Wed 190213 祝3800回/大牟田/静岡/修学院離宮(京都すみずみ26)3800回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Wed 190213 祝3800回/大牟田/静岡/修学院離宮(京都すみずみ26)3800回

 

 この半年は「2日に1回の更新」ペース。10年続いた「毎日必ず更新」の日々に比較すれば、マコトにノンキな遅々とした進捗状況であって、「祝3800回♡」とはいうものの、次の「祝3900回」「スーパー祝♡4000回」に到達するのはいつのことか、甚だ茫漠とした状況である。

 

 しかしまあ、そんな難しい顔をしなさんな。打率と違ってホームラン数が決して下落しないように、たとえ2日に1回であっても、遅々とした歩みにめげずたゆまぬ努力を続けていけば、必ず3900回も4000回もやってくる。

 

 一番近い目標の3900回なら、今のペースでも2019年のうちに確実に達成できるし、下手をして何かのハズミに「また『毎日1回』をやるぞ」と決意すれば、今年のうちにスーパー祝♡4000回だって夢ではないのである。

(福岡県大牟田の夜は「乾杯 大牟田」にて。公開授業もこの名前にふさわしい大盛況であった)

 

 以上の発言は、実は自分自身に優しい鞭を打ち、自らを勇気づけるためのものであって、別に読者諸君におもねるとか、お愛想を言うつもりではないのである。

 

 実際には「2日に1回」の頻度になってから、1回1回の重厚さがググッと増してきているはずだ。単に記事の長さだって、毎回A4版4枚超に増している。「毎日」の頃はA4版3枚が原則。読者諸君の読みごたえは、この半年さらに充実したはずだ。

 

 写真の数も、1日平均10枚。「毎日」当時の原則は1日5枚だったから、2倍超という勢いだ。頻度は下がっても、濃度は変えない。ねっとり濃厚なサトイモの魅力を満喫してくれたまえ。

 (2月12日、静岡の大盛況。210名で超満員になった 1)

 

 さて本日は2月13日。昨夜は久しぶりに東京に帰って、起きてきたニャゴに「久しぶり」と挨拶、懐かしいネグラで午前2時から7時まで熟睡した。2月8日に和歌山に出発して以来、5日ぶりの我がネグラなのであった。

 

 長旅の後半は、福岡県大牟田と静岡の両方でハッキリ「成功事例」と胸を張れる大盛況が続いた。今日の写真の前半数枚、大盛況の現場と今井君の得意そうな満面の笑顔を確認してくれたまえ。

 

 もちろん諸君、旅前半の和歌山も富山も、大盛況という点では何の不満もなかったのである。和歌山は会場がハチ切れんばかりの超満員だったし、富山も富山の東進史上最大の250人が国際会議場に集結した。絶品のブリと白海老まで含めて、感謝&感謝、大感謝のコンチキチンであった(そりゃいったい何のことでありんす?)。

     (2月11日、福岡県大牟田の大盛況)

 

 しかし諸君、2月11日福岡県大牟田の大盛況に、今井君のマナコから思わず熱い涙が溢れ出たのである。東進に移籍してすぐの13年前、大牟田で公開授業を行ってウルトラ大成功を記録した。あまりに懐かしいあの時の記憶が蘇るほどだった。

 

 かつて三井三池炭鉱の大活況に沸いた大牟田は、炭鉱閉山とともに石炭化学工業も一気に衰退。1959年には最大人口20万を超えたが、2018年の人口は11万3千。60年間でほぼ半減という状況で、2010年には「過疎化地域に指定」という苦境にある。

 

 都市がぐんぐん縮小すれば、若者たちの意欲だって減退をまぬかれない。昭和40年、未曾有の活況を呈していたこの町から甲子園に三池工が出場。初出場で優勝を果たした時、久方ぶりのベスト4に進出した我が母校・秋田高校と準決勝で対峙した。

 

 終盤の3点ホームランで逆転負け、東北初の優勝旗を目指した我が母校としては返す返すも悔しい敗戦であったが、大牟田という町の絶頂期は、あの甲子園での優勝に象徴されるのである。あれから、マコトに長い時間が経過した。

(2月12日、静岡の大盛況。210名で超満員になった 2)

 

 縮小していく商圏には、熊本県の荒尾と福岡県の柳川が含まれる。柳川の衰退については、すでに作家・福永武彦が1960年に「廃市」というタイトルで名作を残し、1983年には大林宣彦監督が映画化にも成功している。

 

 その詳細はTue 130122 福永武彦「廃市」とローデンバック「死都ブリュージュ」(ベルギー冬物語19)を参照。「福永武彦 廃市」でググってみると、2ページ目に出てくる名作ブログである。過去の今井ブログでは、最近「赤本 間違い」での検索数が圧倒的に多いが、大学受験以外の分野でもワタクシはたくさんの名作を残している♡

 

 こういうふうだから、大牟田での公開授業参加者もこの10年は「漸減」の一途をたどってきた。10年以上前にはホテル会場を借りて、200名を上回る出席者を誇ったものだが、このごろはずっと「校舎開催」。真ん中に太い柱のある狭い教室で、寂しくこじんまりと実施するのが常だった。

(「乾杯 大牟田」の看板メニュー、鳥の巣みたいなコロッケ。おいしゅーございました)

 

 しかし諸君、今回は全く様子が違った。商圏人口はかつての半分に縮小し、柳川の名門・伝習館高校や地元大牟田の名門・三池高校の大学合格実績も今ひとつの状況であるが、2月11日の大牟田に集まった受講生は110名、そのうち半分の55名が完全外部生。90分、信じがたい大爆笑の連続のうちにあっという間に過ぎ去った。

