Sun 180506  僧院生活に憧れる/図書館に立てこもる(イタリアすみずみ5)M29 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sun 180506  僧院生活に憧れる/図書館に立てこもる(イタリアすみずみ5)M29

 どうしてこんなに騒々しい生活になってしまったのか、「時に」というか「稀に」というか、しょんぼり反省することがある。黙って静かに本を読む生活をしようと、小学生から中学生の頃はしっかり心に決めていたはずなのだ。

 

 コドモ時代はおそろしく内気だったので、まさか中年になってこれほどドタバタ&ワイワイやかましい生活の真っただ中にいることになろうとは、想像もつかなかった。

 

 だから大学の志望学部も、中学時代まではもちろん文学部。19世紀ロシア文学とか、もっと昔のフランス文学とか、いやもっともっと大昔のトマス・アクィナスだのアウグスティヌスだの、その周辺に落ち着いて、読書室の薄暗闇でじっと大人しくしていようと考えていた。

 

 今やすっかりケーハクになって、騒々しさの頂点で日々を送っているありさま。トマス・アクィナスと入力して、親友Mac君が「トマス秋茄子」と変換してきたのが余りに面白く、数時間ケラケラしているほどの呆けぶりである。

20245 僧院1

(パヴィアの僧院、キオストロ・ピッコロ。回廊付き中庭である)

 

 しかしもともとがたいへん大人しい性質だから、たまに地方の静かな大学町とか、ヨーロッパの田舎の僧院を訪れたりすると、むかしむかしの憧れがサトイモ脳の奥の奥からジュワッと染み出してくる。

 

 ミラノ近郊パヴィアの町は、まさにその「ジュワッ」を強烈に体感する場所であって、15世紀から続く穏やかな僧院もあるし、イタリアの名門パヴィア大学では、2万人もの学生が真剣に学んでいる(らしい)。

 

 何と言っても諸君、国鉄チェルトーザ・ディ・パヴィア駅から僧院まで続く田舎道が素晴らしいじゃないか。昨日の記事の写真1枚目を、もう一度眺めてみたまえ。

20246 回廊1

(パヴィアの僧院、キオストロ・グランデ。僧たちの居室が24室、中庭を囲んでいる)

 

 こういう田舎道を1日中グルグル歩き回りつつ思索に耽ったら、人生のどんな難問題もあらかた解決がつきそうな気がする。そういう思索と散策に欠かせないのが、鳥やカエルの真剣な鳴き声と、勤勉で温和なミツバチの羽音である。

 

 花盛りの5月、小川の流れに沿ってレンガ色の塀をめぐり歩けば、あら不思議、何だか分からんがヤタラにこんがらかった人生の難問が、1つ1つたやすくほぐれていくような気がするじゃないか。

 

 ましてや諸君、ネコ3匹をからかい、またはネコ3匹にからかわれつつ、ハムにチーズに冷たいビールで一息つけば(スミマセン、昨日の続きです)、こんな穏やかな毎日をいつまでも続けていたくなる。大昔の憧れが復活して、サトイモ脳はますますジュワッと湿り気を帯びてくる。

20247 回廊2

(キオストロ・グランデ。回廊を歩きつつ、僧は思索と瞑想にふける)

 

 パヴィア僧院のファサードは、例えフィレンツェ大聖堂に比較しても、その壮麗さでヒケをとることはない。これもまた昨日の記事、6枚目の写真を眺めてくんろ。

 

 残念ながら一部は修復中であるが、たったいま超のつく田舎道をウロウロしてきた目には、5月の陽光をいっぱいに浴びたその突然の出現は、信じがたいというか、夢見心地というか、マボロシでも見ている気分というか、要するに「コトバも出ない」としか言いようがない。

 

 ファサードの完成は、18世紀のこと。僧院の建築は1452年に完了していたというのだから、豪華ファサードは300年も遅れて出来たことになる。300年もの長い時間、僧院はファサードなしに機能していたのだ。ヴィスコンティ家の霊廟のための教会である。

 

 案内役の僧に従い、ヨーロッパ人観光客約50名に混じって僧院を進む。僧の落ち着いたイタリア語がマコトに美しい。僧院全体の作りを見ると、ファサードはホンの付け足しに過ぎないので、主要な部分は2つの中庭、①キオストロ・ピッコロと、②キオストロ・グランデである。

20248 大聖堂

(パヴィアのドゥオモ。16世紀の完成)

 

 ①は小回廊つきの中庭、②は大回廊つきの中庭。中庭に面して僧たちの簡素な部屋が続く。部屋の簡素さは驚くべきものである。寝起きするのに最低限の容積に、小さな机と寝台が付属するにすぎない。①は15世紀中頃に完成。②は122本の柱で飾られ、僧の個室が24室並んでいる。

 

 僧たちはこの回廊を歩きながら、祈りと思索と瞑想にふけるのである。1時間とか1日とかではなくて、一生かけて全ての時間を祈りと思索と瞑想に捧げる。おお、まさにコドモの頃の今井君の憧れそのものだ。

 

