Sun 190811 リクナビ事案を叱る/その姿勢は教育に向かない/価値を見極めよ 3864回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sun 190811 リクナビ事案を叱る/その姿勢は教育に向かない/価値を見極めよ 3864回

「マネッコ君」に関する前回の記事を読んで、「せんせー、ずいぶんホントのことばかり書きますね」「あんなに正直に書いて大丈夫ですか?」「悪口と思われちゃいませんか?」と、後輩諸君からいろんな反応をいただいた。

 

 ワタクシは諸君、有望な若者の将来をオトナたちが弄ぶのは、昔から大キライなのだ。もともと教育とは何の関係もなかった転職斡旋&人材派遣企業グループが、過去の巨大スキャンダルの清算さえ、終わったのか終わっていないのかハッキリしない状態で、我々の教育現場に乗り込んでくるのは黙認できない。

 

 実名で呼んで問題があるなら、まあ致し方ない、(仮名)ということで「陸路」とでも呼んでおこう。この企業グループ、言うまでもなく1988年に発覚した「陸路コスモス事件」を今もひきずっている。

 

「戦後最大の企業犯罪」だったのは誰もが認めるところ。政界・官界を揺るがし、企業倫理を厳しく追及されつつ、それでもしぶとく生きドラえもん。もちろん正しくは「生きノビタ」のである。

 

 ならば、もうしばらくの間はおとなしく、清く正しく美しく生き続ければいいんじゃないか。どうして「リクナビ」などという事業を立ち上げて、若者の夢を弄ぶようなことをしたんだ? 2019年8月に発覚した「リクナビ事件」について、ぜひ読者諸君も詳細を知っていただきたい。

(夏の全国行脚も最終盤。7月26日、静岡県沼津の大盛況 1)

 

 この炎天下、就職活動に懸命の大学生諸君が被害者だ。会員登録した就活生たちの行動履歴に基づいて、彼ら彼女らの「内定辞退率」予測をAIが算定、そのデータを採用側の企業に販売していたというのである。学生に対する裏切り以外の何ものでもないだろう。

 

 カンタンに言えば、「せっかく内定を出しても他企業に逃げそうな学生の情報をAIに計算させ、オカネをとって売り、企業サイドはオカネを払ってその情報を買う」ということ。内定辞退の可能性は、サイト上での行動履歴に応じて5段階で評価され、数十に及ぶ企業に販売されていた。

 

 学生を採用する企業サイドとしては、このデータから「内定を辞退してヨソに逃げちゃう確率が高い」と判断した上で、選考時の対応を変更するとか、内定後のフォローを検討することになる。

 

 学生を裏切ったこの連携プレー、「AIに計算させて」というところまで含めて、少なくともワタクシは大キライ、許しがたいと感じるのである。しかもこういう数字を企業に提供するという話は、大学生会員に対して事前に全く説明されていない。

 

「最終面接でNGだったのは、内定辞退の可能性をAIに高く計算されていたせいではなかったのか」。学生の中にはそう考えて落胆する者も少なくないだろう。

  (静岡県沼津は、「ラブライブ」の聖地であるらしい)

 

 陸路サイドは「提供された情報を採用判定に利用しないことに同意した企業にしか、データを提供していなかった」と、何ともダラシない言い訳を垂れ流す。しかし企業側が「内定を出すかどうか」を判断する段階で、このデータをサーチ可能だったという。

 

「そんなのズルいだろ」「アンフェアだ」であって、「裏切りだ」のコトバ以外に出るものは、落胆の溜め息ばかりである。説明不足などというナマやさしい言葉でゴマかしてはならない、「スキャンダル」「不祥事」の名で、マスコミはどんどん厳しい追及に入らなきゃいけない。

 

 問題が発覚後、陸路は「本サービスの提供を一時休止いたします」と発表。しかし即座に完全な廃止はせず、のらりくらり「一時休止」と表現したのも、倫理的視点からは許しがたい背信行為である。学生への愛情なんか微塵も感じられない。

 

 そんなデータを企業に販売して利益を得ようとする姿勢を、潔癖なワタクシはどうしても信じたくないのである。気温40℃に近い日々の酷暑の中、それでもスーツにネクタイに硬い革のKU-TOOで企業巡りを続ける真剣な若者たちを弄ぶ。こんな姿勢はもっともっと厳しく糾弾されていい。

 

 新聞各社があんまり厳しい糾弾の姿勢を見せないのは何故か。考えてみれば、大手新聞各社も「〇〇ナビ」みたいなものを次々と立ち上げている。「就活生に寄り添う」と言いながら、もしかして実はどこも同じようなことをやっているのかねと、邪推もしたくなるじゃないか。

(夏の全国行脚も最終盤。7月26日、静岡県沼津の大盛況 2)

 

 若者への愛情なんか微塵もない理念にこうしてどっぷり浸かっているくせに、陸ちゃん、アナタはどうして大学受験の世界になんか食い込もうとしてきたの?実は受験には全くホンキではなくて、受験生世代のデータ収集と名簿集めにしか関心がないんじゃないの?

