Tue 160906 すし哲・塩竈本店に立ち寄る/民謡の深い世界(をせばおつま・ボクの細道6) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Tue 160906 すし哲・塩竈本店に立ち寄る/民謡の深い世界(をせばおつま・ボクの細道6)

 こうして、奥の細道「まつおばせを」と反対向きに東北を横断した今井君の、「をせばおつま」な秋の旅は最終盤を迎えた。もうあとは新幹線に乗り込んで、中途半端なわんこそばで膨らんだ腹を撫でながら、ノンビリ東京を目指すばかりである。

 しかし諸君、まだ何だか物足りない。何が足りないかと言って、「東北の魚介類をちっとも味わっていないじゃないか」である。昨日は酒田でナポリタンとお酒、今日は夕暮れの花巻でわんこそばとお酒、そうやってひたすら炭水化物を貪ったが、魚介や肉之助は欠乏したままだ。

 本来、どうしても立ち寄りたかった仙台のお寿司屋がある。今年の1月と3月と6月、同じ仙台の寿司屋に3回も入って、海老にウニに赤貝にマグロ、好き放題に食べまくった。

「よーし、あの店さ行くベエ」
「万が一、もう一晩仙台に泊まることになっても構わねえ」
「そんだそんだ、まちげえねえ」
「えじゃないか&えじゃないか、ええじゃないか」
「も一つオマケに、ええじゃないか」
こうして、ワタクシのポンポンは一揆&うちこわしの勢い。破竹の勢いを止めることは誰にもできない。

 目指したのは「すし哲」。しかもすっかり馴染みの仙台駅ビル店ではなくて、この際「旨い」と大評判の塩釜本店に行ってみようじゃないか。その結果は「仙台もう一泊」になるかもしれないが、そのぐらい別に構わない。
すし哲
(すし哲・塩竈本店に立ち寄る)

 東北本線・松島の駅で降りて、タクシーを探す。松島から塩釜は目と鼻の先であって、この日のワタクシは颯爽とタクシーで寿司屋に乗り込みたかったのだ。

 塩釜には、「塩竃神社」という大きな神社があって、地名のほうもホントは「塩竈」と書かなきゃいけない。しかし諸君、「竈」だなんて、余りに難しくて、地元のタクシーの運転手さんだって「書けません。『釜』のほうでいいじゃないですか」と笑ったものだった。

 今回、東北の腰のあたりを横断する旅を企画してみたわけだが、東北は昔「民謡の宝庫」と呼ばれた。東北新幹線も開業当初、停車駅ごとにその土地のご当地民謡を車内で放送し、乗客の心を盛り上げようとした。

 仙台の民謡なら、「斎太郎節」。1980年代、列車が仙台に近づくと、車内に「斎太郎節」の掛け声が流れた。「あれはえーえ えと そーりゃ 大漁だえー」というのであるが、「田舎くさい」という批判でもあったのか、いつの間にか民謡アナウンスは立ち消えになった。

「斎太郎節」と書いて、現地では「さいたらぶし」と発音する。別名「大漁唄い込み」。途中に「遠島甚句」が挿入されることが多い。いろんなバージョンがあるが、代表的なのは以下の通りである。

① 松島の サーヨー 瑞巌寺ほどの 寺もないとーえー
② 前は海 サーヨー 後ろは山で 小松原とーえー
③ 沖は雪 サーヨー 着ていかしゃんせ 茶のドテラとーえー
④ 押せや押せ サーヨー 二挺櫓なら近い 塩釜がとーえー

 所々に「ハ コリャコリャ」の掛け声が入り、要所要所を「あれはえーえ えと そーりゃ 大漁だえー」というサビで〆くくる。
松島
(東北本線・松島の駅で降りてみた)

 これは民謡というものの常套手段であって、むしろセリフ部分より掛け声に該当する部分が、サビであり〆になるのである。21世紀の漫才とかコントでも同じであって、漫才本体に挿入されるお馴染みの決まり文句のほうに、人々はドッと沸くのである。

 ひと昔前の流行なら、テツ&トモ「ナンデダロー&ナンデダロー、ナンデダナンデダロー?」がそうだった。漫才の台本自体は別に面白くも何ともなくても、お馴染みの手マネとともに2人が歌い始めれば、気むずかしい観客の表情も一斉にほぐれるのである。

「武勇伝&武勇伝、でんでん、ででんでん」というのもあったし、「ヒロシです、ヒロシです、ヒロシです」も同じことであって、エピソード本体はごく平凡なものでも、このサビないし〆がその後に挿入されると、ジーチャンもバーチャンも一斉に笑い転げた。

 今回横断した東北の民謡の例としては、まず山形県酒田の「最上川舟唄」がある。
「酒田さ行ぐさげ、達者でろちゃー」
「はやり風邪など、引かねぇように」
旅立ちの朝のまだ薄暗い寝床で、たくましくも心優しい男子が、悲しげな彼女に囁きかける。

 それに続いてさらに、
「股大根の 塩汁煮」
「塩しょっぱくて、食らわれねぇーちゃ」
と歌いあげる。「股大根」はともかく、「塩汁煮」は「しょっしるに」と発音し、秋田名物「しょっつる鍋」とルーツは同じと思われる。
上野
(松島駅にて。上野が終点だった時代の掲示が残っていた。ここでも「塩竈」は「塩釜」である)

