Tue 151006 リヨン駅大混乱 いきなり列車が消える 各駅で4時間(また夏マルセイユ30) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Tue 151006 リヨン駅大混乱 いきなり列車が消える 各駅で4時間(また夏マルセイユ30)

 列車やヒコーキの大幅な遅れ(スミマセン、昨日の続きです)。フランスやイタリアではよくあることだ。ストライキもしょっちゅうだし、事故だって少なくない。いったん列車が遅れ始めれば、予告なしの一斉運休も含め、ダイヤがモトに戻るのは翌日以降のことになる。

 駅掲示板を見上げると、軒並み1時間以上の遅れ。Retard 2.00 ☞「2時間遅れ」の他に、「運転再開の見通しがつきません」を示す「Retard Ind.」なんてのもある。

 普段は専用の線路を走っているTGVが、何か事故があると在来線の線路に侵入してでも走ろうとする。だからTGVで事故があれば、在来線にまで深刻な影響が及ぶ。日本では考えられないことが、世界ではむしろ常識なのである。

 この日は、TGVで架線が切れてしまったらしい。その事故がマルセイユとニースの間で起こったので、リヨンからマルセイユ・ニース方面に向かう電車では、軒並み2時間以上の遅れが発生している。

 そういう情報がリヨン駅構内に入ることはなくて、今井君も以上の情報は翌日になってやっと知ったのである、情報も、運転再開見込みも、誰にもちっとも分からない。その状況で、満員電車の車内並みにごった返す駅構内が、ますます大混乱に陥っていく。
混乱
(リヨン駅は、大混乱。むしろ「混沌」と呼ぶほうが相応しい)

 あたり構わずしゃがみ込む者。スナック菓子を分けあってムシャムシャやるグループ。水をガブガブやりながら、諦めの声をあげる者。ただし日本と違って
① 缶ビールや発泡酒をグビグビやる中年
② 駅員に食ってかかるヒト
は存在しない。

 ②がいないのが、不幸中の幸いかもしれない。こんな時、悪口雑言で駅員を攻撃すれば、周囲の雰囲気は止めどなく悪くなる。だからみんなガマンして、スーツケースの上に座り込んだまま事態の改善を待ち受ける。

 だって、駅員さんだって何が何だかちっとも知らされていないのだ。日本なら情報が入り次第、放送で逐一説明が入り、乗客のイライラはまあ何となく改善されるけれども、日本以外の国でそんな丁寧な説明なんか聞いたこともない。

 クマ助も掲示板の前に立ち尽くして30分。「乗り遅れるんじゃないか」とあれほどヤキモキしながらリヨンの街を驀進したのに、そのTGVにはいまだに「Retard Ind.」の文字が出ている。

 リヨンから南に向かう路線は軒並み「Retard Ind.」。すでに17時を回ったが、15時にリヨンを出発するはずのマルセイユ経由ニース行きが「Retard 2.00h」のままである。

 ヨーロッパではヒコーキでも鉄道でも、いったん「運休」と決まれば一切の容赦がない。何の前触れもなく、いきなり掲示板から文字が消える。まるで「モトモトそんな列車はありませんよ」とでも言うように、スパッと跡形もなくなるのである。
掲示板
(リヨン駅、Retardの文字がズラリと並んだ掲示板)

 6年前、ロンドンのヒースロー空港でも同じ目に遭っている。ヒースローから乗り継ぎの予定だったTAP(ポルトガル航空)リスボン行きが、アイスランドの火山の噴火の影響で5時間経過しても6時間経過しても、一向に動き出す気配がなかった。

 というか、出発ゲートさえ明らかにならない。不安な面持ちのポルトガルの人々とともに、ひたすらゲートの決定を待った。21時、22時、23時と時は過ぎ、「もうすぐ日付も変わりそう」「大丈夫なんだろうか」と、空港に残った数十名の緊張が頂点に達していた。

 その次の瞬間である。掲示板に残っていたLISBON行き2便の文字が、同時にスパッと姿を消した。「あれれ?」と不思議に思うヒマもない。マコトに無慈悲にスパッと消えて、すべてが「なかったこと」になった。

 このまま空港で夜を明かすのか。説明のアナウンスも指示も一切なくて、要するにそこいら中で明かりが消えはじめ、空港係員も一斉に家路につきはじめた。

 あの時のスッタモンダについて、ポルトガルの人々とともにどう空港係員を問いつめ、どう激烈に要求してホテルの無料宿泊を獲得したかについては、「旅行記 ウワバミ文庫」から「リシュボア紀行」をクリックしてくれたまえ。

 さてリヨン駅の大混乱の中のクマ蔵であるが、さすがにもう落ち着き払ったもので、「この場合、抜け道は3つしかない」とすぐに覚悟を決めた。
① 今日の移動は諦め、急遽リヨン市内に今夜のホテルを探す。
② 自動販売機と格闘して、別のTGVのチケットを買う。
③ TGVはあきらめ、在来線で4時間かけて帰る。
おまんじゅう1
(混沌に拍車をかけるおまんじゅう。ヨーロッパの人は列に並ぶのが苦手である 1)

 このうち、最も現実的なのは①。リヨンはホテルがあまり多くない街だが、今からすぐにチャレンジすれば、暢気に構えている他の乗客を出し抜くことは出来そうだ。

 ただし、「他の人を出し抜く」「他者に先んじる」というセコい考えが気に入らない。少ないホテルの部屋はむしろ他の人に譲って、自ら進んで苦しい道を歩むことこそ、旅のベテランの生き方じゃないか。

 というわけで、まず②にチャレンジ。このとき日本人集団がそばを通りかかって、「払い戻しを受けよう」「その後、別の列車のチケットをとろう」と頷きあっていたが、諸君、そんなのは日本以外では無理なオトギ話なのである。

