Sun 161106 深夜早朝の絶叫/やっぱり留萌本線へ/深名線と羽幌線/増毛に到着する | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sun 161106 深夜早朝の絶叫/やっぱり留萌本線へ/深名線と羽幌線/増毛に到着する

 11月28日朝、札幌での大規模ダブルヘッダーを終えた今井君は、意気揚々と留萌本線の旅の準備を進めていた。ただし、告白しておこう。この日の早朝4時半、ワタクシは絶望の悲鳴を上げて飛び起きたのである。

「2012年6月27日からの連続更新記録が、ついに途切れてしまった!!」と、まだ夜明けの遠い31階の部屋で、寝ぼけマナコをこすりながら、この世の終わりが来たような、まさに愕然とした叫びを上げたのであった。

 あの絶叫の凄まじさは、自分で自分にびっくりしたほどである。JRタワー31階のお部屋から、まさに雷鳴のごとく札幌市全域に轟き渡り、200万を突破しようとする札幌全市民を目覚めさせたとしても何の不思議もないほど、世紀を画する大絶叫なのであった。

 もちろん諸君、連続更新記録は、ちっとも途切れてなんかいなかったのだ。思えば、物凄い執念である。日本酒4合にワイン赤&白それぞれグラス数杯、要するに地味に一升ほどを飲み干して、ホテルに帰還したのが22時。それでもキチンと記事を書き、ブログにアップしてから朦朧とベッドに潜り込んだ。

 午前4時半、更新したか否かの記憶も定かでないまま、熱くムワッと蘇った意識の中でも、やっぱり更新したかどうかを気にかけている。

 ワタクシが8年前に宣言したのは、「10年続ける」ということだけであって、「1日も休まない」とは言及していないのだが、やっぱり諸君、若い人々の手前、ダラしなく休みたくはないじゃないか。

 まだ肉体の全域にアルコールが鈍く残っているのを感じながら、ブログを確認。「おお、あの泥酔の中でもキチンと更新したじゃないか」と知って、マコトに誇らしい。我が執念も素晴らしいし、我が誠実も誇らしい。「人間、こうじゃなきゃいかんね」と呟きつつ、二度寝の心地よさに酔った。
増毛駅に到着
(留萌本線、増毛駅に到着。留萌 ⇔ 増毛間の廃止は12月5日。最終運行まであと数日である)

 再び目が覚めたのは、午前8時直前である。「これは寝すぎた&しくじった」と、亀さんとのレースに敗北したウサギどんよろしく再び絶叫しながら、NHKの天気予報に見入った。うーん、しかし画面はすぐに「べっぴんさん」へ。どうしても確認しなければならない天気予報は、たちまち消えてしまった。

 ワタクシはこれから、北海道でも有数の荒天で有名な、留萌&増毛の探険に出かけるのだ。北の日本海には不気味な低気圧が発生。天気図では積丹半島の先っちょに低気圧が引っかかって、天売島・焼尻島・雄冬岬や増毛の海岸を攻撃しようと、口をパックリ開けてしている。

 8時半、さっきまでキレイに晴れていた札幌上空に、いきなり分厚い雪雲がかかった。テレビは「あさイチ」とか暢気なことをやっているが、札幌はいきなりの猛吹雪。朝日は雲に隠れ、31階の窓から眺める札幌はブリザード状態。いやはや、こんな荒天に日本海岸への旅を敢行するのは、まさに暴挙と思われた。

 一度は諦めかけたワタクシであるが、8時50分、黒い凶悪な雪雲は、襲ってきた時と全く同じように、唐突に上空から消えた。おやおや、再び強烈な太陽が姿を現して、いま積もったばかりの雪を熱く融かしはじめた。これなら諸君、留萌&増毛の旅もちっとも非常識に思えない。
日本海
(留萌 ⇔ 増毛間の日本海。冬としては穏やかな波が打ち寄せていた)

「よっしゃ、行ってくるべ」「よっしゃ&よっしゃ」。今井君は昭和のブルドーザーよろしく、強引に豪胆に行動を開始した。いきなり荷物をまとめて、ホテルをチェックアウト。鞄に入りきらないものは紙袋に押し込んで、全てフロントに預けていくことにした。

 予定は、以下の通りである。
① 札幌発9時半の特急で深川へ
② 深川11時08発、留萌本線の列車で増毛へ
③ 留萌経由、増毛着12時47分。
④ 増毛の町を1時間ほど散策。
⑤ 増毛発13時53分の臨時列車で、深川15時15分着。
⑥ 深川発15時19分 ☞ 札幌を経由して、新千歳空港19時30分のヒコーキで帰京する。

 いやはや、なかなかの強行軍であるが、まあそのへんは世界の鉄道を乗り回す準♨乗り鉄の今井君だ。帰りの深川乗り継ぎに4分しかないのが心配だが、そこはそれ、鍛えに鍛えた俊足&韋駄天ぶりを発揮すればいい。短足の韋駄天と言ふ不思議なものも、この世には存在するのである。
駅弁
(札幌駅の駅弁「三大蟹 味くらべ」。昨年の増毛探険と同じお弁当を選んだ)

 札幌から乗り込んだ特急「スーパーカムイ」の中で、朝飯として「三大蟹 味くらべ」と称する駅弁を食らう。写真の通りの豪華版であって、こんなんじゃダイエットも何もあったものではないが、旅のオトモの駅弁なしに、いったい旅の何が楽しいと言うんだい?

