2017年01月14日(土)

Thu 161222 シドニーの「歴史的建造物」/スーパーと酒屋(シドニー夏のクリスマス5)

テーマ:ブログ
 こうして諸君、12月19日のワタクシは(スミマセン、昨日の続きです)、「サーキュラーキー」からシドニーの歴史地区散策を始めたわけであるが、マコトに残念なことに、シドニーで「歴史」と言われても、そんなにホイホイ感動や感激のタメイキが漏れることにはならない。

 何しろ、地球の裏側から背の高ーい♡色白な人々がやってきたのは18世紀のこと。東インド会社設立から150年以上が経過していたが、さすがになかなかここまではたどり着けなかった。

 そして旗を一本立てた。旗は太平洋の風にハタハタ勇ましく翻った。
「ここはエゲレス領でげすよ」
「この島だか大陸だかは、エゲレスのもんでがす。ようがすか?」
「意地でもオラたちのもんだべさ。誰にも文句は言わせねえだ」
「文句があったら、腕づくでかかってきなせえ。相手になってやるだ」

 1788年、日本では田沼意次どんや松平定信どんが、何とか幕府政治を立て直そうと、さまざまな新政策に励んでいた頃である。フランス革命の前年、エゲレスはどんどん海外進出を進めていた。

 と、まあ大ざっぱなことを言えば、シドニーはそんな街である。フィレンツェなみに中世やルネサンスの史跡や美術に感動&感激を繰り返すとか、ローマの古代遺跡に息をのむとか、コルドバやグラナダでイスラムの技術や芸術に感激の涙を流すとか、そんな散策は望むべくもない。
犬くん
(シドニー・エッジクリフのスーパー「Coles」の前で。さすが高級住宅地、スーパーにお伴してきた犬クンも何だか高級だ)

 だから諸君、観光に訪れた人々は、よく考えてみるとマコトにバカバカしいことに夢中になっている。スパイダーマンよろしく橋のテッペンに命がけで登ってみたり、「婚妙」とか言ってウェディングドレスでポーズをとってみたり、まあそのぐらいしかすることがない。

 もちろん、「歴史的」と言ってあげていい建物も存在するのである。本日の写真2枚目「カドマンの家(Cadman’s Cottage)」がその1つ。いやはや諸君、このマコトに地味なオウチの、どこがそんなに歴史的なんですかね。

 このオウチが建てられたのは、1816年。カドマンさんは船乗りでいらっしゃって、オウチの前にボートを係留していた。由来を聞けば、ホントにホントにそれだけのことである。

「は?」であり、「へ?」であり、「だからどうした?」であって、もっと何か激烈で濃厚な歴史物語を期待していた観光客としては、唖然&茫然、むしろ渋味タップリの苦笑の汁がこみあげてくるばかりである。

 要するに諸君、「200年前までは、このオウチの前が海岸でした」ということなのだ。今は海岸がググッと後退して、カドマンさんのオウチから100メートルも向こう、ちょうどいま豪華客船が停泊しているところが海岸線になっている。

 なーるほど、すごいなあ。それがシドニーを代表する歴史的建造物・「カドマンの家」。うーん、やっぱりシドニーの歴史にわくわく感激を求めるのはムリなんだろうか。
カドマンの家
(シドニーの歴史的建造物、カドマンの家)

 その手前にある「アーガイルカット(Argyle Cut)」にも、歴史を感じなければならないことになっている。昨日書いた通り、シドニーの海岸は巨大な畳状の岩が水平にどこまでも並んでいる。この旅行記の中でワタクシは「閻魔様の畳」と呼ぶことにしよう。

 その閻魔様の畳を切り開いて、内陸部と海岸を結びつけた一種のトンネルが、この「アーガイルカット」。とはいうものの、ごくカンタンに言えば、日本にもよくある「切り通し」の類いである。

 この切り通し、1843年から10年もの歳月を費やして切り開いた。今ならショベルカーやらブルドーザーやら、重機を数台持ち込んで1ヶ月もかからずに完成しそうなものであるが、この作業を強制されたのは、当時の服役者の皆さんだったのである。

 持たされた工具はハンマーのみ。岩を叩き割り続けて、10年。3652日(うるう年2年を計算にいれています)、来る日も来る日もハンマーで岩を叩き割る。地獄のような懲役労働の日々に耐えて、切り通しが完成、とうとうカドマンの家を内陸部がつながった。
ロックス
(アーガイルカットのあたり)

