2016年05月03日(火)

Sat 160409 中央駅の思ひ出 オスト駅 まだクリスマス市(ドイツ・クリスマス紀行34)

テーマ:ブログ
 ワシャワシャ駅から(スミマセン、昨日の続きです)ベルリンの壁の廃墟に沿って南から北に向かうと、20分ほどで「オスト・バンホフ」が見えてくる。

 赤い煉瓦づくり、見るからに「おお、東ヨーロッパだな」とタメイキが出るような重厚な雰囲気。ここは10年前までのベルリン中央駅だ。「中央駅たるもの、こうでなくちゃならん」と、世界中に模範を示しているかのようであった。

 重厚な駅舎と言えば、アムステルダム中央駅と東京駅が世界の双璧と言っていい。パリは中央駅を5つも6つも作っちゃったので、1つ1つは何となく「おや、ちっちゃいな」だし、ロンドンもパリと状況は変わらない。ニューヨークのグランドセントラルは、むしろ「巨大フードコートの雰囲気」である。

 では、イスタンブール中央駅はどうだろう。何しろ「オリエント急行」の東の終点だから、さぞかし趣きのある古城みたいな駅を期待するけれども、ウキウキしながら訪ねた「シルケジ駅」は、「はて? こりゃホントに駅ですか?」と首を傾げるシロモノだった。
1ユーロ
(旅の締めくくりに、フランスドームそば、入場料1ユーロのクリスマス市を選択した)

 もちろんワタクシはコドモの頃からの鉄道大好き人間だから、駅舎が地味でもついついその回りをうろつくクセがある。イスタンブールに滞在した半月間、連日のようにシルケジ駅周辺を歩き回って、屋台に毛が生えたようなお店でシシケバブを貪った。

 鉄の串に刺さった熱い肉を、焼き鳥にかぶりつくみたいに豪快に貪っていたら、トルコ人の皆様の大注目を集めた。鉄串を口の前に掲げ、かぶりついた口をそのまま左から右に引っ張り、肉を串から引き抜いてそのままワシワシ。その様子を眺めに、店員さんが店からゾロゾロ出てきたほどである。

 今井本人としては「何かおかしいの?」「どこがいけないの?」「フシギですか?」とキョトンとするしかなかったが、周囲を見回すとトルコの人々は遥かに上品な召し上がり方をなさっている。

 まずフォークで肉を串から皿にとり、次にパンみたいな薄い生地に野菜と肉とソースを乗せて、生地をキレイに巻き巻きしてからお口に運ぶ。ちょうど焼き肉屋さんで「サムギョプサル」を食べる要領である。

 ほお、何だかメンドーじゃないか。旨いものはもっと旨そうに、鉄の串から直接口に運んでワシワシっとやったほうがよくないか? 少なくとも、獰猛で乱暴で豪快な今井クマ助は、「串からワッシワシ」派であって、「生地に巻き巻き」なんかやってたら、肉が冷めちゃうんじゃないかとそれが心配だった。
フォイヤー
(締めくくりのクリスマス市で、締めくくりのホットワインを痛飲する)

 イスタンブール中央駅・シルケジについてのワタクシの記憶はその程度である。発着する列車もきわめて少ないし、駅の中をウロウロしている人々も、別に列車を利用するために来たんじゃなさそうだった。

「ヒマで仕方ないから、駅に仲間を探しにきた」「ついでに何か儲け仕事でもないだろか?」「カモでもいないかな」という感じの、まあ「ぁゃしぃょ♡」な雰囲気。日本人の大好きな「治安がよくありません」「ご用心」な駅舎であった。

 ベルリン滞在最終日の12月28日、ワタクシがどうしても訪ねておきたかったのが、かつての中央駅「オストバンホフ」である。オストがドイツ語で「東」、バンホフが「駅」。おお、マコトにザックリ&スッキリした命名である。

 2006年に新しい中央駅が完成するまで、旧西ベルリン地区の中央駅がツォーロギッシャーガルテン、東ベルリン地区の中央駅がオストバンホフ。ポーランド・チェコ・ルーマニア・ハンガリー・ロシアなど、東ヨーロッパとベルリンを結ぶ長距離列車は、すべてオストバンホフが始発であり、終着駅であった。
チーズパン
(クリスマス市のラクレット。おいしゅーございました)

 だから10年前は、駅周辺が緊迫感と緊張感に包まれていた。冷戦直後の東欧諸国から、東欧の人々を満載した列車が次々とこの駅に到着した。チャウシェスクとかミロシェビッチとか、10年前にはまだ、そういう名前も記憶に強烈に残っていた。

