Mon 171009 サーモンの重圧/ロフォーテンの戦い/捲土重来を(晩夏フィヨルド紀行26) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Mon 171009 サーモンの重圧/ロフォーテンの戦い/捲土重来を(晩夏フィヨルド紀行26)

 何しろオウチは渋谷区であるから、ハロウィーンの夜はなかなか凄まじい騒ぎである。ごく普通の住宅街の夜更け、そこら中に妖怪やら笑顔のカボチャやら、オジサマもオバサマもみんな変装をこらして突っ立っている。

 空にはお月さま。上弦の半月から2日か3日が過ぎて、ちょうど旨そうなオムレツの形になってポッカリ浮かんでいる。渋谷の駅前まで、歩けば30分、下北沢から井の頭線に乗れば5分足らず。そんな間近で大狂乱のハロウィーンになっているが、今井君はオウチでゆっくり夜を過した。

 マコトに残念なことに、ステーキの「KENNEDY」が破産してしまった。オウチのそばにもKENNEDYの店舗が1つあって、かつてはワタクシのお気に入り。郵便受けに届いた「45%OFF」や「50%OFF」のハガキを片手に、何度も「笹塚店」を訪れた。

 その詳細は、例えばこのブログの「Sun 130728 渋谷区笹塚のファミレスでステーキをワシワシやる」を参照。2人分も3人分ものフィレステーキを一晩で平らげ、ウェイトレスの皆さんを唖然とさせたものである。
海の幸
(オスロ、ロフォーテンで注文してしまった海鮮の大皿2階建て)

 しかしあれは、もう4年も前のことである。半額の割引券をあんなに乱発して、しかもこんな秋のクマみたいな大食漢が乱入して、それでキチンと利益を出し続けられるはずはない。

 この1〜2年ワタクシの足がすっかり遠のいたのは、「クオリティがずいぶん落ちちゃったね」と実感した一夜があったからである。さすがに今井もチャンとしたオトナだ。いくら安くても、クオリティの下がったステーキをワシワシやりに、わざわざ笹塚まで通うことはしない。

 もちろんワタクシが求める品質は、そんなに高いものではない。「噛んでないのに融けちゃった」「アブラがあまーい♡」「何だこりゃあ?」みたいなグルメ番組の喧噪をマネする気はサラサラないのだ。

 むしろ、「アブラがなくていいですね」であり、「しっかり咀嚼を求めるカタさが素晴らしい」であり、「奥歯がギュッと肉に食い込む感覚がなきゃ、肉とは言えませんよね」というタイプなのだ。4年前のKENNEDYには、すっかり満足していたのである。

 ガッカリしたのは、2年前だったかね。「こりゃ、もう来ないかな?」と呟く瞬間があって、確かにあれから、笹塚には出かけていない。こう書くと何だかずいぶん冷淡&冷酷なようであるが、話がメシのことになると、アタマより胃袋の意見が優先されるのであって、我が胃袋はなかなかガンコなのである。
ポリー
(オスロの夕食に出かける前、スーパーで買った豆菓子「POLLY」でお腹がすでに膨らんでいた)

 そういうガンコな胃袋の持ち主として、「ノルウェーに来たのにまだサーモンを食べていない」という意識は、重く胃袋にのしかかる。それはすでに「重圧」と表現してもいいレベルである。

 焦りと重圧がギュッとのしかかった胃袋をかかえ、8月22日の夕暮れが近づくにつれて、今井サト蔵はほとんどウワゴトのように「サーモン」「サーモン」と唸っていた。

「鮭」「鮭」と口走り、「鮭」はやがて「さけ」に変わり、ならばいっそ「酒」、そんな変化と進化を遂げたあたりで、時計は17時を指していた。

 ホテルから徒歩10分、いかにもムンクの絵に出てきそうな夕暮れの太陽を眺めながら、オスロ港の埠頭を歩いた。大きな飲食店が軒を並べ、シーフード、アジア系のいろいろ、牛やトナカイのステーキ、およそ胃袋に100%の満足を与えてくれそうなものは、何でも揃っている。

 最も繁盛しているのは、アジア系。「MISO焼きサーモン」なんてのまであって、店先には「ここは上野か?」「ススキノか?」みたいな、マコトに懐かしく香ばしいカホリが漂っている。
地下鉄
(オスロ地下鉄。ベルギー・ブリュッセルの地下鉄とソックリだ)

 焦りをグッと抑えて、夕暮れの今井君は埠頭をさらに進んでいく。大繁盛のお店が2軒か3軒続いた向こうに、突然だーれもお客のいない店があって、その名は「LOFOTEN」、だーれもいないのも道理であって、メニューにはググッとお高い高級料理が並ぶ。

 ワタクシの選択は、「よーし、ここにすっぺ!!」なのである。大阪の人が聞いたら目ン玉を剥き出して批判するだろうが、ま、許してくれたまえ。「高くて旨いんは当たり前や」「安くて旨いやないと意味ないで」。なるほどグルメな大阪の人々は、そう口を揃えるのである。

 確かにその通りかもしれないが、「高くて旨いは当たり前」というあたりに、実は人生の皮肉があって、実際には「高いものは ☞ マズい」と思った方がいい。「高くて、しかも旨い」なんてのに出会う確率は、経験上きわめて低いのである。