 深川は、30年前の国鉄分割民営化まで、北海道を繊細に網羅した鉄道網の、カナメのうちの一つであった。この町から朱鞠内湖に向かって北上し、やがて名寄市に達する「深名線」もあった。深川と名寄の頭文字をとって、深名線と呼んだのである。

 深川から途中駅の朱鞠内(しゅまりない)まで、約2時間。名寄までの直通列車はなくて、北海道で一番の豪雪地・朱鞠内で乗り換え、名寄まで4時間の道のり。昭和は、素晴らしい時代だった。

 深川から留萌本線の中間点・留萌を経て、巨大ヒグマの出没する日本海をひたすら北上、羽幌(はぼろ)から幌延(ほろのべ)に至る「羽幌線」もあった。留萌から幌延まで4時間。幌延で宗谷本線と接続、最北の町・稚内まで一気に北上できた。
舎熊駅
(留萌本線、舎熊駅)

 11月28日のワタクシは、廃止寸前の留萌本線に乗ろうとする中高年の人々に混じって、深川駅の列に並んだ。廃止が12月5日、最終運行は12月4日。留萌本線ばかりか、接続する函館本線にまで臨時列車が設定されるたいへんな騒ぎであって、最近の土日には満員の通勤電車並みの混雑が報道されている。

「お客様どうしのトラブルが多発しています」というアナウンスが入るほどの事態となると、ギスギスした観光の大嫌いなワタクシとしては二の足を踏まざるを得ないが、この日は大雪の予想が出ていたせいか、2人席を1人で占領できるぐらいの中混雑。まあ助かった。

 暑寒別岳の麓を半時計回りに回って、列車は日本海を目指す。深川・北一已(きたいちやん)・秩父別(ちっぷべつ)、昨年の今ごろ、まだガラガラの車両で旅した懐かしい沿線に、今日は湿り気の多い雪が降り積もる。「着雪注意報」が出て、峠の杉の樹の枝は、みんな重そうにたわんでいる。

 留萌を過ぎて左にカーブすると、右の車窓には荒れる日本海が広がる。さすがに冬の日本海であって、波はそれなりに凶悪であるけれども、ちょうど温暖前線の通過中。波の大きさはまだ限度内であって、いきなり列車が運休になる心配はなさそうだ。

 ここから、ほぼ全ての駅舎が貨物列車の車掌車を改造したつくりになる。海の潮風で赤く錆びた車掌車が、雪の中に茫然と立ち尽くして、12月5日に迫った廃止の日を待ち受けている。
風待食堂
(増毛駅前、「旅館 富田屋」と「風待食堂」の勇姿)

 瀬越(せごし)・礼受(れうけ)・阿分(あふん)・信砂(のぶしゃ)・舎熊(しゃぐま)。フリガナをつけないと読めそうにない難読駅名が続く。昨年もここを往復した。マコトに懐かしい寂れた海辺の風景が続く。

 1946年3月14日、礼受 ⇔ 舎熊駅間の信砂川橋で、下り列車の脱線事故が発生。最後尾の客車が川に転落し、死者17名、負傷者67名の大惨事になった。悲しい惨事であるが、かつてはこの路線にも、そんなに多くの乗客がいたのである。

 まもなく列車は増毛の湾を半周し、終着・増毛駅に到着する。駅前には、木造3階建ての「旅館 富田屋」の勇姿。高倉健主演の映画「駅 STATION」の舞台になった「風待食堂」も健在だ。

 雨混じりの雪のせいで、駅前の雪道にはたくさんの水たまりが出来ている。甚だ歩きにくいが、列車で到着したスーパー乗り鉄な人々は、その雪道を三々五々、増毛の町の散策に出て行く。

 かく言う今井君も「昼めしに、寿司屋にでも入るかね」と、とりあえずぶらぶら「国稀酒造」を目指した。今日の増毛散策のキッカケになったのは、昨日の懇親会でいただいた銘酒「国稀」である。その国稀どんに、一応の挨拶ぐらいは必要だろう。

1E(Cd) Barenboim:BEETHOVEN/PIANO SONATAS 8/10
2E(Cd) Barenboim:BEETHOVEN/PIANO SONATAS 9/10
3E(Cd) Barenboim:BEETHOVEN/PIANO SONATAS 10/10
4E(Cd) Carmina Quartet:HAYDN/THE SEVEN LAST WORDS OF OUR SAVIOUR ON THE CROSS
5E(Cd) Alban Berg Quartett:HAYDN/STREICHQUARTETTE Op. 76, Nr. 2-4
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