Wed 170927 なでしこ忌/那覇で公開授業/豚しゃぶの夜/どんぐりコロコロ続編 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Wed 170927 なでしこ忌/那覇で公開授業/豚しゃぶの夜/どんぐりコロコロ続編

 今日は10月20日、「なでしこ忌」である。最近このブログの読者になったという諸君は「何ですか、なでしこ忌って?」と目をパチクリさせるかもしれないが、なでしこはキジトラのネコ、ブログ表紙の右側、「ウィンク」などという古風なシグナルを送ってきている、たいへんオチャメナヤツである。

 なでしこと純白のニャゴロワ、この2匹と一緒に生活を始めたのが、2002年。ニャゴはご覧の通り気の強い大型ネコで、どこにでもニャゴニャゴ積極的に顔を出すタイプ。コドモの頃からロシア美女を思わせるヤツだったので、ロシア風に「ニャゴロワ」と名づけた。

 なでしこのほうは、マコトに控えめでなかなか人前に姿を現さない。ゴハンも控えめ、鳴き声も控えめ。ただし「いざ!!」という時にはギュッと表情を引き締め、期待されている役割を見事に果たす。明治大正昭和に理想とされたヤマトナデシコを髣髴とさせるネコだったので「なでしこ」とした。

 いつもはニャゴロワの陰に隠れているが、最後の最後はなでしこがステージを独占した。ネコとの暮らし方のプロモーションビデオに出演した時も、単行本の表紙になった時も、スタッフの皆さんは最初ニャゴロワ目当てでやってくるのだが、出来あがってみるといつもなでしこが前面に出ていた。

 いちばん元気だった頃、なでしこの体重は3.8kg。一方のニャゴは5.5kgもあったのだから、姉妹なのにずいぶん大きさに差が出てしまった。ニャゴの腎不全が発覚したのが2010年12月。その3年後、なでしこも同じ病気にかかった。
なでしこ
(ありし日のなでしこ)

 ニャゴが病気になった時は、獣医さんに「余命100日です」とまで診断される激しい症状だったが、100日のはずが毎日の点滴をかかさずに病状は回復、あれから約7年、すでに2500日も生きて、今もニャゴニャゴ元気に走り回っている。

 なでしこは、違った。2013年冬に「腎不全です」と診断されると、一気に体力が落ちていった。ニャゴより2kgも軽かった体重はどんどん減って、食欲もなし、点滴は嫌がって暗闇に隠れ、そのせいで胴回りもビックリするほど細くなった。

 2015年8月から、獣医さんのところに入退院を繰り返した。大好きな缶詰のゴハンにも、もう見向きもしない。10月中旬には、「入院させるより、なつかしいオウチで最後の数日を過させてあげたほうがいい」と、誰でも思うような重症になった。

 当時の状況については、ブログ欄外の「旅行記」の中から「なでしこラストデイズ」をクリックしてくれたまえ。または「Sun 150927 なでしこは10月20日、永眠いたしました」から続く数日間の記事をクリックしていただいてもいい。

 もう2年前のことであるが、今もなでしこが大好きだったテレビの上に横たわっているような気がする。なでしこがいなくなった日から、ニャゴの性格も一変、しばらくはいなくなった妹をさがして一晩中オウチの中を歩き回り、ニャゴニャゴ甲高いソプラノの声でなでしこを呼び続けた。

 現在ワタクシは出張の連続で、今日は長崎県佐世保に滞在中。なでしこ忌だというのに、なでしこの写真をたくさん掲載することが出来ない。というか、内気だったなでしこはそもそもカメラを向けられるのがキライ。なでしこの写真はニャゴより遥かに少ないのである。

 しかし諸君、岩合サンの番組にワンサと登場する積極的なネコたち同様に、カメラを向けられただけでサッサとどこかに隠れてしまう内気なネコが、ワタクシは好きなのだ。隠れてしまうネコや、ちっとも愛想のよくないネコが大好きになれないようじゃ、ホントのネコ好きとは言えないと思うのである。
夕焼け
(沖縄の夕暮れ)

 さて、なでしこの思い出に浸るのはこのぐらいにして、そろそろ話を10月13日の沖縄に戻そう。ちょうど1週間前、那覇の最高気温は30℃を超えてまだ真夏そのもの、コオロギどころかセミが盛んに鳴いていた。

