Fri 150828 オランジュの床屋ミストラル Tシャツ2枚を断捨離(また夏マルセイユ8) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Fri 150828 オランジュの床屋ミストラル Tシャツ2枚を断捨離(また夏マルセイユ8)

 8月29日、オランジュ駅への帰り道で、マコトにホッコリした古い床屋さんを発見。看板には「予約なしでOK」と明記され、ハサミとクシのイラストにも古色蒼然としたものがある。店の名前は「ミストラル」。なかなかカッコいいじゃないか。

 店に集まっているのは、おそらく常連さんばかりである。朝から晩まで床屋の長椅子にダラしなく座り、ペチャクチャ仲間のうわさ話に興じて過ごすのだろう。そういう日曜日があってもいい。

 働き者の床屋さんは、マジメな顔つきで(おそらく友人の)髪の毛をいじっているが、パパやジーチャンやヒージーチャンの代から、「オランジュで床屋と言えばミストラル」と認められ、先祖代々この看板を受け継いできたのだ。

「この店にちょっと寄っていくのもいいかな」であるが、南フランスの常連客、日曜午後の談笑のド真ん中。そこに割り込んでいくだけの勇気があるなら、もう単なる旅行者の域を超えている。その領域は、若い諸君にお任せして、臆病なクマ助はサッサとマルセイユに退散することにした。
ミストラル1
(オランジュの床屋さん「ミストラル」。若い諸君、勇気を奮い起こして、ぜひ一度この店の談笑に加わってみたまえ)

 フランス語で床屋さんは「salon de coiffure」。英語の「barber」とは全く関係が見えない。イタリア語ではbarbiere、ドイツ語ではBarbierだから、みんなヒゲ(英 beard・伊 barba・ 独 Bart)とカンケーするのだが、さすがオシャレなフランスは、クマ助みたいな猛烈なヒゲを前面に出さなかったのかもしれない。

 ヨーロッパ各国語を並べると、ドイツ語だけが別語源を感じさせることが多い。例えばドラッグストアは、英語ならpharmacy、フランス語ならpharmacie、イタリア語ならfarmacia。ところがドイツ語だとApotheke(アポテーケ)であって、ドイツ語だけが目立っている。

 それなのに床屋さんの場合は、フランス語が変に目立っちゃう。これはなかなか面白いじゃないか。「どうしてなの?」を調べまくれば、夏休みのレポートぐらいは仕上がるかもしれませんな。
ミストラル2
(オランジュ「ミストラル」。月曜定休は日本と同じ。予約はいらない)

 ついでに諸君、店の名前の「mistral」は日本語表記なら「ミストラル」であって、フランス南東部に独特の北風の名称である。アルプス山脈からローヌ河の谷を通って、地中海に吹き抜ける。マルセイユの西側に広がる大湿地帯「カマルグ」もミストラルの影響を強く受ける。

 アルプスから吹き下ろす風だから、冷たく乾燥した北風であって、イメージとしては「六甲おろし」ないし群馬のカラッ風。温暖なイメージのプロバンスも、真冬から早春にかけては決してイメージ通りにはいかないのだ。

 マルセイユの東は、トゥーロンの町あたりから「コート・ダ・ジュール」ないし「リビエラ」であるが、ミストラルはニースやサントロペ、カンヌやモナコ、さらにイタリア半島にも吹き込み、イタリア語ではmaestrale(マエストラーレ)と呼ばれる。

「マエストラーレ」とは、もちろん「ミストラル」とモトは同じ北風であって、mistralとmaestraleのスペルを比べてみれば、「ははあ、語源は一緒なんだな」と気づくはずである。ただし地形のせいで、イタリアでは北東の風になるらしい。

 すると諸君、発音の類似からスペイン語&イタリア語の「マエストロ」を連想し、ドイツ語の「マイスター」や英語の「マスター」なんかが次々と連想されるはずだ。

 だからこの床屋さん、「北風」とか「からっ風」「六甲おろし」とか変わったネーミングを試みたんじゃなく、看板にデカデカと「名人」「巨匠」と書いてみたんじゃないだろうか。阪神ファンの多い土地なら「六甲おろし」も繁盛するだろうが、「からっ風」じゃ、なんだか丸刈りがスースー寒そうである。
紋章
(オランジュ。紋章が印象的だった)

