Tue 170919 フィヨルドをゆく/ロートル船の甲板/深山幽谷(晩夏フィヨルド紀行13) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Tue 170919 フィヨルドをゆく/ロートル船の甲板/深山幽谷(晩夏フィヨルド紀行13)

 ノルウェーの海岸には、南西の方角からあたたかーいメキシコ湾流が流れてくる。大西洋のはるかな&はるかな向こう側から、ノホホンと温かく暢気な海流がドンブラコ、ひたすら北東を目指して流れてくるのである。

 モロッコのエッサウィラ海岸も、ポルトガルのロカ岬も、スペインのサンチャゴ・デ・コンポステラも、みんなこの温かい海流に洗われて、もともとモワモワ暖かかったのが、夏の盛りにはもう「ボーワボワ」に「ムーワムワ」、年中ずっと熱中症に気をつけていなければならない。こりゃ諸君、たいへんだ。

 メキシコ湾流は、そのままビスケー湾を北上してボルドーの葡萄の実を育て、モン・サンミシェルの大聖堂の足許を洗い、アイルランドやスコットランドもホッコリ温めてから、ついにノルウェーの南西岸に至る。
フィヨルド1
(ネーロイ・フィヨルド 1)

 こういうふうだから、ノルウェーの海岸は雨が多いんだそうな。特にメキシコ湾流に日々洗われているベルゲンの町は、「ヨーロッパのシアトル」と呼ばれ、年がら年中ずっと雨に濡れているんだという。これから今井君は、お船とバスと列車を乗り継いで、そのベルゲンの町に向かう。

 船に乗り込んだのが「フラム」。フロムからソグネ・フィヨルドとネーロイ・フィヨルドをゆっくりと船でたどって、「クドヴァンゲン」という船着き場まで2時間。バスに乗り換えて「ヴォス」まで1時間半、ヴォスからベルゲンまで電車で1時間半。こりゃたいへんな旅である。

 今フラムで雨が降り出したのも、まあ想定内である。雨が降っても傘を差すのはメンドーだから、ワタクシは滅多に傘を使わない。持っていても、使わない。「それじゃ何のために持ってきたの?」であるが、① 持っていないと悲哀を感じる ② ステッキっぽく振り回せる、以上2点が理由である。

 傘の代わりに、ジャンパーを持っている。ボーシもかぶってきた。たかが雨のために、これ以上の重装備を要求するなんてのは、要するに臆病なのである。何しろ雨の元は、熱々のメキシコ湾流だ。高緯度のフランスやイギリスをポカポカに温めたその勢いで、この今井君も温めてくれるだろう。
フィヨルド2
(ネーロイ・フィヨルド 2)

 フィヨルドをめぐる船には2種類あって、
① 最新型の高速船
②「クラシックボート」と言ふ名前の、要するにむかしむかしの鈍足船
この2つから、好きな方を選ぶことができる。

 こういう時に① 高速船を選ぶのはシロートかコドモであって、「何でもかんでも速けりゃいい」というのなら、暢気に遠くまで旅になんか出る必要はない。むしろ鈍足ロートル船だからこそ、フィヨルドの光景に心行くまで浸ることができる。

 高速船にはなくて、ロートル船にあるのが、広々とした甲板である。甲板にはプラスチックの椅子が山のように積まれていて、乗客が自由に椅子を並べて腰掛けることができる。今井君はさっそく船の右舷の船縁に椅子を置いて、最後までここに陣取ってフィヨルドの絶景を満喫することにした。

 そんなこと言っても諸君、甲板には屋根がないから、雨は延々とワタクシの肉体を濡らすのである。頭にはボーシ、上半身にはジャンパーの覆いがあるけれども、合羽やポンチョではないから、雨水はじわじわ染み込んで、濡れネズミならぬ濡れサトイモが出来あがっていく。

 しかも、だんだん風が出てきた。というか、船が進めば相対的に空気の流れができて、それが風に感じられる。「うぉ、寒い」「うぉ、冷たい」もいいところであるが、意地と言うか、依怙地というか、ガンコおじさんというか、ワタクシはそんな時も決して屋根の下に逃げ込んだりはしない。
フィヨルド3
(ネーロイ・フィヨルド 3)

 船出から間もない頃は、甲板はほぼ満員、コドモや若者や中国人団体ツアーの皆様がハシャギ回っていたけれども、20分、30分、時間が経過するに連れて、多くの人が屋根の下に避難しはじめた。