 

 どうやら大牟田では、「いよいよ大逆襲」というか「今度は我々が攻める番だ」というか、急上昇へのカーブに乗っかっちゃったようである。「ピンチの時は今井を呼べ」であって、大魔神や風神雷神ならぬ「サトイモ大明神♠今井」が、追い詰められた状況でも一気に挽回して差し上げる。

      (京都・修学院離宮の絶景 1)

 

 激烈な大上昇気流に乗ったことを確認してから、スタッフ3人とともに寂れた大牟田の街を闊歩、今夜の祝勝会に向かった。選んだ店は「乾杯 大牟田」。大牟田なのに、何故か秋田料理店。いぶりがっこ・比内地鶏・きりたんぽ鍋と続けば、ホンモノの秋田人・里芋大明神の勢いに火がつくと言ふものだ。

 

 しかも諸君、店内には常に長渕剛の激しく熱い歌声が溢れている。「乾杯 大牟田」とはつまりそういうことであって、長渕どんの熱い歌声に乗せて大牟田を一気に復活させようというコンセプトなのだ。

 

 そりゃまさに今井のコンセプトとピッタリ重なり合うのであって、いやはや、きりたんぽ鍋も日本酒も、ますます旨さが際立った。スーパー名曲「乾杯」がかかっている間に注文すれば、どんなに高いお酒でも半額にしてもらえるのである。

      (京都・修学院離宮の絶景 2)

 

 こういうふうで、大牟田の今井君はまさに幸福の極致。しかしその後の移動の連続は、さすがに憂鬱なのである。大牟田から最終の新幹線で博多へ。博多で1泊した翌日は、ヒコーキで羽田、羽田から京急電車で品川、品川からはネグラに戻る余裕もなく、新幹線「こだま」で静岡へ移動する。

 

 これでもし静岡会場がガラガラだったら、鉄のようなイマイの心もヘナヘナ折れていたところだったが、おお諸君、静岡でも嬉しい大成功事例が待ち受けてくれていた。

 

 静岡での公開授業は、過去14年ずっとこじんまり「校舎開催」。どんなにギューギューでも140名しか入らない狭い教室で、椅子だけ机なしの「シアター形式」を生徒諸君に我慢してもらっていた。140名が申し込んだ段階で「満員締め切り」、それ以上の申し込みはお断りしていたのである。

 

 しかしワタクシは、そういう方針にはむかしから大反対。締め切りにしないで、もっと大きな会場を借りてどんどん申し込みを受ければいいじゃないか。

      (京都・修学院離宮の絶景 3)

 

 昨年から、静岡駅の北口に貸し会議室を借りて、より大きな規模の会場で開催するようにしたのである。2019212日、集まった受講生は210名超。名門・静岡高校の生徒諸君が90名も集結して、最初から雰囲気も上々、今井の絶好調ぶりにさらに激しくボーボー炎が燃え上がった。

 

 諸君、静岡での今回の90分は、四半世紀にわたる予備校の今井史上10本の指に入ると断言していいと考える。そりゃすげーことでござるよ。四半世紀で10本の指とは、2年半に1回のことであって、どんなに冷たい氷水を浴びせかけても、この紅蓮の炎の渦を萎えさせることなんかできそうになかった。

      (京都・修学院離宮の絶景 4)

 

 ただし首都圏と同様、静岡でのお仕事の後には正式な祝勝会は企画されていない。会場を1人で寂しく去った今井君は、新幹線を待ちながら静岡駅構内「銀座ライオン」でビールを数杯立て続けに飲んだ。

 

 30分しかなかったので、ツマミは枝豆1皿のみ。やがてやってきた「こだま」は、走っている時間より停車時間の方が長いぐらいの困ったシロモノであって、静岡から東京までたっぷり1時間半かかる。ま、その分さらに日本酒を2合ほど車内で楽しんで、東京駅に到着したのは23時に近かった。

 

 こういうふうで、長旅の記録と嬉しいお知らせを書いているうちに、今日もまた4枚目の半ばに入ってしまった。「京都すみずみ」というサブタイトルは、今日もまた写真の掲載でお茶を濁すことになる。

 

 本日の写真は、すべて修学院離宮のものである。修学院は「しゅうがくいん」だが、修学院離宮の時は「しゅがくいんりきゅう」と発音し、「しゅう」と伸ばさないで「しゅ」と短く発音する。コドモのころにはそう習ったが、その区別はどうもそれほど厳格ではないようである。

      (京都・修学院離宮の絶景 5)

 

 広大な庭園には、田んぼがあり畑があり、池でも畑でもアオサギが闊歩する。大きなカマキリも写真に収めたが、読者の中には虫に弱い人も少なからず存在するだろう。カマキリ写真の掲載は遠慮しておく。

 

 さすがに宮内庁が管理する庭園だけあって、マコトに厳しい表情のオジサマやオニーサマが散策者を常に後ろからギュッと監視し続けていらっしゃる。

 

 美しい松並木を歩きながら、「金沢から来たんです」という面白いオバサマと世間話に花が咲いた。普段は無口で見知らぬオバサマと雑談なんかすることのないムッツリ里芋であるが、庭園のあまりのノドカさに心も緩み、とりとめのない世間話も、長く記憶に残るほど楽しかったのである。

 

1E(Cd) Diaz & SorianoRODRIGOCONCIERTO DE ARANJUEZ

2E(Cd) Cluytens & ConservatoireRAVELDAPHNIS ET CHLOÉ

3E(Cd) MiolinRAVELWORKS TRANSCRIBED FOR 10-STRINGED & ALTO GUITAR

6D(DMv) CAPE FEAR

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