Thu 160211 「トリックスター」が大流行した頃 伏見稲荷に出かける おおまがとき | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Thu 160211 「トリックスター」が大流行した頃 伏見稲荷に出かける おおまがとき

 もう30年も昔のこと、日本中の読書青年が「トリックスター」という言葉に夢中になった時代があった。故・山口昌男教授の全盛期であって、本好きな青少年は、寄ると触ると「トリックスター」、口を開けば「トリックスター」、もう何でもかんでもトリックスターに仕立て上げたものだった。

 神話や物語の中で、神の秩序や自然の秩序を引っかき回すイタズラ者がトリックスター。常に相反する二面性をもち、生産と破壊、賢さと愚かさ、善と悪、ポジティブとネガティブの境を闊歩する。

 本好き青少年の憧れ ☞ ユングどんが、「超人間的な性格類型」として取り上げちゃったからたまらない。大学のゼミ室なんかでも、文系の学生はもう何でもいいからトリックスター論に持ち込んで、激論を戦わせたものである。
鳥居1
(京都・伏見稲荷の千本鳥居 1)

 孫悟空。オデュッセウス。須佐之男命。トリックスターはみんな冒険好きで、乱暴者で、いったん故郷を離れれば滅多なことでは帰ってこない。すばしこくて賢くて、愚かに見える発言の中にも、永遠の真実にグイッと迫るものがある。

 ドン・キホーテもサンチョ・パンサもトリックスターであり、シェイクスピア「夏の夜の夢」の妖精パックとか、「ロミオとジュリエット」のマーキューショとか、「ハムレット」の墓堀り人夫とか、そういうことを言い出せば、道化的存在はみんな&みーんなトリックスターだということになった。

 抜け目がなくてスバシコイから、世間のマトモな人々が愚か者扱いしているうちに、イタズラし放題、モノは盗み放題、寸鉄ヒトを刺すような見事な発言で、既存の権威や権力をズバッと骨抜きにしてしまう。

「神様から火を盗んでくる」などということもやってのける。だからもちろん英雄であって、トリックスターのおかげで人類の文明もまたグイッと前進するのであるが、古い世界からの復讐も引き受けなければならない。プロメテウスがそれであり、アメリカ大陸ではコヨーテがその例である。
鳥居2
(京都・伏見稲荷の千本鳥居 2)

 すると諸君、コヨーテとの連想で、「日本のお稲荷様のキツネも、そうなんじゃありませんか?」と言う人が出てくる。「キツネどんだって、タヌキどんに負けずにヒトビトを化かす悪者。それなのに神様のお使いで、天と地を繋ぐ役割をしてるじゃ、あーりませんか?」というわけだ。

 法と秩序を乱す者。乱すことによって新しい世界の生まれるキッカケを作る存在。発言にも行動にも一貫性を欠き、一貫性も論理もすべて欠如した混沌の中から、人が思っても見ない恐るべき可能性を引き出してくるイタズラ者。おお、お稲荷さんのキツネどんも、やっぱりトリックスター的なのだ。

 まあしかし諸君、政治学科や経済学科、法学部や商学部のゼミ室で、あんまりトリックスター論ばかり論じていると、やっぱり教授がイヤな顔をする。マトモな政治学も国際関係論も議論できなくなってしまうので、先生たちだって困っちゃうわけだ。
キツネどん
(伏見稲荷のキツネどん。このキツネどんは鍵をくわえている)

 3月3日が兵庫県宝塚、3月4日が神戸の三宮、関西での公開授業が2日連続したから、今井君は「よーし、どこかお寺か神社に行ってくっかな」と舌なめずりする思いでいた。

 梅田駅前に宿泊しているわけだから、京都でも奈良でもよりどり&みどり。4月並みのぽかぽか陽気の中、高野山まで遠出してもいいし、京都なら大原・高雄・嵐山、行きたいところはナンボでもある。

 ここまでの文脈からして、読書力のあるヒトならもう察しがついているだろうが、選んだのは、京都の伏見稲荷である。日本全国のお稲荷さん総本社であって、海外からの観光客を引きつけるキツネどんの威力もまた抜群だ。

 日本全国のお稲荷さんは、膨大な数にのぼる。末社まで合計すると3万社。商売繁盛の神様として、その人気は江戸時代中期から爆発的なものになった。余りの人気に悪口も言われたらしい。江戸市中にウンザリするほど見かけるものとして「伊勢屋、お稲荷、犬の糞」。うーん、江戸の人は口が悪いね。

