Tue 180515 シルミオーネのテルマエ/朝日を見にいく(イタリアすみずみ14)M20
映画「テルマエ・ロマエ」を観て大爆笑したのは、2012年5月17日のことである。「どうしてそんなにピンポイントで日付まで分かるのか?」だが、まあそれがこのブログの凄いところであって、諸君、書き続けるということはマコトに素晴らしいことである。
実は、その翌日からトルコのイスタンブールに2週間滞在することになっていて、それなりに気分も高揚していた。昼から渋谷のパルコ劇場に出かけ、仲村トオルと千秋が出演する「調理場」というお芝居を観た。
最近からの読者諸君は意外に思うかもしれないが、20歳代の今井君はたいへんな芝居好き。あのころ渋谷に君臨していた小劇場「ジャンジャン」だの下北沢駅周辺だのに連日出没しては、塾講師のバイト代をみんな芝居につぎ込んでいた。
(シルミオーネの朝日を見にいく 1)
そういう過去があるから、「明日からイスタンブール」という緊張感の中でも、芝居なら完全にリラックスして楽しめる。終演が午後4時すぎ。晩メシを食べに行くには早すぎる中途半端な時間帯、「何かないか?」とパルコの中をウロウロしていたら、「テルマエ・ロマエ」上映中の映画館の前に出た。
上映中のことを、あえて映画館では「入浴中」と言った。映画も昔から大好き。学部生時代には「年間300本」という困ったオニーチャンだった。大宣伝中の「テルマエ」には若干の疑念を居抱いていたが、何しろまだ晩メシには時間がある。時間潰しのつもりで映画館に入った。
(シルミオーネの朝日を見にいく 2)
なお、イスタンブールの旅に関心のある方は「Mon 120625 イスタンブール13連泊 ターゲットのしぼりかた(イスタンブール紀行1)」と、その後の記事を読んでくれたまえ。イスタンブールのネコたちが余りにもキュートである。
あれがもう、6年前のことである。20世紀渋谷の代名詞だったパルコは、「建物の老朽化のせいで」2016年8月に閉鎖。来年リニューアルオープンするらしい。
(シルミオーネの朝日を見にいく 3)
さて諸君、「テルマエ・ロマエ」を観たのが2012年5月17日だったわけであるが、ほぼ正確に6年後の2018年5月19日、今度はガルダ湖畔・シルミオーネを訪れた。
シルミオーネこそ、ローマ帝国軍のテルマエとして有名な町である。ここにテルマエを作って軍隊の健康を維持し、温泉を拠点にゲルマン民族の南下阻止に努めた。
ローマ時代から続く温泉が、今もコンコンと湧き出ているのである。そりゃ見に行かなきゃいかんだろう。日本人にはガルダ湖もシルミオーネもまだ準・無名の状態。実際、日本人どころか中国人の姿もほとんど見かけない。ヴェネツィアを中国人観光客が埋め尽くしているのと、対照的な光景である。
だから諸君、シルミオーネは今もヨーロッパ人の天下である。イタリア語とドイツ語とフランス語が遠慮なしに渦巻いている。カフェでもレストランでもテルマエ周辺でも、いかにも「古いヨーロッパの保養地♡」という雰囲気が濃厚だ。
(ガルダ湖の朝 1)
船着場の目の前に小さな広場があって、小さなホテルが5〜6軒ひしめくように立っている。ホテルの1階はみんなカフェ。客の年齢層は比較的高くて、40歳代から上のオトナたちが、ビールやアペロールを前に気持ちよさそうに湖を眺めている。
ホテルにチェックインを済ませた後で、ワタクシもそういうカフェの1軒に入り、例の1000mlの大盃ビールを空っぽにしたわけだが、ここで驚くのはアイスクリーム店の大繁盛である。広場を眺めていると、オジサンもオジーサンもその奥方連も、巨大なソフトクリームをもって自慢げに歩いている。
1泊する「ホテル」コンチネンタル」は、港から徒歩5分ほどの4つ星ホテル。ローマ軍時代から続くテルマエがあって、そのテルマエのお隣である。だからホテルの浴場も、お湯の源泉はテルマエと同じもの。トライアヌス、ハドリアヌス、マルクス・アウレリウス、五賢帝の皆様も入浴したかもしれないヤンゴトナキ温泉だ。
(ガルダ湖の朝 2)
是非とも試してみたかった。しかし諸君、ホテルのフロントで「お湯が目に入ると、重大な疾患が発生する恐れがあります」との説明があった。硫黄分があまりに濃厚なのである。ワタクシは2010年11月に網膜剥離の緊急手術を受けたことのある身。万が一にも眼炎を起こせば、失明の恐れがある。入浴は、諦めた。
そもそもヨーロッパの温泉というのは、日本のものとは違うのだ。20分か30分でポカポカに温まって、「ふえーっ、いい風呂だった!!」の類いの絶叫を繰り返し、「水分補給しなくちゃ」と冷たい瓶ビールを2〜3本シュポシュポ、そういう楽しみは、日本の温泉独特のものである。
(宿泊したホテルの部屋から、シルミオーネのテルマエを望む)
