Fri 171201 暑さに酔う/呆然とさまよう/9月23日/元アヘン工場(速攻ホーチミン8) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Fri 171201 暑さに酔う/呆然とさまよう/9月23日/元アヘン工場(速攻ホーチミン8)

 ホーチミン滞在2日目、ランチの熱い海鮮麺をすすり終えたあとは、頭のてっぺんからアンヨの爪先まで、服を着たままシャワーを浴びたようになった。

 いっそのことここまでビショ濡れになれば、かえって諦めもつくというものである。
① 滝のように流れる汗を拭おうともしない
② 新しい服に着替えようという気にもならない
③ コマメな水分補給(略称コマ水)もどうでもいい

 以上、マコトに投げやりな心理になって、ベンタン市場脇の雑踏の前を、ずんずん「9月23日通り」に向かって歩いていった。かなりの距離であるが、「バスに乗ってみよう」「トラムはないのか?」その他、何らかの工夫をしようという気も起こらない。
ベンタイン市場
(ホーチミン、ベンタン市場)

 イタリアなら、地方の小さな都市に行っても「9月20日通り」と「ガリバルディ通り」がある。革命や独立の記念日や、独立戦争に関わる英雄の名を、そのまま通りの名前に採用して永遠に地図に残す試みは。世界中の多くの国に共通である。

 9月23日は、ベトナムにとって「南部抗戦の日」である。1945年9月23日というから、我々日本人も9月23日には深い関わりをもっている。第2次世界大戦終結の年の9月、東南アジア全域に、旧日本軍兵士が多数残留していた。

 7月のポツダム会談において、アメリカ・イギリス・ソ連の首脳が、日本降伏後のベトナムの戦後処理を協議。北緯16度線を境界線として、以北を中国が担当、以南はイギリスが担当することで合意に至る。

 一致した見解では 「ベトナム全体の支配権はフランスにある」であったが、しかしフランスは世界大戦で激しく疲弊。そのフランスを支援するため、イギリス・インドの連合軍がベトナム南部に進駐することとなった。

 こうして9月23日、イギリス&フランスはサイゴンをほぼ制圧 ☞ サイゴン周辺の支配を確保。これに対して、ベトナム一般市民が暴動を起こすことになる。
証券市場
(ホーチミン、中央証券取引所)

 暴動をきっかけに、サイゴン中央市場を中心に、英仏軍とサイゴン市民の本格的な武力衝突に発展。イギリス軍の指揮下、残留日本軍もサイゴン市民を相手に戦わざるを得ない状況に陥った。

 疲れ果てた9月下旬の日本軍兵士の苦渋を思えば、やはり呆然とする。戦争は8月15日で終わったはずなのに、ベトナムの日本軍は、イギリス軍の指揮の下で戦闘を続けていたのである。

 ベトナムの人々の不撓不屈にも、感動せずにはいられない。9月23日の戦闘の中心になった「サイゴン中央市場」とは、まさに今ワタクシの目の前にあるベンタン市場なのである。

 しかも今日は9月28日。暴動が勃発した9月23日と、ほとんど日付は変わらない。全身すっかり汗まみれになっている今の自分を思えば、そのダラシなさに再び三たび愕然として、「しっかりしなきゃな」と、自らを励ますワタクシなのであった。
牛とクマ
(ホーチミン中央証券取引所の前で、クマがウシに負けていた)

 現在の9月23日通りは、バックパッカー向けの安価なホテルがギュッと集まる地域に変貌している。安宿が集合して欧米の若者が大挙して訪れるようになれば、安い飲食店もワンサと姿を現し、あたり一帯の夜は少々治安が悪化。街全体がビアガーデンのようなアリサマになるのだという。

 今井君がここを訪れたのは、翌々日に予定しているメコンデルタの小旅行を申し込むためである。普段は、あくまで地元の電車とバスを乗り継いで旅をするから、ツアーのバス旅を選択することはあまりないが、話がメコンデルタとなれば、「電車を乗り継いで」というスタイルには無理がある。

