Thu 161124 久しぶりのシチリア旅行記/高級店/犬を連れたオジサン(シチリア物語20) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Thu 161124 久しぶりのシチリア旅行記/高級店/犬を連れたオジサン(シチリア物語20)

 10月下旬まで、すでに19回も書きまくった「シチリア物語」であるが、11月&12月とすっかり怠けてしまって本日に至る。昨日「仕事納め」も済んだことだし、久しぶりに旅行記に没頭しようと考える。まあ諸君、年が明けて半月ぐらい経過するまで、浮世離れしたシチリアの旅に付きあってくれたまえ。

 9月2日、アグリジェントから帰還したのが、午後6時ごろである。アグリジェントはシチリア島の南側、北アフリカ北岸のチュニスと地中海をはさんで対峙する街であるから、パレルモまでのバスの旅は、シチリアを南から北に向かってほぼ縦断することになる。

 本来なら高速道路で一気に縦断が可能なのだが、1年だか1年半前だかに発生した洪水と崖崩れのために、高速A19号線が使えない。バスはシチリアの真ん中の山道を大きく迂回して、マコトに不承不承にゆっくり北上する。

 もっとも、まだ夏の盛りのパレルモは、午後6時を過ぎてもまだ夕暮れの雰囲気はない。路上では地元の高校生集団が大騒ぎしていて、何となく治安の悪さを感じる。ポリテアマ広場のカフェで軽くビールを飲んだ後は、サッサとホテルに引き上げた。

 しかし、パレルモで過ごす最後の夜だ。このままグースカ寝ちゃったんじゃ、いかにも寂しいじゃないか。2日前にスーパーで購入したメロンが旨そうに熟してはいたが、パレルモ最終日の夕食を「メロン1個」にはしたくない。メロンは明朝に残して、高級レストランに出かけてみることにした。
メロン
(スーパーで5ユーロのメロン。そろそろ食べごろだ)

 選んだのは、ヴッチリア市場に近い「OSTERIA DEI VESPRI」。ヴェルディのオペラ「Vespri siciliani(シチリアの晩禱)」にちなんだお店の名前も、まあ悪くない。

 古い教会の前の広場にテーブルを並べ、雰囲気はいかにも高級。高級そうなオネーサマ従業員がチラチラ動き回って、開店の準備に余念がない。尋ねてみると、20時オープンとのこと。まだ1時間弱の余裕がある。テーブルを1つ予約して、近所の夕闇をブラついてくることにした。

 それにしても諸君、さすがにパレルモの夕闇となると、やっぱり日本人としては「治安が心配」。普通の酔っぱらいに混じって、いろいろ怪しい人影も見え隠れする。大型の野良犬もいれば、ローソクを点したカンテラが、夕空に舞い上がったりする。

 フォカッチャの超有名店も近所にあって、店の前はたいへんな混雑だ。フォカッチャを食べにきているというより、長蛇の列を見物に来ている人の方が多い。ワタクシはファストフードは苦手だから、さすがにパレルモの最終日をフォカッチャで締めくくる気はないのである。

 20時、あたりが真っ暗になった頃、予約しておいたお店のテーブルについた。ま、「予約の必要はなかった」というか、とりあえず20時の段階ではガーラガラというか、お店から教会前の広場にせりだした8セットから10セットのテーブルに、最初は他のお客は2組しかいなかった。
お店1
(パレルモの締めくくりに、高級そうなお店を選択した)

 さすが「見るからに高級店」であって、高級女子従業員たちは高級ドレスを身にまとい、「こんなに高級なレストランなんかにワタクシが闖入して大丈夫?」と、思わずオズオズ周囲を見回す感覚である。

 だって諸君、高級女子はそれぞれイタリア語・フランス語・ドイツ語・スペイン語・英語への対応が可能。お客さんの話す言語に合わせて、ピッタリの女子がお上手に対応するのである。

 この勢いでは、近いうちに「中国語対応」なんかも可能になりそうであるが、さすがに日本語対応女子はいらっしゃらない。あんまり高級女子が魅力的であるせいか、お客には高級オジサマの男子だけグループが目立つ。

 今井君の後ろのテーブルは、英語の高級オジサマ5人組。オネーサマも流暢な英語でご対応。左隣りはフランス語の高級オニーサマたち。オネーサマも流暢なフランス語でご対応。おお、何だか銀座か六本木のキャ○クラみたいな雰囲気なのかもしれない。

 もちろん今井君は、ウルトラやスーパーがつくほどマジメで地味オジサマだから、銀座や六本木のクラブに出入りすることは、長い人生でもほぼ皆無なのだが、きっとこれはその類いの雰囲気なのである。お願いしたワインも、何だかマコトに高級そうであって、何だか恐ろしくなってきた。恐ろしくて、料理の味も分からない。
お店2
(パレルモの高級店に、いよいよ闖入する)

 そこに出現したのが、「犬を連れたオジサン」である。諸君、チェーホフの名作「犬を連れた奥さん」をご存じか? 「奥さん」と言っても、推定年齢23歳から24歳。オデッサと思われるリゾートを舞台に、若い医師と寂しげな人妻が、いろいろ&いろんなことを経験する物語だ。

