Sun 181125 広島の帰りに大阪で文楽/お半♡長右衛門/熊肉とカラオケ 3759回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sun 181125 広島の帰りに大阪で文楽/お半♡長右衛門/熊肉とカラオケ 3759回

 せっかく広島まで行ったのに、お仕事に全力を尽くして、牛のお肉を貪って、それだけでノコノコ帰ってくるんじゃ、さすがにもったいないじゃないか。牛のお肉をワシワシやったら、生牡蠣も貪りたいし、お好み焼きも外せない。要するにワタクシはチョー欲張りなサトイモなのである。

 

 サトイモ君としては、今回は趣向を変えて「大阪に立ち寄って熊を食っていこう」と考えた。広島でのお仕事が1117日、翌日8時にはホテルをチェックアウトして、「クマ♡」「クマ♡」「クマ♡」とふざけた寝言を呟きながら、超満員の新幹線で大阪に向かった。

    (11月18日、大阪・玉造で熊の肉を満喫する)

 

 新大阪に到着、午前9時50分。もちろんこんな早い時間から熊鍋を食べられる場所なんかありえないから、タクシーで15分ほど南下して、今井君は難波というか日本橋というか、要するに「国立文楽劇場」を訪れた。

 

 日本橋と書いて、東京なら「にほんばし」であるが、大阪の日本橋は「にっぽんばし」と読む。にっぽんばしの近くには、外国人観光客の大好きな「黒門市場」があり、関空から大阪市内へのバスターミナルもあって、いやはや今や外国人だらけ、「こりゃ日本語は通じませんね」という驚きの街である。

   (11月18日、大阪で6ヶ月ぶりに文楽を満喫する)

 

 文楽劇場にも、外国の人の姿が目立つ。マコトにありがたいことであって、ダイコクドラッグやラオックスでの爆買い外国人ばかりじゃなくなった。イヤホンガイドを片手に、熱心に舞台を見つめ、浄瑠璃に耳を傾けている。

 

 今井君はこの日も、太古の昔からの友人と一緒である。荻窪でのお仕事の後に鹿児島料理屋でカニと戯れた男とは別の人間であるが、ともに大阪で文楽を楽しむようになってすでに7〜8年が経過した。

(大阪での宿泊は、久しぶりにウェスティンホテル。完全にクリスマスモードに入っていた)

 

 ワタクシの文楽歴は、すでに40年である。40年にわたって、年に3回ある東京公演はほとんど欠かさず見続けた。しかしどうも東京での文楽がつまらないような、あるいは堅苦しすぎるような気がして、足が遠のきかけていた。

 

 もともと文楽は大阪の芸能であって、無理して新幹線に乗ってでも1年3回大阪に出かけた方がいいんじゃないか。大阪の観客は、心から文楽をエンジョイしている。東京のほうは、どうしても「お勉強にきています」という感覚が強いようである。

 

 だから7〜8年前、太古からの友人に「一緒に文楽に行かないか?」とメールが来た時にはホントに嬉しかった。あれから延々と欠かすことなく、大阪で文楽公演がありさえすれば、ヒコーキ代も新幹線代もかまわない、わくわく大阪を訪れて文楽を満喫することにしている。

(ウェスティン大阪、フロントに立つサンタクロースの勇姿)

 

 今回の公演は、① 蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)から「葛の葉子別れの段」「信田森二人奴の段」、② 桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)から「六角堂の段」「帯屋の段」「道行朧の桂川」。①も②も浄瑠璃の台本に若干ムリがあって、そのムリを承知で楽しむフトコロの深さが観客に求められる。

 

 東京の人々はあまりに真面目で論理的思考優先だから、「無理を承知でエンジョイする」のが苦手。大阪の人はその辺の塩梅がなかなか見事で、無理でも何でも受け入れて、目いっぱいのツッコミを入れながら舞台を楽しむ度量がある。

     (大阪文楽劇場、11月公演チケット)

 

「桂川連理柵」は、別名「お半♡長右衛門」とも呼ばれ、京都の商家の40男 → 長右衛門が、お隣のお店の14歳の娘お半と桂川で心中する物語である。心中のきっかけになったのが、お伊勢参りの帰りの宿での出来事。明け方のふとした過ちで、お腹にオコサマができるような事態になっちゃった。

 

 ま、要するに「淫行の果て」と言ふ古典的なマチガイであるが、長右衛門どんの言い訳によれば、「だって眠かった」「眠たかったからお半をオフトンに入れちゃった」というんだから、あまりに無理すぎて観客としてはツッコムのも難しい。

 

 東京人は、もともとツッコミが苦手である。ツッコミどころ満載の場面でも、誰もツッコムことなしに残念な沈黙に陥る。大阪の人は「意地でもツッコムのが最低限の礼儀」と捉えているから、この種のストーリーには思い切りツッコミながら盛り上がるのである。

  (終演後、南船場のお馴染み「燗の美穂」で一次会)

 

 長右衛門のお店「帯屋」があるのは、「京都・六角堂の近く」ということになっているから、要するに四条烏丸か烏丸御池である。お半と長右衛門は深夜から早朝にかけての暗闇を四条烏丸から桂川まで歩いて心中に向かう。阪急電車で4つも駅がある。