 

 もちろん、みんなワタクシの邪推であればそれでいいのだ。しかし161718歳のデータ&名簿を大量に入手できれば、それはそのまま大学新卒や第2新卒、さらにその後の人材派遣&転職斡旋にまるまる利用できるわけで、要するにこの名簿、陸ちゃんにとっては今後数十年にわたる宝の山、ないしメシのタネなのだ。

 

 こうして諸君、「だから授業の質にはあんまりホンキじゃないのかな?」ということになる。テレビショッピングみたいな騒々しい授業を連発して、確認テストもなければ、学力向上についての追跡調査も、成績不振者に対するしつこいほど懇切丁寧な面談もない。

 

 下手をすれば「そんなことばかり気にかけてたら、授業料がどんどん上がるだけじゃないか」「安いのが一番」「質なんかより量が大切」「今さらクオリティなんか問題にしていられるか」など、汚いヨダレのような本音が思わず糸を引いて、破壊的な発言すらしかねないのである。

 

 確かにその通りなのだ。彼らにとっては、いったん名簿が手に入りさえすれば、大学合格後も「ケイコとマナブ」「フロムエー」「L25」「タウンワーク」「とらばーゆ」「ゼクシィ」「アントレ」と、20歳代から50歳代まで、延々と商売のタネにできるのだ。受験生世代の幸福に必要以上にこだわる必要はない。

(7月25日、大阪国立劇場で文楽を満喫した後は、ミナミの飲み屋で古代からの友人と歓談する)

 

 だからこそ、「大急ぎでカリスマ講師を数十名かき集めました」などという恐るべき発言も可能になっちゃうのだ。カリスマの名に値する講師は、1年に1人か2人の単位で慎重にポツリ&ポツリ、10年も20年もかけてじっくり集めて最強チームを育てるべきものである。

 

 もしもある講師の実際の授業がダメだったり、他の教師との連携プレーがお得意でない場合には、小池百合子どんばりの「排除の論理」も導入しなきゃいけない。数十名の講師軍団がチームとして機能できるようになるには、最低で十数年はかかるはずだ。

 

 事業を立ち上げてわずか数年、お手軽なテレビショッピングよろしくクオリティ軽視の廉価販売に乗り出して、「どれをお使いになりましても、同じようなものでございますよ」なんてのは、1980年代初頭の「スネークマンショー」の世界(ググってくれたまえ)。完全に時代錯誤なのである。

 

 これ以上は、さすがのワタクシも口をつぐむことにするが、せめて我々だけは、これからも真摯に若者諸君の学力向上を第一義にしていきたい。

 

 だから、確認テストや修了判定テストみたいな地道なものにも、決して力を抜かない。成績不振者については徹底的な面談が行われるし、それどころか今井君の独壇場である「営業活動」「広報&宣伝活動」だって、ますますクオリティ向上を図りたい。

 

「異様な安価であること」なんか、絶対にウリにしたくない。映画サイトよろしく「月額1000円以下で見放題」だなんて、やっぱり人材派遣&転職斡旋のための名簿集めにしか見えない。「有名進学校の生徒は模試も全て無料で受験できます」だった、かつての佐々木ゼミやPretty塾と同じことだ。

 

 意地でも学力を増進できるような授業以外は、すべて排除する。手間がかかっても単語をキチンと記憶させ、たとえば英作文を通じて文法の力もビシビシ鍛えまくる。

 

 今後は長文読解以上に受験生を悩ませるはずのリスニングも、徹底的に鍛えていきたいのだ。スミマセン、これはもちろん、あと2ヶ月、2019年10月以降に受講可能になる今井リニューアル講座の広報宣伝活動である。

(大阪ミナミの暗がりで、「今井楽器」の赤提灯に遭遇する)

 

 要するに21世紀日本のオトナたちは、若者の将来を弄びすぎるのだ。若者の側も、カンタンに弄ばれすぎるのだ。

 

 あんなに「記述式導入」に夢中になっていた共通テストの数学から、あっさり記述式が消滅しちゃったのがその証拠じゃないか。あれれ、「記述の形式でホンモノの論理的思考力を試す」んじゃなかったの?

 

 現代文の記述式だって、たった150字しか書かせてもらえない。150字だなんて、そんなのツイッター1本に過ぎないし、しかもそれを採点するのは大学生のバイトになりそうだ。あれれ、「論理的思考と表現力が21世紀を生きる若者には必須」じゃなかったの?