 払い戻しの長蛇の列を見る限り、払い戻しに2時間、他の列車のチケットを買うのにさらに2時間。日付が変わるまでラチはあかない。それよりも、一刻も早く他の電車のチケットを狙いに行くほうがいい。

「払い戻し」なんてのは、外国ではあきらめたほうが得策だ。翌日か翌々日、余裕のタップリある日まで待つのが現実的。こんなに切羽詰まった夕暮れに、払い戻しの列に2時間も並ぶなんてのは、労多くして功少なしの典型だ。

 ところが諸君、②もうまく行かない。そりゃそうだ。この時点でいきなり掲示板から「マルセイユ行きTGV」の文字がキレイさっぱり消えてなくなった。ヒースロー ☞ リスボンの時と全く同じである。

 いきなり全てが消滅して、消滅したらもう絶対に復活しない。謝罪してくれる人も、善後策を提示してくれる人も誰1人いない。「掲示板なんかを信じて右往左往していたノロマがいけないんだ」というスタンスが、むしろ世界基準なのである。
おまんじゅう2
(混沌に拍車をかけるおまんじゅう。ヨーロッパの人は列に並ぶのが苦手である 2)

 この状況で、②がうまく行かないのも当たり前。そもそも「次のTGV」なるものが運行される可能性はゼロに近い。たとえ運行される予定があっても、当然のように数時間遅れ。それもまた「突如として消滅」の運命が見えている。

 となれば、残る道は③である。新幹線なら90分の道のりだが、在来線の各駅停車なら4時間弱。浜松とか郡山あたりから普通列車で東京を目指す感覚であるが、しかしそれでも間違いなくマルセイユに帰りつけるはずだ。

 どうしたらいいか誰にも分からず、多くの人が茫然と立ち尽くす中、マコトに切羽詰まった感じの構内放送があって、「マルセイユ方面、H番ホームから各駅停車が出ます」と告げた。こういう時は、英語放送もない。フランス語のみ、しかも1回だけである。

 そのへんの事情は日本と同じである。緊急事態になればなるほど、微に入り細を穿った英語アナウンスはなくなって、大切な情報は早口の現地言語のみになる。

 そのH番ホームには、確かに古ぼけた在来線の電車が6両編成で止まっている。20世紀製造の頑丈な機関車が引っ張る、意地でも故障しそうにないロートル列車だ。

 座席はすでにほぼ満員。ホンの2分か3分の間に、あっという間にほとんどの席が埋まってしまった。アラブ系の移民の人々が圧倒的に多くて、モロッコかアルジェリアか、チュニジアかリビアの列車の雰囲気である。

 列車はローヌ川に沿ってひたすら南下する。今井君のお隣は北アフリカの民族衣装を纏った老夫婦であるが、とにかくみんなリヨン駅の大混乱に疲れ果てて、呼吸さえ茫然とした様子。リヨン発車が19時半、やがて夕焼けの空もすっかり日が沈んで、人々はそのままグッタリ寝込んでしまった。
各駅停車
(リヨンからマルセイユに向かう各駅停車の車内。4時間、素晴らしい体験になった)

 その点、このクマ助は粘り強い。たった4時間じゃないか。5歳のとき、秋田から東京への夜行急行13時間を、完全に徹夜して耐えぬいた経験もある。

 8歳の時にも同じことをやった。秋田発19時半。急行「たざわ」が上野に到着したのは、翌朝9時14分。たった4時間なら、むしろ楽しくてタマらない。

 しかし諸君、見知らぬ国の見知らぬローカル路線で民族衣装の人々に囲まれた4時間は、やっぱり疲労度が違う。目指すはマルセイユ、ひたすらマルセイユなのであるが、2時間経過しても3時間経過しても、なかなか知っている地名が出てこない。

 つい1週間前に訪ねたオランジュの駅に着いたのは、午後11時近くになっていた。この各駅停車も、やっぱり遅れていたのである。しかしとにかくオランジュに着いてしまえば、あとは勝手知ったる道のりだ。

 オランジュ ☞ アヴィニョン ☞ アルル ☞ マルセイユ。東北本線なら、大宮 ☞ 浦和 ☞ 赤羽 ☞ 上野な感じ。懐かしのマルセイユに到着したとき、時計はまさに日付が変わる直前であったが、ほお、助かった。クマ助は無事にマルセイユに帰還したのである。

 もちろんホテルに戻るには、真夜中のマルセイユ地下鉄に乗って行かなければならない。しかし諸君、10年前ならいざ知らず、2015年の段階でマルセイユの地下鉄は「それほど危険ではない」というところまでたどり着いている。

「まあ危険」ないし「オレンジ」な感じ。黄色より危険だが、赤や紫とは違う。ヨッパライを上手にかわしていれば、2駅か3駅ならまず無事に帰りつける。

 ましてや諸君、このクマ助だ。普通のヨッパライなんか、ヨッパライの範疇に入らない。マコトに巧みにヨッパライをかわしつづけて、ホテル到着24時30分。なかなか激烈な1日は、こうして無事に終わりを告げたのであった。

1E(Cd) Krivine & Lyon:DEBUSSY/IMAGES
2E(Cd) Rogé:DEBUSSY/PIANO WORKS 1/2
3E(Cd) Rogé:DEBUSSY/PIANO WORKS 2/2
4E(Cd) Kazune Shimizu:LISZT/PIANO SONATA IN B MINOR & BRAHMS/HÄNDEL VARIATIONS
5E(Cd) Barenboim & Berliner:LISZT/DANTE SYMPHONY・DANTE SONATA
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