Tue 150526 奈良でお仕事 大汗かいて、汗臭いかも ウメキタで博多テムジンを発見 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Tue 150526 奈良でお仕事 大汗かいて、汗臭いかも ウメキタで博多テムジンを発見

 6月17日、午後7時から奈良でお仕事があって、クマ助は昼前のヒコーキで大阪に飛んだ。今年の梅雨はマコトに梅雨らしい梅雨であって、東京はこの日も朝からベチャベチャ雨が降り続いた。

 しかも諸君、気温は高くないのに、蒸し暑いことこの上ない。羽田までのタクシーの中で大汗をかいて、不快は早くも頂点に達している。こんなに汗をかいたんじゃ、大阪のホテルに到着し次第、早速シャワーのお世話にならなきゃならない。

 伊丹にはほぼ時間通りに到着。ずっと分厚い雲の中を飛んだから、ずいぶん大きく揺れたけれども、CAの皆様も何とか忙しいサービスを無事にこなし、プレミアムクラスにご搭乗のビッグな態度の皆様も、たった15分のランチを満喫なさった様子であった。

 伊丹空港で、床屋さんに立ち寄っていくことにした。お馴染みの「そがわ」であるが、ご主人の話によると、何度もクマの頭のお世話をしてくれた若者が、他店に異動になってしまったのだという。

 いやはや、異動なら異動で一度挨拶しておきたかったが、何しろ土地勘のない大阪だ。「池田のあたり」と教えられても、お世話になったオニーサマが今どこで働いているのかサッパリ見当がつかない。感じのいい有望な青年だったから、挨拶さえせずにサヨナラなのが惜しくてたまらない。
あべのべあ
(阿倍野のハルカスに、「あべのべあ」なる新生物が出現した)

 いつも通り、「大阪駅直結」のインターコンチネンタルホテルにチェックイン。17時まで部屋でゆっくりしてから奈良に向かう。地下鉄で梅田から難波、難波から近鉄特急で奈良へ。午後の奈良は何度か夕立に見舞われたようだが、幸い夕方にはキレイに雨が上がった。

 近鉄は、来年の「伊勢志摩サミット」で俄然注目の的になっている。もしかしたらG7のオカゲで、古色蒼然としたドレッシング色の塗装の特急が、一斉に新型車両にかわるかもしれない。

 奈良には我々の直営校舎が2つあって、1つは大和西大寺駅前、もう1つはJR奈良駅前。この10年、西大寺のほうには2年に1回のペースでお邪魔しているが、JR奈良は10年でたった2回。今回が3回目の訪問である。

 校舎は30年前だか40年前だかに竣工の、これまた古色蒼然とした昭和ムードたっぷりのビルのワンフロア。写真をご覧になれば、その長い歴史が明らかだろうが、公開授業の時はすぐ近くのホテルの宴会場を借りる。

 このホテルもまたマコトに長い歴史を感じさせる建物であって、いったいどれほどの数の修学旅行生がこのホテルにお世話になったことだろう。奈良の旅館やホテルに泊まるたび、塩辛い昭和のカホリにムセかえる思いがするが、これこそ奈良のスンバラシサの本質だと考える。
奈良1
(JR奈良駅前校。昭和のカホリが懐かしい)

 奈良のお仕事は、19時半開始、21時10分終了。出席者約100名、宴会場はカンペキに満員になった。若い校舎をはじめ、スタッフ諸君の奮闘努力に感謝&感激 ☞ 雨アラレであって、部活動があるのに定刻で集合してくれた生徒諸君を前に、クマ助の全エネルギーがメラメラと炎を上げて燃え上がった。

 使用したのは、最もメラメラ燃え上がりやすい「B」タイプ。このテキストでメラメラいかない諸君はまず存在しないが、歴史を誇るホテルの宴会場は、100人+1クマの発散する濃厚&濃密エネルギーがボンボン燃焼し、強烈な火柱に貫かれるかのようであったとさ。

 その証拠が、クマの肉体から噴き出した汗の量である。100分後、ワイシャツは「これ以上もう水分を吸収しきれないよー」と悲鳴を上げた。もしあの場でワイシャツをギュッとしぼれば、山の中の小さなダムならば、アレヨ&アレヨと見る間に満水にしてしまうほどの激烈さであった。
奈良2
(奈良の大盛況)

 終了直後、校舎長に見送られてホテルからJR奈良駅へ。帰りは奈良から大阪駅まで直通のJR「大和路快速」を利用した。特急料金ナシでこんなに快適に大阪に帰れるなんて、まさに夢のようである。

 関西の人たちももう忘れてしまったかもしれないが、昭和の関西は完全に私鉄天国だった。当時の国鉄は信じがたいほどの不人気で、阪急・阪神・南海・近鉄に京阪、誰でも私鉄を優先した。

