Wed 180801 わっしょい/らっせーらー/やーやーどー/14年目の合宿が終わる 3683回 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Wed 180801 わっしょい/らっせーらー/やーやーどー/14年目の合宿が終わる 3683回

 わっしょい、わっしょい。わっしょい、わっしょい。諸君「わっしょい」、これほど全身全霊が高揚する叫びが他にあるだろうか。

 

 どんな深く高遠な懊悩をかかえていようと、いったん「わっしょい」の渦に巻き込まれてしまえば、悩みも苦しみも憎しみも一瞬で蒸発して、全てはわっしょいの熱い泡立ちの中に消えてしまう。

 

 日本全国が夏祭りの季節であって、我が故郷♡秋田でも竿灯祭りが間もなく始まるし、青森のねぶたもいよいよ最高潮を迎えようとしている。阿波踊りももうすぐ、全国各地でわっしょいの声が渦を巻く。

 

 夏祭り、どうしても行かなきゃ。何事も「わっしょい、わっしょい」であって、受験勉強なんてのも、基礎基本徹底のワッショイでだいたいのカタはつく。

    (7月30日、富士をはるかに凌駕する雲の峰)

 

 ところで「わっしょい」の語源は何だろう。そんなことも知らないんじゃ、きっとチコちゃんに叱られる。「和を背負う」という説。超おなじみ「韓国が起源」説、これも最近おなじみの「ヘブライ語が起源」説。いろんな説が乱れとんで、珍しく「語源由来辞典」でも明確な答えを示していない。

 

 今井君はそういうことに深くこだわる性質なので、語源がはっきりしないコトバはあんまり使いたくないのだが、まあいいか、河口湖合宿の最終盤になると、疲労に萎えかけたクラスの雰囲気を立て直すために、ずいぶん「わっしょい」の世話になった。

 

 特に諸君、7年か8年ぐらい前までの合宿最終日は、「ひたすらわっしょい」の夜を過ごした。生徒諸君は、睡眠時間2〜3時間で4泊5日を過ごしてきたわけだし、若いスタッフたちなんか、睡眠時間ほぼほぼゼロで5日間を生き抜いた。

 

 最終日の教室には、「もうワッショイ以外ないじゃないか」という諦めが支配し、知性も品性も打ち捨てて「わっしょい」「わっしょい」、ミコシをネリネリする勢いでひたすら夜明けを待った。誠実な音読の声より、投げ槍なワッショイの合唱が教室を支配したのである。

 

 これが青森のねぶたなら「らっせーらー、らっせーら」「らっせーらー、らっせーら」であり、津軽平野を列車で30分ほど南下して弘前の街にたどり着けば、「らっせーら」は「やーやーどー」に変わる。「やーやーどー、やーやーど」。どちらにしてもマコトにエキゾチックな人々の合唱が聞ける。

(合宿で10年、履き続けたサンダルをついに断捨離する。ご苦労様でした)


 もしも来年も合宿に参加すれば、15年目、合計30回の合宿になる。むかしむかしの勢いに任せたワッショイ系合宿なら別だが、こんなに大人しく品行方正な4泊5日なら、転げまわるサトイモの勢いは返って邪魔になるんじゃないか。何となく、そろそろ遠慮した方がいいような気もしてくるのだ。

 

 さて最終日の日付が変わって、7月30日。最終日の夜が更けていくにつれて、「わっしょい」に関するワタクシの妄想は、どんどん膨らんでいくのだった。ホンの7〜8年前までは、生徒もスタッフも完全徹夜を宣言、「朝までやり抜くぞ」「限界を突破するぞ」と、1時間ごとに声を揃えて絶叫していた時間帯である。

 

 あの頃は、今井君も深夜早朝まで教室に居残って、生徒の徹夜に付き合った。いや、それどころか、深夜2時から3時まで、「修了判定テストに備えて特別授業」なんてのもやった。修了判定テストの模擬試験問題を生徒自身やスタッフに作成してもらって、今井が解説授業をやったりしたのである。

 

 しかし2018年、そんな勢いはもうどこにもない。「明日の修了判定テストに備えて、みんな早く寝ようね」「早く寝て、明日の朝4時に起きて勉強しましょう」。おお優等生、スーパー優等生集団であって、かつて毎日徹夜して過ごすイケナイ高校生だった今井君なんか、発言を差しはさむ余地もない。

     (2018年河口湖合宿第2期、クラス閉講式)

 

 何を隠そう今井君の若かりし日は、徹夜&徹夜の連続で、何より苦手だったのは「朝」である。学部に進んでからは「朝」の他に「昼」も苦手になり、日暮れとともにエンジン全開、日付が変わるころに最高潮を迎えて、肉体も精神も朝日とともに萎えていく、お月様みたいな日々を過ごした。

 

