Tue 170801 午後のハバナのバーでつまらん夢想にふける(キューバ&メキシコ探険記33) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Tue 170801 午後のハバナのバーでつまらん夢想にふける(キューバ&メキシコ探険記33)

 ホテル・アンボスムンドスの最上階からハバナの街を見渡せば、1951年、「老人と海」執筆当時のヘミングウェイの興奮が、まさにマザマザと感じられるのである(スミマセン、昨日の続きでございます)。

 薄い文庫本1冊、半日もあれば読める小品だ。ヘミングウェイほどの男であれば、例の黒いタイプライターのキーを太い指で激しくたたきながら、2日か3日で一気呵成に書き上げたに違いない。

「彼は、老いていた。メキシコ湾に小舟で漕ぎだし、一人で魚を追っていた。全く釣れない日々が、もう84日も続いていた」。マコトに有名な書き出しであるが、朝8時からすでに数時間、立ったままの姿勢で書き続けて疲れ果て、ふと時計に目をやると、もう正午をとっくに過ぎている。

 それこそ「彼は、老いていた。ハバナのホテルの部屋にこもり、1人でタイプライターと格闘していた。思うように進まない時間が、もう4時間も続いていた」のである。

 自分の老いに苦笑しながら、エレベーターで1階に下りれば、バーの黒いカウンターがあり、馴染みのバーテンダーに一言「ビール」と告げれば、ギュッと冷たく冷えた「クリスタル」が、すぐに出てきただろう。

 ホントは徒歩5分の「フロリディータ」で怠けたいところだけれども、何しろ今は執筆中だ。老いた漁師サンチャゴをこれからどうするか、書いているご本人も気が気ではない。

「クリスタル」がカラッポになれば、もちろんすぐにまたエレベーターで520号室に戻り、晩メシに出かけるまで、機関銃のようにキーを打ちまくるのである。

 夕暮れには、近くの店でロブスター。ついでにダイキリ、もっとついでにラム酒をストレートで3〜4杯。老いたサンチャゴをどうするかは、また飲みながら考えればいい。

 そうやってカッカしながら、520号室と屋上と1階のバーを、何度も繰り返し往復する。バーテンダーと世間話もしただろうし、執筆中の老サンチャゴや相棒の少年について、あるいはさっき路上で見かけた太いシッポの野良猫について、隣の客と語り合いもしただろう。
クリスタル
(ハバナ、ホテル・アンボスムンドスのバーで)

 そういう日々を思いつつ、自らを顧みれば、中年サトイモはマコトに凡人らしい凡人の日々を送っている。華々しい超人気作家の日々とは、丸っきり懸け離れている。鬱々とした不活発なコドモ時代に、「作家になりたい」とホザいていたのが、まさに笑止千万である。

 何しろ諸君、今井はこうしてブログばかり書いている。書いた分量は9年で文庫本200冊分。分量だけは驚異の対象であって、いくら1日平均5000のアクセスをしてもらっても、凡人はあくまで凡人であって、誰か偉いヒトに正式な評価をしてもらえているわけではない。

 ただしワタクシは、200年後を夢みているのである。今から200年後、2217年のある夏の日に、世界のどこか片隅で、パッとしない地方大学のパッとしない大学院生が、分厚く積もった時間のチリの中から、何かのハズミにこのブログを発見してくれないものだろうか。

 例えば若い諸君の中に、今から200年前の平凡な市井人の日記に関心のある人はいないだろうか。1808年6月5日から、1818年6月26日まで、オランダかベルギーかデンマークの小都会の教師が、日々丹念に日記を書き続けたとする。その膨大な日記を、大学の図書館の片隅で発見したとする。

 その教師は小金持ちで、教職の傍ら世界中を旅する日々を送った。日記には、普段の授業の様子や、休暇中の世界の旅のあれこれが、毎日5枚のペン描きの挿絵とともに、詳細に書き記されている。19世紀初頭の人々の文字は、実に細かく丁寧で、まるでブログの画面のように読みやすい。
エレベーター
(ハバナ、アンボスムンドスに残る100年前のエレベーター)

 19世紀初頭といえば、ナポレオン戦争と産業革命の拡大の時期である。中国では清の隆盛が終わり、アヘン戦争に向かって国は大きく傾いていく。日本は異国船打払令やら水野忠邦の時代の直前。やはりグローバル化の波の中で、徳川政府は加速度を増しながら終焉への坂道を転げ落ちていく。

 マルコ・ポーロやイブン・バトゥータの時代なら、世界は多様性に満ちあふれ、ラクダの背中に乗って10日も旅をすれば、見るものも聞くことも、唖然とするほど新鮮だったに違いない。

 しかしナポレオン戦争と産業革命の進展は、一気にグローバル化を押し進め、ヨーロッパ世界はほとんどどこに行っても等質。旅から驚きがぐんぐん消滅してしまう。

 それでも一教師は旅を続け、克明に日記に書き記す。そういう時代の一教師の日記が、21世紀の地方都市の、パッとしない大学院生の興味を引かないはずはない。

 彼は「10年、1日も休まずに続ける」と友人知人に宣言する。友人も知人も苦笑するばかりで相手にしないが、彼は凡人は凡人なりに強烈な粘液質。自分の宣言に対してだけは、意地でも誠実を貫きたいのである。