 2005年2月10日、ベルリンに到着したばかりのワタクシは、なぜか「傘をささない」という方針のもと、冬の夕暮れの冷たい雨に濡れながらオストバンホフに降り立った。

 意地でも傘をささずに、ベルリンの壁の廃墟を濡れながら歩きまわったのであるが、当時のオストバンホフ周辺は、どこもかしこも冷戦の廃墟と工事現場であって、不穏な雰囲気はいっそう際立っていた。

 あれから10年、諸君、ホントにベルリンは変わった。オストバンホフもすっかり新しくなって、外観は赤い煉瓦づくりのままだが、中に1歩踏み込んでみると、そこには冷戦の面影も世界大戦の悲劇の記憶も全く感じられない。

 明るいガラス張り、ズラリと並ぶフードコート。ポカポカ暖かい日差しが構内を満たして、10年前の緊迫感は消滅している。むしろかつての西の玄関口・ツォーロギッシャーガルテン駅のほうが、かつての暗い面影をムンムン残しているぐらいである。
薪
(ラクレット屋さんの舞台裏。積み上げた薪を引き出し式の釜に投げ込んで、熱々の焼きたてを食べさせてくれる)

 というわけでオスト駅訪問は、何となく「空振りに終わった」という感じ。「豊かになってよかったね」というのは確かであるが、昔のドイツっぽい重厚さが消えてしまったのも、また間違いない事実なのであった。

 さて、こうして10日間のベルリン滞在は、終わりを告げることになった。そこで「締めくくり」と言うか、「フィナーレ」と言うか、旅の最後にもう1度だけクリスマス市を満喫することにした。

 フィナーレなら、フランスドーム前のクリスマス市がいいだろう。入場料1ユーロを払わなくちゃいけないが、その分お店の人たちの気合いが違う。フィナーレでイヤな思いをすると、旅全体がションボリした印象になってしまう。イヤな思いを避けるなら、1ユーロぐらい何でもない。

 オスト駅からSバーンでフリードリッヒ・シュトラーセへ。ここから南に徒歩で10分ほど。途中ニベアのお店によって、ニベアくさい空気をクンクンかぎながら、ニベアのクマさん(通称ニベアベア)の写真も撮影。初日にもニベアベア撮影、最終日にもニベアベア。よほど気に入ったのであるね。
ニベアベア
(最終日のニベアベア)

 クリスマス市では、もちろんラム酒入りホットワインを痛飲。正式名称フォイヤーツァンゲンボウレ、ドイツでの10日間で、いったい何杯飲み干したことだろう。1日3杯として、30杯。うーん、「ちりも積もれば山となる」の見本みたいな生活だ。

 お砂糖なりハチミツなりもタップリ入っているから、10日間のホットワインで体重もグッと増えただろうが、まあいいじゃないか、旅の最中はダイエットのことなんか言いっこなし、ダイエットは東京に帰ってから、しっかり励めばいいことだ。

 ということは諸君、食べるほうも遠慮なし。ダイエットは帰国後、いや、帰国後はすぐお正月だから、お正月の後ですればいいじゃないか。今はワッシワシ、ドイツで一番印象に残ったものを1つ1つワッシワシやって、味を記憶に定着させて帰りたい。

 というわけで、① ソーセージパン ② ステーキパン ③ ラクレットと、遠慮会釈なしに貪って歩いた。ラクレットについては諸君、東京にも旨そうな店があるようだ。湯島天神横「ラクレットグリル」。湯島天神にお参りするついでに、立ち寄ってみたらどうかね?

 代々木上原にも「Say Cheese !!」というニヤけた名前の店があるようでござるね。「チーズの店」と言うんだから、もちろんラクレットだって味わえるはずだ。

 永田町「ビッテ」でもラクレットを出している。しかし、うーん、「ビッテ」という名前がどうもねえ。「どうぞ」「プリーズ」「シルヴプレ」、「ポルファボール」に「ペルファボーレ」。名前がちーと安易すぎませんかね。

1E(Cd) J.S.BACH/SILVIA(Cantata Opera in 3 Acts)1/2
2E(Cd) J.S.BACH/SILVIA(Cantata Opera in 3 Acts)2/2
3E(Cd) Münchinger & Stuttgart Chamber:BACH/MUSICAL OFFERING
4E(Cd) Jochum & Concertgebouw:BACH/JOHANNES-PASSION 1/2
5E(Cd) Jochum & Concertgebouw:BACH/JOHANNES-PASSION 2/2
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