Sun 150412 特等席でジェス受難劇を観る 改心して元気な子 起床も早い(ナポリ滞在記4) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sun 150412 特等席でジェス受難劇を観る 改心して元気な子 起床も早い(ナポリ滞在記4)

 ナポリ滞在記もすでに4回目だが、旅行記上の今井君はまだナポリに到着したばかり。旅の第1日はまだ終わらない。普通なら「疲労のせいか早めにベッドに入り、朝までグッスリ眠りました。翌日は…」というふうにサクサク進むところだが、クマ助はそんなに甘くないのである。

 だって諸君、夜空には春の月が煌煌と輝いている。月光がタマゴ城とサンタルチア港を明るく照らし出し、昨日の写真3枚目に示した通り、ナポリ民謡そのままに「月は高く海を照らし」であって、ナポリ湾のさざ波が銀色に輝いている。

 こういう晩に「疲労のせいでグッスリ、翌朝は早く目が覚めました」とか、そんなんじゃ元気な小学3年生みたいじゃないか。元気な良い子ならいいけれども、さすがに中年グマとしては、こんなキレイな月夜の晩に、まーるい鼻チョーチンを膨らませてグースカ眠りこけているわけにはいかないのだ。

 何しろ、イースターが迫っている。十字架のキリストが死後3日目に復活した、その復活をお祝いする祭であるが、毎年「春分の日のあと最初の満月の晩があって、その直後の日曜日」がイースターと決まっている。
ヴェスヴィオ1
(ホテル近くの海岸から、朝のヴェスヴィオを望む)

 今年の復活祭は4月5日である。欧米の人々は、熱心な信者のカタガタも、全然そうじゃないヒトも、イースターを間近に控えて、すっかりウキウキ盛り上がっている。ナポリの街ももちろん同様であって、ケーキ屋さんでもお酒屋さんでもイースターのデコレーションが始まっている。それがまたなかなか派手で、クリスマスに勝るとも劣らない。

 クリスマスは誕生日であって、約30年後の受難というか、磔刑による凄惨な死を予告する。一方のイースターは受難の後の復活であって、イエスさまはもう苦しみの道を歩かなくていい。イエスをこよなく愛するヒトビトとしては、何となくイースターのほうが気も楽なのかもしれない。

 さすがに1週間後に復活祭を控えているだけあって、月の光に照らされた夕闇のサンタルチア港には、たくさんの敬虔な信者たちが集まった。というか、大型の団体ツアーバスが4台か5台、信者集団をどこからか運んできたのである。

 最終的には、200 ≦ X ≦ 300のヒトビトが、夕暮れの我がホテル・ヴェスヴィオ前に集結した。世界中どこでも今井君あるところ、必ずヒトビトも集まるようである。2011年9月、ギリシャのアテネでも、クマ助ホテルの真下で大規模デモが始まった。例の「ギリシャ危機」の真っただ中であった。
いでたち
(ナポリ滞在前半のクマ助。今はなき「ロビンソン百貨店」で25年前に購入したジャケットが印象的。デパートがなくなっても、ジャケットは生き残った)

 「おやおや、今回も何かが起こるのかい?」と一瞬不安になったが、集まった約300人の人々は、アテネの時みたいな殺気を漂わせてはいない。20歳代前半から30歳代半ばぐらいの青年層が中心で、表情はみんな穏やかである。デモとか政治集会とかいうより、ちょっとしたライブに向かう集団と同じ盛りあがりだ。

 「何でこんな場所で?」であるが、おそらくナポリには他に「集結」を可能にするような広場が存在しないのだ。そこいら中の道路が渋滞し、クラクションは鳴らし放題、狭い街路は無数のバイクがほぼルール無視で走り回っている。

 クルマの進入が禁止で、歩行者の聖域になっているこの海岸通りこそ、彼ら彼女らの集結にはベストだったのだと思われる。「じゃあ、いったい何のために?」であるが、さすがイースター直前だ、これからみんなで「キリストの受難」を演じ、福音書に描かれた通りの受難劇を追体験しようというのであった。

 クマ助のスイートルームは、ホテルの3階。ヨーロッパ式の数え方だから、日本式なら地上4階にあたる。人々が集結したのはまさに部屋の目の前であって、日本のクマは特等席で受難劇を見学することが出来た。
受難劇1
(サンタルチアでジェスーの受難劇が始まった。ヒトビトは手に手にローソクを捧げ持った)