 

 英語の「民間テスト」からは、TOEICが堂々と逃げ出した。東大も京大も、北大も名古屋大も東北大も、みんな遠慮なくこの場を去ろうとしている。GTECなるものの出題者が、まさにそのGTECの対策本だか攻略本だかも書いている。そんなのただの八百長じゃないか。

 

 そのGTECを運営するベネッセは、「DODAキャンパス」にも深く関わっている。「デューダ」といえば諸君、リクナビと同じ業態だ。今回のリクナビ事案と同様の事案が、こういうルートで大学受験の世界にまで発生する危険性はないのか。

 

 若者諸君には、どうしてもそんなに楽々とオトナの世界に弄ばれてほしくないのである。自分でしっかり見極めて、ホントに価値のあるものだけを慎重に選びとってほしい。その力こそ、ホンモノの論理的思考力と判断力に他ならない。

(7月24日、祇園祭「後祭り」を満喫した後は、大丸デパートで冷たい宇治金時を味わう)

 

 なお、最近どうしてもこんなに長く書いちゃうのは、どうやら今井君がグロッキー気味のせいなのである。思えば1月下旬、北海道函館で今年最初の公開授業に臨んで以来、ほぼ全く休みなしで8月中旬まで来た。

 

 7月下旬にしても、その行動の激しさは自分で書いていても思わずギョッとする。7月22日には沖縄県那覇市で公開授業、午前2時まで大祝勝会を満喫した後は、翌日午前のヒコーキで大阪・伊丹空港に到着した。

 

「あれれ、羽田から東京のオウチに帰るんじゃないの?」であるが、ななんと今井君は、7月232425日と京都に3連泊した。24日は祇園祭の「後祭り」。25日は大阪・国立文楽劇場で「仮名手本忠臣蔵」を観た。

 

 もちろんその宿泊費はジバラ。むかしむかしの大ベストセラーに中南米の革命闘士チェ・ゲバラによる「ゲバラ日記」があったが、今井君の場合はそれが「ジバラ日記」なんだから恐ろしい。

 

 祇園祭の後祭りは、2014年、約50年ぶりに復活した。5年目の今年、初めて今井君にチャンスが巡ってきて、グロッキー気味ではあっても、やっぱりどうしてもこのお祭りは見なきゃいけない。

 

 17日、「前祭り」の山鉾巡行は反時計回り。24日、「後祭り」の山鉾はそれとは反対に時計回りに京都の街をめぐる。新町通りから御池通りに出て、真夏の東山を正面に見ながら進み、河原町御池で辻回しをして、四条河原町まで南下する。

 

 山と鉾の数が「前祭り」よりググッと少なくなるから、山鉾巡行もマコトに地味であって、いかにも京都ローカルな雰囲気には「むかしむかしの祇園祭はさぞかしこうだったろう」という奥床しい風情が楽しめる。

 

 前祭りでは、中国語と韓国語の洪水の中、警備員の殺気立った絶叫に厳しく叱られながら右往左往させられる。それに対して後祭りでは、京都人の優しい冗談と、猛暑に疲れたセミ軍団の大合唱に耳を傾けながら、余裕の笑顔で山鉾の勇姿を満喫できる。

(かき氷は、このぐらいになってからがクライマックスである)

 

 後祭りのヒーロー「大船鉾」の勇姿を見送った後、静かな麩屋町通りを散策していると、老舗のお蕎麦屋さんのダンナが声をかけてくれた。時計を見ると、まだ朝1045分。「11時開店ですが、涼しい店の中で休んでいらっしゃい」とおっしゃる。

 

「晦庵 河道屋」という暖簾がかかっていて、お店の方に尋ねると「みそかあん かわみちや」と読むんだそうな。冷房のビシッと効いた奥のテーブル席で15分待ち、穴子の焼き物を戴きつつビールと冷たい日本酒で喉を潤してから、ざるに大盛りの盛りそばを一気に平らげた。

 

 もっともこのお蕎麦屋さん、有名すぎて京都四条烏丸の「大丸」の中にも店舗を展開している。このわずか1時間後、あまりの暑さに大丸に逃げ込み、百貨店内の和菓子屋で宇治金時のかき氷を貪っていると、店舗案内の中に「晦庵 河道屋」の文字を発見した。

 

 諸君、四条烏丸の大丸で和菓子の店なんかに入ってみたまえ。周囲のお客さまは残らず京都の奥ゆかしいオバーチャマばかり。「どす」「どす」「どすえ」なマコトに奥の深い世界に、いきなり汗まみれの楕円形クマ男なんかが闖入して、ホントに申し訳ないことをした。

 

1E(Cd) MenuhinBRAHMSSEXTET FOR STRINGS No.1 & No.2

2E(Cd) BaumannMOZARTTHEHORN CONCERTOS

3E(Cd) Solti & WienerMOZARTGROßE MESSE

6D(Pl) 夏休み文楽公演:通し狂言仮名手本忠臣蔵:国立文楽劇場

五段目(山崎街道出合いの段・二つ玉の段) 

六段目(身売りの段・早野勘平腹切の段)

七段目(祇園一力茶屋の段)

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