「奥さん」と言ふコトバが、若々しいロマンスと不似合いなので、翻訳者たちもいろいろ工夫する。「犬を連れたマダム」「犬と一緒の奥方」「犬と散歩する若い人妻」。いやはや、なかなか難しい。諸君も一読の上で、相応しいタイトルを考えてみてくれたまえ。

 ただし、パレルモの夜の闇に出現した「犬を連れたオジサン」は、対応のたいへん難しいオジサンであって、チェーホフどんの書いたロマンスとは似ても似つかない。

 このオジサン、今井君もハッキリ見覚えがあるのである。この1週間、パレルモの中心街にいつも犬たちと一緒に寝そべっていた。常に日陰を巧みに選択し、午前は東の建物の陰、午後は西の建物の陰、大型犬3匹とともに、シチリアの夏を上手にやり過ごしていたのである。

 そして今、彼はこの店の前に姿を現した。涼しくなった夕暮れに、犬たちの散歩に付きあっているという風情である。教会前の広場なんだから、どんな大っきな犬を散歩させようと、そりゃ自由に決まっている。

 しかしやっぱり犬であるから、レストランのテーブルが並んでいようがいまいが、そんなこととは無関係に走り回る。熱かった昼が終わり、涼しい夜風が気持ちよく吹いている。犬たちもすっかり解放された気持ちで、テーブルや椅子の下にもどんどん入り込んでくる。
ワイン
(高級っぽいお店の、高級っぽいワイン)

 一方のお店は、どこまでも高級レストランである。お店も高級、料理もワインも高級、従業員女子も高級で、英語にフランス語にスペイン語、ついでに犬語も見事につかいこなす。テーブルクロスの下までグイグイ入り込んでくる犬たちを、見事な犬語で追い払う。

 しかし何しろ大型犬3匹だから、いくら高級女子たちが追い払っても、やがてお犬さま軍団のほうが優勢になる。犬を連れたオジサンも、その様子をニヤニヤ嬉しそうに眺めている。犬を叱りつけることなんか、思いつきもしない。むしろ「けしかける」という表現のほうが正確だ。

 客観的に見ても、動物愛護の側面から眺めても、このオジサンの態度と行動を責めるわけにはいかない。あんなに熱かった昼を我慢しきったのだ。犬たちを褒め、犬たちに「今こそ元気に駆け回れ」と声をかけて、いったい何が悪いんだ?

 しかしそれでは、お店の評判が悪くなっちゃう。これほど高級を表面に押し出し、高い料理に高いワインでお客を引きつけていたのに、日なたくさい大型犬が3匹もテーブルにウヨウヨ絡んできたんじゃ、落ち着いて食事ができない。

 最初は犬たちを嬉しそうに眺めていたお客さんも、15分ほど経過した段階から、「そろそろ我慢の限界」という表情を見せ始める。「着飾った高級女子だけではムリ」という段階になって、やっと店主が登場した。
夕闇
(いかにもシチリアな夜の闇)

 状況を見守ったところでは、犬を連れたオジサンとレストラン店主の間の交渉は、あくまでオジサン側の有利に運んでいる。というか、これはもう日常茶飯の事になっていて、女子たちとオーナーの間でも「オーナー、また来ましたよ」「ええっ、またかよ。ウンザリだな」の類いの目配せがあるようだ。

 確かにこの店だって、教会前の公共の広場にテーブルを並べている。「不法な占拠」とは言わないまでも、公共の広場で犬を遊ばせる邪魔にはなっている。まあそのへんはいろんなオカネやナーナーが動いて、何となく社会の平衡が保たれているんだろうが、とにかくお店としては困るのである。

 ということになれば、残される方法は、小さな額のオカネのやりとりによる事態の解決なんだろう。シチリアの古い教会、その教会前の夜の闇の中で、オジサンは何か小さな包みを受け取り、オーナーらしきダンナもウンザリしたように小首を振って、高級女子に元の持ち場につくように指示したようである。

 オジサンも、犬たちを呼んだ。「またいつでも来るぞ」の類いの投げ槍な一言を残して、犬たちとともに去っていくオジサン。だってやっぱり、公共の広場前にテーブルを並べて営業するのは、犬の散歩の妨げになるじゃないか。

 うーん、この世の中はマコトに難しい。今井君は何だかションボリして、高級であるらしいワインの最後の一滴をグイッと飲み干し、明日はシラクーサに旅立つ最後の夜を、とりあえずこれで締めくくることにした。

1E(Cd) Menuhin & Bath Festival:HÄNDEL/WASSERMUSIK
2E(Cd) Diaz & Soriano:RODRIGO/CONCIERTO DE ARANJUEZ
3E(Cd) Cluytens & Conservatoire:RAVEL/DAPHNIS ET CHLOÉ
4E(Cd) Miolin:RAVEL/WORKS TRANSCRIBED FOR 10-STRINGED & ALTO GUITAR
5E(Cd) Queffélec:RAVEL/PIANO WORKS 1/2
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