ハンガリーで「ゲッレールト温泉」に入ってみたのは、目の手術を受ける以前のことであるが、いやはやその冷たさは今も忘れられない。お外は大雪。ドナウ河の橋を徒歩で渡っていて、寒風に命の危険を感じた直後である。
ポカポカ&ぬくぬく、身体の芯から温まれる温泉を期待していたブダペストの今井君は、ほとんど冷水に近い温泉プールで凍えそうになった。真冬の東欧で、お風呂が20℃ちょいって、日本人に耐えられるものではない。
まあそのへんのことは、
「Thu 100603 さて温泉へ ムボービマッパの不安 カイパン&バスローブ、毛ずねにブーツ」
「Fri 100604 キューティー・カニーを諦めた理由 80歳のエレベーターガール・レッジーナ」
「Sat 100605 温泉というより温水プール 存在の耐えられない軽さ このヌルさこそ読書」
などを参照。十分ヒマ潰しにはなると思う。
(翌朝、お散歩で立ち寄ったマリアさまのお堂)
温泉は、あちこちで湧いている。湖岸を散歩していると「足湯」なんてのもある。「おや、温泉くさいな」「すげー温泉くさいな」「硫黄くせー!!」「タマゴくせー!!」と思ったら、湖の岸に温泉が湧き出していて、ズンボの裾をたくし上げたヨーロッパの若者たちが、歓声を上げながらジャブジャブやっている。
5月19日は風のたいへん強い日であって。イタリア最大の湖であるガルダ湖には、太平洋の波に勝るとも劣らない波が立っている。足湯も何も、フツーに湖の水が押し寄せてきて、単に温泉くさいだけ、ちっとも温かくなんかないはずなのだが、若者たちはそれでも面白くてたまらないらしい。
(シルミオーネ、スカラ家の城砦。ここからの絶景は、昨日の写真を参照のこと)
天橋立みたいに湖の先にギュッと突き出した細長い半島の先端だから、シルミオーネは町のこっち側もあっち側も湖である。半島の先端に向かって左側が船着場、右側が「スカラ家の城砦」。城砦の上からの眺めは間違いなく絶景だから、時間がなくても城砦にだけは意地でも上ったほうがいい。
半島の一番先端にはローマ時代の遺跡があって、保存の状態も非常にいいようである。頑張って歩いてもいけるし、お船に乗って湖上から眺めることもできる。ワタクシは翌日、ガルダ湖を一周するお船からその勇姿を拝むことになった。
午後7時、予約しておいたレストラン「IL GIRASOLE」に入る。1皿目がラビオリ、2皿目にシカの肉のステーキ。ワインはごく平凡なキャンティで済ませたけれども、どれもみんな「おいしゅーございました」であったことは、昨日の写真を参照して確認してくれたまえ。
(穏やかな船着場を、カモ君たちがたくさん泳いでいる)
約30人の大家族パーティーが始まったのは、2皿目のシカ肉にとりかかった頃である。大家族のバーチャンの誕生日らしい。テーブルを長くくっつけたものを2つ用意して、1つめがバーチャンを中心とするオトナのテーブル、もう1つがコドモたち中心のテーブルである。
大家族の会話は、大人テーブルも子供テーブルもマコトに穏やかであって、いやはや、たいへんおめでたい。大人数が一度に入ってきた時は、どうなることかと思ったが、素晴らしいお店を最後まで満喫することができた。
あんまりおめでたいから、帰りに酒屋に立ち寄って1本、ホテルの部屋で飲む酒を買った。リモンチェッロでもよかったが、あの甘いのを1本では多すぎるから、店のオジサマにグラッパを1本選んでもらった。
(翌朝午前9時すぎ、ガルダ湖を一周するお船に乗り込んだ)
酒瓶をぶら下げて、波の荒い夜の湖畔を散歩するうち、「こりゃ明日の朝早起きして、湖に昇る朝日を眺めるのもいいな」と思いついた。
夜の街の雰囲気もいいので、もう1軒どこかに入ってもいいけれども、グラッパも買ったことだ、部屋でちびちびやっていれば、思いつきの早寝早起きも実現するにちがいない。
そうしてそれが実際に実現した証拠が、今日の写真の1枚目から5枚目である。今日も小森てん → てん小森になってマコトに申し訳ないが、今日はいよいよ「マジック20」だ。あと20回、このままてん小森を続行することを、諸君、優しく許してくれたまえ。
1E(Cd) Sirinu:STUART AGE MUSIC
2E(Cd) Rampal:VIVALDI/THE FLUTE CONCERTOS 1/2
3E(Cd) Rampal:VIVALDI/THE FLUTE CONCERTOS 2/2
4E(Cd) Anne-Sophie Mutter:VIVALDI/DIE VIER JAHRESZEITEN
5E(Cd) Krause:BACH/DIE LAUTENWERKE・PRELUDES&FUGEN 1/2
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