Fri 171215 長い旅がしたい/牛肉のフォー/どの店でも同じ味(速攻ホーチミン18) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Fri 171215 長い旅がしたい/牛肉のフォー/どの店でも同じ味(速攻ホーチミン18)

 こうして諸君、「速攻ベトナムの旅」も最終盤に近づいた。毎年9月の速攻シリーズはすっかり定着して、2014年のシンガポール、2015年のサンフランシスコに続いて、2017年のホーチミンシティは3回目にあたる。

 シンガポールの時は3泊4日。マイルとポイントを利用して「完全0円の旅」を実現したのだったが、サンフランシスコもホーチミンも、さすがに7泊8日ということになると、パーフェクトに0円は無理。速攻シリーズの主義に反して、それなりにオカネもたくさんつかってしまった。

 というか、2017年はどういうわけか、速攻的な旅ばかりが多くなった。8月のノルウェーも10日、12月のシドニーも正味7日、ありゃりゃ、40日間ヨーロッパ周遊をやった2005年が懐かしい。

 旅は、やっぱり長いほうがいい。「狭き門」「背徳者」の作家アンドレ・ジードなんか、30歳代以降は1年の半分を旅に費やした。大好きだったアルジェリアの旅は、平均3ヶ月の滞在。チュニジア滞在も長いし、アルジェリアからモロッコ、西アフリカにコンゴ、縦横無尽に歩き回った。
フォー
(ホーチミンシティ、Cat Tuong「フォー・ボー」。牛肉入りだ)

 今井君は、反省しきりなのである。確かに諸君、大作家ジードとは立場も違うし、時代も違う。ジードの生きた時代は20世紀初期だ。ヒコーキで気軽にビュンビュン好き放題に往復できる時代ではなかった。

 旅には相当の覚悟が必要で、いったん旅立ったら、カンタンに故郷に戻るべきではなかった。マルセイユの港から船に乗り込み、コルシカ・サルデーニャ・シチリアを経由して、アルジェリアやチュニジアに至る。

 数週間の船旅の果てに目的地に到着した以上、まさか「速攻」「0円」「0フラン」、そんなに気軽に帰国の途についちゃったりしたら、バチがバチバチ背中に当たって、そりゃ痛々しいアリサマになっただろう。

 しかもジード先生、旅先のアルジェリアで結核に倒れる。激しく喀血した鮮血シーンは、作品「背徳者」の冒頭に詳細に描かれている。創作の体裁をとっているが、ジードの実体験だったことを、ジード自身が日記に克明に記している。100年前の旅とは、生きるか死ぬかの瀬戸際を行くものだったのだ。

 しかし諸君、ワタクシは憧れるのである。2年前の夏も、3年前の夏も、同じマルセイユの港に立って、チュニジア行きのフェリーを見送り、アルジェリア行き大型船の煙のニオイをかいだ。夕焼けの赤いお空を背景に、黒々とした灯台の勇姿がマコトに印象的だった。
タイガービア
(タイガービール。ベトナムでもお世話になった)

「いつまで『速攻』などと情けないことをやってるんだ?」というのが、偽らざる思いなのである。せっかくベトナムを訪れたのなら、例え36時間かかっても、サイゴンから夜行列車に乗っかってハノイの駅を目指すべきではなかったか。

 ハノイだけではない。フエやダナンの街に5日でも一週間でも滞在して、ベトナムの古都を味わい尽くすべきではなかったか。サイゴンとチョロンとメコンデルタの表面だけをペロッと眺めただけで、それで「速攻」だなんて、旅のあるべき姿とは余りにかけ離れているじゃないか。

 以上のような反省から、2018年の今井君が憧れているのは「住むような旅」である。いつになるか分からないにしても、せめて1ヶ月、出来れば2ヶ月その場所に居続けて、「stayではなくてliveなのだ」みたいなカッケーことをホザいてみたいじゃないか。

 すでに候補は上がっている。
① アルジェリア・チュニジア・リビア 
② ペルー・ボリビア・チリ
③ イラン・カスピ海周辺
以上の3者である。
王冠
(タイガービールの残骸。ホントにホントにお世話になった)

 いやはや、こりゃなかなか周囲の賛同が得られそうにない。人々に迷惑をかけてはいけないから、「もう誰にも迷惑はかかりません」という状態になるのを待たなければならない。

 あと3年、いや、あと5年。AIがもっとグイグイ発達して、「もう語学の講師なんか必要ありません」「センセなんかより、AIのほうが100倍も優れています」と誰もが認めるようになったら、しかもその日はビックリするほど身近に迫っているはずなのだが、その日が来るまで待つとしよう。

 その日までは、耐え難い焦燥に悩まされながら、「速攻の旅」で我慢するよりないのである。だって諸君、今井君の「2018年早春スケジュール」を眺めてみてくれたまえ。これから3月下旬までに、40回もの公開授業と講演会が詰まっている。

