Thu 171005 犬を連れたファミリー/酒屋/アイス/トナカイ(晩夏フィヨルド紀行22) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Thu 171005 犬を連れたファミリー/酒屋/アイス/トナカイ(晩夏フィヨルド紀行22)

 チェーホフの「犬を連れた奥方」は、普段は穏やかな医師チェーホフに似合わない激烈な展開であって、思わず「あれれ、チェーホフさん、私生活で何かたいへんな事件でもありましたか?」と、ふと尋ねてみたくなったりする。

 日本のロシア文学者の皆さんも、「奥方」の部分にはずいぶん困っちゃったらしく、文庫版を比較してみると「犬を連れた奥さん」「犬を連れたマダム」「犬と一緒の奥様」みたいに、いやはやホントにいろんなバリエーションが並んでいる。

 まあ諸君も、ヒマがあったら読んでみたまえ。「かもめ」「三人姉妹」「桜の園」となると、さすがに超有名な名作だけあって何となくカビくさいのは否めないが、「犬を連れた奥方」の激しさがあれば、21世紀の若者でもそんなにカビ臭に悩まされることはないだろう。

 奥方とかマダムとか奥さんと言っても、そのコトバから我々がイメージする女子とはずいぶん年齢層がずれている。ロシア語では「Дама」だからやっぱり「奥方」であるが、20歳から25歳程度、主人公ドミトリーは40歳前後。「お、激しい世界が始まるな」の予感じゃないか。

 短編というか、中編というか、秋の夜長の読書なら、まあ一晩で読み終われる佳篇である。諸君、チェーホフ入門にいかが。学部時代の今井君みたいに、いきなりチェーホフ全集を購入してニッチモサッチもいかなくなるより、とりあえず文庫本でどうぞ。「青空文庫」という手もある。
とり
(ノルウェー民族博物館。ウサギやアヒルやニワトリもいる)

 さて、何で今日の今井君が冒頭からチェーホフなんかを紹介しているかというに、8月21日のノルウェー民族博物館で、「犬を連れたファミリー」に遭遇したからである。

 博物館と言っても、昨日の写真に示した通り、ノルウェーの寒村というか小集落を再現したものである。ウサギもアヒルもニワトリも飼っているし、現実のオジサンが現実の草刈りも実施中。犬を連れたファミリーが散歩気分で談笑していても、ちっとも叱られないで済む。

 というより、この家族は要するに犬を見せびらかしにやってきたものと思われる。チェーホフの「奥方」がヤルタの港に連れてきたのは、どうやらポメラニアンと思われるが、8月21日のファミリーが連れていたのは、下の写真のようなマコトに可愛いヤツであった。
いぬ
(家族に連れられた犬君。コイツとずっと一緒だった)

 美術館でも博物館でも、展示を見ながら歩く速度は誰でもそんなに変わらないから、いったん一緒になって歩き出せば、若干メンドーに感じても、つかず離れずずっと一緒であることが多い。こちらの機嫌が良ければ、軽く声ぐらいかけて、軽い会話ぐらい始めてもいいところである。

 犬や猫が一緒のファミリーなら、「男子?女子?」あたりから始めて、「お名前は?」「何歳ですか?」に進み、後は犬君や猫ちゃんの何気ない仕草なりイタズラなりに一緒に興じて、「あははは♡」「あははは♡」と笑いあうことになる。

 その辺までは、うなぎ屋で日本酒を注文する場合と、ちっとも変わらない(3日前の記事参照)。しかし諸君、今井君は限りなく内気な人間だ。問題になるのは「あははは」「あははは」のその先である。その先の会話にスムーズに進めない。

「あははは」まではいいだろうが、そういうさりげない会話を始めてしまったがゆえに、その後が返って気まずくならないだろうか。いったん気まずくなってしまったが最後、その日一日が全部ぎこちなく&気まずくならないだろうか。
酒屋
(ノルウェー民族博物館、20世紀中期の酒屋)

 ワタクシが美術館や博物館で「あははは」をやらないのは、そういう懸念を感じるからである。ましてや日本では「ちょいワルおやじ」なんてのがいて、その類いのヒトビトが読む雑誌には「美術館で不思議ちゃんを口説こう」などというマコトにツマラン記事が載っている。