 19世紀初頭、一気にグローバル化の進む時代であっても、ポルトガルを旅すればファドに惹かれ、日々の授業に全精力を傾ければ「200年後、2017年の授業はどんなふうになっているのかな」と、彼の妄想は尽きる所を知らない。
オビスポ
(オビスポ通りの雑踏。ヘミングウェイお気に入り「フロリディータ」はこの先である)

 諸君、そういう小国の一教師の日記を想像してみたまえ。それこそ修士論文なり博士論文なりの絶好の材料じゃないか。うんにゃ、下手をすれば彼または彼女の一生は、10000ページに及ぶその日記との格闘に彩られるんじゃないか。ワタクシが夢みるのは、今から200年後、2217年のそういう大学院生との邂逅である。

 21世紀初頭は、英語帝国主義とグーグルとスマホの台頭で、地球が多様性喪失の一途をたどった時代である。キューバでもメキシコでも、ノルウェーでもモロッコでも、人々はみんな同じスマホに向かい、同じ角度でアタマを傾け、同じスマホの同じグーグル画面を、同じポーズでグリグリ&ネロネロ、無言で24時間を過ごすようになった時代である。

 ここから200年、多様性喪失の加速度は幾何級数的に増していき、200年のうちに地球に多様性なんか求めるのは、窮極の贅沢になっているんじゃないか。ウォッチにグラス、話が「ウェアラブル」までくれば、「チップをカラダに注入」みたいなSF的なことにも、誰も違和感を感じなくなるに決まっている。

 その種のSF的なストーリーには強くないけれども、2217年、地上に残っているコトバは英語のみ。日本語もフランス語もイタリア語も、国民国家どうしの国境線もほぼ消滅して、「何だ、世界って1つじゃないか」と言ふ、マコトに殺風景な地球になっている気がする。
バンド
(夕暮れに向かって、次第に盛り上がるバンドの人々)

 そういう世界の、例えば南半球のどこかで、パッとしない小都会の、パッとしない大学のパッとしない大学院生が、200年前のパッとしない予備校講師による膨大な日記を発見する。

 パッとしない夏休みのある日、パッとしない論文を書く必要性に迫られつつ、「風吹かば倒るの記」と題された不思議な文章を読み始めるとする。おお、瀕死の多様性が、まだ何とか生き延びていた時代の記録である。これは面白いじゃないか。

 21世紀の我々が、19世紀初頭の寺子屋の絵をみて面白いように、23世紀の大学院生が河口湖合宿での音読のアリサマを眺めれば、夢か幻でもみるように面白くてたまらないだろう。200人集まった公開授業の様子だって「へえ、こんなことやってたんだ」と、ひっくり返るに違いない。

 もちろん200年後、「日本語」というものを読める人が残っているかどうか疑わしい。しかし諸君、古代ヘブライ語やアラム語、ヒッタイト語やアッシリア語、そういうものに我々が居抱く関心と等質のものを、彼または彼女が感じないとは限らない。

 これほど多様性の喪失が激しい状況では、2217年の彼または彼女が性別を保持しているかどうかさえ疑わしい。そこで彼または彼女を「ヒト」と呼ぶことにする。

 もちろんそのヒトは、パッとしないヒトではあるが、格段に発達した翻訳ソフトを用いれば、21世紀日本語でもアッシリア語でも、あっという間に10000ページ、ニュアンスまで含めて正確な23世紀英語に変わる。パッとしないヒトでも、膨大な「風吹かば倒るの記」を何とか通読することが出来るだろう。
眺望
(アンボスムンドス屋上からハバナ旧市街を望む)

 サトイモ君がハバナのバーで夢みていたのは、そういうことである。同じバーで70年前のヘミングウェイは、老サンチャゴがついに巨大なカジキマグロを捕え、無数のサメと格闘しながら港に戻る姿を構想しつづけたのである。

 小説のおしまい、老サンチャゴは疲れ果てて、眠りにおちている。うつぶせのままである。そばには相棒の少年が座って、老漁師サンチャゴの居眠りの様子を見守っている。

 その時、「老人はライオンの夢をみていた」というのである。タイプを打つヘミングウェイどんの興奮と、太い指の動きが、今マザマザと見えるようじゃないか。

 まあ諸君、こうして中年サトイモも夢を見ている。ライオンやトラの夢ではないが、遠い200年後の夢である。つまらん夢につきあっていただいて、ホントに申し訳なく思っている。

1E(Cd) Bobby Caldwell:HEART OF MINE
2E(Cd) Boz Scaggs:BOZ THE BALLADE
3E(Cd) The Beatles:MAGICAL MYSTERY TOUR
4E(Cd) The Beatles:YELLOW SUBMARINE
5E(Cd) The Beatles:ABBEY ROAD
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