 祈りとはたいへん難しいことであって、日本式に「…しますように」「…できますように」などというのは「祈り」ではなくて「お願い」に過ぎない。神様はたいへん厳しい存在だから、人間のデレデレしたお願いなんか、聞いてくれるわけがない。だからお願いはすべて無意味である。

 

 では祈りとはどういうことかというに、自らの無力と卑小の告白がキホン。おお、難しい。「俺はこんなにスゴいんだ!!」と絶叫するのは簡単至極なことであるが、「無限にゼロに近いです」と一生言い続けるだなんてのは、とてもワタクシなんかに出来ることではない。

20249 大学 

(パヴィア大学構内。誰でも見学できる)

 

 だから高校生の頃に、憧れは全て捨ててしまった。無限の回廊を無限に散策しながら、思索と瞑想に耽る。持ち物は何にもいらない。この境地では、もう書物さえ必要ない。簡素な寝台と机だけの部屋で、無言で粗末な食事をとり、あとはひたすら瞑想と祈りを続ける。おお、ワタクシなんかそりゃ絶対に無理でござるよ。

 

 案内役の僧の美しいイタリア語と、鷹揚で優しげな身振り手振りに感激しつつ、1時間近い見学が終了。見学は有料ではないが、最後に「喜捨」を行うことになっている。ヒトビトが僧に手渡していくのは、ほぼ「5ユーロ札」で一定している。

 

 そのあたりはたいへん難しい。「喜捨」だって金額は多い方がいいに決まっているが、多過ぎればもちろん失礼にあたる。20ユーロとか50ユーロとか、そういう紙幣をボンと出したりしたら、かえって僧の笑顔に翳りが現れるだろう。「やっぱり5ユーロ」、僧院での感激はマコトに大きかったけれども、ここは自重した方がいい。

20250 塔

(パヴィア大学構内。赤レンガの塔が林立する) 

 

 僧院とか修道院での生活にどんなに憧れても、種々雑多な醜い欲望がテンコ盛りの今井君に耐えられるはずはない。「そこで」と言うか何と言うか、大学に入ってからしばらくの間は、「図書館に立てこもる生活」に憧れることになった。

 

 朝一番に大学の図書館に入って、夜10時の閉館までずっと図書館で読書に励む。昼メシと晩メシは学食で簡素に済ませ、1日2回だけ図書館地下の喫茶室で過ごす。当時の喫茶室では、紙コップではなくチャンとしたお茶碗にはいった紅茶を、たった50円で飲めた。1/4切れではあっても、レモンだって入れてもらえた。

 

 そのレモンティー生活、ずいぶん気に入っていたのである。書庫は開架式ではなかったから、カード式の図書目録を繰って借り出すのであるが、1年の春には「よおし、ありったけの本を読むぞ」と意気込んだ。

 

 下宿に帰るのは、お風呂に入って眠るためだけ。しかもそのお風呂は銭湯で済ませたから、僧院を図書館に切り替えただけで、十分に憧れを満たした気分だった。

20251 菓子店

(大学の正面の菓子屋「VIGONI」は、1878年から続く老舗)

 

20252 ケーキ

(VIGONI「トルタ・パラディーゾ」。店内でも味わえる)

 

 しかし諸君、その図書館生活も続かない。午後の喫茶室でお茶を飲んでいると、必ず誰か友人がやってくる。「蕎麦でも食いにいかないか?」と誘われる。蕎麦は大好きだから、「学食で質素に」という決意も乱れてしまう。

 

 蕎麦屋でしばらくしゃべっていれば、午後は夕暮れになり、夕暮れになれば「どうだい、居酒屋でも?」という流れになる。居酒屋はキライではないから、もちろん「行くべ♡」「行くべ♡」ということになる。飲めば翌朝の起床が遅くなり、図書館に立てこもる気も失せる。

 

 こうして諸君、大学1年の秋までには、若き今井君の第2の憧れも崩壊した。僧院生活、図書館生活、ともに儚きこと朝露のごとし。図書館生活変じて居酒屋生活となり、マコトに騒々しいオトナに堕して今に至る。

20253 パヴィア大学

(夕暮れのパヴィア大学。いい雰囲気だった)

 

20254 ビア

(大学町の真ん中で、結局ビールを飲んじゃった。ワタクシはちっとも成長していないのである)

 

 こういうふうだから、今でも田舎のマジメな大学町を訪れると、ふいに激しい憧れが復活するのである。パヴィアの地図を眺めれば分かるが、この町の中心は、ドゥオモでもヴィスコンティ城でも県庁でもなくて、パヴィア大学なのである。

 

 大学の建物は、10世紀から11世紀の発祥。14世紀の中頃に再建、病院として利用されていた時代もある。レンガを積み重ねた塔が林立して、構内はマコトに美しい。「またいつか、図書館に立てこもりたいな」「今度こそ、徹底的に立てこもるぞ」と、またまた淡く儚い憧れが蘇ってくるのであった。

 

1E(Cd) Sonny Clark:COOL STRUTTIN’

2E(Cd) Kenny Dorham:QUIET KENNY

3E(Cd) Shelly Manne & His Friends:MY FAIR LADY

4E(Cd) Sarah Vaughan:SARAH VAUGHAN

5E(Cd) JoséJames:BLACKMAGIC

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