 1980年、初めて関西を1人で旅した極めて若き今井君は、ガラガラの国鉄にビックリ。大阪天王寺から奈良を目指した関西本線も、奈良から京都に向かった国鉄奈良線も、その余りのガラガラぶりに、国鉄職員の息子として涙が流れるほどの悲しさを味わった。

 そういうことを思い出しながら、今や大人気の「大和路快速」で大阪駅に戻ってきた。あんまり汗をかきまくったので、大阪駅に着いてもまだワイシャツはビショビショ、ネクタイもグショグショ。「オレって今、もしかして汗臭い?」と、思わず脇の下あたりをクンクンやりながら電車を降りた。

 しかし諸君、このままお部屋に帰って ☞ バタンQじゃ、いくら何でも寂しいじゃないか。今日のお仕事はいろんな事情があって「祝勝会ナシ」が原則の校舎だったけれども、わざわざ大阪までヒコーキでビューンと飛んできて、ちっともお店に入らないなんてのは、クマ助のポリシーに著しく反するのである。
テムジン
(梅田グランフロントに博多の「テムジン」を発見)

 意地でもどこかで一杯、単独祝勝会をやってからホテルに戻りたい。いろいろ調べて発見したのが「朝4時までやってます」のお店。ディープな大阪でそういうのはさすがのクマ助でもオッカナイが、梅田のグランフロント内ということになれば、こりゃ最高のシチュエーションである。

 地元の人々は「ウメキタ」と呼ぶらしい。梅田の新名所グランフロント北館の6階が、ちょうど東京駅前・新丸ビルと同じように、「全フロア朝4時まで営業いたします」ということになっている。

 その中でも「博多テムジン」は、福岡・天神でクマ助が何度も訪れたナジミの店の大阪支店である。こりゃいい店を発見したでござるね。昨年&一昨年と、何度か大阪で寂しい思いをしたが、これからはもう大丈夫だ。

 エレベーターに乗ろうとしていると、降りてきた大阪の若者が「今井だ」「今井だ」「すげ」「すげ」「すげ」と大騒ぎしている。軽く会釈すると、「すげ」「すげ」「ホントに今井先生だ」と、騒ぎはほとんど絶叫に達した。20歳代後半の男子2名である。

 今や大阪には、今井君のポスターが溢れかえっている。近鉄難波の駅でも、上本町の駅でも、例のオヒゲのクマどんが、何だか右の方を指差しながら自信満々でニタニタ笑っていた。

 あんなにたくさんの分身が自信満々でホホえんでいれば、「すげ&すげ」の絶叫も当然だ。伊丹空港で1回、午後の大阪駅で2回、夜の大阪駅でも2回、エレベーター前を合わせれば、この日だけで合計で6回も「すげ&すげ」に遭遇した。
焼き餃子
(テムジンの焼き餃子。クマ助なら50個は軽く平らげられる)

 「テムジン」は、博多名物ミニ餃子のお店である。ヌッと入ったクマどんは、「1人ならカウンター」というガンコな店のルールに従い、広いテーブル席もいくらでも空いていたけれども、素直に隅っこのカウンター席に収まった。

 注文したのは、① 焼き餃子10個 ② 揚げ餃子10個 ③ チーズ饅頭10個。これに生ビール3杯と赤ワインのボトル1本。これを1時間で軽々と平らげた。カウンター席で縮こまっていはいたけれども、まさに意気揚々、連日のグルメ生活にまさに大満足である。

 ただし、さすがに「朝4時まで」ということもあって、客層は「どうなのかねえ?」である。左のテーブル席では、上司&同僚&部下に関する一方的な悪口雑言&罵詈雑言に赤い火の手が上がっている。後ろの席は、明らかに「キャバ嬢とのアフター」という厚かましい口調の中年オジサマであった。

 こういう「いかにもナニワ」な人々の会話に耳を傾けながら、カウンターで午前1時まで。最後の仕上げに長崎・壱岐の麦焼酎をロックで1杯、3分で片づけてホテルに戻った。深夜の大阪は、再び雨に濡れはじめていた。

1E(Cd) Sinopoli & New York:RESPIGHI/FONTANE・PINI・FESTE DI ROMA
2E(Cd) Dutoit & Montréal:RESPIGHI/LA BOUTIQUE FANTASQUE
3E(Cd) Rubinstein:CHOPIN/MAZURKAS 1/2
4E(Cd) Rubinstein:CHOPIN/MAZURKAS 2/2
5E(Cd) Lima:CHOPIN FAVORITE PIANO PIECES
total m131 y946 d16268