Thu 170907 ムンクとダンテの思ひ出/トンカツ/オスロ到着(晩夏フィヨルド紀行3) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Thu 170907 ムンクとダンテの思ひ出/トンカツ/オスロ到着(晩夏フィヨルド紀行3)

 ノルウェー・オスロを旅したいと思ったのは、ひとえにフィヨルドを見てきたいと考えたからである。見栄を張って「ムンク!!」と叫んでもいいところだが、ムンクは受験生の夏に神田神保町の古書店で画集を買っちゃって以来、同じ画集を数百回めくって、ほとんど暗記してしまった。

 思えばワタクシの受験生の夏は、そういうことばかりやってサッサと過ぎてしまった。同じ神保町の古本屋で、ダンテの「神曲」も手に入れた。購入したのが6月上旬、読み上げたのが7月下旬だった。

 ずいぶん時間がかかったが、「神曲」みたいなものは時間をかけてじっくり読むのが原則。近代以降、「何でもかんでも速読すればいい」という迷信が跋扈したせいで、例えば「芥川龍之介がロマンロラン『ジャン・クリストフ』を3日で読破した」みたいな伝説も生まれてしまった。

 ジャン・クリストフというのは、読みながら読者自らが劇的に成長する物語なのであって、3日で読むよりもせめて3週間、出来れば3ヶ月かけて読み進むべき書物である。

「神曲」も事情は全く同じで、地獄・煉獄・天国をめぐる旅を「3日で速読」なんてのは、読み方を分かっていない証拠でしかない。まだジュクジュク未熟な18歳のワタクシが、1ヶ月半で読み上げたのも、今考えればそれなりに問題は大きい。

 言語は「中世トスカーナ方言」であって、駿台予備校に通う18歳の今井君なんかが手の出るものではないから、河出書房から出ていた平川祐弘訳のものを購入した。当時は東大教授、現在は右派の論客として有名な大先生でいらっしゃる。
新宿バスタ
(出発は8月16日、バスタ新宿。冷たい雨に濡れていた)

 しかし諸君、要するに一番問題なのは、浪人して駿台予備校に通っているはずの今井君が神田古書店街を連日うろつき、「ムンク」「神曲」の類いにウツツをヌカしていたことである。秋田市土崎港「金子書店」以来(スミマセン、昨日の続きです)、「本屋が本拠」という姿勢に変化はなかった。

 いやはや、残っていたお小遣いまで、みんな神田の古本屋に貢いでしまった。「内田百閒全集」なんてのも買っちゃった。「おらあ、何やってんだべ?」と呟きながら「ホーフマンスタール全集」まで買ってしまった。

 思い起こせば浪人生の9月から10月、荒んだ生活の中に「映画館」というものまで入り込んで、今井君の人生を大きく狂わせた。400円で3本立てだの、300円で2本立てだの、困った名画座が東京に乱立していた時代。「受験勉強に励みなさい」というほうが無理な話だった。

 こういうふうで、夏のノルウェー・オスロを旅することになっても、「ムンク!!」のほうにはあんまりいい思い出がない。特にあの「叫び」というヤツ、あれを見ると、10月の模試の結果が11月中旬に返ってきて、「こりゃダメだ!!」と悟った瞬間のことしか思い出さない。

 ワタクシが叫びそうになったのは、御茶の水・聖橋の上である。昔は、模試の結果は予備校の窓口で手渡しされた。恐る恐る予備校の学食で数字を眺めて、「予想通り」「要するにダメ」「見込みナシ」「志望校変更の要あり」を確認した。

 聖橋から秋葉原まで歩いて帰ろうとして、11月中旬の冷たい風に吹かれ、茶色く枯れたプラタナスの葉っぱが夕暮れの曇天に舞った。うにゃ、その状況じゃ、ムンクの絵とほとんど同じレベルの恐怖の表情で、絶叫したくなるのも当たり前だ。
トンカツ
(8月16日、羽田空港でフィレカツ定食を貪った)

 もっとも最近は、「あれは絶叫しているのではない」「どこからか聞こえてくる絶叫を聞くまいと、懸命に耳を抑えているのだ」という説が出てきて、賛成する人も多いようだ。ワタクシはその説に組しない。あれは間違いなくあの人物が絶叫している。その根拠は十数日後に示そうと思う。

 ノルウェーに旅立つ日の東京は、10月下旬なみに冷え込んだ。8月16日、いつもなら連日の油照りでセミの諸君さえ熱中症で地面にポタポタ、そのまま天国に召されそうな夏真っ盛りのはずなのに、北東から吹き込む冷風に東京はブルブル震えていた。