 バカバカしいにもほどあるが、床屋の待ち時間なんかにふと手にした雑誌にそんな話が書いてあると、その後に出かけた美術館で、何となく目のやり場に困るのである。ワタクシだってそれなりの年齢だ。「おやおや、そんなふうに見られたらイヤだな」と思うと、美術館からすっかり足が遠のいてしまう。

 というわけで、犬を連れたファミリーとずっと一緒に模型集落を回り、ウサギやアヒルをからかって楽しい時間を過したが、とうとう犬君の性別も年齢も名前も尋ねずじまい。何となくオッカナビックリな午後になった。
アイス
(ソフトクリームの看板も何となく懐かしい)

 模型集落には、20世紀中期の酒屋さんや駄菓子屋さんやクスリ屋さんも並んでいる。昔の酒屋さんに入って、懐かしさに胸が震えた。これまた今井君が幼年期を過した秋田市土崎港、国鉄の工場の中にあって、職員の家族が日々の買い物に集まった「物資部」とソックリな雰囲気なのである。

 というか、何のことはない、つい半年前の4月中旬、キューバのハバナでラム酒を買いに入った地元人民用の酒屋さんと酷似している。労働組合運動が花やかだった20世紀の国鉄、最後まで残った社会主義国キューバ、そして20世紀中期のノルウェー。店舗形態までソックリなのである。

 アイスクリームの看板も、やっぱり昔懐かしい。ノルウェーではソフトクリームのことを「ソフティス」と呼ぶが、モトになっているのはアイスクリームを示すノルウェー語の「iskrem」。日本で「アイス」と短縮するように、ノルウェーでも短く「is」と呼ぶ。

 何だ、「アイス」の「ア」が抜けただけなのであるが、辞書を引くと「noun masculine」とあって、アイスクリームは男性名詞なのである。そこでソフトクリームの場合は、ソフトなイスだから ☞ ソフティス。コトバって、ホントに単純ですね。
お店
(夕食には、3日前と同じEngebret Café(エンゲブレトカフェ)を選んだ)

 さて、こんなことをやっているうちにグイグイお腹が減ってきた。いちおう今井君はダイエットのことを考えて「1日1食」という無理なことをやっているが、5年ぐらい前に「1日1食主義」を喧伝していた懐かしい南雲センセもどうも旗色が悪いようだ。

 昔から「腹が減ってはイクサが出来ぬ」と言って、ヒゲのボーボー生えた逞しい中年の武将なんかが、野原にドッカと腰をおろし、でっかい握り飯をワッシワッシ貪るシーンは、大河ドラマの定番だった。完全な負け戦で一敗 ☞ 地にまみれた武将が、ここから一気に立ち直っていく瞬間である。

 だから諸君、模試か何かで大失敗して、「オレって、ダメなヤツなんだ」「自分は何をやってもうまく行かない」みたいな自己嫌悪に陥りそうになったら、まずはとにかくドッカと座り込んで、塩のオムスビでも、ビッグマックでも、デカいカップラーメンでも何でもいい、心ゆくまで爽快に貪ってみたまえ。
店内風景
(エンゲブレトカフェ内部。イプセンの鋭い視線を感じないこともない)

 8月21日の今井君が夕食に選択したのは、Engebret Café。3日前にトナカイの肉を貪ったのと同じ店である。「イプセンも通った」「ムンクも訪れた」という店で、今日もまたトナカイのステーキを注文し、徹底的に野蛮にワシワシやろうじゃないか。

 オスロの港を右に見ながら坂道を10分ほど登っていくと、目指すエンゲブレトカフェは、3日前と同じ姿でワタクシを待っていてくれた。もちろんそんなの当たり前であって、同じ姿でイプセンやムンクを待っていたお店が、まさか3日の間に様子を変えてしまうはずはないのである。
にしん
(ニシンの酢漬け ☞ ハーリング各種。何故かこれが大好物だ)

 しかし、肉の焼き方に話を限定するならば、3日前と全く違っていた。同じ店の、同じトナカイなのに、3日前みたいに真っ赤な血が白いお皿にジュワーッと広がるようなことはなかったのである。

 もちろん諸君、臆病な今井サト蔵としては、こっちのほうがありがたい。日本のステーキ店でも全く同じこと。出来れば白いお皿でレアステーキの真っ赤な血の色は見たくないのである。

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6D(DMv) FRANKIE & JOHNNY
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