 まずはコドモ。次に中国の皆様。カメラに向かって「イェーイ!!」みたいなバカバカしい騒ぎに興じていた若者たちも、いつの間にか姿を消した。残ったのは、いかにもガンコそうな世界中のオジサマとオバサマばかりであって、「こうなりゃ意地比べじゃ!!」みたいなジーチャンの姿もある。

 フィヨルドは全て海のはずであるが、水面はきわめて穏やかであって、波立つことは全くない。何しろソグネ・フィヨルドは「世界最大」を起こるほどであるから、両岸の崖と崖の間もそれなりに広いけれども、出航後30分、2股に分かれたフィヨルドを左に進んでネーロイ・フィヨルドに入ると、まさに深山幽谷、幽玄な水墨画の世界に変わる。

「水墨画なのに海水」、このミスマッチがなかなか味わい深い。水墨画の多くは深山幽谷を描くものであって、「塩辛い海水を描いた水墨画」は、やっぱり珍しいんじゃないか。

 四方を取り囲んだ断崖絶壁から、標高差のきわめて大きい滝が無数に流れ下っている。あっちを向いても滝、こっちを向いても滝、最初は滝が見えるごとに歓声をあげていても、30分も経過すればもう滝なんかちっともありがたくない。

 滝を見るたびに体感温度がグッと下がるのである。しかしどんなに寒くても、最後まで甲板に居残ったガンコなオジサマ連とオバサマ連は、何が何でも諦めようとしない。寒さで手が痺れるほど気温が下がっても、「負けるもんか」な意地の張り合いが続いた。
ヒツジ
(雨に濡れつつオウチを目指す)

 それでも時折、深山幽谷の間に緑の牧場が見え隠れする。降りしきる雨の中、ヒツジの群れやらヤギの群れやらが、山のオウチに向かって移動していたりする。「おお、可哀そうじゃないか」と思うのであるが、考えてみれば可哀そうなのはこっちであって、どんな深山幽谷の絶景でも、こんなに寒くちゃたまらない。

 このフィヨルドクルーズは、真冬でもやっているのである。驚くじゃないか、いくら熱いメキシコ湾流がトロトロ流れてきても、ここはやっぱりノルウェーだ。8月でさえこんな寒いのに、1月とか2月とか、そんな真冬の真っただ中に、船でこの深山幽谷をたどろうって人が存在するんだろうか。

 その時期は、滝も凍っているだろう。こんなにたくさんの滝が、みんなツララ状に凍りついた姿を、思っただけで痛いほどの寒さを感じる。雪も積もっているだろう。遥かな8月の峰々にあれほどの万年雪が残っているんだから、2月の積雪はどんなにか深くなることだろう。

 それを思うと諸君、今井君は「是非とも2月に来てみたい」と思うのである。何事にも極端なことの大好きなキウィ丸なのだ。ホッカイロ20個を全身に貼り付け、ショウガや唐辛子や極辛カレーで肉体を内側からムンムン熱く燃えたたせ、2月のこの甲板を踏みしめてみたいのである。
フィヨルド4
(ネーロイ・フィヨルド 4)

 乗船から1時間半、16時45分を過ぎた頃から、山々が深い霧に覆われはじめた。深山幽谷の面目、さらに躍如たるものがあって、フィヨルド全体が薄暗くなってきた。というか、濃霧のせいではなくて、要するに日暮れが近づいたというだけのことなのかもしれない。

 こうなるともう「早くクドヴァンゲンに着かないかな」であって、痩せ我慢してロートル船を選択し、ズンズン進んでいく高速船を見くだしていたさっきの自分が、何ともバカバカしく思えたりするのである。

 航海の最後の30分は、「ひたすら耐える」「意識が次第に遠のいていく」「朦朧とする」というありさま。「8月19日に凍えて死んじゃったりしたら、さぞかし物笑いのタネだろう」とか、思考も思索もどこまでもバカバカしいほうにツルツル進んでいって、もう自らの頭脳をコントロールできない。

 とか、あんまり大袈裟に書くと、そのまま信じてムッチャ♨マジで心配してくれる人がいるから、今日の最後にキチンと正直に告白しておこう。「今日もまた、最初から最後までフザケて書きました」。なかなか、ギュッとマジメに書けないサトイモ君なのだ。

1E(Cd) Tuck & Patti:AS TIME GOES BY
2E(Cd) Akiko Suwanai:DVOŘÁK VIOLIN CONCERTO & SARASATE
3E(Cd) DRIVETIME
6D(DMv) INSIDE MAN
total m103 y1749 d21698