Mon 150511 引用に次ぐ引用 キオストロ 泊まるか泊まらないか(ナポリ滞在記27) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Mon 150511 引用に次ぐ引用 キオストロ 泊まるか泊まらないか(ナポリ滞在記27)

 4日前の記事で「帰れソレントへ」の話を書いて以来、どういうわけか歌詞の紹介が相次いで、とうとう「蒸発のブルース」まで来てしまった。「もうこの世に夢も希望もないから、いっそ蒸発してしまいたい」というのである。

 そりゃずいぶん投げヤリであって、受験生をはじめとして、日本の若い諸君がそんなんじゃ困るのである。ここは解毒剤みたいな意味で、チェーホフ「ワーニャ伯父さん」を紹介しておく。文庫本なら100ページにも満たない短い戯曲だから、忙しい諸君もぜひ読んでみてくれたまえ。

 5月の模試の結果が悪くて打ちひしがれている諸君。シューカツがうまく行かない、またはゼミの発表を怠けて教授に叱られてしまった大学生諸君。ラストの場面で姪のソーニャがワーニャ伯父さんを励ますセリフは、コピーして壁に貼っておいた方がいい。自殺を図った伯父さん47歳。ソーニャはちょうど諸君の年齢である。
「でも仕方がないわ、生きていかなければ。ね、伯父さん、生きていきましょうよ。長い果てしないその日その日を、いつ明けるとも知れない夜また夜を。じっと生き通していきましょうね。運命が私たちに下す試みを、辛抱強くじっとこらえて行きましょうね。片時も休まずに、人のために働きましょうね。そしてその時が来たら、素直に死んでいきましょうね」
(訳・神西清)

グロッタ付近
(アマルフィ、グロッタ・ズメラルダ付近の光景)

 いやはや、ナポリ滞在記の真っただ中、まさに今アマルフィ海岸に到着した感激の瞬間を書いている所だというのに、ずいぶん長々とロシア文学の引用をやってしまった。この4~5日の引用の連続に終止符を打つにはちょうどよかっただろうと思う。

 ついでに、ホントにホントにこれでしばらく引用をヤメにする代わりに、歌詞をもう2曲だけ引用させてくれたまえ。中3の時に音楽の担当だった「うん、上手だ」の石川先生を思い出したら、芋ヅルかギバサみたいにズルズル糸を引き、① My Bonnieと、② Old Black Joeの2曲が脳裏に蘇ってきた。

 あの時代の定番・音楽教科書には「初めて習う英語の歌」として、何故かこの2曲が掲載されている。21世紀の教科書はずいぶんポップな世界になっているんだろうし、ヒップホップやハードロックが掲載されているのかもしれないが、昔はあくまでマイ・ボニーとオールド・ブラック・ジョーに固執したのである。

 それにしても、もしあの石川先生が21世紀の音楽教師だったら、やっぱりあの調子でロックやポップスを歌わせたのだろうか。「うん、上手だ」も何も、生徒諸君が初めからソッポを向くんじゃないか。かえすがえすも暢気でホンワカした時代だったと痛感する。
 My Bonnie lies over the ocean
 My Bonnie lies over the sea
 My Bonnie lies over the ocean
 Oh, bring back my Bonnie to me
 Bring back, bring back
 Bring back my Bonnie to me, to me
 Bring back, bring back
 Oh bring back my Bonnie to me

「海の向こうに私のボニーが横たわっている。あのボニーを、返してください」というマコトに切ない思いのたけである。なぜ海の向こうに横たわることになったのか、それを中2や中3の子供たちにキチンと教えなければならない。
砦
(中世の修道院がモトになったホテル「ルナ・コンベント」。右の城塞はサラセン海賊を監視したトッレ・サラチーニ。この海岸にはこの類いの砦が林立している)

 あの頃のボクらがそのシチュエーションを理解できたとは思えないが、諸君、昭和のコドモたちは、父や母の戦争の記憶を毎日のように聞かされていたから、マコトにボンヤリとではあっても、静かな「返してちょうだい」のメロディに隠された激烈な感情を感じ取ることはできたのである。

 今アマルフィの海岸に立って中世1000年の歴史を思うとき、状況は違ってもbring back my Bonnie to meの叫びの切実さはおそらく同じである。地中海の対岸から、サラセン海賊が襲ってくる。焼き討ち・略奪・暴行・拉致の1000年であって、拉致された女子は奴隷、男子は鎖で繋がれてガレー船の運命であった。

 するともう1曲、フォスターの歌曲オールド・ブラック・ジョーの世界が広がる。諸君、ホントに昭和の中学生は、これを「人生初の英語の歌」として合唱していたのである。その詩は次の通り。
 Gone are the days when my heart was young and gay,
 Gone are my friends from the cotton fields away,
 Gone from the earth to a better land I know,
 I hear their gentle voices calling Old Black Joe.
 I'm coming, I'm coming, for my head is bending low:
 I hear those gentle voices calling, "Old Black Joe".