 地域独特のこの類いの風を「局地風」または「地方風」と呼ぶんだそうだ。「からっ風」や「六甲おろし」の他に、日本には「伊吹おろし」「八甲田おろし」がある。

 東北地方ではそういう風のことを「だし」と呼び、山形県庄内平野の「清川だし」と、秋田県田沢湖町の「生保内だし」などが有名。「清川だし」の清川は、我が父・今井三千雄どんの出身地。幕末の準有名人、「新徴組」を作った清河八郎の出身地でもある。

 「生保内だし」の方の生保内(おぼない)は、生命保険とは全く無関係の旧町名。現・田沢湖町は、昭和中期までは「おぼない町」と呼ばれ、今ではエラそうに新幹線が走っているJR田沢湖線は、当時は「生保内線」であって、生保内どまりの盲腸線であった。

 秋田県の大昔の民謡に「生保内節」というのがあって、その「生保内だし」が歌の冒頭に登場する。「おぼない」を「おぼね」と発音するが、「ai」のスペルで「え」の発音になるあたり、日本海の向こうの半島の人々との関係を感じさせる。「だし」には「東風」の漢字をあてられ、考えてみるとなかなか色っぽい歌詞である。

吹けや生保内東風
七日も八日も吹けば 宝風 ノー 稲みのる

ワシとオマエは田沢の潟よ 
深さ知れない御座の石

なんぼ隠しても生保内衆は知れる
ワラで髪結うてスゲの笠

生保内 生保内と いやしめてくれな 
後 駒ヶ岳 前 田沢湖
断捨離1
(マルセイユ滞在中に、Tシャツ2枚の断捨離を決意。野球のボールをデザインしたコイツを、特に気に入って愛用していたが、10年を経て、さすがに首の辺りがヘロヘロだ)

 イタリアの局地風には、シロッコ(sirocco)なんてのもある。アフリカのサハラ砂漠から地中海を越えてイタリアを吹きあれる、東南からの熱風である。北アフリカでは乾燥していても、地中海でたっぷり水分を含み、イタリアに到達する頃には高温&多湿のイヤな風となる。

 シロッコが「大砂嵐」になることもある。大砂嵐なんか大相撲の世界だけで十分であるが、そこからイスラム海賊のニックネームにとして「シロッコ」が登場する。本名は、マホメッド・シャルーク(Mehmed Shuluk)である。

 1571年、レパントの海戦でオスマン海軍の指揮官の1人を務め、最も陸に近い最右翼を担当した。正面の敵はヴェネツィア海軍。ラグーンでの船の操縦に長けたヴェネツィア軍は、シロッコ船団を浅瀬に追いつめ、動きを封じられたシロッコ軍は壊滅。レパント海戦でのトルコ敗北を決定づけたと言う。
断捨離2
(コイツも断捨離。やっぱり首のあたりがヘロヘロになっちゃった。10年、よく付きあってくれた)

 以上が、オランジュからマルセイユまでの帰りの電車の中で、クマ助のボンヤリした頭の中を去来した思考の潮のあらましである。アミダクジみたいにあっちに行ったりこちらに来たり、マコトに目まぐるしい思考のせいで、頭のなかはゴチャゴチャだ。

 これを「思考の潮」と呼んでいいかどうかは躊躇せざるを得ないが、しかし諸君、この世の中で混沌ほど楽しいものはなく、混迷ほど新しいパワーの根源になるものはない。少なくとも飲み屋の雑談の相手として、今井君は最強であると信じる。路上でクマ助を見つけたら、躊躇わず雑談に誘ってくれたまえ。

 なお、この旅の前半でクマ助は2枚のTシャツの断捨離を決意。中でも野球のボールをイメージしたほうの1枚は、河口湖合宿の教室でも繰り返し登場した思い出深い1枚である。

 断捨離には忍びないが、さすがに衿のあたりがすっかりベロベロベロンであって、そろそろ処分してあげないと、かえって可哀想な感じ。美しいマルセイユの街こそ、彼ら2枚に相応しい最後の安住の地と考えたわけである。

 10年、こんなにヘロヘロになるまでよくクマ助に付きあってくれた。心の底からの感謝の印として、ここにその最後の勇姿を残しておくことにしたい。

1E(Cd) The Doobie Brothers:MINUTE BY MINUTE
2E(Cd) Grover Washington Jr.:WINELIGHT
3E(Cd) Kenny Wheeler:GNU HIGH
4E(Cd) Maceo Parker:SOUTHERN EXPOSURE
5E(Cd) Menuhin:HÄNDEL/WASSERMUSIK
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