 だから諸君、東進に移籍してからの最初の4〜5年、河口湖合宿の10日間は、まさに「水を得た魚」の世界。最終日の「徹夜学習」には最初から最後まで生徒に付き合った。

 

 午前5時、カーテンを一気に全開にしたのである。「さあカーテンを開けるぞ!!」と、生徒もスタッフも固唾を飲んで見守るうちに、残雪の残る壮麗な7月の富士が窓いっぱいに姿を現した。歓声が上がり、拍手が湧き上がった。

 

 しかし間もなく「でも、7時までまだ2時間あるぞ!!」の声が上がる。いやはや、マコトに興醒めであって、今すぐここで修了判定テストが始まってほしいのであるが、事実はたいへん残酷だ。5時から7時までの残り2時間で、生徒諸君!はバタバタと睡魔に負けていくのだった。

 

「たった2時間眠ったって、返ってツラくなるだけだ」という声も上がる。2時間の仮眠をとりに部屋に戻る仲間たちへの、激励のつもりの言葉である。

 

 ちょっとした対立も生まれた。眠るべきか、粘るべきか。しかし最後まで教室で粘っている諸君だって、要するに半分は睡魔のトリコ。「頑張ろうぜ」と言い合った割には、その5分後にはお目目のトビラがビシッと閉じている。「開け、ゴマ」も何もあったものではない。

       (ホテル美富士園、ロビー風景)

 

 しかし今井君が最も元気づくのは、まさにこの時間帯なのである。「わっしょい」「わっしょい」をみんなでやらずにはいられない。出来れば「らっせーらー、らっせら」「らっせーら、らっせら」を連呼しながら、部屋の中をみんなで踊り回りたい。

 

「やーやーどー、やーやーどー」でももちろんOK。祭りだ、祭りだ、日本の夏祭りだ。睡魔も英語も入試も受験も4技能も、みんな蹴散らして踊り回ろうじゃないか。夜明けの今井ほど乱暴なケダモノは、世界中探しても滅多なことでは見つかるものではない。

 

 今ワタクシが夢見るのは、そのぐらい泥臭く若々しい合宿の再現である。もちろん諸君、コンプライアンスの問題もあって、21世紀の予備校でそんなお祭り騒ぎは決して許されない。でもワッショイ、ラッセーラーにヤーヤードー、せっかく18歳の青年が一堂に会したんだ、そのぐらいやってみたいじゃないか。

     (こんなにたくさんのバスが迎えに来る)

 

 そんな夢をいだきながら、今井君は合宿を締めくくる授業を終える。時計は2230分。早稲田 ×2・九州大・筑波大・大阪大・名古屋大、テキストの他に難関大の長文読解問題6問を揃えた補助教材も見事に解き終えて、意気揚々と部屋に戻るのである。

 

 寝静まった旅館の暗い廊下に、今井君の下駄の音が寂しく響く。カランコロン、カランコロン。夏祭りが終わった東北の街に秋の風が吹き、もうとっくにセミは去って、コオロギが鳴く声がコロコロ聞こえ始めている。そういう雰囲気だ。

 

 7月30日、スーパー猛暑も一段落して、はるかかなたの地平線に秋が近づいているのは「目にはさやかに見えねども」「風の音にぞおどろかれぬる」。危険な猛暑にもあと2週間ほどで決着がつき、甲子園に赤とんぼが舞い始めるのもまもなくだ。

(河口湖駅前「平井売店」のわかさぎフライ。これで単独祝勝会をするのも、すっかり恒例になった)

 

 7月30日午前10時、クラス閉講式。正午過ぎ、宿舎の全体閉講式。ここでもまた「ポン!!」「ポン!!」「ポン!!」「ポン!!」「タアーッ!!」の絶叫をやって、13時、バスに乗り込む生徒諸君とともに宿舎を後にした。

 

 河口湖駅前「平井売店」で、仕上げの「わかさぎフライ」を貪るのも例年通り。この数年、合宿の帰りは河口湖から成田エクスプレスのグリーン車で新宿まで一気に帰ったのだが、今年はどうしたものかその便がない。

 

 致し方ない、渋谷行きのバスで3時間かけて帰京することにする。たとえ徹夜やワッショイやラッセーラがなくとも、さすがに10日間の疲労は濃厚であって、バスが河口湖を出てから、三軒茶屋あたりで高速道を降りるまで、一切の記憶がない。疲労と睡魔は、そのレベルまで強烈だったのである。

       (河口湖駅前の単独祝勝会風景)

 

1E(Cd) RubinsteinCHOPINMAZURKAS 2/2

2E(Cd) LimaCHOPIN FAVORITE PIANO PIECES

3E(Cd) Muti & BerlinVERDIFOUR SACRED PIECES

4E(Cd) Reiner & WienVERDIREQUIEM 1/2

5E(Cd) Reiner & WienVERDIREQUIEM 2/2

total m5 y1376  dd23846