 若き日は、はや夢と過ぎ わが友みな世を去って
 あの世に楽しく眠り かすかにわれを呼ぶ
 オールド ブラック ジョー
 我も行かん はや老いたれば 
 かすかに我を呼ぶ オールド ブラック ジョー

リストランテ
(アマルフィのレストラン・キオストロ)

 訳詞は「緒園涼子」というオカタ。「りょうこ」かと思うと、意外や意外「りょうし」であって、このオカタ、実は本名が内藤健三。おやおや、男子でござる。まあそんなことはどうだっていいが、問題なのはこれを中2や中3に歌わせていた神経である。

 若い日はもう夢のように過ぎた。友達はもうあの世に行っちゃって楽しく眠っている。あの世から、私を呼ぶ声が微かに聞こえてくる。「我も行かむ はや老いたれば」とは、「すっかりジーチャンになったな。天国に行こう。ボクを呼んでいる声も聞こえるよ」である。

 どう考えても、今や日の出の勢いの中2や中3に歌わせる曲ではないが、昔は音楽室のピアノやオルガンに合わせ、中1男子や中2女子のファルセットが校庭にコダマしたものだった。

 「恐るべし、昭和」であり、いま春の青いティレニア海を目の前にしたクマ助が腹の底から絶唱したくなる気持ちも分かろうというもの。やっぱり南イタリアは、ニンゲンやクマの腹の底からの絶唱を誘発する土地のようである。
フリット
(アマルフィ「キオストロ」のフリットミスト)

 4月1日、アマルフィのクマ助は、ドゥオモ脇の階段から左側にズレて、入り組んだ迷路のような暗い街をズンズン進んでいった。頻繁に上陸して襲ってくる海賊対策で、複雑きわまる迷路状に見通しの効かない街路を作った。アマルフィは12世紀か13世紀のまま、いわば冷凍保存されているのである。

 ドゥオモ脇で見つけたレストランが「キオストロ」。キオストロchiostroとは、英語ならcloisterであって、もともとは現世から遮断され閉鎖された場所をさす。そこから修道院を意味するようになり、やがて修道院の中庭を囲む列柱回廊を示すようになった。

 アマルフィのドゥオモには、「天国の列柱回廊」と呼ばれる名所があるから、このレストランもおそらくそれにちなんで名づけたものと思われる。平日の午後3時、店の前で書類をめくっていた中年女子に「この店、やってますかね?」と訪ねてみると、彼女は実は店の常連客であった。
タコ
(アマルフィ・キオストロのタコ料理。おいしゅーございました)

 彼女が店の奥に声をかけてくれて、店の真ん中のテーブルに案内された。もうランチの営業は終わりだが、常連やそのまた知り合いならOKということらしい。おお、いかにもイタリアであり、いかにも南イタリアである。

 お願いしたのは、イカやタコや小魚のフリッターなど。どれもこれも酒のツマミとしては絶品ばかりで、この後2時間以上かけてナポリまで帰らなければならない旅程が疎ましい。

 もちろんこのままアマルフィ1泊もかまわないが、どうするかね。それはこのアマルフィに、泊まりたくなるようなホテルがあるかどうかにかかっている。

 実は「ルナ・コンベント」という泊まりたい1軒がある。13世紀の修道院がモトになったホテルだが、さらにモトを正せば、サラセン海賊の対抗する見張りの塔「トッレ・サラチーニ」が起源。今もティレニア海にニラミをきかせている。

 この際、遠慮なく酔っぱらって「ルナ・コンベント」のお世話になるか、お酒を抑えめにしてナポリまで大人しく帰る道を選択するか。マコトに難しい2者択一が、クマ助の前に横たわっていたのである。

1E(Cd) Barenboim, Zukerman & Du Pré:BEETHOVEN/PIANO TRIOS, VIOLIN AND CELLO SONATAS 6/9
2E(Cd) Barenboim, Zukerman & Du Pré:BEETHOVEN/PIANO TRIOS, VIOLIN AND CELLO SONATAS 7/9
3E(Cd) Barenboim, Zukerman & Du Pré:BEETHOVEN/PIANO TRIOS, VIOLIN AND CELLO SONATAS 8/9
4E(Cd) Barenboim, Zukerman & Du Pré:BEETHOVEN/PIANO TRIOS, VIOLIN AND CELLO SONATAS 9/9
5E(Cd) Barenboim:BEETHOVEN/PIANO SONATAS 1/10
total m56 y871 d16193