 今でもまだ、ワタクシの双肩にはこれほどの期待がかかっているのだ。まさか「半年ほど、アルジェリアにliveしにいきます」「3ヶ月ボリビアに行ってます」と、ニヤニヤしながら宣言するわけにはいかないじゃないか。
うなぎ料理
(インターコンチネンタルホテル内、「Hoang Yen」のウナギ料理。おいしゅーございました)

 だから今はまだ、たった一週間のホーチミン滞在のことを、こんなに仰々しく書き続けるしかないのだ。要するに「観光客」そのものであるが、あと4〜5年は観光客のまんま。読者諸君にも、そういう気楽な速攻シリーズに付き合い続けてもらうことになりそうなのである。

 観光客なら観光客で、ベトナム滞在最終盤のランチを、もう1度「Cat Tuong」でエンジョイするのもいいだろう。昨日は「フォー・ガー」。今日は「フォー・ボー」。「ガー」のほうは鶏肉バージョン、「ボー」は牛肉バージョン。鳴き声がそのまま名詞化したようで、言語の素直さに感激したりする。

 ただし、牛肉 ☞ ボーは、半ナマの状態で丼に入ってくる。「水を飲んではいけません」「氷も要注意」「サラダも危険です」「プールの水を飲んでお腹を壊しました」。そういうネット情報を鵜呑みにしてきたワタクシが、「半ナマの牛肉」の姿を見て震え上がったのは、むしろ当然のことである。
揚げ春巻き
(インターコンチネンタルホテル内、「Hoang Yen」の海老入り揚げ春巻き。おいしゅーございました)

 慌てたワタクシは、とりあえず「ボー」をフォーの出汁の中にギュッと沈めてみた。出汁の熱で少しでも煮えてくれれば、いくらかの殺菌効果が期待できるじゃないか。帰国直後には、たくさんの公開授業が控えている。ここで食中毒なんかになったらたいへんだ。

 マコトに嬉しいことに、「おお、煮えたじゃないか」という結果になってくれたのである。出汁に沈めること1分、凶悪なナマ肉の色が、誰が見ても納得するであろう落ち着いた煮え肉の色に変わった。

 この段階で、ワタクシの恐怖も和らいだ。食感は多少ナマっぽくても、色彩さえ煮えていれば、視覚によって何とか胃袋をなだめられるものである。稲庭うどんとウリ2つのフォーを、あっという間にすべて平らげた。

 半ナマでも大丈夫だったことは、この日の夕食時になっても今井君がピンピンしていたことで証明された。結果論でかまわないのだ。「大丈夫だった」「晩飯もワシワシ貪りたい」。マコトに元気な夕暮れの今井君は、ホテル1階フードコートの中の「Hoang Yen」に駆け込んだ。
スーパー
(ホテル内コンビニの「サンフラワー」。お世話になりました)

 実は昨日もHoang Yenだった。ただし昨日はドンコイ通りの東の果て、名門ホテル「マジェスティック」至近の店。今日は我がホテル・インターコンチ内のお店。このチェーン、ホーチミンの食を牛耳る勢いであるらしい。

 レシピも、「誰でも、いつでも、同じ味に作れる」という状況のようである。チェーン・オブ・オペレーション。むかしむかし20世紀の終盤、塾業界が急成長していた頃に、「どこの校舎でも、本部校舎と同じレベルの授業が受けられます」をウタイ文句にする塾が多かったが、あれとほぼ同じことである。

 もちろん講師だってシェフだって、その腕前には格段の違いがあるので、「どこの校舎でも同じ授業」「どこの店でも同じ味」と強弁するのには無理があるが、話がマックや吉野家、すき家やサイゼリアになれば、「同じ味」は当たり前のこととされる。

 我々のような収録の授業形態にすれば、そりゃ「どこの校舎でも同じ授業」であるに決まっているし、「教育の機会均等」の面から見ても、どの校舎でも同じ高レベルな授業を受けられるのはスンバラシーことである。

 しかし諸君、話が「食」と言ふことになると、「どこの店でも同じ味」は、マコトに寂しいものがある。マズくてもいい、その店独特のものを出してほしい。下手でもいい、ダサくてかまわないから、AIにはない人間的魅力を発散する授業を受けてみたい。要するに、そういうことである。

1E(Cd) Ricci:TCHAIKOVSKY/VIONLIN CONCERTO・PAGANINI/CAPRICES
2E(Cd) Maazel & Wiener:TCHAIKOVSKY/SUITE No.3  R.STRAUSS/TOD UND VERKLÄRUNG
3E(Cd) Dorati & Washington D.C.:TCHAIKOVSKY/SYMPHONY No.4
D(DMv) GLADIATOR
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