Tue 161011 トラーパニへの旅/エリーチェを諦める/評判のレストラン(シチリア物語16) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Tue 161011 トラーパニへの旅/エリーチェを諦める/評判のレストラン(シチリア物語16)

 9月1日、シチリア滞在もすでに4日目である。そろそろこの辺で、島の西端トラーパニまで旅してきたい。

 シチリアは、縦長の二等辺三角形みたいな形の島である。3つの角がそれぞれ、∠A=40°、∠B=70°、∠C=70°という感じ。そういうとんがった2等辺三角形が、ブーツ形のイタリア半島の爪先にポコッと蹴っ飛ばされ、先端の∠Aがアフリカのチュニジアに向かって倒れちゃった形だと思えばいい。

 そして諸君、まさにその∠Aが、これから向かうトラーパニである。ついでに、∠Bにあたるのがアルキメデスの街シラクーサ、∠Cが十字軍の出港地点メッシーナ。いやはやシチリアには、ヨーロッパの歴史が3000年単位で凝縮されているのである。

 滞在中のパレルモから∠A=トラーパニには、バスで3時間かかる。日帰りにはちょっとツラいが、朝9時のバスに乗ってティレニア海岸をひたすら西進。午後4時にトラーパニを出る帰りのバスに乗れば、パレルモには7時ごろ戻ってこられる計算になる。
トラパニ1
(アフリカ感覚たっぷり。穏やかなトラーパニの海)

 バス乗り場は、ポリテアマ劇場の北側。運行する「SEGESTA」社のオフィス前がバス停であるが、その「オフィス」がマコトに地味だ。お隣の小さなレストランのほうが目立つので、うっかりしていると見逃してしまう。

 朝8時半、チケットを手に入れてバスを待つ。すでに日差しが強烈であって、腕もジンジン、目の奥もジンジン、紫外線というものの恐ろしさを肌とお目目で実感しつつ、ひたすら歯を食いしばってバスを待ち受ける。

 ただし諸君、いったんバスに乗り込んでしまえば、あとはラクチンもいいところ。バス停にワラワラ集まってきていたイタリアの人々といっしょに、ヨダレの一筋も垂らしながら居眠りしていれば、3時間はあっという間に流れ去る。ティレニア海の絶景の向こうに、やがてトラーパニの町が現れた。

 バスを降りると、トラーパニの日差しはパレルモよりさらにワンランク激烈なものがある。時刻は正午、無数の針でチクチク突き刺されているような、1秒1秒痛みが走るような、その類いの直射日光である。

 さすが「対岸はチュニジア」だ。風景はチュニスかアルジェを思わせる。同じ地中海岸とは言っても、ここはすでに地中海の南岸だ。昨年と一昨年の夏をノンビリ過ごしたマルセイユとは、日差しのレベルが違うのである。
トラパニ2
(トラーパニからエリーチェ方面を望む。白い雲のかかった山の上がエリーチェである)

 こうなると諸君、まさに「身の危険」を感じるのである。「治安が悪い」とか、その種の気配さえ感じない明るい町であるが、身の危険は空から降ってくる。紫外線と熱中症、日本の夏の天気予報で連日繰り返している類いの危険が、5倍にも10倍にも濃縮されて降ってくるのである。

 直射日光が最も厳しいのは、午前10時から午後2時までである。2時を過ぎれば「今日も無事に終わりましたね」という安堵感が町に漂い、町の人々も三々五々姿を現して、穏やかな夕暮れの雰囲気に染まる、しかし諸君、ワタクシがトラーパニに降り立ったのは、最も危険な正午であった。

 危険を避けるには、2つの方法がある。一つ目は、山に登ること。トラーパニの町の東端からエリーチェ行きのロープウェイが出ていて、これに乗れば一気に標高750メートルのパラダイスに行ける。本日の写真2枚目、白い雲がかかった遥かな山の上がエリーチェである。

 さすがにあんな山の上までいけば、空気もキリリと冷えてさぞかし快適だろう。古代ギリシャ人が建設し、中世にはノルマン人が町を発展させた。さすが北のノルマン人、こんな強烈な日差しの下ではさぞかし辟易したはずだ。
元魚市場
(トラーパニ、海岸沿いの元・魚市場)

 しかし諸君、写真の通り、エリーチェには分厚い雲がかかって、どうやら雷雨に襲われている様子。雷雨の真っただ中にロープウェイで上がっていくのも剣呑だろう。

 しかも、そもそもそのロープウェイ乗り場が遠いのである。チクチクするほどの日差しを浴びながら、ロープウェイ乗り場を探して右往左往するのも危険である。今回の旅ではエリーチェは「見残し」ということにしよう。何しろ来年の夏の予定もシチリアなのだ。

