Thu 181025 未練タラタラ/再びリモーネ、ペスキエラ(イタリアしみじみ24) 3743回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Thu 181025 未練タラタラ/再びリモーネ、ペスキエラ(イタリアしみじみ24) 3743回

 心が残って思いきれないこと、またそのありさまを「未練」という。あんまりカッコいいことではないので、「未練タラタラ」と言えばたいていは悪口である。スッパリ潔く諦めて、ずいずい先に進んだ方がやっぱりカッコいい。

 

 昭和の歌謡曲には、「未練」に関して自分自身を責める男女がナンボでも登場した。未練はむしろ平仮名の「みれん」であり、裏町の酒場で一人みれんの涙にくれる男女こそ、歌謡曲の主人公であり続けた。

 

 別れから10年も20年経過して、まだ過去をひきずっている男子。その「過去」なるものが男子30歳のころのことだったとすれば、諸君、いま裏町の酒場でみれんに悩んでいる彼は、すでに40歳ないし50歳のオトナである。いやはや、そろそろそのみれん、すっぱり断ち切った方がいいですな。

     (ガルダ湖畔・ペスキエラの夜景 1)

 

 未練には、志望大学とか志望学部に関するものもあって、東京大学とか医学部とか、憧れの対象への未練を50歳過ぎて残していたりすれば、これまたマコトにカッコ悪い。

 

「オレはホントは東大に行くはずだったんだ」とヌカして、自らの出身大学を貶めることに夢中になっているヤカラが、今井君の身近にも少なくない。

 

 医学部に憧れた人々も同様であって、「ホントは医者になりたかったんだ」と、夢見る視線はバーの壁の数百メートル先にゆらゆら、足元もフラフラ、たいへん頼りない。

       (ガルダ湖畔、リモーネの町)

 

 かく言ふワタクシもまさに未練タラタラ人間であって、鍋の中で生煮えのサトイモよろしく、過去のものへの執心が糸を引いたように粘りつく。3年前に死んじゃったネコの写真をPC画面に取り出してみては、秋の夜長に3時間でも4時間でも熱い涙に暮れるのである。

 

「ものを大事に使うオジサマ」と表現してもらえれば、それはまあ十分に褒め言葉として通用するが、残念ながら実はそれも未練タラタラの一環であって、18年つかったダレスバッグも、「もう引退していいですよ」と言ってあげた割には、結局また押入れから持ち出して、秋の長い旅路の友としている。

 

 せっかく9月から使い始めた新しいダレスバッグの立場はどうなるんだ? パリのヴァンドーム広場で今年2月に出会って以来、半年にもわたって「どうしよう」「どうしよう」と呻吟し、ついに9月、東京銀座のダンヒルの店で購入した新カバン。それなのに今は、何だか可哀そうな立場でござるよ。

     (リモーネで、淡水魚の酢漬けを満喫)

 

 ワタクシは、その種のオジサマなのだ。冬が近づけば、そろそろコートの出番。タンスの中では、1988年以来30年付き合ったコートが待っている。2008年以来すでに10年の付き合いのコートも待っている。購入して15年の靴も、旅に出る前に修理屋に出してきた。

 

「穴の空いたズンボ」なんてのもある。ちょっとやそっと穴が空いたって、誰にも迷惑はかからない。穴が大きくならないように細心の注意を払いながら、長い旅路の友とする。最後の最後までギュッと大切に付き合ってあげたいじゃないか。

     (ガルダ湖畔・ペスキエラの夕景 1)

 

 こういうふうだから、旅先での行動もマコトに未練タラタラなのである。9月8日にシルミオーネの町とガルダ湖に別れを告げて、ミラノに移動。ガルダ湖には「またいつかはと心細し」と声をかけ、数年後ないし十数年後の再会を期した。

 

 ところが翌9月9日、今井君は早朝の新幹線に飛び乗って、別れたばかりの町に会いに来た。ペスキエラ → マルチェージネ → バルド山 → リモーネと回って、夕暮れにはペスキエラの町に戻ってきた。

 

「なんてこった?」もいいところなのである。昭和の歌謡曲やフォークソングであれば、またはその変化系として1980年代を席巻した「ニューミュージック」の世界であれば、いったん潔く別れたものは、「もう2度と会うことはない」、それが原則なのだった。

