Sat 170121 雪の金閣のキンキラキンを満喫/大文字2種/雪の銀閣に感激する | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sat 170121 雪の金閣のキンキラキンを満喫/大文字2種/雪の銀閣に感激する

 2月11日は、今井君がコドモの頃から「建国記念の日」であって、ヒトビトは日の丸の旗を立ててこの日を祝う。戦前は「紀元節」。1940年には「紀元は2600年」と、神武天皇以来の栄光の歴史を祝った。

「国民奉祝歌」では「ああ一億の胸は鳴る」と歌われた。昭和17年のことである。敗戦後の1948年、GHQの意向でいったんは廃止。1966年に復活して「建国記念の日」と名づけられた。

 ワタクシは前夜の祇園で飲み過ぎて、ホテルで起床したのは7時過ぎ。しかし窓をギュッと開けてみると、諸君、一面の銀世界である。記憶をたどれば、ホンの6時間前の祇園には大粒の雪が霏霏と降りしきっていた。

 蹴上のウェスティンホテルは、目の前に東山が迫る。NHKの天気予報でも「山沿いの多いところでは、積雪20cm」と言っていたんだから、ホテル周辺の雪はかなり深いはずだ。

 そこで諸君、ワタクシは「こりゃ雪の京都をめぐる人生最大のチャンス」と思い立った。雪の朝に京都に滞在しているなんてのは、そう滅多にあることではない。早速MKタクシーに電話して、ホテルの玄関に1台お願いすることにした。

 今や京都は、中国と韓国のヒトビトの天下である。余りの人気に、ホテルさえマトモに予約できない。試しに諸君、7月16日の京都のホテルを検索してみたまえ。すでにみんな満室になっている。

 確かにその日は、祇園祭のクライマックス ☞ 山鉾巡行の前日であって、とっくに満室なのも納得できないこともないが、いろんなホテルを検索してもみんな5ヶ月先が満室だなんて、いやはや、マコトにたいへんなことになっている。
金閣寺1
(雪の金閣 1)

 だから、昔からコトワザに言うように、「チャンスの神は禿げ頭」。前髪をつかまないと、後頭部にはつかむべき毛が生えていないかもしれない。雪の朝、京都のホテルで目覚めたら、雪の金閣、雪の銀閣、金銀そろえて満喫しておかないと、中国&韓国のヒトビトに先を越されてしまう。

 9時半、チェックアウトを済ませて、ホテル前からMKタクシーに乗り込んだ。「金閣 ☞ 銀閣 ☞ 清水寺 ☞ 祇園、定番過ぎるかもしれませんが、そういうルートで回って下さい」と告げた。要するに「半日貸し切り」をお願いしたわけである。

 駐車場代を入れて、4時間の貸し切り。14000円ほどかかるが、超満員の金閣や銀閣でタクシーを探して右往左往する苦労を考えれば、14000円、まあそんなに非常識な値段ではない。特に、金閣の前は要注意。日本語さえ通じないほどの大混乱の中、おそらくタクシー探しに30分もかかる。

「貸し切り」と言われた運転手さんは、もちろん大喜び。キャンディやらホッカイロやら、次から次へとマホーのように差し出してくれて、二日酔いのウワバミ入道も「おやおや」「いやはや」とビックリするばかりである。
金閣寺2
(雪の金閣 2)

 何しろ、急がなければならない。午前9時前から、マコトにあったかい太陽が顔を出してしまった。気温は上がらなくても、地表は一気に温まる。ホンの1cmかそこらしか積もらなかった雪は、お日さまに照らされてどんどん融けていく。

 見たいのは、雪の金閣と、雪の銀閣である。太陽の熱で雪が融けてしまえば、ドーロドロの金閣とドーロドロの銀閣しか見られない。最高の風景か、最悪の風景か。事は一刻を争うのであって、タクシー貸し切り料金なんか、この際ちょいと高くたって構わない。

 やがてタクシーは、烏丸丸太町の交差点までやってきた。日陰にはまだ雪が残って、ヒトビトの歩く音がサクサク心地よく響いているけれども、陽の当たる御所の方はもうドーロドロ。めでたく祝日の日の丸を立てたバスは、早春の光を浴びて爽やかに走っていく。