 だから諸君、夜にはベトナム並みのスコールが襲ってきたのである。公開授業の開始が19時30分。超大粒のスコールが那覇の空から降り出したのが、その直前の19時25分。うにゃにゃ、ホントにギリギリで間に合った。もうとっくに生徒諸君は教室に集まってスタンバイしていたのである。

 出席者は、約130名。そのうち「初めて来てみました」という完全外部生が56名。「スコールが来たから無断欠席します」という行動もやむを得ない状況だったが、その類いは0名。マコトにありがたいことに、この5〜6年「ズル休み」という諸君をほとんど見かけなくなった。
那覇
(10月13日、那覇の大盛況)

 使用したテキストは、Dタイプ。昔ながらのセンター試験を意識したタイプのテキストであるが、いやはや、やっぱり大ベテランというのは、恐ろしいパワーを秘めている。盛り上がるのなんの、チャンと授業をしているというのに、生徒の大爆笑は90分間とどまるところを知らない。

 ワタクシは、「外部生が多い」というシチュエーションが特に大好きなのである。仲間をどんどん多くしたい。仲間になってくれなきゃ、どんなにキレイゴトを並べて頑張っても、彼ら彼女らの英語力を向上させてあげられない。

 当初は「外部生は40名」という報告だったが、スコールの中を会場にずんずん駆けつけてくれて、「補助椅子を出せ!!」みたいな状況になり、会場はすっかり超満員になった。やっぱり、こうじゃなくちゃいかんね。
豚しゃぶ
(豚しゃぶで、大祝勝会)

 こうなれば諸君、その後の「懇親会」「祝勝会」なんてのも、ギュッと熱く盛り上がらないはずはないのだ。主人公は「豚しゃぶ」、キレイなピンクの豚肉に、紅蓮の炎のように盛り上げられた新鮮なレタスが揃って、沖縄の宴は遅くまで盛り上がった。

 衆議院選挙が本格的に始まったのが、あの頃のことである。沖縄のはるか南の海上に台風がわだかまっていて、夜のスコールにも台風が影響していたのかもしれないが、日本ではエダノ台風がぐいぐい勢力を増しはじめていた。

 一方で、「やっぱりオウチが恋しい」と、ますますワガママを言ってダダをこねるオボッチャマ&オジョーサマも目立ちはじめていた。政治向きの発言はできるだけしないように心がけているけれども、昨日の「どんぐりコロコロ」のお歌は、もう2番の段階に入っていたのである。
炎のレタス
(那覇、炎のレタス)

「どんぐりコロコロ 喜んで」
「しばらく一緒に 遊んだが」
「やっぱり お山が恋しいと」
「泣いては ドジョウを困らせた」

 このお歌の、「お山」に元の政党名を入れ、「しばらく一緒に遊んだ」とは誰と誰とが一緒に遊んだのかを考えれば、いやはや、「大義なき選挙」と新聞とテレビが大騒ぎした今回の選挙は、「どんぐりコロコロ選挙」と命名するのが最もふさわしいんじゃないか。

 2017年の日本の政治を見事に予言した「どんぐりコロコロ」は、「青木存義」という人の作詩。戦後の音楽教科書に採用されてから、日本中に急速に広まった。
秋の富士
(秋の富士)

 そして諸君、本来2番で終わるこの歌に、作詞者不詳の「3番」が存在するのである。確かに、どんぐり君たちが「帰りたいよ」とワガママを言って泣いて、ドジョウさんがオロオロ困り果てている場面で終わったんじゃ、我々国民も納得がいかない。その3番の歌詞は、以下のようになっている。

「どんぐりコロコロ 泣いてたら」
「仲良し子リスが とんできて」
「落ち葉にくるんで オンブして」
「急いでお山に 連れてった」

 さて諸君、「仲良し子リス」の役割を演ずるのは誰なのか。どんぐりをくるんだ「落ち葉」とは何か。お山に連れていって、食っちゃうのか、どうするのか。マコトに興味深い週末になりそうだ。

1E(Cd) Böhm & Berliner:MOZART 46 SYMPHONIEN②
2E(Cd) Böhm & Berliner:MOZART 46 SYMPHONIEN⑤
3E(Cd) Böhm & Berliner:MOZART 46 SYMPHONIEN⑥
6D(DMv) THE KILLER INSIDE ME
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