 申し込みはカンタンに済んで、今度は午後の灼熱のホーチミンを徒歩で引き返す。昼頃の今井君は「何もかも諦めて」「呆然と」「何も考えたくなくて」という状況だったが、午後のワタクシは違う。ギュッと気を引き締めて、サイゴン川の西岸を一気に北上したのである。
ホアトック
(夕食は「ホアトゥック」で。旧アヘン工場なのだと言ふ)

 というか、ハッキリ言えば「道に迷った」のであるし、サイゴン川は激しすぎるバイクの奔流の向こう側。信号のない6車線の奔流を、結局ホーチミン滞在中一度も渡りきることができず、サイゴン川の水を眺めることなく終わるのである。

 途中、「ホーチミン中央証券取引所」を発見。日本であれば「兜町」ないし「北浜」というところであるが、さすが証券取引所、ビルの前には大っきなクマさんが、もっと大っきな雄牛さんに突き飛ばされて転んでいる像がある。

 諸君も中3の「公民」か高校の「政治経済」「現代社会」で習ったと思うが、牡牛さんはツノで上向きに攻撃を仕掛けるから「強気相場」、クマさんは爪で下向きに攻撃するから「弱気相場」を象徴。クマさんが負けてるのは可哀そうだが、株式相場は弱気より強気がいいに決まっている。
揚げ春巻き
(ホアトゥック、揚げ春巻き)

 炎熱の中を1時間あまり彷徨したあげく、ついに「ホテル・マジェスティック」に到着。倒れこむようにロビーのソファーに座って、命の水を注文した。冷たく冷えたビアがどんなに心と命を癒すものか、こんなに実感する瞬間は他に考えられない。

 夕食は、ホテルから近いハイ・バー・チュン通りの「ホアトゥック」で。フランス統治時代にアヘン工場が存在したあたりであって、レストランの建物自体も、当時のアヘン工場を改装したものなのだという。

 諸君、「アヘン工場」って、ガイドブックにはお気楽極楽に書いてあるけれども、19世紀ベトナムのアヘン工場、工場内のアリサマを考えても、労働者の日々の生活を思っても、そこで出来たアヘンの用途を考えても、その恐ろしさにサト毛もよだつ思いがする。
市場
(地元の人々のお店)

 お料理のほうは、「おとなしめ&こぎれい」である。何しろ4〜5時間前に炎熱の路地で「THANH XUAN」の強烈な海鮮麺をすすったばかりだから、クーラーの効いた静かな店でカリカリやる揚げ春巻きも、「おとなしすぎ」「こぎれいすぎ」の感を否めない。

 むしろ、店を出て十数歩のところにあった薄暗い小路の、完全地元民のための屋台村のほうに魅力を感じる。例の低い椅子にしゃがみ込んで、昔の日本のお膳みたいな低いテーブルを囲み、鍋からプラスチックの容器によそっては、濃厚な笑顔をかわしながら、濃密に語り合っている。
煮込み
(サイゴン風の煮込み料理。いい匂いがしていた)

 そのベトナムの言語にも、強い魅力を感じる。文字を見るに、一応はアルファベットを採用。しかし諸君、アルファベットの文字の周囲に、数かぎりない記号を付け加えて、こりゃちょっとやそっとで理解できるような、単純なものではありえない。

 もちろん日本の平仮名だって、濁点やら半濁点やら、小さい「ゃ」「ゅ」「ょ」「ぁ」「ぃ」「ぅ」「ぇ」「ぉ」「っ」など、ナンボでも可愛い記号やら工夫やらが溢れているけれども、ベトナムの文字の上下左右にフワフワ浮かんでいる多種多様な記号にも、深い歴史と文化を実感するのである。

1E(Cd) Barenboim & Chicago:SCHUMANN/4 SYMPHONIEN 2/2
2E(Cd) Holliger & Brendel:SCHUMANN/WORKS FOR OBOE AND PIANO
3E(Cd) Indjic:SCHUMANN/FANTAISIESTÜCKE CARNAVAL
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