2015年10月05日(月)

Fri 150911 干しぶどう事件 ナヴェット 聖ヴィクトール修道院(また夏マルセイユ18)

テーマ:ブログ
 こりゃ何だ? 小学生のランドセルに入りきらないリコーダー? 確かに幼き今井君は「リコーダーを忘れてくるヤツ」として有名で、音楽の時間の直前にオウチまで走って帰り、必死で駈け戻る常習犯。音楽室には5分遅れてソーッと入っていくわけだが、叱られた記憶はそんなに多くない。

 そして諸君、今日の写真1枚目のシロモノは、まさにリコーダーとおんなじ固さである。昔の男子小学生にとって、リコーダーは昼休みのチャンバラごっこには絶好の武器であり、「今井君たちがリコーダーで遊んでました」と、帰りの反省会で女子諸君が先生に密告するシーンもお馴染みのものだった。

 当時を懐かしんで、マルセイユの浜辺でアタマをコンコン叩いてみたが、おお、やっぱり懐かしいあの固さであって、もしも今から数十年前、給食の時間にコイツがお盆に載せられて出てきたら、クラスの男子20名は間違いなく入り乱れてチャンバラごっこを始めたに違いない。

 まあ諸君、昔の男子小学生なんてものは、その程度の遊びしか考えつかなかったのだ。テレビでは毎晩チャンバラばかりやっていて、荒野の素浪人とか、桃太郎侍とか、おらんだ左近とか、そういうヒーローたちが、刀1本で一晩に50人近い悪者たちを連日やっつけてばかりいたのである。
ナヴェット
(ナヴェット。250年の伝統を誇るマルセイユ銘菓である)

 もっとも、今日の写真のシロモノは、リコーダーではなくて食べ物である。もしも「食べ物でチャンバラごっこ」などというものが始まったら、女子諸君の怒りもまた激烈を極めていたに違いない。

 そういう場合、たいていは「首謀者は今井君」ということになり、通信簿の通信欄に「言動に落ち着きが見られないのが残念です」と書かれてしまう。何だかネチッとした、イヤらしい書き方じゃないか。

 すると諸君、両親が異様に心配し、「オマエ、何をやったんだ?」と問いただす仕儀に至る。夏休みの初めの数日間は、マコトに気まずい雰囲気が家庭を支配するわけである。

「干しぶどう事件」なんてのもあった。近隣の小学校3校が合同で開催する「3校記録会」というものが小6の時にあって、突然の雨のせいで3校の小6生約600名が体育館に避難した。そのとき「オヤツ」として配られていたのが、1人1袋の干しぶどうだったのである。

 ライバル意識に燃え上がっていたからかもしれない。狭い体育館の中に閉じ込められたせいで、ライバル意識が嵩じて敵意に変わった。「誰か」が他校の男子に干しぶどうを1粒投げつけたのを皮切りに、体育館に無数の干しぶどうが飛びかう大惨事に発展した。
お店
(ナヴェット発祥のお店「LE FOUR DES NAVETTES」。1781年創業である)

 もちろん干しぶどうだから、1人1袋がなくなれば大惨事は終わるはずだが、賢い女子たちまでが「補給部隊」としてこの戦いに加わり、投げつけられたものを逆に拾い集めて男子に手渡した。こうして戦いは果てしなくつづけられ、慌てて駆けつけた先生方のホイッスルが体育館に鳴り響いた。

 こうして諸君、15分ほどでノーサイド。我らがゴローマルもヤマダもタナカも、潔く「敵もあっぱれ」と、勇気あふれる相手の戦いぶりを讃えあったのであるが、収まらないのは先生方である。「最初に投げた『誰か』が、実際には誰であったか」、戦犯探しが始まった。

 このとき「アイツが怪しい」と目を付けられたのが、他ならぬこの今井君である。「オマエじゃないのか?」と、最初にヒトコトおっしゃったのがどの先生だったか、数百年経過した今ここで書く気はないが、いやはや、ずいぶん問いつめられたものである。
修道院
(5世紀創建の聖ヴィクトール修道院)

 さて、今日もまたテーマに入らないまま終わってしまっては、コワいセンセに叱られる。そろそろマジメに本題に入るとして、本日1枚目の写真は「ナヴェット」。マルセイユ伝統のお菓子であって、18世紀以来、250年伝統を持つ。

 というか、伝統それ自体はおそらくもっと長いので、「250年」というのは現存する最古の店の創業が250年前であるということに過ぎない。ノートルダム大聖堂の丘から徒歩でゆっくり30分かけて降りてきて、サン・ヴィクトール修道院の斜向かいにそのお店を発見した。

