Mon 190708 ウツツを抜かす/盛岡・繋温泉の思ひ出/盛岡「鈴徳」マウンテン系 3854回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Mon 190708 ウツツを抜かす/盛岡・繋温泉の思ひ出/盛岡「鈴徳」マウンテン系 3854回

 そもそもどうして、秋田県大館市の「秋田犬の里」でウツツを抜かし、そのあとも日本酒なんか買い込んでローカル線の旅にまたまたウツツを抜かし、せっかくだからその日本酒5合ほどを痛飲して初夏の車窓にもウツツを抜かしていたんだろう(スミマセン、前回の続きです)。

 

 そもそもその前の1週間、大阪5連泊(神戸・豊岡・岡山・姫路・大阪京橋)に、埼玉県大宮でのお仕事まで連続して、鍋の中のサトイモ君は煮えて → シナびて → もうゲッソリ、疲れ果ててオウチのネグラで惰眠を貪っているのが当然なんじゃないのか。

 

 ところが諸君、今井君というのはマコトに不思議な生き物であって、惰眠をむさぼると返って疲労が増し、いろんなことにウツツを抜かし放題に抜かす方が、疲労の回復も圧倒的に速いのだ。

(盛岡「鈴徳」の山盛りイクラ飯。おいしゅーございました)

 

 ウツツとは、漢字で書けば「現」であり、現実・現在・正気・実態のこと。それを「抜かしちゃう」んだから、夢なのか現実なのか判別がつかない、今やるべきことに真剣に向き合えない、他のことに気を奪われて溺れてしまう、そういう困った精神状態をいうのである。

 

 ま、だからとりあえず今井君は、ウツツを抜かすといっても一応はマトモなほうであって、秋田犬・ローカル線の旅・適量の日本酒、その程度なら大した心配はいらない。いい年をしたオジサマがいったん本気でウツツを抜かせば、人生の崩壊の危機が迫っていると考えたほうがいい。

   (秋田県大館駅に停車中の花輪線・盛岡行き)

 

 6月22日の段階での「ウツツ」は、翌日23日に岩手県花巻市で講演と公開授業が待っていると言ふことぐらいである。ならば適度にウツツを抜かし、花輪線のローカル列車で奥羽山脈を北西から南東方向へ、まさに冬の東北を吹き荒れる北西季節風と同じベクトルで横切って、盛岡の街を目指した。

 

 岩手県で6月下旬と9月上旬に仕事をするようになったのは、5年前のことである。岩手県の高校入試で300番以内の好成績を収めた優秀な高1生が対象。これを2クラスに分けて、午前中3時間、午後3時間、英語と数学の授業を受けて豪華な1日を過ごす。

 

 英語は今井君、数学はS田先生。夢のような♡超豪華布陣だから、企画の評判はマコトによろしい。ただし、高1の時は我々だが、高2 → 高3と進むに連れて別の予備校の担当に代わり、うーん、何だかよくわからないが、高2クラスや高3クラスの生徒数が少ないような感じがする。

 

 ホントは、高1を我々が担当した以上、高2になっても高3になってもやっぱり我々が責任をもって授業を続けたい。会場で顔を合わせた昨年の高1生諸君が、今年は高2生として参加し、担当講師が我々でないのを知ってガッカリしている様子。それでも懐かしそうに挨拶してくれる。

  (花輪線・十和田南駅。ここで列車の進行方向が変わる)

 

 仕事は23日だから、22日の今井君はそれこそウツツの抜かし放題である。ナンボ抜かしても、ウツツというものは決して消滅しないのであって、一晩ぎゅっと眠って朝がくれば、その朝がすなわちウツツである。

 

 消えないウツツが消えることを心配して、午後も夕暮れも夜もずっとKUSO-MAJIMEな顔で過ごすのは愚の骨頂である。古代の中国ではそれを「杞憂」と呼んだ。

 

 消えてほしくても意地でも消えないのがウツツであるならば、せめてお休みの1日、ウツツはナンボでも抜かしたほうが健康的だ。というか、抜かせるものは抜かしたほうが、翌日の仕事のクオリティが数倍にも跳ね上がるのである。

(6月23日、岩手県花巻市の大盛況。60分授業 × 6コマの長丁場だ 1)

 

 いつもならS田先生と仙台のお寿司屋に行くのである。5年前にご一緒して以来すっかり馴染みになった、生ウニの旨い店で、イヤしい今井君がこの寿司屋に行けば、必ず生ウニ3個をペロリと胃袋に収めるのである。

 

 ただし同じ店に行き過ぎれば、さすがのサトイモ君も飽きてくる。というか、むしろ「お客さん、また来ましたね」「またウニですね」「生ウニ3個、今日も貪るんですね」という店の人のちょっと皮肉な笑顔が恥ずかしくなる。「今年はヤメときますかね」と思う瞬間である。

(6月23日、岩手県花巻市の大盛況。60分授業 × 6コマの長丁場だ 2)

 

 そこで諸君、今井君は盛岡市の居酒屋で好き放題に貪り、そのあとは繋温泉に一泊して明日の仕事のクオリティアップに専念することにする。繋温泉と書いて「つなぎ・おんせん」と読む。岩手山と秋田駒ケ岳、2つの火山に挟まれた地域に点在する硫黄泉の1つである。

 

 ワタクシは小学3年の4月下旬、家族4人でこの繋温泉に宿泊したことを記憶している。いわゆるゴールデンウィークの旅であるが、まず平泉を歩き、繋温泉に1泊して、翌日は小岩井農場を訪れる計画だった。

(東北新幹線・新花巻駅の「ゆ」。温泉の多い町にちなんでのディスプレイなんだそうな)