 

 諸君も一度、ぜひ歩いてみるといい。四条烏丸または烏丸御池の駅から、西へ&西へ、ひたすら西へ、四条大宮を過ぎ、西院を過ぎ、桂川が見えてくる頃にはまさにヘトヘトだ。

 

「おお、よく歩いた」であって、その辺にもワタクシは浄瑠璃の台本に無理を感じるのだが、いやはや江戸時代の京都人はたいへんな健脚を誇っていたのである。

(2次会で、熊肉を迷わず2人前追加。この固さがたまらない)

 

14歳の少女」と言ふ設定も、なかなかすげー話である。お半はお隣の家のダンナ長右衛門を「おじさん」と呼び、そのおじさんに幼い頃からタップリ甘えて育ったという前提になっている。

 

 だからこそ、「眠すぎてオフトンに入れた」と言ふところから → オコサマが出来ちゃうというストーリーになるらしい。確かにロミオとジュリエットのジュリエットだって13歳だったか14歳だったかであるが、うーん、この世の中は恐ろしい。

 

 江戸時代の14歳とはあくまで「数え年」であるから、お半の実際の満年齢は12歳か13歳。そりゃ長右衛門どん、いけませんぞ。「眠かった」と言い訳して済むことじゃありませんぞ。

 

 華やかな道行シーンで幕が閉じられるのであるが、家路についた観客はみな、帰り道から晩メシまで、延々とツッコミを入れながら苦笑し続けたことだろう。

 (熊4人前と野菜のエキスが溶け出したスープ。こりゃ旨い)

 

 太夫は、豊竹咲太夫・竹本織太夫・豊竹呂勢太夫。人形も桐竹勘十郎・吉田玉男。2018 年現在の文楽のオールスターキャストで舞台を支えた。昭和の文楽と比較するとあまりにも寂しいが、若手の竹本織太夫と豊竹呂勢太夫がグイグイ上手になっていて、まだあと20年は文楽の屋台骨を支えてくれそうだ。

 

 しかし諸君、日曜日というのに客の入りが悪い。客席の前方半分は満員だが、後方には空席が目立った。日曜でこれなんだから、平日の昼間はちょっと想像するのがコワい。

 

 特に今井君は自分自身の公開授業でも「超満員でなきゃイヤだ」とワガママを言う男。文楽の舞台の太夫だってふと客席を見渡して、後方がこんなにガラガラじゃ、やる気を削がれること甚だしいのではないかと不安になる。

  (熊のスープに、中華麺2人前を投入。そりゃ旨いさ)

 

 終演後、太古の昔の友人とは、2次会までの予定が決まっている。まずニッポンバシから南船場まで歩いて、おなじみの日本酒屋「燗の美穂」で一次会。終演が午後3時なのだが、どんなに大阪がディープでも、午後3時から静かにお酒の飲める上品な店はそんなに多くない。

 

「燗の美穂」で1人あたり日本酒4合を痛飲した後は、タクシーで2次会の店に向かう。玉造と鶴橋の中間あたりにあるのが、ここもすでに超お馴染みの「小原庄助」。予約してあった「熊鍋」を賞味するのである。

 

 熊肉は、脂を食べるものらしい。ちゃんと予約時に言っておかないと、白い脂だけの熊肉が自慢げに皿に並べられて出てくる。しかし今井君は、熊も赤身が好きである。赤身は固く、鍋でグラグラ煮ればもっと頑固に固くなる。

 

「固い肉でなければ肉の名に値しない」というのが今井のポリシー。グルメ番組なんかで、牛の肉を頬張った瞬間「やわらかーい」「なんだこりゃ?」「溶けちゃった!!」「あまーい♡」などと絶叫しているタレントさんを見ると、いくら商売とはいえツラいだろう、自らの軽薄さにウンザリしているだろうと、可哀そうでならない。

(大阪からの帰路、銀座6丁目「デリー」でカシミールカレーを満喫。これも「そりゃ旨いさ」に決まっている)

 

 固い熊の赤身の肉を2人で4人前、らくらく平らげた後は、熊肉と野菜のエキスがたっぷり溶け込んだ濃厚スープで中華麺をいただく。広島への出張帰りに大阪で丸一日、これで次の仕事へのエネルギーが目いっぱい充電されるわけである。

 

 充電が行きすぎて、充電タンクがあまりにいっぱいになったから、タンクに余裕を持たせるにはカラオケにでも行くしかない。その辺も、太古の昔からの友人なら話は早い。

 

 何も梅田や難波まで行かなくても、閑散とした玉造のカラオケで2時間、それぞれ自慢の持ち歌を20曲ほどずつ歌いまくって、今日1日の締めくくりとしたのだった。

 

1E(Cd) Backhaus(p) Böhm & ViennaBRAHMSPIANO CONCERTO No.2

2E(Cd) Solti & ChicagoBRAHMSEIN DEUTSCHES REQUIEM 1/2

3E(Cd) Solti & ChicagoBRAHMSEIN DEUTSCHES REQUIEM 2/2

STAY173  SIRMIONE MILANO

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