 

22歳の別れ」「なごり雪」「青春の影」、その時代を全く知らない諸君も、ぜひ一度聞いてくれたまえ。別れと言ふものは1度だけ、だから痺れるほど美しい。恥ずかしい思い出でもやっぱり美しいのは、それがたった1度だけだからである。

     (ガルダ湖畔・ペスキエラの夕景 2)

 

 ところがサトイモ君、その粘り気をいいことに、せっかくの別れを2度3度と繰り返してしまうのだ。町でもそう、店でもそう。一度気に入ってしまうと、滅多なことでは別れられない。ガルダ湖もそう、ペスキエラの美しい町並みもそうである。

 

 9月9日午後3時、再び登ったバルド山から下りてきたワタクシは、マルチェージネの港から対岸のリモーネへ。リモーネに渡ったのも、実は数日前に味わった淡水魚の酢漬けを、もう一度かみしめかっただけのことである。

 

 魚の酢漬け、例えばフナやアユの酢漬けみたいなものは、若い諸君の多くが苦手な食材だろうけれども、秋田のハタハタ寿司に慣れ親しんで育った今井君は、この種のものが何よりの大好物。ノルウェーでもオランダでも、ニシンの酢漬け♡ハーリングを心ゆくまで食したものだった。

  (ペスキエラで満喫、ネジッリこと、本名フジッリ)

 

 湖を一気に南下して、南岸のペスキエラにたどり着くと、その足でまっすぐお馴染みのレストランを訪れた。3日前のランチを楽しんだ船の上のレストランである。うひゃ、未練タラタラそのものの行動だ。

 

 というか、そもそもペスキエラというのは、つい3ヶ月前の5月の雨の日にホンの2時間だけ訪問、橋の上から堀端のレストラン街の風景を眺めて、「こりゃどうしても近いうちに来なきゃ」と決意した。そういう経緯がある。

 

 そういうふうだから、注文するものまで同じである。まずワインは、意地でも濃厚アマローネ。1皿目は大好きなフジッリ、今井君が平常「ネジッリ」と呼んでいるネジネジのパスタに、クリームソースがこれ以上ないぐらいよく絡んでくる。

 

 2皿目は、この間からぐいぐい気に入っている川魚を選択。ネジッリですでにずいぶんお腹がいっぱいになった後だから、そこにまたコッテリお肉は厳しいじゃないか。サッパリ&スッキリ川魚を濃厚アマローネに合わせれば、「サカナには白ワイン」というツマラン常識も、一気にひっくり返るのである。

     (ガルダ湖畔・ペスキエラの夜景 2)

 

 こうして諸君、未練タラタラ男の粘っこい思いも、そろそろ全て満たされた。夕暮れに入ったお店は、オレンジからピンクからへ、ピンクから真紅へ、美しい夕焼けを満喫して20時、これ以上は考えられない最高の夜景の中で超満員になった。

 

 さてこれから今井君は、ミラノに帰らなきゃいけない。21時に店を出て、ペスキエラの国鉄駅へ。新幹線は22時発のヴェネツィア発ミラノ行きの最終便である。

 

 駅は、近くのガルダランドで遊んできた若者たちでごった返している。ディズニーが終わった直後の舞浜駅を想像してくれたまえ。あれと同じ大混雑が、21時半のペスキエラ駅にも訪れるわけである。

 

 ミラノまでまるまる2時間かかる各駅停車の電車は超満員。まさにギューヅメである。それを見送って、余裕の今井君は最終の新幹線Italoを待った。

     (ガルダ湖畔・ペスキエラの夜景 3)

 

 ま、おそらくこれで、未練タラタラも終わりなのだ。サヨナラを言って、その翌日に再び会いにくる。それで満足して未練を振り切れば、さすがのサトイモ君も、これから5年10年の別離に耐えられる。

 

 次のシルミオーネとペスキエラは、いつにしますかね。そしてそのころ、馴染みになったお店の数々はまだ健在でいてくれますかね。そういうことを考えるうちに深くギュッと居眠りして、やっと目が覚めたころには、Italoはもうミラノまで10分の地点まで来ていたのだった。

 

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