 キリスト役の男子、ピラト役の男子、兵士役も10名ほど。その他の約250名は全員、受難を見守る民衆の役を担っている。つまり「全員参加型」の演劇であって、傍観者はいない。要所要所、全員でキリストの受難を歌いあげ、時に全焼&全壊を免れない。しか し時には「奇跡」が起こって、無防備な21世紀の青年諸君を鼓舞するのである。

 情感をこめてみんなで歌うのは、バッハ「マタイ受難曲」「ヨハネ受難曲」ではなくて、もっとずっと新しく、おそらく21世紀になって作曲された新曲である。何となく、演歌調だ。

 イエスは、イタリア語なら「Gesú Cristo」。「ジェス クリスト」であって、目の前の人々の歌の中では「ジェースー」「ジェースー」とマコトに物悲しく呼びかけられる。「ジーザス」より「ジェスー」のほうが、より受難が強調される気がする。

 ただし、やっぱりあんまり目の前でシロート劇を見せられると恥ずかしい。ほとんどパントマイムであるが、ホテル前で演じられたのが、① ピラトの裁き ② 茨の冠・③鞭打ちのシーン。やがてゴルゴダの丘に向かって「苦難の道=ヴィア・ドロローサ」を進みはじめる。
受難劇2
(磔刑を宣告されたジェスーを囲んで、人々は「ヴィア・ドロローサ」を再現する)

 すると人々は、十字架を背負わされたキリスト役や、嘲罵を浴びせる兵士たちを囲んで、悲しげに歌いながら移動を開始した。海岸通りのどのあたりをゴルゴダと見なすのか分からないが、このあとも福音書どおりに参加型の劇が進行しそうである。

 ジェスーは何度も力尽きて倒れ、悲しみの聖母と出会い、シモンがジェスーを助けようと歩み寄り、しかし兵士たちに追い払われる。ジェスーはそれでもエルサレムの女たちに話しかけ、しかしまた倒れ、衣服をはぎとられ、ついに十字架にかけられてしまう。

 しかし諸君、キリスト役のオジサマを囲んで、ゾロゾロまるでお祭りの行列みたいに去っていた人々に、今井君までくっついていかなくてもいいだろう。大きなスピーカーからは、深夜までずっと悲しい歌が流れ続け、熱心な信者の存在を、東洋のクマにもしっかり印象づけてくれた。

 こうしてクマ助はやっとのことでグッスリ眠り、翌日は幼稚園児か元気な小学3年生よろしくチャンと7時には目を覚ました。諸君、受難劇を目の当たりにした直後、とても昼近くまで惰眠なんか貪っている気分にはなれない。
ヴェスヴィオ2
(3月28日、快晴の朝のヴェスヴィオ)

 そこでクマ助は、「朝食をしっかりとろう!!」と世にも殊勝なことを思いついた。普段の朝は「ちょっとお酒が残ってるな」と重いアタマを揺すりながら、せいぜいでコーヒー数杯をチビチビやる程度であるが、さすが受難劇に感激した今朝の今井君の成長ぶりは、まさに目を見張るようである。

 タマゴにハム、ベーコンにマッシュルーム、チーズも数種類。ホテル2階の豪華な朝食レストランには、「シャンペン」というマコトにイケナイ魔の液体も置かれていたが、ありがたや&ありがたや、神様のお導きか、幸いなことに「コルクの栓」がキチンと閉まっている。

 おお、これなら安心だ。かつてコモ湖畔のウルトラ高級ホテルで、「朝食なのにシャンペンを1本カラッポにする」「それを3日間連続する」という暴挙中の暴挙を演じてきたクマ助だから、シャンペンボトルのコルク栓が今ありがたく見えて仕方がない。

 きっと神様が「そんなことを繰り返してたらイカンぜよ♨」と、厳しい栓告を下されたのだ。分かりますか、諸君?「宣告」の「宣」を「栓」に代えてございますよ。おっと、もっとマジメにならなきゃアカンぜよ。

 というわけで、朝のお風呂を早々と済ませ、着替えも済ませた日本のクマ助は、朝9時にはお部屋を出て活動を開始した。すべては神様のお導きであって、快晴、目の前の海は波も穏やか、海を隔てて、美しいヴェスヴィオ山がスックと聳えている。これ以上は考えられない、マコトにおめでたい朝の光景なのであった。

1E(Cd) SPANISH MUSIC FROM THE 16th CENTURY
2E(Cd) The Scholars baroque Ensemble:PURCELL/THE FAIRY QUEEN 1/2
3E(Cd) The Scholars baroque Ensemble:PURCELL/THE FAIRY QUEEN 2/2
4E(Cd) Solti & Wien:WAGNER/DIE WALKÜRE①
5E(Cd) Solti & Wien:WAGNER/DIE WALKÜRE②
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