 かく言う今井君も、コドモの頃からお稲荷さんに親しんだ。中学3年まで、秋田市土崎の国鉄職員宿舎で生活したのであるが、職員・家族あわせて3000人が暮らす広大な宿舎群の一角に、大きなお稲荷さんが祀られていた。
駅
(京阪本線・伏見稲荷駅)

 子供の心に、お稲荷さんはちょっとした恐怖を植えつける。まず何と言っても、意地悪そうな白いキツネどんのお目目がコワい。どこでもそうだろうが、昔から神社の近くには「神隠し」の伝説だって残っている。

「火ともしごろ」「たそがれどき」「おおまがとき」、要するにそろそろ薄暗くなってきた夕暮れのことであるが、一人で遊んでいて、ふとお稲荷さんのほうに目を上げると、怪しい影が見えたような見えないような、ズシンと重い恐怖を感じたものである。

「おおまがとき」については、①「逢魔が時」②「大禍が時」③「王莽が時」など、いろんな漢字を当ててその不吉さを言い表す。①は「魔に逢うような時間帯」だし、②は「大きな禍に遭いやすい時間帯」。おお、おっかない。

 ③の「王莽」(おうもう)については、まあ諸君、ご自分で調べてくれたまえ。前漢の王位簒奪者・王莽は、A.D.8年、策略によって中国の王位に就き、国名を「新」と改める。しかし迷信による失政と天変地異が連続。「赤眉の乱」や「昆陽の戦い」の末、激昂した人々に虐殺される。

 肉体はナマスのようにバラバラに切断され、舌を抜かれ、抜いた舌を食べちゃったヒトまでいた。おお、コワい。詳しくは井波律子「裏切り者の中国史」(講談社)を参照。恐がりな人は読まないほうがいいかもしれんね。その王莽の故事にちなんで、「王莽が時」。おお、コワい&コワい。
鳥居3
(京都・伏見稲荷の千本鳥居 3)

 そういう様々なことを思いながら、3月3日のワタクシは梅田から伏見稲荷を目指した。10時半にホテルを出て、梅田から淀屋橋まで地下鉄・御堂筋線、淀屋橋で京阪本線の特急に乗り換えれば、11時半にはもう伏見稲荷の駅に着く。

 桃の節句であり、「お耳の日」でもあって、春の陽はウラウラと暖かく、もうコートなんか要らないぐらいである。JR奈良線の踏切をわたると、菜の花が咲き乱れ、ゆらゆら陽炎が上がっている。これはもう3月下旬か4月上旬の景色であって、うーん、今度は温暖化が心配である。

「何かお祭りでもあるんですか?」と尋ねたくなるぐらい、たくさんの観光客でごった返していた。日本人より外国人観光客が圧倒的に多いようで、お隣の超大国の皆さまが半分、はるばる欧米からやってこられた皆様が半分、日本語なんかほとんど聞こえてこない。

 さすがお稲荷さんの総本社であって、キツネどんもまたマコトに勇ましい。世界から集まったニンゲンたちを本殿の前で睥睨している姿は、貫禄も十分、トリックスター中のトリックスターと言ってあげていい。

 キツネどんたちに挨拶を済ませ、本殿前で大きく柏手を打って、さてそれでは伏見稲荷名物・千本鳥居をくぐってこようじゃないか。稲荷山のテッペンまで登ってくるのも悪くないだろう。

 30年前のガイドブックには「薄暗く不気味な雰囲気」「女性の一人歩きはオススメできない」などと書いてあったものだが、こんなに人がワイワイ押し寄せたら、「不気味」も何もあったものではない。

 ただし、今日もまた長く書きすぎた。千本鳥居については、今日は写真を掲載するだけにとどめ、「その後はどうなったの?」みたいな話は、また明日の記事で書くことにしたい。

1E(Cd) Solti & Chicago:HÄNDEL/MESSIAH 2/2
2E(Cd) Bonynge:OFFENBACH/LES CONTES D’HOFFMANN 1/2
3E(Cd) Bonynge:OFFENBACH/LES CONTES D’HOFFMANN 2/2
13A(γ) A TREASURY OF WORLD LITERATURE 28:
Горький & Ба́бель:中央公論社
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