 バスタ新宿発21時のバスに乗る。新宿も雨に濡れ、「これから夏の旅に出る」というワクワク感は皆無。バスタには欧米からの観光客が溢れ、「これから河口湖・本栖湖・山中湖を経て富士山に登るぞ♨」と張り切っているはずであるが、その表情にはどこか寂寥感が漂う。
プレッツェル
(フランクフルトのラウンジで、お馴染みプレッツェルをかじる)

 ワタクシもそうである。いつもの年ならこの時期はイタリアかスペイン、プロバンスかギリシャを目指すのであって、ホッカホカのアッツアツ、どう暑さを切り抜けるかが問題の中心になっている。

 ところが諸君、今日はこれからオスロに向かう。8月下旬、ロンドンやダブリンやエジンバラでさえ、ウィンドブレーカーが必要なほど冷たい風が吹き、降り注ぐ雨に心も凍るほどである。

 それをもう1ランク厳しくして、今日目指すのは北欧オスロ。人々はすでにダウンジャケット、マフラーにロングコートを身につけている。朝夕は吐く息も白くなり、両手に息を吹きかけながら通勤する日々である。そういう世界に、これからワタクシは飛び込んでいく。

 ユゴーに「氷島綺譚」という小説があって、怪奇小説に登場するような化け物たちを相手に、北の英雄が大活躍するのであるが、その舞台がアイスランドとノルウェー。凍りついたフィヨルドの断崖絶壁を踏み越えて、クマに乗った凶暴な化け物を英雄がどこまでも追いつめていく。

 フィヨルドを旅するのに、あえて真冬を選択する人も少なくないんだそうな。断崖絶壁は雪と氷に覆い尽くされ、入り組んだ海水はコワいほどの藍色に澄みきって、夜の空には赤や緑のオーロラがゆらゆら大きく揺らめくかもしれない。

 しかし諸君、さすがに今の今井君には、そこまで強烈な寒気を冒してフィヨルドの世界を闊歩する勇気がない。「とりあえず、まずは真夏のフィヨルドを体験して、真冬の旅のことはその後で考えますかね」などと、マコトに日和見なことを考えていた。
オスロ空港
(オスロ空港。さすが北欧、清潔感が際立っている)

 羽田に着いて、いつもならサッサと「スイートラウンジ」に入るところであるが、最近はラウンジ飯に飽きてしまった。カレーでも天丼でもハンバーガーでも、海鮮丼でグラタンでも天ぷら蕎麦でも、何でも無料でワシワシ出来るけれども、ラウンジの外ならお寿司もトンカツも待っている。

 回転寿司ではあるが、ここの寿司はなかなかの味である。「マグロづくし」1200円なら、1皿で大トロ・中トロ・ヅケ、それぞれ絶品が味わえる。職人の応対も良好、たくさんの外国人旅行客と肩を並べて味わう寿司も悪くない。

 しかしこの日の今井君が選択したのは、トンカツ。大っきなフィレカツに丼メシで英気を養い、寒—い北欧の夏に対抗する精神力まで高めていこうと言う魂胆だ。
空港からの高速鉄道
(空港からオスロ中央駅への高速鉄道。おお、快適だ)

 ヒコーキは、0時50分発、フランクフルト行き。12時間かけてシベリアを横断し、フランクフルト着、朝6時。思えば今年1月、モロッコを探険したときと同じ路線である。あの時は一気に熱帯へ。今度は一気に亜寒帯へ。今年も激しい1年を過している。

 フランクフルトのラウンジで3時間を過ごす。もちろん、ラウンジでビールを痛飲し、焼きたてのプレッツェルを味わうのも、もうすっかりお馴染みである。

 1月、モロッコの時は、激烈な口内炎の真っただ中。上の口蓋の皮膚が3〜4枚一気にベロッと剥げ落ちた状況で、ビールのアブクが滲みて目をシロクロさせ、プレッツェルの硬い皮が口蓋に突き刺さって、その激痛に絶叫した。今回は、あれがないだけでも幸福の極みである。

 午前10時、オスロ行きのヒコーキに搭乗する。フランクフルトからオスロまで、途中デンマークの海岸を見おろしながら2時間のフライト。こうして正午すぎ、18時間の旅の果てに、ついにオスロに到着した。

1E(Cd) Hilary Hahn:BACH/PARTITAS No.2&3 SONATA No.3
2E(Cd) Kirk Whalum:COLORS
3E(Cd) George Benson:IRREPLACEABLE
4E(Cd) Deni Hines:IMAGINATION
5E(Cd) DRIVETIME
total m39 y1685 d21634