 その「内陸部」には、シドニー最古のビアホールもある。ハンマーで岩を割り続けたのはあくまで服役労働者だから、どんなに汗まみれの日々を繰り返しても、「冷たいビールにありつく」なんてのは夢のまた夢だったに違いないが、とにかくこの周辺がシドニービールの発祥の地なのだ。

 こういうふうで、サーキュラーキーから2時間以上歩き回っても、美術や芸術や教会建築を前にブルブル震えつつ「感激の涙ホロホロ」という世界とは、ほぼ完全に無縁である。その種の感動を求めて歩き回ること自体、勘違いと言われても致し方ないのかもしれない。

 そこで諸君、冷静な今井君はここでググッと方針を転換。「とりあえず、ホテルに近いところでスーパーと酒屋を発見しておきますかね」ということにした。

 たった8日の旅ではあるが、やっぱりスーパーは日本人の生命線。ホンの10年前までは世界中どこに行っても日本みたいなスーパーがなくて往生したものだったが、今やシチリアの奥まで分け入っても「日曜営業」を掲げたスーパーが見つかる。便利な世界になったものである。
ビアホール
(シドニー最古のビアホールのうちの1つ)

 シドニーでスーパーと言えば、
① Woolworths(ウルワース)
② Coles(コウルズ)
が2大勢力。今回ワタクシが宿泊するダブルベイ地区にも、この2大勢力がキチンと店舗を展開してくれている。

 ダブルベイの船着き場から徒歩10分、インターコンチネンタルホテルから5分の所に、Woolworthの大規模店舗を発見。フルーツでも、チーズやハムの類いでも、そのワンサぶりは日本のスーパーに勝るとも劣らない。

 この店は「Dan Murphy’s」を併設。スーパー形式の巨大な酒屋さんであって、ウィスキーでもワインでもビールでも、ホントにナンボでも手に入る。嬉しそうなニコニコ顔のオジサンたちが、カートに2つも3つも運びきれないほどのお酒を購入していく。

 一方のColesは、急な坂道を上がって地下鉄「Edgecliff」駅の真上に店舗を展開。ショッピングモールの中の1店舗という位置づけで、日本で言えば昭和の昔から地元に馴染んできた中規模店舗という感じだ。
座席シート
(シドニー地下鉄、余裕の車内)

 ビックリするのは、店員さんたちの対応の暖かさである。レジの人たちをはじめとして、みんな決して笑顔を絶やさない。「何か問題あり」と判断すれば、飛んできて解決に奔走してくれる。こんなにみんなが優しいんじゃ、日本のスーパーでさえタジタジだ。

 何でもかんでも全てがイヤそうなヨーロッパのスーパーとは、段違いといっていい素晴らしい対応。いやはや、街の歴史にはちっとも感動できなかった今井君は、スーパーの店員さんたちの笑顔には深く深く感動した。

 大袈裟でもウソでもない。オーストラリアで真っ先に出向くべきは、歴史的建造物やオペラハウスではなくて、何よりもスーパーなのだ。ワタクシはそう信じるとともに、日本の企業の新人研修にも、シドニーのスーパーが最適だと思うのである。

 Colesのほうにも、酒屋さんが併設されている。こちらは小規模店舗だが、シドニー中どこでも見かける「Liquor Land」。大きな肉体に赤いヒゲを生やした男子店員が、マイペースで楽しげに働いていた。名札には「Damien」とあった。

 ただしやっぱりシドニーは、英米文化の真っただ中である。酒を買うのに「IDを提示してください」「IDを所持しない人にはアルコールを販売できません」と突っぱねられることがある。ま、町歩きにパスポートぐらい携帯するのは常識、そういうことである。 

1E(Cd) Muti & Berlin:VERDI/FOUR SACRED PIECES
2E(Cd) Hilary Hahn:BACH/PARTITAS No.2&3 SONATA No.3
3E(Cd) Kirk Whalum:COLORS
4E(Cd) Akiko Suwanai:BRUCH/CONCERTO No.1 SCOTTISH FANTASY
5E(Cd) Harnoncourt:BEETHOVEN/OVERTURES
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