 そういう経験を積んでいるから、高くて、お客がマバラで、「おお、きっとガッカリするな」という店には、逆にグッと興味を惹かれるのである。だーれもいないフグの店。人影もまばらな高級寿司屋。そんなお店で、万が一旨いものに出会ったら、一生の思ひ出になるじゃないか。
車内風景
(オスロ地下鉄車内。その穏やかさ、さすが北欧である)

 ためらうことなく「LOFOTEN」に闖入すると、案の定ワタクシは「今晩の最初の客」である。ウェイトレスのオネーサマが「びっくり仰天!!」という表情で迎えてくれて、一番条件のいいテーブルに案内してくれた。オレンジ色の夕陽に照らされたオスロフィヨルドの風景が、窓一面に広がっている。

 注文したのは、① 海鮮のスープ、② それなりの値段の赤ワイン1本、そして迷いに迷ったあげく ③ ロブスターとカニと海老と生牡蠣の盛り合わせ。「あれれ、サーモンは?」であるが、「サーモン」☞「鮭」☞「酒」に切り替わった事情はすでに打ち明けた。②で十分なのである。

 バターがたっぷり入った①のスープは、「ドンブリまるまる1杯分」という恐るべき量であって、普通の日本人ならこれ1つで十分に満腹感が得られそうだ。しかし諸君、今井君は「普通の日本人」の規格から明らかに外れている。

 何しろ「まあ高級な赤ワイン」という味方もついている。「ナンボでも持ってきてくんろ」であり、昭和の時代劇なら「じゃんじゃん持ってこい」という勢いであって、ノルウェー中の甲殻類をみんな運んで来られたって、ビクともするものではない。
ロフォーテン
(ロフォーテン、エントランス風景)

 午後6時、ガラガラだったこの店にも、そろそろ人が入り始めた。おお、みんなドレスアップしていらっしゃる。「いかにもエリート!!」というダンナ4人組が、高級ブランドものとしか思えない紺スーツを見事に着こなして、ワタクシのテーブルの向こう側に席を占めた。

「おお、さすが高級店ですな」と関心しているところへ、注文してしまった③「ロブスターとカニと海老と生牡蠣の盛り合わせ」が運ばれてきた。今日の写真の1枚目である。諸君、これは明らかに「びっくりメニュー」。注文しちゃった人間を圧倒し、「どうだ?」「これでもか?」「驚いたか?」という勝利の笑顔を向けるための料理である。

 数えてみると、生牡蠣8個、ロブスター2尾、カニのハサミ3種類×左右2本ずつ、タラバガニの足が8本、ムール貝約2ダース。それに「ほぼ無数」と思える殻つきシュリンプの大軍。正確にはシュリンプは約50尾と思われるが、2つ重ねた大皿の底の方に、まるで敷物のように敷いてある。

 運んできたウェイトレスが、嬉しそうに笑っている。「とても食べられないでしょ?」「びっくりしました?」「早く降参しちゃったほうがいいですよ」というニュアンスであるが、なるほどこの大皿2階建てでは、日本人どころか大っきな肉体の欧米オジサマでも、降参しないわけにはいかないだろう。

 しかし諸君、ワタクシは日本男児である。海の幸を大盛りにされて、カンタンに降参するわけにはいかない。こういう時は「九州男児」という発言が一番カッコいいような気がするが、実際には「秋田男児」であり「渋谷区男児」であり「クマおじさん」だ。負けを認めるのは真っ平だ。

 いやはや、ひたすら貪りに貪ったのである。ダイオウイカかホオジロザメか、はたまた巨大オクトパスか。海の帝王よろしく、まずは得意の生牡蠣を全て飲み干したのである。続いてロブスター、続いてムールとカニの数々。窓のガラスにカニのエキスが飛び散っても、かまわず貪りつづけたのである。
店内風景
(ロフォーテン、店内風景)

 格闘すること1時間、残るはシュリンプのみとなった。「①のスープさえ注文しなかったら」と、深い後悔が襲ってくるが、退けても&退けても無数に襲ってくるエビ集団に、さすがの勇者イマイ、さすがの猛将♨今井里蔵も、「衆寡敵せず」の感が深い。

 午後7時半、オスロの海に赤い夕陽が沈んでいく。壇ノ浦の平知盛よろしく、ここは素直に敗戦を認めざるを得ない。相手の大将は残らず倒したが、海老の大軍が2段目の大皿の中で勝利の歌を歌っている。

 こういう形の負けイクサもあるものだ。名のある剛の者を勇猛果敢に全て退けても、兵卒の大軍に取り囲まれればいかんともしがたい。ここは潔く撤退を決断、後日の捲土重来を期すしかない。

 そして諸君、その「捲土重来」、今回のオスロでのチャンスは翌8月23日しか残っていない。明後日はもう東京に帰るのである。さもなければ、来年か再来年にまたオスロにやって来るか。

 あるいは半年後、真冬のフィヨルド探険を企て、そのついでにロフォーテンを訪れるか。今日は撤退する猛将イマイは、その黒いヒゲを撫でながら、間近な再戦の完全勝利を誓ったのである。

1E(Cd) Bobby Caldwell:EVENING SCANDAL
2E(Cd) Bobby Caldwell:HEART OF MINE
3E(Cd) Boz Scaggs:BOZ THE BALLADE
6D(DMv) ONE MORE TIME
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