 雪が全て融けてしまわないか、ハラハラし通しで金閣まで約30分。運転手さんからもらったホッカイロが、ちょうどよくホッカホカし始めた頃に金閣に到着した。

 途中、衣笠山の「左大文字」が白く浮き出ているのを発見。左大文字にも雪が積もったのである。白い大文字がキレイに見えたのは、「西大路一条」から「北野白梅町」にかけて。こりゃ諸君、夏の大文字の送り火は、この付近の路上に立って満喫するのが一番かもしれない。
銀閣寺1
(雪の銀閣 1)

 金閣到着、午前10時。ついこの間、40年前の邦画「五番町夕霧楼」で、金閣が赤々と炎上するのを見たばかりである。松坂慶子どん&長門裕之どんが大活躍する古色蒼然とした映画であったが、今や鹿苑寺金閣の庭園は中国語の大洪水であった。

 1枚目&2枚目の写真で見てくれたまえ、このキンキラキン、まさに別世界である。さすがに物静かな欧米人も、余りのキンキラキンに歓声をあげていらっしゃる。まして中国のヒトビトのあけっぴろげな大歓声は、金閣の池の水にさざ波を立てるほどである。

 そこへ、鴨の大群が舞い降りた。池に映ったキンキラキンの金閣も、鴨の群れの襲来にビックリして、砂金を散らしたように波立った。再び歓声が上がる。押すな押すなの大混雑の真ん中に、旗に導かれた団体ツアーが押し寄せて、とても雪の金閣の冴えた風情を味わうどころではない。

 松の枝から、溶けた雪が雨のように降り掛かる。金箔茶を買い求める列、金箔ソフトの店に並ぶ列。みたらし団子も大人気、ペーラペラなキモノ姿で綿菓子を買っちゃった中国女子。いやはや、今井君はそうしたヒトビトに辟易しながら、ほうほうのていでタクシーに戻った。
銀閣寺2
(雪の銀閣 2)

 ここから北大路をイッキに東に走り、目指すのは雪の銀閣である。途中、貴船から出町柳に向かうチンチン電車を見送り、見えてきたのが東山・如意ケ嶽の白い「大文字」。さっきの「左大文字」以上に雪が残って、諸君、こっちの大文字も送り火は路上から眺めるのがよさそうだ。

 銀閣到着、11時半。金閣と比べると、こちらはギュッと締まった雪の静寂が支配している。人力車のオニーサンから声がかかるけれども、中国語の洪水に鴨さんたちが驚き入っているという雰囲気はない。

 ワタクシは、キンキラキンの金閣よりも、圧倒的に銀閣のほうが好き。まして雪がこんなにキレイに降り積もれば、「銀閣の銀とは、実は年に数回降り積もる東山の雪のことだったんじゃないか」、そういう感激が湧き上がるのである。
銀閣寺3
(雪の銀閣 3)

 年間を通じて毎日毎日キンキラキンに輝いているよりも、1年に3回か4回だけの銀というのは、マコトに悲しく&はかなく美しく、こんなに奥ゆかしい銀は他に考えられないじゃないか。

 しかもこの銀、早朝から午前にかけてしか堪能できないのである。午後になって「ぬるびもてゆけば」☞ 当然「わろし」であって、もし清少納言どんが室町時代の東山に生きていれば、さぞかし早朝から起きだして、山道から見下ろす銀閣の風情を満喫したことだろうと思い描くのである。

 さて、白銀の銀閣を満喫したサトイモ入道は、再びタクシーに飛び乗って、清水寺を目指した。「脱タクシー」「卒タクシー」の方針には反するが、今日だけは特別だ。

 正午近くなって、京都の雪ははかなく消え、清水に雪が残っているかどうか、甚だ心許ない。タクシーは、平安神宮・知恩院・八坂神社の前を通ってひたすら南下する。おやおや、南下するに従って次第に雪は少なくなるが、たどり着いた清水寺については、また明日の記事で述べることにする。

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2E(Cd) Rogé:DEBUSSY/PIANO WORKS②
3E(Cd) Kazune Shimizu:LISZT/PIANO SONATA IN B MINOR BRAHMS/HÄNDEL VARIATIONS
6D(DMv) LOVE AND OTHER IMPOSSIBLE PURSUITS
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