 そこで第2の方法であるが、そりゃもちろん「レストランに避難」「ランチ満喫」しかありえない。目をつけていたお店もあって、それが「La Bettolaccia」。ネットでの評判もすこぶるいいようである。

 ところが諸君、そのLa Bettolaccia、店構えが地味すぎて、滅多なことでは見つからない。ガイドブックが推奨する「タヴェルナ・パラディーゾ」のほうは、エリーチェを見晴るかす海岸沿い、旧魚市場の近くにすぐ見つかったのだが、ベットラッチャを見つけるのは至難のワザである。

「もしかしてここかいな?」「まさかこんなに地味なはずがない」。そのぐらい人を躊躇させる店構えの前で、怖そうなオネーサマが喫煙の真っ最中。従業員であるらしいそのオネーサマが「開店は、13時」とおっしゃるので、中に入って直接予約してみた。あとは海岸でも散歩しながら13時を待つばかりである。
お店
(名店「La Bettolaccia」。おお、地味な外観である)

 いやはや、「五十鈴食堂」を思い出したほどの地味な店である。「五十鈴食堂」とは、昨年と一昨年、仕事のついでに訪れた北海道「洞爺」駅前の食堂であるが、店のバーチャン1人で中国人団体を相手に悪戦苦闘していたあの店を、トラーパニでふと思い起こしたのであった。

 でもやっぱり、さすがに評判の店だ。実際にランチが始まってみると、「五十鈴食堂」とは全く話が違う。いや、もちろん五十鈴食堂だって、大量のホタテが惜しみなく乗っけられたホタテラーメンは絶品であったよ。しかしせっかくのトラーパニでいつまでも五十鈴食堂を思い出してちゃ、トラーパニに悪いじゃないか。

 まず出てきたのが「イワシのツミレ・トラーパニ風」。英語の「sardine」の語源は「Sardegna」、シチリアの北のサルデーニャ島だ。このへんのイワシが旨いのは当たり前であるが、トマトソースのタップリかかったイワシにはコクがあり、その濃厚なコクのおかげで、あっという間に満腹感がギュッと広がった。

 次に登場したのが、これまたギュッと濃密なクリームが絡まったパスタ。クリームとチーズがネットリ絡まって、「これでもか?」というほどのコクの嵐である。白ワインにしたからよかったが、これで「赤ワイン1本」なんてことをやっていたら、ポンポンがはち切れていたに違いない。
クスクス
(魚介タップリ、濃厚クスクス。諸君も将来、トラーパニでご賞味あれ)

 そして最後に登場したのが、トラーパニ名物のクスクスである。もちろんクスクスの本場はアフリカ大陸北岸であるが、シチリア島もトラーパニまで来れば、もう十分にアフリカ大陸北岸と同質と言っていい。

 いやはやこのクスクスにもまた、メッタヤタラにコクがある。イカにタコ、おサカナに貝類にエビ、海のエキスがほとんど飽和状態になるまで凝縮されて、食べているうちに今井君自らエラ呼吸を始めそうなアリサマ。お腹の中が美ら海水族館みたいな豊穣の海と化したのである。

 こういうふうで、「マコトにおいしゅーございました」であることには相違ないが、濃厚濃密な飽和水溶液の中を長時間泳ぎ回ったみたいな、重苦しい満腹感なのである。シチリアの白ワイン1本、ビールも大瓶で2本。そういうスッキリした液体に、何とか救われた感覚であった。

 こうして午後の2時間をすっかりランチに消費してお店を出ると、時計はすでに午後3時。トラーパニの町はシエスタの時間帯であって、どの店もどの家も固く扉と窓を閉ざし、人の気配もクルマが動く気配もほとんど感じられない。

 あえて動くものと言えば、鄙びた海岸で海水浴を続けるジーサマだけである。ジーサマといっしょに孫たちも海に入っているが、孫たちとしては「仕方なくジーサマに付き合ってあげてるだけ」「出来ればゆっくりベッドでお昼寝したい」という困惑の様子。そんな、マコトに気だるい午後なのであった。

1E(Cd) Savall:ALFONS V EL MAGNÀNIM/EL CANCIONERO DE MONTECASSINO 1/2
2E(Cd) Savall:ALFONS V EL MAGNÀNIM/EL CANCIONERO DE MONTECASSINO 2/2
3E(Cd) RUSSIAN MEDIEVAL CHANT
4E(Cd) Philip Cave:CONONATION OF THE FIRST ELIZABETH
5E(Cd) Rachel Podger:TELEMANN/12 FANTASIES FOR SOLO VIOLON
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