Thu 180419 すみずみに熱中/ルンバ的行動/セーヌ左岸ウォーク(フランスすみずみ27)
「すみずみ」と言われると、小学生のころの今井君は、しばし呆然としたものである。男子には、似たような生徒が多かったように記憶する。
体育館のお掃除当番で「真ん中あたりだけモップで撫でてるんじゃなくて、すみずみまでキレイにしなさい」と言われたとする。すると一瞬、体育館の真ん中で立ち尽くし、いったいどうすればいいんだか分からなくなる。
そして諸君、我に返った今井君は、「真ん中あたり」の掃除をホーキするのである。モップをかついで一気に「すみずみ」に向かい、すみずみを徹底的にキレイにする作業にとりかかる。
その徹底ぶりたるや、まさに「すみずみだけ」をキレイにするわけであるが、今井君が班長を務める班のお掃除はマコトに評判が良かった。厳しい先生方が「今井の班の掃除ぶり」を模範として褒めたたえることさえあった。
(4月21日、パリは花盛りであった)
もちろん諸君、その姿を「本末転倒」と言ってせせら笑うことは自由である。ホントに必要なのは「真ん中あたり」の掃除であって、そんなにすみずみばかりキレイにしたって、実際には大した役には立っていない。
体育館の窓枠までピカピカにして、ステージの両端もピカピカ、しかし真ん中へんにソフトボール並みに大っきなホコリの玉が転がっていようと、幼い今井君は足でスポンと蹴飛ばしながら、渡り廊下まで転がして行ったものである。
その姿は、「ルンバ」みたいなロボット掃除機とそっくりであるような気がする。彼らのお掃除の様子を、ワタクシはしばしば観察するのであるが、「すみずみ」に夢中になる様は、どうも幼い今井君と酷似しているのだ。
(ノートルダムが見えてくる)
ウチのルンバ君(実際にはルンバから引き継いだ2代目「日立ミニマル君」であるが)は、マコトに勢いよく掃除をスタートする。いきなりゴーッと前進し、一瞬「こんなことでいいのか?」と立ち止まり、すぐに再び前進し、一気に部屋の片隅に向かう。
そしていったん片隅にたどり着くと、「お!!」「うぉ!!」と言ふ小さな叫びをあげる(ように思われる)。するとその片隅で、マコトに嬉しげに、感極まったように回転運動を開始、「すみずみをキレイに」「すみずみをキレイに」と念仏を唱えながら、「真ん中」を無視し始めるのだ。
もちろん、真ん中も「通過」はする。ルンバ君たちはマコトに賢いから、「通過しながらお掃除する」という手段を取っているのだと信じたい。モップをズルズル引きずって歩けば、体育館の真ん中も少しはキレイになるのと同じ道理である。
(ノートルダム、正面側に至る)
その点、小学生時代の今井君はグッと愚かだったので、「真ん中へんを通過」の際にモップを引きずることをせず、肩に担いだまま真ん中を通過ばかりしていた記憶があるが、それでもまあ先生方の絶賛を受けてはいた。
そして諸君、その悪いクセをかかえたまま、幼い今井君は高校生になり、受験生になった。「真ん中を無視、すみずみ大好き」。そういう性向は、大学受験の世界では致命的であって、基礎とか基本をツーっと通過してすみずみに夢中になったんじゃ、どんな教科でもうまくいくはずがない。
英語と日本史と世界史では、とにかくトリビアに夢中。現代文とか古文でも、正直言ってトリビアのほうがずっと面白いので、授業や教材の「ねらい」などというものには全く関心がない。
「筆者のイイタイコト」「主題」「テーマ」を無視して、
「何故ここでこの形容詞を選択したか」
「どうしてこの小説家はここでこの副詞をつかったか」
そういう話に夢中になっていれば、少なくとも大学入試の世界を勝ち抜くことは困難である。
(ルーブル付近で)
しかし諸君、いったんオトナになってしまえば、「すみずみ志向」ないし「すみずみ嗜好」は決して悪いことではないのである。いやはや、人生はすみずみが面白い。ルンバ君たちとともに、ホントにすみずみに熱中したい。
「王道」なるものは、偉い人々に任せた。「王道ですね、偉い&偉い」であって、そりゃフランスならパリ、パリならルーブルにオルセーであって、それ以外に夢中になると「変な人」「変わった人」「ヒマ人」の視線を目いっぱい受ける。
しかし諸君、ワタクシは今もなお、パリよりアルビの濁流がいい。大混雑のヴェルサイユより、ルルドの深夜の雰囲気がいい。ルーブルの押し合いへし合いより、誰もいない田舎町ポーの冷たい雨の中、閑散とした教会でまったり座っているのがいい。あとは「変人」という視線にどこまで耐えるかである。