 聖ヴィクトール修道院は、4世紀に殉教した聖ヴィクトールを讃え、5世紀に建てられたもの。うぉ、すでに1500年も経過。もちろん何度も建て替えられているはずだが、ヴィクトールをはじめとする聖者の遺骨が残っている。地下には多くの石棺が安置されているのも見え、5世紀のものもあるんだそうな。

 ナヴェットは、30cm近い棒状の固パンに、1本の深い溝が刻まれた独特の形。これで舟を型どっている。マリアさまが船乗りの守り神と考えられたことに起源をもつ。実際、丘の上のノートルダム大聖堂にも、たくさんの舟のオブジェが残っている。
マリア様
(丘の上のノートルダム大聖堂内部。マリアさまとお舟の関係を忍ばせるたくさんのオブジェが残っている)

 伝説によれば、イエスさまの死後、エルサレムを追われたイエスゆかりの人々は、帆も櫂もない小舟に乗って地中海を果てしなく流れていった。度重なる嵐にも負けず、ついに流れ着いた先がマルセイユ付近。今もサント・マリー・ド・ラ・メールという海辺の小さな町の教会に、その伝説が息づいている。

 マリアさま一行とは、聖母マリアの妹マリア・ヤコベ、12使徒ヤコブ・ヨハネ兄弟の母であるマリア・サロメ、そしてマグダラのマリア。「マグダラのマリアのお腹の中には…」という話から、ダン・ブラウン原作の大ヒット映画「ダヴィンチ・コード」が誕生したわけである。

 不用意にかじりつけば、前歯の2~3本はカンタンに折れちゃうほど固いお菓子であるが、だからこそ日持ちもする。軽く1年は保管できるので、これは船乗りたちの非常食から発展したものなのかもしれない。

 十字軍兵士の非常食に起源があることだって、十分にありうるじゃないか。マルセイユから電車で1時間ほど、いまや湿地帯の真ん中に孤立した中世の港町エグ・モルトは、かつて聖王ルイ9世が十字軍大船団を組織した港であった。長い船旅に出る兵士たちに、こんな固パンが支給されたとしても不思議はない。
修道院内部
(聖ヴィクトール修道院、内部)

 マルセイユで2月2日、「聖燭節」というお祭りがある。聖ヴィクトール修道院の地下聖堂から木製の「黒い聖母像」が出され、人々は緑色のローソクに火を灯し、今年の航海の無事を祈る。2月になってもまだ、クリスマスの祝祭の雰囲気が残っているらしい。

 18世紀、木製のマリア像が港に流れ着いたことがキッカケで、最初のナヴェットが作られたというのが表向きの起源になっている。修道院での朝のミサの後、聖母像を先頭にして、ローソクを手にしたヒトビトの行列が町中を練り歩くのである。

 緑のローソクの行列が最初に立ち寄るのが、修道院の斜向いにある「LE FOUR DES NAVETTES」というお店。今日の写真の2枚目がそれである。1781年創業。クマ助もこのお店で古式ゆかしいナヴェットを購入、さっそく試食を試みた。

 諸君、あくまでそういう古式ゆかしい食べ物だから、みんなが買って食べてみるのであって、「旨いか、マズいか」をここで論ずるのは「野暮」ないし「無粋」というものである。

 お店のオネーサンがエラく不機嫌だったこと、そのせいか、店の脇の広場でさっそくナヴェットにかじりついてみている人々もみな不機嫌だったこともまた、忘れがたい思い出である。何しろあまりに固くて、とてもニコニコなんかしていられない。

 一瞬「ジンジャー入りかいな?」とも思うが、これはオレンジの花のカホリ。まあ「さすが南フランスですな」というところであって、袋の中にまだ残っている10本余りの巨大な固パンについては、とりあえず「なかったこと」にして、どこかに隠しておくのが一番だと信じる。

 間違っても「干しぶどう事件」の再現なんかになったら、たいへんだ。ケガ人続出も不思議でないほど、マコトに固く物騒なお菓子なのであった。

1E(Cd) Eduardo Egüez:THE LUTE MUSIC OF J.S.BACH
2E(Cd) Maggini String Quartet:ELGAR/STRING QUARTET IN E MINOR 他
3E(Cd) Paco de Lucia:ANTOLOGIA
4E(Cd) Maggini String Quartet:ELGAR/STRING QUARTET IN E MINOR 他
5E(Cd) 東京交響楽団:芥川也寸志/エローラ交響曲 他
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