烈&豪快になるが、それは次回の記事で。

 

 なお、本日の写真は全て12月2日から3日にかけての秋田旅行のものである。12月4日には沖縄を訪問し、11日からはずっと近畿を右往左往しているのであるが、その辺の写真についてもやっぱり、次回の記事から順番に掲載していきたい。

 

1E(Cd) HarnoncourtBACHWEIHNACHTSORATORIUM 2/2

2E(Cd) Eduardo EgüezTHE LUTE MUSIC OF J.S.BACH vol.1

3E(Cd) BrendelBACHITALIENISCHES KONZERT

6D(DMv) WHITE HOUSE DOWN

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