(ルーブル付近でビアをいただく)
こういうふうだから、今回の「フランスすみずみ」の旅は、本来なら至福の半月になるはずであった。特に旅の前半、トゥールーズからアルビ・ルルド・ポーと旅して、「次はフィジャックにするかな?それともカオール?オロロン・サント・マリー?」とヨダレを垂らしていた頃は、まさにサイコーであった。
ところが旅の後半、パリに移動して「パリからのすみずみ旅」を始めるころになって、鉄道ストライキの影響をモロに受け始めた。だからやっぱり今井君は、ストライキが大キライなのである。
何とかディジョンには行けた。しかしもしストライキがなくて、鉄道が通常通りに運行していたなら、ディジョンからさらにブザンソン・クリュニー・ナンシー・ボーヌ、ドイツ国境に近いそういう「すみずみ」で、ルンバ君ごっこを楽しむ予定でいたのだ。
(オルセーの勇姿)
その町までは鉄道。しかし超すみずみ志向の今井君は、そこからさらにバスでスーパーすみずみに入り込み、予定では「スミュール・アン・オーソワ」などというおもちゃの村みたいな所まで行くつもりだった。
しかし諸君、バスの旅の出発点になる町まで行き着けないんじゃ、いかにもすみずみっぽい「スミュール」まで入り込むのは夢のまた夢である。
もちろんクルマという手はある。タクシーに乗り込んでオカネをたんまり払えば、どこにでも行けそうだ。しかし諸君、そこまで超すみずみまで行ってしまうと、「その町にタクシーという存在自体がない」なのであって、あとはもう徒歩、または1日に2本のバスを待つ、その類いの世界になる。
(オルセー付近からグラン・パレを望む)
そこで4月21日、あえて今井君は「パリすみずみその1」と題し、「セーヌ左岸ウォーキング」を試みた。要するに「体育館の真ん中を一気に横断すんべ」であって、パリ・リヨン駅からエッフェル塔まで、3時間かけて歩きに歩こうという計画である。
午前11時、すでに気温は26℃。4月下旬としてはありえねー気温が続くパリの街は、結局この日30℃近くまで上昇した。この暑さの中、ルートはすぐに決まった。
まずリヨン駅→オーステルリッツ駅。ここでセーヌ左岸に出て、あとはサン・ルイ島→ シテ島 → ノートルダム → ポン・ヌフ → ルーブル → オルセー → アレクサンデル3世橋 → アンバリッドを左に見ながら → エッフェル塔。まさにパリ観光の王道中の王道を、モップを担いで体育館を横切る感じで横断していく。
(アレクサンデル3世橋付近にて)
ちょうどパリの街は春の花盛りであって、日曜のセーヌ左岸はウォーキングやピクニックの人々でいっぱいだ。パスケットにフランスパンとハムとチーズ、ついでに白ワインに赤ワインの姿もそろそろチラホラし始める。
セーヌにはたくさんの観光船が出て、船が通るたびに歓声があがる。大型連休が接近した日本の人々も、そろそろパリに姿を現し始めたけれども、超マジメな彼ら彼女らが向かう先は、ひたすら美術館。なかなかこの種の脱力系には加わらない。
(ウルトラ定番、シャイヨー宮付近からエッフェルを望む)
リヨン駅を出発したのが11時。エッフェル塔の足元を通ってシャイヨー宮横のバルコニーに到着したのが午後3時。途中いろいろ道草を食ったけれども、パリの王道をほぼ網羅して、何と4時間が経過していた。
途中ルーブル近くのカフェで、ビールを1杯グビリとやっただけである。何となくこまめな水分補給(略してコマ水)を怠ってしまったから、エッフェルの足元にたどり着いた時には、ふと脱水の危機を感じるほどであった。諸君、パリでもコマ水、決して忘れてはならない。
1E(Cd) Akiko Suwanai, Dutoit & NHK響:武満徹”FAR CALLS” ”REQUIEM FOR STRINGS”etc
2E(Cd) Amalia Rodrigues:SUPERNOW
3E(Cd) Haydon Trio Eisenstadt:JOSEPH HAYDN:SCOTTISH SONGS 1/18
4E(Cd) Haydon Trio Eisenstadt:JOSEPH HAYDN:SCOTTISH SONGS 2/18
5E(Cd) Haydon Trio Eisenstadt:JOSEPH HAYDN:SCOTTISH SONGS 3/18
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