「股大根」は「まったんだいこ」と発音する。「二股に分かれた大根が、塩辛くて食べられない」というのは、あくまで民話的には意味深な発言。一説によれば「酒田みたいな大都会に出ても、決して浮気はしないよ」という宣言らしいのである。

「まんが日本昔ばなし」にも、股大根が登場する。大黒サマがオモチを食べ過ぎて苦しんでいると、村の娘が大根をたくさん担いで通りかかる。大黒サマに「大根をくれないか」と頼み込まれた村娘は、「股が2つに分かれた大根」を1本差し出し、大黒サマはそれを食べて腹痛を癒す。

 民話や民謡は、大漁・五穀豊穣・子孫繁栄を神に祈る趣旨で発生するのだから、中身や歌詞を分析すれば、それなりに意味深であるのは当たり前だ。ここであんまり詳しく考察するわけにもいかないが、民俗学や文化人類学に興味があれば、諸君自身でいろいろ研究してくれたまえ。

 岩波文庫に「日本民謡集」というタイトルの一冊があって、最上川舟唄は「昭和10年ごろに制作された新民謡」という記述があるが、その一節には「あの女いなけりゃ 小鵜飼乗りもしねがったちゃ」などという一節もあって、艶かしい歌詞が連続する。
刺身1
(すし哲本店、刺身1皿目。ぶどう海老、閖上の赤貝、イワシにサンマ、みんなおいしゅーございました)

 しかしここでもやっぱりサビなり〆なりは、歌詞とはほとんど無関係の「掛け声」部分。諸君も動画を検索してみたまえ。ツラそうに難しいセリフを歌っていた民謡歌手も、掛け声にかかるや一気に表情を崩し、グッと広い場所に出たかのようなノリノリに変わる。

  ヨーエサノ マガショ 
  エンヤ コラマーガセ 
  エエヤ エーエヤ
  エーエ エーエヤー

 高音でエーエー唸るばかりだが、船頭さんが力一杯に櫓を押して波を掻き分ける姿が目に浮かぶような、マコトにノビノビとした響きである。

 今年7月下旬、ロシア国立赤軍合唱団の歌う「ボルガの舟歌」を繰り返し繰り返し聞きながら、ワタクシは河口湖での授業に臨んでいた。最上川とボルガ河ではスケールが違いすぎるけれども、発想はいっしょ。意味深なセリフより、舟を進める力感のこもった掛け声こそが唄の本体なのだ。

 これに対して岩手県民謡「南部牛追い唄」は、健全&健康の一本槍。ワタクシなんかは、意味深よりもこういう穏やかな世界のほうが好きでござるよ。

  田舎なれども サーハーエ 
  南部の国はサー 
  西も東も サーハーエ 金の山 コラサンサエー

  牛よ辛かろ サーハーエ 
  今ひと辛抱ヨー 
  辛抱する木に サーハーエ 金がなる コラサンサエー
刺身2
(すし哲本店、刺身2皿目。白ぼたん海老、またまた閖上の赤貝、イワシ、みんなおいしゅーございました)

 ま、そんなことを考え、思いつくままに頭の中で民謡を歌いつつ、「すし哲」塩釜本店を目指した。松島駅前では結局タクシーが見つからず、塩釜駅まで足を伸ばしてからタクシーをつかまえた。「地元民でも『竈』はムリです。『釜』で済ましちゃいます」と言った、あの運転手さんである。

 すし哲本店では、徹底的に魚介ばかり貪った。「ぶどう海老」「白ぼたん海老」「閖上の赤貝」を、店のダンナもビックリするほど贅沢に食べまくった。寿司屋に来たのに寿司は4貫だけ、残りは全てツマミ&刺身で、カウンターで隣りあったお客のニーチャンが「すげえ♡贅沢ですね」と目を丸くした。

 店のオバサマもオジサマも客あしらいが上手で、店内はマコトにいい雰囲気である。胃袋の中が海老と赤貝だらけになって、午後8時半、そろそろ退散することにした。「仙台までタクシーをお願いします」と申し出て、またまた店の人たちみんなに驚かれた。

 帰る20分ぐらい前から、80歳近いと思われる店の大将と話が弾んだ。「また来てください」「仙台駅ビル店もいいですが、ここもいいでしょ?」とおっしゃるのである。確かも確か、間違いなく素晴らしく旨い。

 こうして、懐かしい民謡の響きとともに。「をせばおつま」なボクの細道は終わりを告げる。21世紀の諸君にとって、日本の鄙びた民謡は返って新鮮に響くんじゃなかろうか。ヒップホップに飽きた時、ふと動画で民謡に触れてみたまえ、驚くほど深い世界が、そこに待ち受けているはずだ。

1E(Cd) Haydon Trio Eisenstadt:JOSEPH HAYDN:SCOTTISH SONGS 7/18
2E(Cd) Haydon Trio Eisenstadt:JOSEPH HAYDN:SCOTTISH SONGS 8/18
3E(Cd) Haydon Trio Eisenstadt:JOSEPH HAYDN:SCOTTISH SONGS 9/18
4E(Cd) Haydon Trio Eisenstadt:JOSEPH HAYDN:SCOTTISH SONGS 10/18
5E(Cd) Haydon Trio Eisenstadt:JOSEPH HAYDN:SCOTTISH SONGS 11/18
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