 

 あの時の旅はマコトにトゲトゲした雰囲気であった。宏君が小学3年ということは、4つ年上の姉上は中学1年である。当時の中1女子は、この上なく難しい年頃。弟なんか大キライ、父親という存在にも我慢ができない、それが当時の定番だった。

 

 天候も最悪だった。平泉は雨、小岩井農場も雨、馬車をひく馬の汗やら糞やらが、生ぬるい春の雨の中で激しく臭った。小岩井農場は早々に切り上げて、盛岡城址の観光に切り替えたが、それでもみんなの機嫌はどんどん悪くなっていった。

 

 宏君がホントに幼い頃から、毎年コマメに継続してきた家族旅行であったが、ワタクシの記憶が正しければ、これが最後になった。小4からは、スキーが絡んだり、父の故郷の墓参りが絡んだりしたが、旅はもっぱら父と2人になった。

(花輪線・田山駅。父とこの駅近くの小さなスキー場を訪ねたことがある)

 

 数十年前のあの家族の旅で宿泊したのが、繋温泉「湖山荘」という名の温泉宿だった。はるかな昔の東北の山の温泉である。盛岡からタクシーで夜道を飛ばしたが、闇の中の険しい山道をタクシーは疾走した。確かあの時はまだ、舗装さえされてない剣呑な山道だったと記憶する。

 

 あれから幾星霜、岩手県の道路はすっかり美しく整備されて、豪腕政治家Oどんの強烈な影響力を如実に感じるのである。盛岡から繋温泉に向かう道も、いちおう「県道」ということになってはいるが、ほとんど高速道に遜色がないほどの一直線の道を、クルマは快走するのであった。

 

 ただし諸君、その前に21世紀イマイは、居酒屋でもウツツを抜かしておきたい。それも&これも、仕事のクオリティアップが目的。いつもは「一休」で高級な店を予約するのが常のワタクシも♡、岩手県には「一休」に登録された高級店が1軒も見つからなかったので、「食べログ」に頼るしかなかった。

  (盛岡の人気店「鈴徳」。店内はマコトに素朴である)

 

 食べログで盛岡の人気一番店になっていたのが「鈴徳」である。しかし盛岡駅前からタクシーに乗りこんで「鈴徳」と言っても、オジーチャン運転手さんはちっとも分からない。カーナビもない。頼るのはGoogleマップのみ。それでも雨の中15分ほどの右往左往の後に、「鈴徳」は何とか見つかった。

 

 店を発見して、オジーチャン運転手は2度か3度激しく噴き出したのである。「やられましたな?」「予約してくるほどの店じゃありませんな」「残念でした」、そういう意地悪な笑いである。ジーチャンの意地悪は圧倒的に可愛いから、まあそのぐらいは許してあげることにした。

 

 店に入ると、上の写真の通りのマコトに地味な居酒屋である。魚の木箱をテーブルがわりにして、店の人も素朴、お客の会話も素朴、トイレに行くのに調理場を横切るという言語道断な店のつくりは、素朴を通り越して大正&昭和の遺物を見るようである。

 

 しかし間違いなく人気店なのだ。「予約してませんが」とオズオズ訪れる人は、「予約で満員になってまして...」と言われてスゴスゴ引き下がる。「予約なしで入れない店」にはとても見えないが、それはさっきの皮肉なオジーチャン運転手の誤解に過ぎなかったようである。

(盛岡「鈴徳」のポテトサラダ。マウンテン系のお好きなお店であった)

 

 マウンテン系の大好きなお店であって、ポテトサラダもマウンテンどころか激しい断崖絶壁ふうに盛り上げて運んでくる。きわめつけは「カニ♡マウンテン」。三陸の新鮮なカニの身をほぐし、今にも倒れんばかりの険しいマウンテンにして供するのである。

 

 最後の〆に、山盛りイクラ飯を注文する。酒はさっき花輪線の車中で5合も飲んだあとだから、せいぜい4合が関の山。それ以上飲んだくれれば、それこそ「クオイリティアップ」が夢のまた夢と消える。しかしメシならいいだろう。

 

 注文した時、店のオバサマは一瞬驚いた表情をした。「まだ食べるのかい?」であって、確かにカニ♡マウンテンはそれだけでも1人で食べきれる分量ではない。それに加えて、丼から溢れるほどのイクラを乗っけてメシをかき込もうなどという暴走には、さすがのオバサマも驚きを隠せなかったのだ。

(盛岡「鈴徳」のカニ♡マウンテン。おいしゅーございました)

 

 しかし諸君、このクマ蔵を侮ってはならぬ。広島で生牡蠣40個、マルセイユで生牡蠣48個、ブエノスアイレスでステーキ500グラム、そういう胃袋は今もなお健在だ。このぐらいのイクラ飯で悲鳴をあげるような今井ではないのだ。

 

 店を出ると、外は激しい雨。店の人にタクシーを呼んでもらって、はるかな昔に闇夜を疾走したのとおそらく同じ道を繋温泉に向かった。あの時と同じ激しい雨が降っていた。予約した宿は「佳景」。温泉宿なのに夕食ナシOKというので、ここを選択した。

 

 そして諸君、驚くなかれ、この「佳景」こそ、かつて小学3年のワタクシが宿泊した「湖山荘」だったのである。当時の「湖山荘」がすっかり古びてしまい、最近になって経営が「佳景」に変わったのだそうだ。

 

 なるほど同様に今井君もすっかり古びてしまった。初々しい小3の面影はすでにすっかり消え、今や超ベテラン講師として、明日の授業のクオリティアップを願うばかりなのである。

 

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